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LinkRing
作:やくも



Episode71:夕焼けとカレー



「……よかったのかな、これで……」
 帰り道、振り返りながら僕は呟く。
 夕陽は半分ほど沈みかけたところで、背後の地面には長く伸びた影が続いている。
「ま、どうあっても結論を出すのは彼自身ですからね。私達がとやかく介入することではないですよ」
 ずれた眼鏡を押し上げながら、氷室は言う。
「それはそうだけど……」
 もう一度立ち止まらずに振り返り、僕は思う。
 孤児院の正門前に、すでに真吾の姿はなくなっていた。
「…………」
 何かこう、うやむやな気持ちが後を引いている。
 それが顔に出ていたのだろうか、隣を歩く飛鳥が言った。
「……気にしても仕方ないって。氷室の言うとおり、答えを出すのはアシツなんだからさ」
「うん……」
 分かってはいるんだ。
 僕がどう考えたところで、結局のところ最終的な答えを導き出すことは真吾にしかできない。
 いくら悩んだところで、それはきっと何の解決にも繋がることはないのだ。
「それよりも大和」
 と、同じく隣を歩く氷室が言う。
「あなたはまず、隊長を万全に戻すことを考えてください。無事に意識を取り戻したとはいえ、こんな短時間で肉体的、及び精神的疲労が完治されたとは思えません。恐らく、今となっては今朝の騒ぎも街中に広がっているでしょう。だとすると、学校もしばらくは休校になるはず。いいことではないですが、この時間を体の回復に使わせてもらわない手はありません」
「うん、分かってる……」
 歩きながら、僕は手をとじたり開いたり、肩や腰の関節を動かしてみる。
 筋肉痛のような痛みがまだ残ってはいるが、さほど苦にはならないような感じだ。
 実際にこうして歩いてる分にも問題はないし、氷室が言うほど深刻な状態ではないのかもしれない。
 ただなんというか……精神的とでも言えばいいのだろうか。

 恐らく今の状態で『Ring』による力の解放をしたら、僕の体は壊れてしまうかもしれない。
 壊れるというのは表現が少しおかしいかもしれないが、決して間違ってはいないだろう。
 力を使うこと自体は可能だと思う。
 だが、使った後の反動が危険すぎる。
 五体満足な体でさえ、力の解放後には膨大な量の体力を消耗する。
 それは多分、僕がまだ完全に力をコントロールしきれていないからなのだからだろうけど、それを差し引いても、だ。
 満足な状態でさえ反動が大きい力を、病み上がりの状態で使いこなせるわけがない。
 当然そうなれば、僕の体は力を使ったことによるリバウンドを受け、結果として肉体に大きなダメージを受けてしまうだろう。
 極端な話をすれば、最悪の場合は死ぬ可能性だってゼロではないのだ。
 氷室の言うとおり、しばらくはこの壊れかけの体を落ち着かせ、通常時の体力を取り戻すことは最優先事項だろう。
 しかし反面、そんなにゆっくりと構えている時間も残されてはいないはずだ。
 僕は今日の一日の大半を意識を失って過ごしていたわけだが、その間にもかりん達は別の封印をさらに解放していたのかもしれない。
 氷室と飛鳥がそのことについて語っていないということは、そういうことはなかったのかもしれない。
 が、それがイコール今後もしばらく停滞が続くという保障にはならない。
 今こうして僕達が揃って歩いているときにも、どこか別の封印が開放されようとしているのかもしれないのだ。
 残された封印はあと五つ。
 その中で、僕達の追い風になる封印は二つある。
 つまり、氷室の水と飛鳥の雷の封印だ。
 どういうわけか分からないけど、この封印の開放という儀式めいたものに関しては、かりん達も妨害をするつもりはなかったようだ。
 だが考えても見ればそれは実におかしな話だ。

 『Ring』はそれ単体だけでもものすごい力を秘めている。
 それは能力者となった僕だからこそ、よく分かる。
 そして能力者達は戦争を起こす。
 戦争の末、最後まで勝ち残った能力者は願いが叶うと言われている。
 これらが全て真実だと仮定すると、能力者達は必ず同じ事を思うはずだ。
 誰だって当然、願いが叶うなら勝ち残りたいに決まっている。
 だが、勝つためには戦いは避けられない。
 勝ち抜く力が必要になる。
 そんな中、封印の開放という一つの儀式が見えてくる。
 開放はすなわち、力の増幅を意味すること。
 ならばいち早く自らの封印を見つけそれを開放し、その増幅した力を以ってして他の能力者達を倒すべきだ。
 そうすれば、勝ち残る確率はずっと高くなるはず。
 それは僕も理解できるし、かりん達だって絶対に分かっているはずだ。
 だが。
 なぜか、その単純な法則を無視してかりん達は解放を続けている。
 今朝のことだって、本来なら敵側である僕の封印の場所で出会えば、真っ先に妨害しておかしくない場面だったのに。
 一体、どうして……。
「……どうかしましたか、大和?」
「……え? あ、何?」
 ずいぶんと考え込んでいたせいか、呼ばれたことに気付くのに時間かかってしまう。
「何か考え事でも?」
「……いや、そんな大したことじゃないんだけどさ」
「……あんまりボーっとしていると、電柱に頭をぶつけますよ? もしくは、何もないところでつまずいてしまうとか」
「何それ? そんなマンガみたいに間の抜けたやつなんているわないじゃな……」
 言いかけた飛鳥の声が、次の瞬間ゴンという鈍い音にかき消された。
 見ると、飛鳥はその場で膝を折り、声を押し殺しながら必死で額を両手で押さえている。
 そしてその正面には、キャッチセールスのチラシがいくつも貼り付けられている一本の電柱が立っていた。
「おや、こんなところに」
「……いたね」
 乾いた笑いを浮かべながら、僕と氷室は揃って肩を落とした。
 その後、夕暮れの路上に飛鳥の怒鳴り声が響いたのは言うまでもないだろう……。



