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夏祭り
作:国沢裕


 今日は、近所の夏祭りの日だ。去年まで、毎年俺は行っていたのだが、もう高校二年生だ。子供っぽいし、わざわざ出かけるのも億劫だなと考えていると、玄関で叫ぶ、悪友の声が聞こえた。
「タクミ! もう太鼓の音が聞こえてんぞ!」
 俺は、ショウゴが待っている玄関にのろのろ向かう。
「今日の為に、最近ずっと百円玉を集めていたんだ」
 こいつは、いつまでもガキだなぁと思いながら、せっせと小銭を貯めていた幼馴染の為に、仕方なく靴を履く。
 幼稚園の頃からずっと、夏祭りはこいつと二人で行っている。去年、同じ高校に入学し、一年も二年も同じクラス。いい事も悪い事も、大抵は一緒にしてきた。

 外へ出ると、確かに太鼓の音が遠くで響いている。通りにも、まだ明るい時間なのに、夏祭りへ行く人の流れが出来ていた。その流れに、俺達二人も加わる。
「でも、毎年俺ら二人だけって、なんか寂しいよなぁ」
 俺は何気なくつぶやいた。するとショウゴが、俺のその言葉を待っていましたとばかりに言った。
「そう言うと思って、今年は誘いましたよぉ」
 その時、後ろから声がした。
「ショウゴ君、タクミ君、良かったぁ! 出会えて」
 振り返ると、何と、同じクラスのアヤノが立っていた。可憐で社交性もあり成績も優秀な、学年の高嶺の花。そのアヤノが、赤の地に扇子の閉じた柄を上品に配し、黄色い帯をした艶やかな浴衣姿で俺達を見ていた。長めの髪は浴衣の襟首を意識してか、アップに結い上げている。そして手には、浴衣とおそろいの赤と黄色のツートンの巾着袋。
「ショウゴ君、今日は誘ってくれてありがとうねぇ。私の住んでいる地域って夏祭り、していないんだぁ」
 確かにアヤノは、俺達の住んでいるこの地域の高校へ、結構な距離を電車に乗って通学してきている。
 すげぇ、やるじゃん、ショウゴ! いいところに目を付けた!
「あとねぇ、レーコちゃんも来るんだけれど。最初に待ち合わせの約束をしていた場所に、もういると思う」
 ……確かレーコって、見た目は結構可愛いが、俺の中では、普段から大食いのイメージがある子だ。おいおい、折角なら、もっと色気のある女子、誘ってよ。

 待ち合わせの場所にしたという鳥居下の石段に近づくと、先に来ていたレーコが振り返った。薄い水色地に、大きな桃色の花が咲いた絵柄の浴衣。襟首にかかる位に裾をすいているショートの髪の、片方の耳の上に、白っぽい大輪の花がピンでとまっている。
 アヤノと並んでも、そう見劣りしない可愛さ。
 結構、いいんじゃないか?
「良かったぁ! 会えるかどうか、ドキドキものだったよ」
 嬉しそうに言うレーコ。
「早く行こうよ。もうお腹、すいちゃってさぁ」
 ……やっぱり、食い気か。せっかくの薄化粧も台無しだ。

 石段を上がった広い境内では、無数の提灯と裸電球が輝いていた。お腹の底に響く太鼓のリズミカルな音。子供達の歓声。屋台で陳列されている玩具や、昔ながらの屋台特有のゲームの音。すべてのものが五感の感覚を鈍らせ、俺を不思議な空間へ誘う。
 そんな感覚に浸っていると、早速、俺の服の裾をちょいちょいとレーコが引っ張った。
「ねえ、りんご飴が売ってるよ!」
 いきなりで呆れる俺を、その屋台の前に連れて行く。
「う〜ん、どれにしようかなぁ?」
 真剣に選んだレーコは、最初にりんご飴と言いつつ、俺の予想をはずして、ちっちゃいイチゴ飴を手に取った。そして、そのイチゴ飴は、この風景の中の浴衣効果をあげる、不思議な小道具にまで見えてきた。
 ……なんか、レーコが食い物を持っていても可愛いかも。祭り限定の食い物&浴衣マジック、万歳!
 そう思って見ていた俺の視線に気がついたのか、レーコは言った。
「ちっちゃいイチゴ飴にしちゃった。おなかに余裕、作らないと。だって、これからもっと食べたいモノ、沢山あるし」
 ……そうだね。

