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第二項 しちゃったもん勝ち!!


「――と言う訳で、宜しくお願いします」

 無事、縄はほどかれ少女の熱烈かつ妖艶な口付けから解放された。が、一つ見つめなきゃいけない現実が立ちはだかる。我が眼前で、嫁入りを果たしたかのように三指ついて、お辞儀する少女についてだ。

「……あ、いや」

 これを無視すれば、俺は一生恋愛とか愛情とか芽生えちゃいけない人種になってしまう。それこそ、人類のゴミだめ行きでもオッケーなくらいに。

「一つ良いか?」

「はい? なんでしょうか?」

 女神も思わず溜め息を吐くような笑顔の少女だが、今はそんなの見てる場合ではない。……やっぱりもう少しだけ見ておこう。

「ぬんっ」

 全身全霊を人差し指に込め、緑色の触覚がはえた超人のビームを放たんばかりに、少女に向かって突き出す。

「お前だれだッ!!?」

「……はい? あなたの妻ですが?」

「……ああー」

 間違っちゃいない。さっきのも幻覚でないとしたら、俺は確かに自分の意思で婚姻届にサインしたのだから。

「ちなみに、悠さまのお父様とお母様には許可を貰っています」

 少女がにこやかに、無邪気に笑って婚姻届をファイルにしまった。国宝でも扱うかのような恐々とした手付きに苦笑してしまう。

 ――その瞬間。

「はっぴ〜ば〜すでい悠!!」

 バカ母乱入。

「はっぴ〜にゅ〜いや〜悠!!」

 バカ父乱入。しかもなんか新年迎えちゃってる。脳味噌が目出度いからか?

「そしてっ!!」

 バカ父とバカ母は互いに目を配り大きく息を吸い込むと、近所迷惑とか早朝だとかそんなのを一切無視して声を張り上げた。

「結婚おでめとう〜!!」

 二人仲良くかんだのは放っておいてやろう。問題は、その内容だ。発情少女はパチパチと拍手してるし、父母はやりきった顔をして胸をはってやがる。しかもなんだ? 結婚おめでとうって。

 ――マジヤバいんですけど〜。ちょーヤバいって感じなんですけど〜。マジヤバフジヤマ〜。フジヤママジヤバ〜。……ありゃ?

「えっと、結婚てマジ?」

 ここは前向きな両親シカトで話を進める事にする。少女は不思議そうに首をかしげて、下唇に人差し指を当て、にぱあっと口の端をつりあげた。むう、可愛いなちくしょう。

「マジもマジです。本気と書いてマジですよ、私は」

 言い回しが微妙に古いが、ここもあえてスルーする。無垢な笑顔に嘘偽りがあるようにも見えないから、本当に俺と結婚するつもりなんだろう。

 ああ、心が痛い。凄く痛いよ……。別に騙したくて騙した訳じゃない。軽いノリで書いてしまったのは本当の事だが、俺だって起きたら縄でミノムシにされてて、目の前にはあり得ないほど可愛い女の子が居たんだ。混乱だってする、現実逃避だってするさ。だって人間だもの。

 ――つーことなにか。さっきのキスもマジもんって事か。あ、ちょっと特したきぶ……げふんげふん。

 まあ良い。とりあえず現状を確認しろ。そしていつもの俺に戻るんだっ。

「で、どちら様?」

 ようやく出た自分らしい口調にホッと息を吐く。

「あ、申し遅れました。私、ベルチェ・リナワーカーと申します。以後、よろしくお願いしますね?」

 深々と頭を下げて、リナワーカーさんは姿勢を正す。こうして見れば、さっきの熱烈なき、き――アレをするような人には見えない。って言うか見たくない。たく、純情な青少年になんてハレンチな行為をしてくれやがったんだ。

「俺、微妙に混乱してるから確認して良い?」

「はい、どうぞ」

「えと、リナワーカーさんは――」

「あ、ベルチェで構いません、呼び捨てで。夫婦ですからっ、えへ」

 聞き逃しちゃいけない単語が入ってたような、入ってなかったような気がしたが、再びよいしょと隅においやった。

「んじゃ、ベルチェは何でこんな真似を?」

「あなたを愛しているからです」

「……さっきも訊いたけど、俺と結婚するって本気?」

「はい、むしろ望むところです」

 ――マジか、やっぱりマジかこいつは。なんか全幅の信頼をおいてますよ〜オーラがこれでもかって飛んで来てるんですよね。ひしひしと感じちゃってるんですよねこれが。

 いや、待て。そもそもの、そもそもを忘れてたぞ?

「俺、お前の事知らないんだけど」

「知っています」

「じゃ、じゃあ何で結婚なんか?」

「ですから、愛しているからです」

 きっぱりとカッコいいくらいに言い切る彼女に、思わずクラッときた。これは彼女の健気な姿にきたんじゃない。なんでか知らないけど、愛情度がしょっぱなからマックスなのだ。そりゃもうメーターをはち切らんばかりに。

 俺がベルチェを知らないのを彼女は知ってる。でも俺を愛している……と。ますますわからん。とんだ謎かけだ。

「お前が本気なのは良くわかった。でもさ、なんつーか……悪いな」

「?」

「初対面で結婚なんて普通無理だろ? それに、そんな簡単に決められる事でもねえし」

「……」

 少女は目を見開くと、ギュッと唇を噛んで心痛な面持ちで府いてしまった。

「……はあ」

 なんで今日が誕生日かな。今日ほど自分の誕生日が4月7日だった事を悔やむ日はねェよ。違う日だったら、俺は17で結婚なんか出来なかっただろうから。いや、所詮それも逃げか。俺に出来る事があるとすれば、誠心誠意謝るくらい。てーとあれか、今日を待ち伏せしてって事? なに、あなたスパイか何かですか?

「……残念、です」

「ああ、悪い……お?」

 笑って、る?

 顔を上げた少女は酷く無邪気で、残酷で、そして無垢な笑顔をしていた。すっと、懐から日本じゃ滅多にみない銀光りした拳銃を取り出す。なんであんな物騒な物を持ってるのかは不明だが、とりあえず命がピコンピコンと警報を全力でならしているのはわかる。

「悠さま、サインしてくれたのに……」

 左手には、婚姻届の裏についてたっぽい紙を持って――。

 言ってる言葉はすげー悲しそうなのに、銃口をつきつけるとは何事だ。しかも満面の笑みで。恍惚とも残忍ともとれる猟奇的な笑顔が俺の心臓をギュッとアイアンクロー。これはもう愛とかじゃなくて、愛憎レベルのような気がしてならない。

「さようなら、悠さま。あの世で待っていてくださいね?」

「……はい?」

 息がつまる。いや、この至近距離で拳銃を向けられたら誰だって縮み上がるはずだ。でも俺が注目したのは『そこ』ではなかった。

 美しく、可愛らしく残酷に笑う少女の左手。紙に書かれた内容――。

「結婚奴隷五箇条?」

「本当はこんな事したくはなかったのですが、この五箇条に従ってあなたを殺さなくてはなりません」

 寂しげに、愉快に、高揚を抑えきれないといった態度で俺の額に銃口を押し付けた。ひやりとした鉄の塊。額に触れたそれは、息づくように銃口から冷たい空気を吐き出している。

「結婚奴隷五箇条、第五条に従い、あなたを殺します。お覚悟、よろしいですか?」

 よろしくない、よろしくないが……ちょっと待ってほしい。なんだ『これ』は? 人権とか平穏とか、破っちゃいけないものが沢山破られてるじゃんかよ。

 ――結婚奴隷五箇条、俺の人生を混沌につき落とすであろう情けを知らないその五箇条には、俺に圧倒的不利な内容が書かれていた。

「あなたの事は心からお慕いもうしています。ですから、どうか死んで下さい。大丈夫、痛くありません。愛する悠さまに苦痛を与えるような事はしたくありませんから。私も、すぐに後を追います」

ぞくりと、背中に危ないなにかが走ったような気がした。

「そして、今度こそそこで結ばれましょう?」

 ――これが妖艶で、危険で、殺意と執念と愛憎に溢れた少女との出会いだった。



次回、この物語の核となる五箇条について触れていきます。


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