 廊下を歩きながら、真吾は鼻先を掠めたその匂いを嗅ぎ取った。
 む、今夜はカレーだな?
 とか、そんなことを考えて廊下の突き当りを曲がり、部屋へ入る。
 ついさっきまで子供達が騒ぎ合っていた部屋も、夕食を前にした今はシンと静まり返っている。
 が、少し耳を澄ませば反対側の部屋からは相変わらず賑やかな騒ぎ声が聞こえてくる。
 夕食までの短い待ち時間でも、遊び盛りの子供達にとっては退屈で、ありあまるエネルギーを発散させるべくして騒いでいるのだろう。
 そんなことを考えながら、来客用に出していた茶碗とお茶請けの皿を手に取る。
 一応さっきの来客は知り合いでもあるわけで、それ以前に誰の客だと言われたらそれは間違いなく真吾の客なので、後片付けくらいは自分でやっておくべきだろう。
 妙なところで律儀な正確の真吾は、内心でやれやれとか面倒くさそうに呟きながらも、流し台で蛇口をひねって水を出した。
 ちょうどそんなときだ。
 ガラガラと、一度閉めたはずの引き戸が再び開いたのは。
 誰だと思って振り返ると、そこには優希の姿があった。
「ん? どうした? 何か用か?」
 一度だけ優希の顔を見て、すぐに手の中の茶碗に視線を戻し、水洗いしながら真吾は言う。
「あの人達、帰ったの?」
「ああ、今さっきな。げ、茶請けの羊羹一個も残ってねーでやんの。クソ、どうせあの女がバクバクがっついたんだろうな」
 手早く水洗いして、食器類をかごの中へと立てかけていく。
 水道を止め、手に付いた水を軽く振り落とす。
「で、どうした?」
 振り返り、もう一度聞く。
 優希は変わらずに入り口のところに立ったままだったが、真吾の言葉に促されるようにして引き戸を閉めた。
 カラカラ、カタン。
 古びた音を残し、引き戸が閉まる。
「あの人達、真吾の知り合いなの?」
「知り合いっつーか、何っつーか……」
 正直答えにくい質問だ。
 別に挨拶を交わす程度に親しいわけでもないし、しかし目が合ったら殴りかかるくらいに毛嫌いなわけでもない。

 ……いや待て。
 大和とあのメガネ兄さんはいいとして、あの女はどうもそりが合わない気がするな。
 そういや、あの二人の名前、まだ知らねーままだな……。
「……正直、ビミョー」
「……何それ?」
「いや、別にトモダチっつーほど仲良しなわけじゃないし、かといって因縁がわるわけでも……」
 言いかけて、真吾はふと気付く。
「因縁、か……ま、確かに言い換えてみればこりゃどーゆー因果の巡り合わせかとは、思いたくもなるけどな……」
「……え? 何?」
「……いや、何でもねーわ」
 後ろ髪を掻きながら、真吾は床に座った。
「とにかくさ、別に怪しい連中じゃねーんだ。それくらいお前だって分かるだろ?」
「……まぁ、子供達の面倒も見てくれてたし、正直助かったけど……」
「だろ? ま、人畜無害とまではいかなくても、有害な毒ガスとかよりはずっとマシだな」
 影口とはこういうことを言うのだろう。
「…………」
 としかし、その答えに優希はしばし黙り込む。
「……どうした? 具合でも悪いか?」
「ううん、そうじゃない。そうじゃないけど……」
 優希の目はどこか不安な色をしていた。

