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第九項 恥じらい知らずな妻


 飲んだら絶望そのものを実感してしまいそうなスープと、偶然とたまたまが重なった奇跡によって生だった魚を残して夕食を無事に終えた。

 まさか飯食ってる途中でさえ命を賭けなきゃならないとは思ってもみなかったけど、終わり良ければ全て良しとも言うしな。いや、終わりも特に良い訳ではなかったけど。

 ベルチェには小食なんだと言って誤魔化したが、残されたショックを隠しきれない表情で「そうですか……」と呟いた彼女の顔は忘れられない。

「――可愛いって罪なんだな」

 ベルチェが寂しそうにするだけで、悲しそうにするだけで深く俺の胸を抉るのだ。スゲー愛情を感じるだけに反動も大きい。

 俺の部屋兼ベルチェの部屋のタンスから、ハーフパンツとTシャツ、それに下着を取り出して一階にある浴室へと向かった。

 脱衣所で服を脱いで、洗濯機に放り込む。自分で洗いたいところだが、きっとベルチェが無理矢理にでも洗いたがるのだろう。

 年頃の女の子に自分の服を洗わせるのは気が引けるけど。

 カラカラと戸を開け、少し熱めのお湯で身体を流す。基本的には湯船に浸かる派なので、シャワーを使ってる間にお湯を溜めておくのは忘れない。

 シャンプー、リンス、ボディーソープに石鹸。きちんと整頓された数々の風呂用品に苦笑しつつ、ありがたく使わせてもらう。

「全く、至れり尽くせりだ」

 湯船にお湯が溜まった所で、シャワーを止めて、右足からゆっくりと湯船に浸かった。湯気が浴室内に充満していて、視界が真っ白なくらいほかほかだ。これならサウナの真似事も出来るだろう。

「あ〜、癒される〜」

 んー、何か大切な事を忘れてるような。

 何が頭に引っ掛かり、俺の本能が微弱ながらも警鐘を鳴らしている。

 なんだったか。凄く大切で、人としての尊厳を守るための何かがあったはすだ……。

「悠さま〜? お湯加減は如何ですかあ?」

「――ッ!?」

 あああああ、これかあ……。

「えへへ、私も入りますね〜」

 曇りガラス越しに、スルスルと服を脱いでいるシルエットが見える。バスタオル、もしくは水着の着用を約束させたから嬉し恥ずかしびっくりハプニングは無い、はずだ。

 ヤベっ、油断してたからタオル持ってきてねえ。くそっ、このままじゃマイサンがいたいけな少女の前に晒されてしまうじゃないかっ。

 台の上に置いてあった入浴剤を引ったくるように掴み、開け口など無視して力ずくで開け湯船に入れる。急いで両手でバシャバシャと混ぜ、濁り湯にした。

 これで湯船から出ない限りは大丈夫なはず。

「悠さま、入りますよ〜」

 火照った身体に冷たい空気一瞬が触れ、湯気でほとんど見えない視界に白い何かが目についた。

 ――ちゃんとバスタオルつけてるっぽいな。

 どうやらベルチェは、さっきまで俺が座っていたイスに座って髪を流しているようだった。ふんふんふ〜ん、と愉快な鼻唄が聞こえてくるが、今はそんなのに耳を傾けてる場合ではない。

「お背中流しましょうか〜?」

「いや、いい。もう俺終わったし」

「そうですか? 残念ですう……」

 声色だけでそれなりに落ち込んでいるのがわかった。それ以前に、一緒に風呂に入ってるのに恥じらいというものが一切感じられないのはなんでだろう?

 ベルチェの事だ、神経が麻痺してるって可能性も捨てきれない。

「ん、タオルが邪魔で身体が洗えないや……」

 バサッと、湯船の縁に何かが掛けられる。白くて水分を一杯吸った、本来はほわほわとしている物。

 ――マジッスか、ベルチェさん!

