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第七項 蒼い瞳の仔ウサギ


 午後の授業が終わり次々と部活な家路につく生徒が続出する中、俺はイスに座ってぼーっと外を眺めていた。

 どうにも帰る気になれない。家に帰ればベルチェが待ち構えてるはずだし、バカ母の方に行けばベルチェに愛が感じられないと言われ監禁されるのがオチだろう。ああ、なんて不幸な俺。

「おっす、悠。まだ帰んねえのか?」

「……なんだ、雄也ゆうやか」

 ニカッと俺の机の前で笑うスッキリした顔立ちの男子生徒――永井雄也は、サッカー部のキャプテンにして、チームの司令塔。モテ男とは雄也のためにあるような言葉であり、ラブレターを貰わない日の方が少ないらしい。

 爽やかな笑顔と、試合中の凛々しい顔のギャップが人気のようで、男の俺から見れば賛同しかねる意見ではある。

 それに何でこんなクラスの人気者が、地味男な俺に声をかけてくるのかも良くわからん。雄也曰く、俺が良い奴だからだとか。良い奴って漠然と言われると、なんだか馬鹿なされているようで腹立たしいのは俺だけだろうか。

「ははっ、お前くらいだぜ? オレが声かけてそんな適当な反応するのは」

「自惚れんな畜生め。お前なんか、その他大勢の野郎と変わりねえよ」

「かかっ、最もだ。ちょっと調子に乗りすぎたな」

 雄也はニヤッと白い歯を見せ、俺の机をバシバシ叩いた。人の反応がそんなに面白いのだろうか?

 世間一般にイケメンと呼ばれる人間の思考回路は意味不明だ……。しかもこいつ、ものすげーアホな性格してるし。

「で、なあに黄昏てんだ?」

「誰が。ただ帰りたくないだけ」

「ふ〜ん、親とケンカか?」

 俺が首を振ると、雄也は怪訝な表情で首をかしげる。ぼんやりと口を開け、思考の迷路に入ってしまっているようだが、こんなアホ面のどこに魅力を感じるのか俺には理解出来ない。

 ……女心って、難しいな。ま、わかってるんだったらこんなに苦労してないだろうけどよ。

「雄也は? 部活どうした」

「ん? ああ。また来ててさ」

 大きなスポーツバックから一枚の封筒を取り出す。ハートマークのシールで封をされたそれは、窓から流れてくる風でひらひらと踊っていた。

 ――また貰ったのかよ。飽きないねえ女子も。

 つかず離れずを保っている、俺と女子逹の距離感からすれば、高校生活において、ラブレターなど一生拝む事はなかったと思う。そういう意味では有難い存在……なのか?

「んで? 何回目?」

「この子は……四回目」

 雄也は基本的にラブレターを貰っても、返事うんぬんを全くしないのだ。何故だかはわからないが、そのせいで同じ人間から何通もくるんだとか。自業自得のくせに、同じ奴からくるとげんなりする雄也の優越感が妬ましい。俺も短い人生一度で良いからやってみたいもんだ。

「いい加減返事してやれよ、かわいそうだろ」

「かわいそう、ね。オレは手紙一通程度で伝えられる気持ちが、本当の『好き』だとは思わないがな」

 一瞬だけ真剣な眼差しになったが、すぐにいつものアホ面になって俺の肩をポンッと叩く。

「ま、お前も誰かに告白すんなら手紙なんていう邪道じゃなくて、正々堂々といくんだな」

「……覚えとくよ、モテ男くん」

 フッと笑った雄也は、カバンを肩に担いで教室を出て行った。

「――正々堂々、か。それが出来れば苦労しないんだけどな。案外、ラブレターなんてこっ恥ずかしい物書いてる奴も同じ気持ちだったり……」

 窓から校庭を見下ろし、走り込みをしている空手部に目を向ける。トラックをぐるぐると回る列の先頭、一際声を張り上げる少女がそこには居た。

「……大河」

 窓に手の平を合わせ、重い息を吐く。硝子に触れた息は、季節が季節なだけに白く曇らせる事はなかった。あれをキュキュッてやりの好きなんだよなあ、キュキュッて。

「ん?」

 走り込みが終わったらしく、空手部は中央に集まりストレッチを始めた。男女合わせて大勢居る中、一人の少女が校舎を見上げている。

 ――紛れもない、大河だった。

「……」

 小さく手を振ってみる。

「――!!」

 大河は遠目でわかるほど驚いたような顔をしていたが、しばらくするとここからでもわかるくらい満面の笑みで手を振り返してくれた。それこそ、腕を旗に見立てて大きく振り回すように。