 それに気付き、真吾はわずかばかりに後悔する。
 もともとこの戦争の中に、施設の人を巻き込むつもりはなかった。
 が、いつぞやのように真昼から襲撃を受けてしまっては、それも無理というものだった。
 あの日あの瞬間から、隠し通すことは難しくなっていた。
 いつ問い詰められてもおかしくない日々が続いていたのだ。
 だから今、たとえ次の瞬間でも。
 優希にそのことを問われれば、真吾はそれを無視することはできない。
 ごまかしきることもできなくはないだろう。
 だけどそれでは、何も解決していないのと同じだ。
 嘘はいつかばれる。
 ばれない嘘なんてない。
 だけど、限りなくばれにくい嘘はつける。
 話すことの中に、九割の嘘を、一割の真実を紛れ込ませれば、信憑性はグッと高くなるのだから。
 だがそれでも、完璧ではない。
 完璧なもの、こと、存在なんて、この世のどこにもあるわけがない。
 どれもこれもが不完全。
 誰も彼もが不完全。
 きっとこの世界そのものが不完全であって、その世界を生み出したといわれている神だって、きっと不完全だったに違いない。
 そこに例外はなく。
 きっと、その嘘を突き通し続けている真吾本人さえも、不完全存在に変わりはないのだから。

「ねぇ、真吾……」
 言いかけた言葉を遮って、しかし真吾は口を開いた。
 その後に続く言葉は何となく分かっている。
 その言葉を聞けば、きっと何かが壊れ始めることも分かっている。
 壊れることは怖くない。
 崩れることは怖くない。
 いつかそうなると分かっていて、求めたその場所がここだから。
 後悔はない。
 けど、少しだけ、寂しくて、悲しい。
 きっと、そのせいだろう。
 この口が勝手に動いたのは。
 くだらない言葉を紡いだのは。
 そうだ。
 きっと、そうに決まっている。

 「――あー、腹減った」

「…………え?」
 そんな言葉を聞いて、優希はキョトンと目を丸くする。
「もう限界。俺は食堂に乗り込むぞ」
「え、あ、ちょ、ちょっと真吾……」
 立ち上がり引き戸を開け放つ真吾に続き、優希も慌てて立ち上がる。
「真吾ってば……!」
 引き止めようと伸ばしたその手が肩に触れるよりも早く、真吾は立ち止まり、振り返ってビシッと指を立てた。
 思わず優希の足が止まる。
「問題」
 と、笑みを浮かべながら言う真吾。
 わけも分からず、優希は息を呑んだ。
「俺の好物は何でしょう?」
「…………え? え?」
 目の前に指を立てられ、いきなり問いを投げられる。
 優希はその空気に呑まれ、いつしか胸の中に秘めていた言葉をすっかり忘れてしまった。
 そして廊下を秋風が通り抜ける。
 少し肌寒い、でも優しい風だった。
 その風が、匂いを運んだ。
 グツグツと煮立っている、その匂いを。
「…………カレー?」
 戸惑いながら、しかも疑問形で優希は答えた。
 それを聞くなり、真吾はさらにニヤリと笑って言う。
「正解」
 そして言うや否や、優希の手を引っ張って廊下を歩き出す。
「わ……」
「あー、腹減った腹減った」
「し、真吾?」
「あ? 何だ?」
 振り返らずに真吾は聞き返す。
 あれ、と、優希は思い出す。
 私、何を聞こうとしてたんだっけ……?
 一瞬思い出そうとするが、なぜかすぐにどうでもよくなってしまう。
 どうしてだろう。
 それは、きっと。

 「――ううん、やっぱ何でもない」

 きっと、カレーの匂いのせいだ。
 そして、匂いにつられたのはどうやら二人だけではなかったようで。
 バタバタと廊下を走るいくつもの足音が、オレンジ色に染まった庭に響き渡った。

 嘘には二種類あるらしい。
 一つは、人を不幸にしたり、悲しませたり、傷付けたりするもの。
 もう一つは、逆に誰かを幸せにしたり、悲しませたりせずにするための嘘。
 悲しい嘘と、優しい嘘。
 同じ嘘なのに、鏡に映ったように正反対。
 どっちがホンモノ?
 どっちがニセモノ?
 きっと、どっちもホンモノでもニセモノでもない。
 だって、この世界は不完全だから。
 きっとホンモノも不完全で、ニセモノも不完全。
 でも今は、そんなことを気にせずに……。

「おかわり!」
 子供達のひとりが叫んだ。
 負けじと、別の子供が次々におかわりを連呼する。
 そのたびに優希は皿にご飯をよそい、ルーをかけて盛り付けていく。
 一日で一番忙しいのは、間違いなくご飯時だ。
 平和な食卓の風景。
 ひとりぼっちでも、集まればきっとひとりぼっちじゃなくなるよと。
 いつか、誰かが教えてくれた言葉。
 遠い遠い、オレンジの日。
 二つの影が、並んで歩いてた。
「真吾、あんたは?」
「おう、もらうわ」
 差し出される白い皿。
 ご飯を盛って、ルーをかける。
「はい」
「ん、サンキュ」
 ま、いっか。
 胸の中、優希は一人呟いた。
 きっと……うん、きっと、カレーがおいしいからだ。
 最後に、そう一言だけ付け加えて……。












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