第八項 お約束な妻
二階にある俺の部屋……ってか、俺とベルチェの部屋に戻ると、いつの間にやったのか我が家にあったはずのタンスがちゃっかり部屋の隅に置かれていた。服もばっちり入っていて、微妙に気味が悪い。
「……なんだかなあ」
某有名なセリフが口をついて出る。俺用タンスの隣にベルチェのらしきタンスと、化粧棚。あれだけ接近していたのに化粧をしていたのがわからなかったのは、相当なナチュラルメイクだったからなのか。
――俺、ここで寝るのかあ。
中央にはダブルベッドが一つ。一つ、一つだけ。つまりアレか? 同じ部屋だけではなく、同じベッドで寝ろと? ベルチェさんはそうおっしゃっているのでしょうか。
「悠さま? お着替えは終わりましたか〜?」
「ん、おう。もう良いぞ」
ガチャッと控え目にドアを開けて、照れ臭そうに笑うベルチェが部屋に入ってくる。
ラベンダーの香りが――うおぷっ。
おそらく、と言うか確実にベルチェからだろうけど。色んな意味で今はヤバかった。俺だって高校生しかも彼女無しだったのだ。いや、今でも彼女いない歴を訊かれれば18年と答えるが。
だってベルチェは彼女とかのステップをいくつもとばして、いきなり妻だし。なんかめちゃくちゃ、色々と複雑な意味で誘われてますしね俺ってば。
18の男子がこんな美少女の二人きり。しかもなったばかりとは言え、曲がりなりにも夫婦なのだ。こう、危うい何かが込み上げてくるのも否定出来ない。
ベルチェがこんな細っこくて、可愛くなきゃこんな気持ちにもならないのに。
人間、なんだかんだ言って容姿は大切なんだ。
「夕御飯が出来ましたが、食べます?」
ベルチェは後ろでに組んで、つけている薄いピンクのエプロンをほれほれと強調していた。ニヤニヤしてるのは、可愛いとか言ってもらいたいからだろう。
悪いなベルチェ。現実はそんなに甘くないのだよ。
「お前が作ったの?」
「…………そうですよ」
不満たらたらだったが、唇を尖らせながらも、めげずにまだエプロンの強調をやめない。それよか更にエスカレートし、意外に大きい胸をグイグイと突き出すようにして、なんとか見てもらおうと頑張っている。保育園で書いた似顔絵を誉めてもらおうとしてる幼児のようだ。
可愛いな、ベルチェ。
仕方ないから心の中で誉めてやる事にした。ベルチェに伝わらないのは惜しいが、俺はテレパシーじゃないので諦めてもらいたい。
「そっか。なら食おう、腹減った」
「……」
愕然とした表情で石化でもしたように、ピシッとベルチェの動きが固まる。
そ、そこまでショック受ける?
「むむ」
あまりにも動かないので頬をつついてみる。プニプニしていて気持ち言いけど、やはりベルチェは動かなかった。
なんかここまで動かないと逆に怖いな。しかも今にも死にそうな顔のまま固まってるしよ。
「……ふ〜」
今度は耳に、優しく息を吹き掛けてみた。
「……っ」
ピクッと肩が反応し、若干頬に赤みがさす。が、まだ固まったままだ。
「強情なやつめ」
しばらく吐息を吹き掛けてみる。ピクピクと肩や頬、それに腰の辺りが反応しているがそれでもベルチェは再起動しない。既に顔は湯気が出そうなほど真っ赤でも、どんなに身体がピクピク動こうがベルチェは固まっていた。
まさか、これは褒めるまで動かないとか? 無視されたのがそこまで胸に突き刺さったのか?
「……エプロン、似合ってるぞ」
自分にしか聞こえないほど小さな声で、独り言のように呟いてみる。
「えへへ〜、そうですかあ〜? くふふ、ふふふふっ」
ふ、復活した!! しかもなんかすげー笑顔だしっ。
両手で口を押さえているが、零れる笑みは止まる所を知らない。ベルチェは「ふふ、ふふふ」と静かに笑って、目を細める。
「じゃあ、下で待ってますから早く来て下さいね〜。早くですよっ」
物凄い上機嫌で、鼻歌混じりに部屋を去って行った。身体が弾んでいるのはスキップしているからだろう。ただ『似合ってる』の一言でそこまで喜ぶとは……もしかして操作しやすいとか?