「……」

 こんなしょうもない行動が、どれだけ人をドギマギさせているか本人は気づいているのだろうか。

 ――心が弾んだのは、そう言う意味じゃ必然だったんだ。





 重い重い足を引きずりながら、家路へとつき新居の前で立ち尽くす。どうしても入る気にはなれない。それ以前に自分の家だとは思えないのだ。

 しかも――隣は大河宅。今朝ばったり会ったのだって偶然じゃなくて、あの時間にこの場所に居れば、学校へ行く大河に遭遇するのは当然。遇、怒、殴、死、滅。一連の動作が目に浮かぶようだ。悲しい事この上ない。

「はあ、何で帰るのにここまで鬱にならにゃならんのだ」

 納得出来ない。どっかで嘲笑う神のくそ野郎に一発かましてやらなきゃどうにも収まりそうにない。

 いや、こんな事を考えてるから天罰が下ったのかもしれないが。だからと言って、てめえみたいな性悪に祈ってやるものか。

 溜め息混じりに門を通り、ノブに手をかけて一気に開ける。

「えぐっ、えぐっ……」

「……ふんっ」

 なんか変なのが見えたような気がしたので、力一杯ドアを閉めた。

 い、今のはいったい……? どことなくベルチェに見えたような気がしたんだが。しかもなんか玄関に正座したまま号泣してたような。ま、まさかな。いくら変人職を極めたあいつでもそこまで変……変って言葉で片付けたくないけど、頭のネジが九割緩んでガッタガタの頭蓋骨でもまさかそこまで性根はアホじゃないだろう――と思う俺がここに居る訳で。

「……よ、よし」

 震える手で再びノブに手をかけ、思い切ってドアを開け放つ。

「悠さまああああっ!!」

「――くぼっ」

 何者かって言うか、涙と鼻水で顔をぐしゃくしゃにしたベルチェが飛び付いてきた。腹部にぶつかってきた衝撃で、出ちゃいけないモノが出そうになったがなんとか飲み込む。食道をどうやって通ってきたのかは謎である。

「ざみじがっだですう〜〜!!!」

「こ、こらっ、服に顔を擦り付けるな汚れるだろ!!」

 ベルチェは摩擦熱で発火しないかと心配になるほどの速さで、ゴシゴシと俺の胸の辺りに頬擦りをしていた。

「一人は寂しいです、私は悠さまと二人が良いです……」

 その仕草があまりにも必死で、無垢な愛情からくるものだとわかり――わかってしまい、何も言えなくなってしまった。

 いや、ただ単純に可愛いと思ったのだ。背中に手を回し、ギュッと抱き締めたい衝動を抑えるのに必死で、汚れるとか恥ずかしいとかそんなちっぽけな事に気を回してる余裕が無かっただけなのだ。

「ベルチェ」

 ベルチェの震える肩にそっと手を置き、反対の手で頭を撫でる。

「お前は――っ」

 自分が今何を口走りそうなったのかわかり、慌てて口を一文字に結ぶ。なんだか普通に話すように『可愛いなあ』と言いそうになってしまった。今のベルチェはそれだけ可愛らしく、愛嬌に溢れている。見ていて恨めしくなってしまうほどに。

「……悠さま?」

 不思議そうに見上げるブルーの瞳と目が合ってしまい、咄嗟に目を逸らす。

 ヤベェ、クるなあああっ。

 心臓にバキュンバキュンどころか、ズガンズガンとアハトアハトレベルの鼓動が押し寄せる。痛いというより、もう破裂しそうだった。血管は膨張し、血の巡りがドクドクと急かすように送り込む。

 ――無駄な抵抗は止せ。抱き締めたいなら抱き締めてしまえ。妻なんだから別に良いじゃないか。大河? なにそれ美味しいの?

 内蔵どもの叫びが理性を蕩けさせる。腕は石のように固まり、ふわふわと宙をさ迷っていたが、親鳥が巣に帰る如く金糸に包まれた小さな頭に収まった。

「どうかなさいましたか?」

「い、いや、なんでもない」

 動揺を誤魔化すべく、きょとんとするベルチェの髪を優しく撫でる。

「えへへ〜」

 彼女は顎を撫でられた仔犬のように目を細めた。誤魔化すどころか、気持ち良さそうな表情に俺の胸はドッキンドッキンするばかり。

 つーか、なに自然に頭撫でてんだ俺は?

 あまりにも犬チックなベルチェに、何事もないように手が出てしまった。基本的に動物好きな俺からすれば、当たり前の行動なのだ。これを言うと驚かれるのは目付きが悪いせいだろう。

「悠さま?」

「ん?」

「愛していますよ?」

「うっ、あ、おう……」

 今朝までは何ふざけた事言ってるんだこいつは? なんて思ってたのに、今のは酷く胸に突き刺さった。

 そういや、今日はベルチェの事ばっか考えてたなあ。

 ぐるぐる、と。身体の中心にある渦が、乱れ始めたような気がした。




今気付いたのですが、七話まできていまだに一日たってないですね(T_T)プロローグが長いのは毎度の事ですが、いい加減になおさないと先に進まない…(-_-;
まぁ、なんとかなるか(^-^;)


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