滑跡−ナメアト−縦書き表示RDF


滑跡−ナメアト−
作:沙堂 瑠々亞


 ――女の子の背骨を舐めるのが好きなんだ。
 同級生Sの科白は、妙な嗜好について口を滑らせたものでもなく、場を盛り下げるような下世話な話でもなく、単に主張として話したいから云っただけだった。僕はその時ケータイで「貼り紙見なかったのか? 先週休講って書いてあっただろ」との友人からの非情なメールを確認して打ちひしがれていた真っ最中で、よくも聞かずに危うく頷いてしまうところだった。
 科目が休講になったのを知らなくて、二人教室に鉢合わせて場がもたなくなった空気の中――デザインの専門学校に入って1ヶ月が経過して、そういえばSとまともに喋るのはこれが初めてだと思いつつ――Sの科白を反芻する。なんだって、会話を切り出した後、Sは、女の子の……背骨がどうたら……
 ――好きなんだ。舌でゆっくり舐めていくのがね。
 裸でうつ伏せになったところを、彼は項から舌を這わせていく。背中の窪みにある太い骨をゆっくりと辿り、節目を数えるように、隆起を確かめるように、腰近くまで落としていく。舐めている身体はぴくぴくと震え、鳥肌が立ってざらざらする。 
 唾液に濡れた後の背骨は、宛ら蝸牛が這った後のように滑りを帯びる。薄暗い闇に、粟立つ肌。亀裂が入ったかの如く、浮かび上がる這い跡。
 それからまた舌を上へ移動する――舐めた跡を、逆行する。
 そうして脊髄にぶつかったところで、彼は思うらしいのだ。
 ああ今 自分に牙があれば、この脊髄に噛み付いて、全ての神経を断ち切ってしまえる。
 彼女の回路を“遮断”できる。
 ――けれど考えるようになったんだ。ぼくはひょっとしたら「女の子」ではなく「背骨」に興味があるんじゃないかって。
 世の中には様々な考えが在る。嗜好だって多岐に分かれるだろうし、それを咎めて治せだなんていう権利はない。少なくとも、専門学校に入りたてて今まともに喋ったばかりのようなクラスメイトに、僕が過剰な親切心やら倫理観やらで煽り立てる必要はない。
 ――なあ、どうだろう。ぼくはひょっとしたら「背骨」に恋しているんじゃないだろうか。
   一番近くに居て 一心同体にも関わらず、自分で触れられない部位を求めているだけなんだろうか。
   誰かの背骨を舐めずにはいられない。自分の背骨を舐められず、他を求めて乾きを癒す。
   そして、最終的には首の付け根に、脊髄の箇所に触れる。
   自分では決して食い千切れないその部位に、犬歯を突き立て遮断せしめようとするんだ。
 まるで惚れた誰かのことを話しているかのようなニュアンスだが、反して口調は淡々としていて味気ないものだった。クリエイターというのはたまに妙な奴がいるようだが、いい見本だ。僕はSを刺激させない程度の言葉を探した。適当に返答して、手っ取り早く会話を終わらせて家に帰りたかった。

「あんたはさ――舐めたいんじゃなくて、単に誰かを“遮断”したいだけなんだろ」

 Sの目が此方を見た。意表を突かれた顔をしていた。吹っ切れた笑みを見せて、Sは答えた。
 ――そうかも、知れないな。
 それきり僕がSと話すことはなかった。
 誰の背中にも確かにある。背中の丁度真中に割って入った柱が、肉に絡まり神経を通している。上に伸ばしていけば、小さな瘤が首の付け根から浮かび上がっている。それをなぞり、僕は思う。今日も誰かが、あれの代わりに舐められているのだろうか。脊髄を遮断しようとする誰かの欲望に気付かずに、肌を粟立たせたまま、背中のただ一筋を滑らせ、這わすことを許しているのだろうか。唾液を纏い、滑り、下りる。そうして、奴は、未だ「背骨」に 恋をしている。
                       

  −滑跡−  了


何故Sは「僕」に話を持ちかけたのか?
そんなことも自由に想像していただければと思います。
形容しにくい小話ではありますが、よろしければご意見ご感想お聞かせください。













ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう