第十二項 朝賀幸が現れた。
「うっプ……」
なぜだ、なぜあいつは魚肉と汁類が絶望的なまでに下手なのだ。白米とサラダはあんなに美味いのに。や、この二つを不味く作ろるのはかなり難しいが。
にっこり笑って「残さず食べて下さいね?」なんて語尾にハートがつきそうなほど、甘えた声で言われた日にはもうどうするのが最善なのか判断出来ない思考に陥ってしまう。その後に控えた学校のためになんとか生魚だけは回避し、今生の別れのように涙するベルチェを振りきって学校に来たは良いんだけど。
――その、なんだ。そこを大河にばっちり目撃されたって言うか。
HRをしてる最中から、背中が下手な言い訳したら殺すと書いてあるのだ。
「な、なあ、大河……?」
「あによ?」
大河はこっちを向きもせずに、鬼も裸足どころか全裸で逃げ出す殺気をガンガンに放っている。
「何を怒ってらっしゃる?」
「はあ? べっつに怒ってないわよ。あんましなめた事言ってるとぶっ殺すわよ」
スゲー怒ってんじゃん。それに青春真っ盛りの女子高生がぶっ殺すとか言うなよな。怖いだろうが、お前が言うと特に。
チャイムと共にHRが終わると、朝賀がちょこちょこと寄ってきた。流石に少しは学習したのか、怯える仔犬のように俺の背中に隠れている。
つーか隠れるくらいなら近付こうとするなよ。しかも何で俺の背中?
ツッコミどころ満載だったが、朝賀はうーうー唸って真剣な眼差しで大河を見ている。にゅっと肩越しに出た朝賀の横顔に、不覚にもドキッとしてしまう。
「うー、うー」
唸るなよ、うざいから。
言ってしまえば確実に泣かせてしまうので、心の片隅にそっとしまっておく。
大河にはあんまり苛めるなとか言ってるくせに、俺の何気無い一言で泣かせてしまう事も少なくないのだ。多分、このクラスじゃ大河に次いで朝賀を泣かせているはず。ま、チョモランマと幼稚園児が作った砂山くらいの差はあるけどな。
「穂村くん、何で大河はあんなに不機嫌なのかな?」
「さ、さあ? 俺にもわからん。つか朝賀、近い」
顔を少し動かせばほっぺ同士がくっついてしまいそうだ。肩に置かれた手がぷるぷると震えているのは気のせいではないだろう。朝賀は朝賀なりに、恐怖と必死に戦っているらしい。うむ、健気で良いと思う。
「ホントに? だって大河が怒る理由の四割は穂村くんじゃない?」
「……残りの六割はお前だけどな」
「絶対穂村くんが何かしたんだよ〜。もうっ、とばっちりを受けるのはわたしなんだからねっ」
いや、朝賀の場合は自業自得だし。普通に割合についてスルーされたし、顔近いし。ああ、なんて不憫な娘なのだろう。
かわいそうだから、ベルチェに貰ったアメを三つあげる事にした。
「アメ食べるか?」
「わ〜い、食べる食べる〜」
朝賀ほど操作がちょろい人間はいないだろう。最早朝賀種と言う、確立された人種を作って良いほどの扱い易さ。朝賀はりんごとみかんとレモン味のアメを、三ついっぺんに頬張ってハムスターのように頬を膨らませる。
「んふ〜、ありがとー。おいひーよ」
「そりゃ良かった」
「あ、もう一個ちょうらい」
「ん、ああ。良いけど」
丁度五個貰ったから残りの一個は後で食べるとして、メロン味のアメを朝賀にわたした。
朝賀はスキップしそうなほどウキウキしながら、修羅と化している大河のもとに無謀にも向かって行った。これは予測だが、朝賀の脳内では大河が怒っているという事実は、アメの甘さによって忘却されているのだろう。
アホだ、素敵にアホすぎる。
「大河〜! アメ食べる?」
「いらないわよ! って言うか寄るな!」
「アガッ……」
アッパーのように繰り出された二本指が朝賀の顎と首の間に突き刺さる。おえっ、おえっと吐きそうで吐けない微妙な辛さに襲われてる朝賀は、げろげろ言いながら泣いていた。ある意味器用なやつだと思う。