 りんご飴の屋台に寄ったせいで、ショウゴとアヤノを見失った。まあ、この道はほぼ一本道だし、そのうちに合流するだろう。俺とレーコは、さすがに手はつながないが、肩を並べて進んで行く。
 その間に、焼きそばや焼きとうもろこし、イカ焼きにたこ焼き……。この女、どれだけ焼き物を食えば気が済むんだ。
「満腹〜!」
 呆れ顔の俺と目が合うと、レーコは笑いながら、さらに続けて言った。
「さあデザートは、カキ氷、冷やしパインかチョコばなな、綿菓子に」
 まだ食う気か。
「ちょっと待て」
 思わず口に出した俺に、きょとんとした顔のレーコ。
「デザートを美味しくする為に、ぶらぶら歩いたりして腹ごなし、しない?」
 俺の提案に、少し考えるそぶりをみせたが、にこっと笑って言った。
「そうだね」
 俺の言葉の中の、どこかの部分かが効いたらしい。
 そして早速、縁日の定番、金魚すくいを見つけた。
「これ、やろうか」
 俺の言葉に、レーコは嬉しそうにしゃがみこむ。
「私、昔からコレ苦手なんだぁ」
 そう言いつつ、受け取ったポイをゆっくり水に沈める。
 跳ねる金魚が、すぐに尾びれで紙を破る。

 さらに歩いていくと、俺の中で毎年コレは外せないという射的を見つけた。レーコはそばで見ていると、嫌な顔をせずに言うので、俺は、ちょっといい所を見せてやろうと士気が高まる。
 そして、お皿に乗ったコルク弾を五つ受け取りながら、俺とほぼ同時にお金を手渡した、隣の男の顔を何となく見た。眼鏡をかけた真面目そうな風貌。確かこいつ、隣のクラスの奴だ。頭は良いが、根暗で無口な変わり者と言う噂を聞いた事がある。そいつも意外な事に、浴衣姿の彼女連れだった。
 俺は妙に、闘争心が沸いた。
 こいつより、絶対多く落してやる。

 早速俺は、弾を一つこめる。隣の奴を何気なく眺めたら、弾を込めた後、何と銃口を下に向け、台に押し付けながら平らにならしていた。こいつ、そこまでやるのか?
 俺が次に景品へ目を向けた時、レーコが言った。
「ねえ、あのキャラメルがいい」
 ……ここまできても、まだ食い物か! しかもキャラメルって、結構景品の中では重い部類だぞ。などと、心の中で文句を言っても仕方がないので、俺はキャラメルの箱を狙う事にした。
 縁日の射撃のお約束。出来るだけ片手で前にのび出し、景品に銃口を近づけて撃つべし! だが、やはり箱は重く、当たって動いたのに倒れなかった。
 二つ目の弾をこめる。
 隣の奴はと見ると、いかにも狙撃という構えで狙っている。だが、どれを狙ったのか、何もかすりもせずに弾が飛ぶ。
 そいつの連れていた彼女が言った。
「全然当たんないじゃん」
「・・・・・・一発目は、これの癖の確認」
 俺はそいつの返事を聞きつつ、変わり者って噂を再度思い出す。

 二発目も当たったが倒れなかった。だからキャラメル重いんだって。そう思いながら三つ目の弾をこめている時、隣の奴の二発目の弾が、景品を落とした。くそ、先を越された! しかもキャラメル!! 奴の彼女が嬉しそうに感嘆の声を上げる。
「やったぁ! さすがプロ!」
 プロ? そうか、変わり者って噂、ガンマニアって意味か。俺は、自分の心の中だけとは言え、変な奴に勝負を挑んでしまった。

 結局、俺は全部当てたが、一つも倒れなかった。戦利品なし。当たっても倒れないと貰えないのが、この縁日の射的の辛い所。レーコに、いい格好が見せられなかった。
 そして、その場から離れようとした時、隣の奴の彼女が話しかけてきた。
「これ、どうぞ」
 そして、差し出されたキャラメルの箱、二つ。奴は、その後の四発全てを、キャラメルに当てて落とした。ガンマニアのおたくに情けをかけられ、受け取れるかと思いきや、
「わぁ! ありがとう」
 レーコは嬉しそうに受け取った。
 ……女は、男の中の緊迫感がわからないらしい。