 確かにバスタオルをつけたままじゃ洗えないけど、それじゃあ意味がない。幸い湯気でほとんど見えないのだが、それでももっと何かあるだろ。

 目を瞑ってて、とか後ろ向いててとかさ。

「バカっ、タオル外したら意味ないだろ!!」

 わかっていても言わずにはいられないのが俺なのだ。

「ええっ? だってタオルつけたままじゃ洗えないんですもん。うふふっ、この後のにゃんにゃんに備えてちゃ〜んと磨いておきますからね〜」

 にゃんにゃんってナンデスカ〜〜〜!?

「……っ」

 頭に血がのぼったらしく、頭がかくっと落ちそうになる。このままじゃ本当にのぼせかねない。もしそうなったら――。

 びっくりしたベルチェは慌てて俺を湯船から引き摺り出す。
 身体を冷ますため浴室から出す、アンド俺のボディー公開。
 七割の確率でベルチェに観察される。いや、されてしまう。
 ちょっとだけ悪戯しちゃえ〜。
 ベルチェ、何だか変な気分に。
 ――そのままにゃんにゃんに移項。

 だからにゃんにゃんってなんだ!? 知りたいけど知りたくないのは何でなんだっ!?

「べ、ベルチェ? タオル持ってたりしない?」

「タオルですか? 持ってますよ。はい、どうぞ」

 にゅっと差し出された泡まみれの手からバスタオルを受け取り、さっと装着する。

 これで一安心だ、ああ良かった良かった。

 ほっと息を吐いたのもつかの間、ベルチェからの第二波が攻撃を仕掛けてきた。

「失礼しますねっ」

 どこかウキウキを伴った声と一緒に、病的に白い足が俺の隣に入ってきた。その後、もう片方の足。そして水位が上がり若干お湯が零れる。

 フニッと、肩に当たる感触がやけに生々しい。

 ――ぐぬぬっ、なんなんだよこの娘はッ!! 普通入ってこないだろ?! 健常者じゃ異常者の気持ちは理解出来んっ!!

「ふふっ、悠さま〜」

 甘えたような声でぽむっと腕が何かに挟まれた。スベスベしていて柔らかく、それでいて弾力もあるなにか。な、ナニか。なななな、なんだろうか。

 んん? いや待て、スベスベっておかしくないか? 何がくっついてるのかは大体想像出来るが。

 恐る恐る視線を下げて、目を細めベルチェの姿を確認した。彼女は金色の髪をゴムで束ねて、恍惚とした表情で俺の左腕に抱きついている。

 狭い湯船に二人、立ち上がれば振り払えるだろうが湯船に浸かっている限りは無理だろう。

そして更に視線を落とすと、完全に露出した肩。更にその下にはぷかぷかと浮かぶ――。

「お、おまっ、おまっ、おままままっ」

「はい? おま? ……ま、まりも」

「も、もずく。ってしりとりじゃねェよ!! 何でお前タオルつけてねェんだこのボケッ!!」

 ――ああ、ふらっときた。毛細血管が破裂しそうです。

「く、くも?」

「も? またもかよ……ってだからしりとりじゃねェッ!! 何でタオルつけてないんだよ?!」

「何でって、悠さまが使うって言うから」

 自分のかっ!? お前は自分のタオルを俺に渡しちゃったのかこのボケナスがっ!?

「うおおお……っ。頭が割れる……」

「だ、大丈夫ですかっ! 頭大丈夫ですか?!」

「どういう意味だちくしょうめ。つか、お前のせいだっつの!!」

 やっべ、マジで危ないわこれ……。

 ふらふらする頭を抱えながら、音速で浴室を出て一息で身体を拭き服を着る。

 良く頑張ったと思う。この状態で、良く服が着れたと思う。

 でも、もう無理っぽいです。

「くあっ……」

 背中に強い衝撃が走り、誰かの絹を裂くような悲鳴が頭の奥深くに響いていた。






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