「お、おえっ。い、いだぎもぢばるい」
「あんたの方がキモい」
「ぎぼいっでいわれだあああ!!!」
「はいはい、よしよし」
うわあああん、と泣きながら、ゲロを吐くようにしながら友達の輪に逃げ込んだ。
――朝賀、後でアメやるな? だから頑張って生きろ。な? いい子だから。
俺には、朝賀のIQがあがるよう祈るほかなかった。
大河の機嫌がなおる事なく午前の授業が終わった。大河を指そうとした教師が、揃いもそろってかわいそうなくらい顔面蒼白で目を逸らしたのは気になったが。いったいどんな顔をしていたのだろう。
「……はあ」
何がそんなに気に食わないんだよ。
ずっとムスッとしてる大河の後ろで、一人弁当をつつく。
「た〜いがっ」
――朝賀幸が現れた。
「一緒にお弁当食べよ」
――朝賀幸は、仲間にしてほしそうな眼差しで見ている。
「うざい」
大河の一喝。
「大河がうざいって言ったああああっ!!」
――朝賀幸は泣きながら逃げて行った。ってRPGかっ。なにゲーム感覚にしてんだよ俺。
再び溜め息を吐いていると、背中をちょんちょんと何かに突かれる。後ろを向くとそこには――ッ!?
「穂村くん、一緒にお弁当食べよ」
――朝賀幸が懲りずにまた現れた。仲間にしてほしそうな眼差しでこちらを見ている。
うざっ。ここまで頻繁に仲間になろうとしてくる奴がいたら普通にうざいな。
特技なんて、泣く、不思議そうに指をくわえる、うざがらせるくらいしか持ってなさそうだし。てか、それじゃまるっきり子供じゃん。
「え、や……」
「いやなの……?」
うざいので断ろうとすると、朝賀幸は目に涙をいっぱいためて保護欲を誘ううるうるビームを放った。
ある意味最強の技かもしれない。
「あ、ああ。良いけど」
「やったー! 大河なんか放っておいて食べよ食べよー!!」
そそくさと隣のイスを持って来て俺の机に合わせる。朝賀らしい小さな弁当箱を机に置いて、シュッと意味もなく仕事人のように箸を取り出した。
「でも良いのか? 友達ズは」
「あ、うん。良いの良いの。今はやりたい事があるから」
ちらっと大河の背中を見て、くすっと笑みをこぼす。まるで可愛いモノでも見つけたような笑みだ。
「そういえば穂村くんや」
なんで昔話の婆さん口調?
「んあ?」
「穂村くんって、修学旅行沖縄とハワイどっちにするのかな? 6限目で決めるみたいなんだけど」
瞬間、俺の前でガタッと大河の机が倒れた。大河はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、何事もなかったかのように机を戻す。このクラスに大河を茶化す強者はいないので、大河が戻ると静まり返っていた喧騒も元に戻る。
「? な、何事?」
「気にしない気にしないっ。それで? どうなのかな〜?」
「あ、ああ。そうだな……」
来月の頭に三年生最大のイベントである修学旅行があるのだが、これは沖縄組とハワイ組の二組に別れるのだ。修学、と言うかほとんど遊びに行くようなもので、滞在期間の大半が自由時間だったと思う。
ぶっちゃけどっちでも良いが、今考えると沖縄ならベルチェがついてかもしれない。それだったら、馴れない英語を我慢して、ハワイの方が良いかも。
「あー、ハワイにすると思う」
「ふ〜ん、そっかあ。穂村くんはハワイ!! なんだあ〜」
何故か俺ではなく、大河を見て言っていたのが気になったが、どうやってベルチェを押さえつけるかを考えるので頭の中は一杯だった。
めちゃきくちゃ遅くなりました(^^;)最近絶不調で、なんとか取り戻そうと頑張っています。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。