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第三十九項 ドロドロで粘着質なコイ


「ふう、さてどうすっかな……」

 今日やる分のノルマを終え、昼食を食べたままの恰好で一息吐く。

 ちゃぶ台を挟んで目の前には、ベルチェが行儀良く正座で緑茶をすすっている。金髪碧眼とのミスマッチ度と言ったら凄まじいものがあった。

 今日明日と、修学旅行の代休として休みが設けられている。九割方勉強に時間を費やすのだろうが、流石に一日集中力が保つかと言えばNOであり、お隣の瑞池さん家の大河さんも勉強に励んでいる事だろう。こうして漠然とした時間が余るのは、この家に来て初めなのだ。何をどうして良いのか分からない。大河は勿論、ああ見えて雄也も成績が良い。遊びに誘えるほど俺もトチ狂っていない。

「悠さま、今日のご予定は?」

「今日? んー、特にねえなあ」

「ほう」

 意味深な笑みを浮かべ、何故かぽうっと頬を紅潮させる。少しだけ目を細め、流し目を送ってきてるのは故意だろうか。もしそうなら、お前には似合わないとはっきり言ってやった方がベルチェの為である。

「あのー、じゃあ今日は瑞池さんのお宅に行きませんか?」

「……大河ん家?」

「いえ、瑞池さん家です」

 ……何が違うんだろう。

 つか、大河ん家? こいつが? ベルチェイン大河? ニトロに火炎放射器向けるようなもんだろ。危険過ぎる。

「ほら、この間悠さま言ってたじゃないですか。暇なら瑞池さんのお宅にお邪魔させてもらえって」

「……ん、ああ」

 そういえば、ベルチェが捨てられた仔犬みたいにくんくん鼻を鳴らすもんだから思わず言っちまったんだっけ。大河母はたいへん気さくな性格で、ベルチェにもしっかり相手をしてくれると踏んだのだ。嬉しそうな声色からして結構仲良くなったと見る。

 昔から俺や大河をからかうのが生き甲斐みたいな人ではあるものの、うちのバカ母に比べたら幾分かマシだった。ああ、我が家族は生きているのだろうか。なんて無意味な思考に陥ってしまう事が無いのは、隣に大河母が居ると言う安心感からなのだろう。そうでなければ、俺は両親を身内として考えていないって事になってしまう。

「瑞池さん、凄く優しい方で。この間も昼ドラの話で盛り上がってしまったのですよ」

 両手を頬に当て、何故かかぶりを振る。

 ベルチェが昼ドラねえ。地味だが着実にレベルアップを果たしている家事のおかげで、ベルチェも立派な主婦になって来ている。

 それにしても、昼ドラの話で現役バリバリの主婦と盛り上がる二十代新婚ってどうよ? 個人的には俺の今現在の状況がドロドロすれすれだからシャレにならんのだが。五箇条がなきゃもっとこう、上手い具合に話が進むのに。更に言うと、ベルチェが鏡もそっぽを向く不細工で傲慢チキの変態――いや変態なのはまさにだけど概ねこーんな感じなら良かったのに。良くねえか。んなのと結婚させられる俺よ……。

「菱形三十面体関係の恋ってタイトルなんですけど。凄いドロドロなんですよっ」

「――だろうよっ。俺の想像の遥か上空を飛び越えて行きやがったさ! ドロドロつか、もういっそ死んだ方が幸せになれるんじゃね?!」

 ぐちゃぐちゃで訳分かんなくなりそうだなそのドラマ。主要登場人物もやたらと多そうだし。ああ、三角関係とか四角関係とかが可愛く思える。なんて愛しく幼稚なものか。菱形三十面体関係に比べたら遊びみたいなもんだ。

「そうなんですよー。二話に一回くらい、貴方を殺して私も死ぬわっ、みたいな展開があって」

「……最早サスペンスだろそれ。いつか絶対誰かが断崖絶壁に追い込まれるって」

「バタバタと登場人物が死んでいく中、脇役だった登場人物が片っ端から関係に飛び込むんですよ。もうそれが怖くて怖くて、藁人形に釘は常用ですからねえ」

 ……サスペンスホラーでした。

 子供が見たら直ぐ泣くな。良かった、がきんちょどもが登校してる真っ昼間に放送されてて。もしゴールデンなんかに、しかも平日毎日放送なんかされてみろ、そこらで子供の泣き声が聞こえてくるぞ。

