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嘘吐きの約束
作:冴島岐之



プロローグ


 自分より弱い立場にある者を守りたい、そう思うのは当然のことらしい。それなら俺は、誰にも守ってもらえないだろう。
 これは決して自意識過剰などではない、俺が今までやってきたことを考えれば当然の結論だ。俺はずっと、そうでなければならない。

 守りたくはなくても、守らなければならないときだってある。

「お前、高校、なんで来ない」

 思ったよりずっと低い声が出た。ふるえるのではと思ったが、それよりもコイツを怖がらせていないか心配した方がよさそうだ。

 久しぶりに、本当に四ヶ月ぶりくらいになってようやくハツに会えた。細かった体、それはただ細いのではなくどこかやつれたように見える。

 依頼を断ってまで、ハツと同じ高校を選んだ。それなのに、久しぶりに顔が見れると思ったそこにハツは、ハツの席はなかった。
 高校の入学式から一ヶ月、まともに連絡も取れず、メールにすら返信はなく、唯一の接点だった仕事でもすれ違いばかり。それでようやく会えたと思ったら、これだ。

「どこにいるんだ。高校、通ってないわけじゃないだろう。なんで、俺に、一言も」

「ごめん」

 静かな声が、凛とした音が鳴る。それはあぁ好きだな、と俺が思う声だった。

「……ごめ、ん」

 すぐにそれは湿ったものに変わった。
 俺にはいえないことが、いってはいけないと思うようなことが、ハツに起こっていたのだ。そう思うと胸が痛くなる。十中八九で原因はアイツ。でもそれは、俺には責められない。

「……お前、今の環境、よくないんだろう」

 出来る限りのやさしい声を出そうとした。喉からこぼれたそれは、自分のものなのに自分のものではないような、本物のやさしさを含んでいるような気がした。
 いい加減諦めろ、と思う。守りたいというのはこういう感情のことをいうのか、なんて。ずっと知らないままでよかった感情を、よりによってハツに抱くなんて、俺はどうかしてるんだ、昔から。

「どこにいる、場所、教えろ」

 うつむいたハツの頬に、静かに流れた雫。目が赤くなったらどうするんだ、仕事にならないだろう。

「ハツ」

 違う、そうじゃない。無性に抱きしめてやりたくなる。だから、今すぐ止めてくれ。弱いだなんて思わせるな。

「ハツ」

 名前を呼ぶ度に涙の量が増した。ぽた、ぽた、とカーペットに染みを残す。
 何かがあったのに、それが哀しいことか辛いことか苦しいことか悔しいことか、とにかくハツは何かに耐えていた。男は簡単に泣くもんじゃねぇ。そういったのはハツだった。それからハツは、俺の前でしか泣かない。俺がそうしたから。だから会えなかった四ヵ月分の涙が、そこにあるのだと思った。
 ハツは絶対、俺のものにはならないのに。それなのにハツは、いつも弱い。俺の前では、いつも。

「……お、れっ……りょ、緑之宮に、いるっ、し……らない奴が、俺っ」

「わかった、」

 胡坐をかいているうつむくハツの目の前に、右ひざと左の足の裏を地につける形でしゃがみ込む。目を見たくて、俺の目を見てほしくて、やわらかい茶色の髪をなでた。そうするとハツは不思議そうに丸くした目を見せてくれた。いとしい、だなんて。忘れてしまった方がいいのに。側にいれば簡単に、何度だってあふれ出てくるその感情を、自覚してからじゃもう遅いんだ。

「俺も、行く。待ってろ。だから――」

 抱きしめちゃいけない。甘い香りが俺を誘惑してる。試されているのか、違う、これは、信頼だ。完全な、完璧な、他の誰も壊せない信頼なんだ。だから。

「もう、泣かなくていい」

 涙だけは俺に拭わせて。
 お前の涙は俺のものだって、思わせて。いつか時が来る、それまでは。
 他の何も、願わないから。


***







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