 その後、レーコは空クジなしのくじ引きのお店でトランプを当て、イチゴのカキ氷を食べながら、ご満悦の様子。
「結局、あれからアヤノ達に会えないね」
 そう言いながら、レーコが俺の方を向いた時、俺達は、前でたまっていた集団にぶつかってしまった。
「ぶつかったオトシマエ、どうつけてくれるかなぁ?」
 俺とレーコは明るい電気の下から横の暗がりの場所へ、五〜六人のチンピラ集団に引っ張り込まれる。完全に怯えて言葉の出ないレーコに、一人が言った。
「この彼氏とじゃなくて、俺らと遊んでくれるんだよな」
 その言葉を聞いた途端、俺は思わず油断している連中の中からレーコを引っ張り、人ごみの方に押し出しながら言った。
「逃げて!」
 驚いたように振り返ったレーコは、でもそのまま人の波にのまれた。
 ……何も考えずレーコを逃がしたが、俺はどうすればいい?
「この野郎、カッコつけてんじゃねぇ!」
 俺は突き倒され、連中に囲まれた中で尻餅をつく。ドラマじゃ主人公が格好良く大立ち回りでもやるのだろうが、俺は喧嘩をした事がない。ボコボコにされる。そう覚悟をした時、急に連中の表情が変わり、後ずさりをした。
「何だよ! 仲間がいるなら最初にそう言え!」
 そう捨て台詞のような事を言いながら連中は、俺を振り返りつつ人の波に消えて行く。俺は訳がわからず、尻餅をついたまま、周りを見回した。
 すると、俺の後ろで、二人の男が並んでこちらを見ていた。一人は眼鏡を外していたが、さっき射的で隣にいた変わり者。もう一人は俺と同じ高校だが、暴走族に入っているという噂の男。俺は、せっかく連中が去ってくれたのに、今度は、こいつらに因縁をつけられるのかと思ってしまった。
 だが、変わり者の方は眼鏡をかけなおし、族の方は踵を返す。
 ……もしかして、こいつらを見て、さっきの連中は逃げたのか。こいつら、ただ立っていただけだが、俺は助けられた形になるのか?

「お巡りさ〜ん、こっちこっち!」
 その時、レーコがお巡りさんを連れてきた。連中は逃げた後だったので、俺はお巡りさんにお礼を言う。そして、レーコにもお礼を言った。
「やだなぁ。お礼を言うのは私の方だよ。ドラマのヒーローみたく、助けてくれたんだもの」
 照れたようにレーコがそう言った時、タイミングよく頭上に、打ち上げ花火が上がった。
 ……心理学の本で読んだ事がある。
『ドキドキしている時、その時に見た異性に好意を持つ』
 遠くの太鼓の響きも聞こえるし、チンピラにも絡まれるし、今は近くで上がる花火の破裂音も、俺の心臓に響いている。
 だから俺が今、花火の光で浮かび上がるレーコの横顔に、ドキッとしたのは、きっとそのせいだ。

 翌日は、高校の登校日だった。
 靴箱の前で、結局あれから合流できなかったショウゴと出会う。
「ショウゴ! 昨日はどうだったんだよ」
 嬉しそうなショウゴが、得意そうに俺に言った。
「まあ、アヤノと二人でデート出来たってだけで、皆より一歩リードって感じだねぇ」
 そしてショウゴが聞いてきた。
「お前の方はどうなったんだよ。レーコ可愛いだろ?」
「まあ、ぼちぼち」
 日が変わると、当然だが昨日のドキドキ感は消えていた。これで今日、レーコに会っても特別に何も感じたりはしないだろう。そう思いながら、教室に向かう廊下を歩いていると、前から一人の男が、こっちに向かって歩いて来た。
 ……昨日チンピラが逃げた時、俺の後ろに立っていた、族の方だ。俺は、そいつが前まで来た時、妙な威圧感の為に緊張して下を向いた。ショウゴも関わりを避ける為にか、あらぬ方を向いている。
 そしてすれ違う瞬間、そいつが俺の耳元でささやいた。
「身体張って女護るなんざ、カッコイイじゃん」
 振り返ったが、そいつは何事もなかったように歩いて行った。
 何だか、俺は妙に気分が高揚したまま、教室に入る。すると、既に寄り集まって、トランプで遊んでいた女子数人が振り向いた。その中にいたアヤノとレーコも、一緒にこっちを見た。レーコは俺に眼をとめると、照れたように微笑んで、手に持っていたトランプを、ひらひら見せた。

 俺の心臓には、もう消えたと思っていた昨日の花火の音が、まだ、しっかりと響いていた。


ここでの、初めての短編アップです。よろしければ評価の方、どうぞお願いいたします。













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