 しかしまあ、今時のドラマは凄いなあ。菱形三十面体関係なんて、誰が考えついたのか。作家に向けて厳しいご意見を送りつけてやりたい気分だ。

「もし悠さまがそんな関係の中に居たらどうします?」

「真っ先に自殺する。そりゃもうドラマの一話が始まって十秒もしないうちに」

「えへへ、大丈夫です。わ、た、し、が、守って差し上げますから。ふふふふふ……」

 いや、お前から一番逃げたいんだが。なんか差し上げ、が刺死上げに聞こえてしまう恐怖。上ると書いて逝くと読む、だな。

「……は、はははは、そ、そっか」

「ええ。うふ、うふふふふ」





「あら、いらっしゃい。今日は悠くんも一緒なのね」

「はいっ。悠さまがどうしても私と一緒に居たいって言うので」

「……一言も言ってねえ」

「何か言いましたか?」

 別に、と返し、にこやかに迎え入れてくれた瑞池母の後に続いてリビングに向かう。

 三人は座れそうなソファと、一人用のソファが二つ並んで向かい合い、ソファの間を挟んでテーブルが鎮座している。家のとは比べ物にならない大型テレビはいつ見ても圧巻だった。瑞池母の趣味がテレビ、映画鑑賞だからそのせいなのだろう。

 リビングに大河の姿がないのを見ると、大河は部屋で勉強してるようだった。同級生の母親と遊ぶ野郎ってのは俺くらいなもんだ。ま、ベルチェも一緒だけど。

 瑞池母に促され、長座のソファに腰を沈める。隣にはベルチェが。

 相変わらずの快適感だった。魔性と言っても過言ではない。脳味噌が動くなと電気信号を30ワットくらい出してるような気がする。とんだ超人だった。

「まあ、悠くんは気持ち良さそうな顔して。昔から家に来ると真っ先に座ってたわよねえ」

「……ええ、まあ」

「悠さまって、ソファがお好きなんですか?」

 ベルチェの言葉に、瑞池母がくすりと上品に笑う。大方ガキの頃の俺でも思い出しているのだろう。ベルチェに話されるのは嫌だが、このソファのふかふか感と言ったら。思考能力を著しく低下させやがる。

 テーブルに並べられたコップを手に取り、くいっと飲み干す。

「あら、もう飲んじゃったの? おかわりは?」

「あ、はい。お願いします」

 瑞池母にコップを渡そうと手を伸ばし――。

「……!!」

 一瞬手が触れビクリと肩を震わせる。瑞池母は何でも無かったようにコップを受け取り、麦茶をトクトク注いでいた。

 瑞池母の反応は正常なものだ。俺が大袈裟過ぎるのだろう。俺が一般人と同じ立場に居るのなら。

 最近は修学旅行に行っていたからすっかり忘却の彼方だが、俺にはハンブラヒ法典とは違った路線でも、俺にとっては同じくらい凶悪な五箇条があるのだ。

 恐る恐る、隣に座るベルチェの顔色を伺う。

「――わあ、良い笑顔」

「悠さま? 分かってますよね?」

「……はい」

 流石に、学校の時みたいな膝の上に横座りとか言う、前頭葉がバグッた行動はおかさなかった。俺の横から、ヘビのように腕を首に巻き付け、きゅっと抱き寄せられる。肩にあたるふにゃっとした感触はもうお馴染みの化していた。とは言っても、容姿だけなら平均以上、100人に聞けば100人が可愛いと返すほどなのだ。馴染みとは言え、感触と精神的ダメージは別物であり。

 ベルチェから漂う甘い香りが鼻を擽る。密着状態は今日で二度目。いや、寝ていた時の事を考えれば三度目か。こいつの肉体的スキンシップ――所謂お触りは異常だった。触ると言うか撫でつけると言うか、セクハラされてる気分なのだ。

「はい、むぎ――ま、まあ、仲良しねえ」

 瑞池母も、困ったように微笑を浮かべる。そりゃ目の前でこんな状態のバカップルが居たら困惑もするだろ。

「もう、悠さまったら。約束を破るなんていけない子ですねっ」

 とか言いながら、表情はすげー笑顔だった。





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