ベルチェの操縦法がわかればそれなりに五箇条を無効にする事が出来るはずだ。勝機はここにあるっ。
「もしかしたら、解放も有り得るかもしれない……」
ようやく見い出せた光は、儚いほどに小さな光だったけど。無いよりは増しだと思うしかない。
大河の事もあるし――やるっきゃねえな。
一階の居間に向かい、テレビなどの家具がほとんどない部屋でベルチェが料理を運んでくるのを待つ。ちゃぶ台以外、ここまで物がないというのも逆に落ち着かないものだ。
まあ、超絶美少女と二人きりの時点で落ち着けるはずもないんだが。同学年だろうが何だろうが、ベルチェほどの奴はは見たことないし。
――っていうかあいつ、学校どうすんだ? まさかある日転校生としてやって来るんじゃ。有り得る、有り得すぎるだけに恐ろしい。
ベルチェが同じクラスだなんて、地獄という他ないだろう。もしそうなれば24時間監視されてることになるのだから。
「お待たせしました〜、ご飯ですよ〜っ」
おぼんに乗った料理を、ベルチェが丁寧に並べていく。箸なんてそのままじゃなく、箸置きを使うしまつだ。これだけでも真面目な性格が良くあられている。
「……?」
な、なんだ? 鼻が痛い。なんか目もたまねぎ切ったみたいに染みるし。
ちゃぶ台に乗っている料理の数々に目を通してみることにした。
まず目の前にあるのは、ほっかほかの白米。一粒一粒が輝いていて、めちゃくちゃ美味そうだ。
次にサラダ。トマトやキャベツ、ゆで卵などバランス良く盛り付けられている。これにも特に問題はない。
「いてっ」
突如突き刺すような異臭に襲われ、慌てて鼻をつまむ。まるでアンモニアを間近で嗅いだような、臭いとかそんなレベルじゃない。文字通り、痛いのだ。
――な、涙が止まんねェ……。
「? どうかしました?」
「いや、なんか鼻と目が痛くて」
なんなんだこの異様な臭いは。異様っつーか毒ガスと催涙ガスを撒き散らしたような空気は。この部屋何かに汚染でもされてんのか?
「あとはお魚と……」
よいしょ、とキレイに焦げ目のついた魚をちゃぶ台に置き醤油をちょびっとかける。
「最後はスープですっ」
――奴はやって来た。今までずっとまともだったのに、最後の最後で、ある意味お約束の料理がやってきた……誰も待ってなんてないのに。
「な、なななななんだこれ!?」
「なにって、スープですけど?」
何を当たり前の事を、と怪訝な表情で首をかしげる。ベルチェはスープと言ったが、これが世間で言われるスープなら俺はこの世界にスープなんて毒物の存在は認めない。
一面の紫。コプコプと時折ガム風船のように膨れ上がり、ピチャッと音をたてて毒々しい煙をあげる。その瞬間、目と鼻が同時多発テロに襲われるのだ。これはもう兵器とかそういった類いの物だと思う。
――絵本に出てくる魔女の釜に入ってるやつに酷似してるな。
お約束だ、お約束すぎる。真面目なやつほど実は料理が下手って、もしや真面目度に比例して料理の下手さが変わるのか? だからベルチェの料理はこんなにも人を軽く殺せそうな色をしてるのか?
いや、だがスープ以外はまともだし。
「それでは、いただきましょう」
「お、うっ。い、いただきます」
飲まずとも、近くにいるだけで徐々にHPを削られる毒沼スープは後にするとして、とりあえず一番旨そうな白米に箸をのばす。ドキドキと期待と不安と不安と不安が入り混じるような視線を浴びつつ、口に運ぶ。
「……美味い」
――驚くほど普通に美味い。や、白米を不味く作れと言うのも無理な話だが。
「ホントですかっ? えへへっ、頑張った甲斐がありました」
お兄さんは他のをもっと頑張ってほしかったよ。スープとかスープとかスープとか――。
続いて、こんがりと焼けた魚。つぷっと柔らかく箸を刺し、身をわけて口に放り込んだ。
「……ぬあにっ!?」
ゎ生だよっ!? 生ですよこれ!? どうやったんだ? 皮はこんなな美味そうに焼けてるのに、身は完全に生じゃん。半生とかじゃなくて、生だよ?!
「どうです?」
「どうですか?! むしろお前の頭の調子はどうですか?!」
「――はい?」
「絶好調ですかそうですかっ」
ベルチェのキラキラと輝く瞳を前に、言葉を詰まらせる。裏切れない、俺にはこの目を裏切ることは出来ない。
無理矢理飲み込んで、笑顔をつくって見せる。
「えへ、良かったあ」
彼女も自分の箸で魚をつつき、パクッと食べた。はむはむ、と良く噛んでこくっと喉が上下する。
「うん、美味しいっ」
マジですか? これ、生だぞ? ベルチェの家じゃ焼魚は皮だけ焼いて、身は生で食べる習慣でもあったのか?
良く良く見るとベルチェの魚だけ身までしっかりと火が通っている。つまり……俺のだけ奇跡って言葉を使わないと説明出来ない確率で、生焼けって事ですか?
――そんなバカなっ。
「んくんく。? 悠さま? 食べないんですか?」
「あ、ああ。食べるぞ」
毒沼スープと奇跡の生魚以外はな。
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