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LinkRing
作:やくも



Episode69:そして記憶は時を超え



 ここはどこだ?
 誰かが聞いた。
 ここはどこでもない場所だよ。
 別の誰かが答えた。
 二人……というには、お互いの姿も何も見えていないこの場所で、それらのやりとりは会話と呼ぶにはほとほと縁が遠いものだったかもしれない。
 しかしそれでも、一つの問いに対して一つの答えが返ってくる以上、とりあえずの会話としては機能を果たしているようだ。
 暗い暗い、まるで澱んだ水の底のように暗い場所。
 暗いだけであって、そこはきっと黒い場所ではない。
 ずっと目を閉じているから色が見えないだけで、本当はまぶたの裏に微かな光を感じていた。
 眩しいなと思いながらも、その目を開くことはできない。
 手で逆光を遮れば問題はないはずなのに……。
 どうして、目を開けることができないんだろう?
 それは、あなたがそうすることを恐れているから。
 また、誰かが答えた。
 口にしたわけでもない問いに、その声はやけに正確に答えを返してくれる。
 ……恐れている?
 何を、恐れているんだ?
 この際、声の主が誰であるかなんてもうどうでもいいことだった。
 どうせ姿は見えやしないのだから、大きな変化はないだろう。
 だから問い続ける。
 今を知るために、ここを知るために。

 君が恐れているのは、全て。
 と、あっさりと別の誰かは答えてくれた。
 だが、その答えが意味するところがよく分からない。
 全てだって?
 全てって、一体どれだけのことなんだ?
 全ては全てだよ。
 やはりあっさりと、その別の誰かは答える。
 目に見える景色、耳に届く音、鼻に届く香り、肌で感じる風や日差し、二本の足で立つ大地、仰ぎ見る空。
 その全てが、君にとっての大きな恐れ。
 目を開けたときに、あまりにも不安定な現実がそこにあるのではないかと、君は無意識のうちにずっと恐れている。
 ずっとずっと、永い間……。
 …………。
 すぐに反論することはできなかった。
 そんなはずはないと、笑い飛ばしてしまうことができなかった。
 それはきっと、その言葉が少なからず真実の的を射ていたからなのだろう。
 実際、その別の誰かの声は適切な答えを返してくれてはいるが、その正体は明らかではない。
 未知の物に対する恐怖を、すでに持ち合わせてしまっていた。
 確かに聞き取れるその声が、ここまで不安の色を濃く募らせるものになろうとは……。
 ……そう、なのかもしれないな。
 何がだい?
 いや、君の言うことが正しいんだろうなって、そういうことだよ。
 本当は怖くてたまらないんだと思う。
 ただそれを、正直に感情に表すことができていないだけで、本当は手足が震え、歯の音が合わないくらいに体は怯えているのかもしれない。
 でもそれを、実感することもできないんだ。
 それは多分、恐れることまでも恐れてしまっているから。
 素直に怖いと思うことさえ、できなくなっているんだと思うんだ。
 ……そうだね。
 一拍の間を置いて、別の誰かは答えてくれた。
 さっきまでとは少し違う、どこか寂しげで悲しげな声で。

 君は、何でだと思う?
 何でって、何がだい?
 別の誰かの問いに、聞き返す。
 どうしてこんなところにいるんだろうって、そう思わないかい?
 本来ならお互いに住む世界があるはずなのに、こんな得体の知れない場所にいるなんて、おかしいとは思わない?
 ……ああ、確かに。
 言われて初めて気がついたよ。
 アハハと、小さく笑っておく。
 本当に言われるまで気がつかなかった。
 どうしてだろう?
 まるでこの何もないような場所が、自分の居場所だと思っていたようだ。
 だって、何もないから。
 自分がいるべき世界、いるべき場所の記憶なんて、いくら探したところで見つかりはしなかったから。
 だからきっと、そう呼べる場所はもうどこにもなくて。
 一人彷徨って、迷い込んでしまったのだろう。
 入り口も出口もない、この迷路のような暗がりの中へ。
 ……それは違うよ。
 ……え?
 その声に思わず聞き返す。
 誰だって、望んでこんなところへやってくることなんてできない。
 だってここは、どこでもない場所だから。
 そこにあって、そこにない場所なのだから。
 …………。
 その言い回しがひどく曖昧なのに、言葉にはやけに説得力があった。
 それはきっと真実なのだろうと、無意識のうちに信じ込んでしまえる。
 ……だったら、一つだけ教えてくれないか?
 ……何?
 ここは、一体どこなんだ?
 その問いに、やはり一拍だけの間を置いて、別の誰かは答えた。

 ――ここは、箱庭。

 ポツリと、一言。
 そして詠うように続ける。
 どの世界にもない、だけどどの世界にも繋がる場所。
 記憶と記憶を結び、どこかに繋げる場所。
 ここが始発駅で、同時に終着駅でもある。
 けれど、レールなんてものはどこにもない。
 それらは全部、誰かが歩いた足跡の上に残るものだから。

 じゃあ、どうしてそんなところにいるんだ?
 君が、それを望んだから。
 ……望んだ?
 覚えていないのかい?
 …………。
 君は望んだんだ。
 どこでもない、どこにもない場所を求めたんだよ。
 正義も悪もない、肯定も否定もない、過去も未来もない、この場所を。
 ……分からない。
 本当に、そんなことを望んだのだろうか?
 気付けなくても、それは仕方のないことだと思う。
 だって君は、全てに絶望していたから。
 崩れ行く世界の中で、君の心もまた同じように崩壊しようとしていた。
 あのままだったら、間違いなく君の存在そのものも崩壊に呑み込まれ、記憶にも残ることはなかった。
 だけど君は、絶望の中で微かに望んでいたんだ。
 やるせない、悔しいと。
 歯がゆささえ感じながら、そして君は無意識のうちに願った。
 もしもまた似た局面に遭遇することがあれば、そのときこそ何かを変えることができるだろうか、と。
 何かを、変える……。
 呟いて、何かが光った。
 心の奥底で、灯火のような小さな光が瞬いた。
 何かを思い出そうとしている。
 何かが思い出されようとしている。
 ……変わる、世界、何か、別の……。
 それらはまるで、一つ一つが星屑のように瞬いて。
 月も夜空もないのに、銀色に輝いていた。
 どこかで見たその景色。
 そうだ、あれは確か……。
 何かが甦る。
 あの日、あの時、あの場所で。
 確かに見上げた、銀の星と金の月と、蒼く澄んだ夜空の広さ。

 ……そう、か。
 私は、あの時に…………。
 フッと、途端に心が軽くなる。
 重力から開放され、自由に空の海を泳いでいる。
 ……思い出したかい?
 その声にも、どこか聞き覚えがあった。
 ああ、思い出した。
 思い出せたよ。
 大切なことを、思い出すことができた。
 ゆっくりと目を開く。
 そこには、闇なんて何一つとして広がっていなかった。
 あったのは、眩しいくらいにどこまでも広がる、白い光の空間。
 上も下も、右も左もありはしない。
 一面が真っ白。
 まるで、これから作り上げられていく白地図のよう。
 そこに、いた。
 顔は確かに微笑んでいるのに、どうしてか目の端に溢れんばかりの涙を携えた少年が。
 彼は小柄なその体には不釣合いなくらいにつばの大きな三角帽子を被り、体はダブダブに大きいマントで覆われている。
 ……ごめんね。
 その、彼が言う。
 僕には、こんなことしかできないけど……。
 そう言って、また泣きながら微笑んだ。
 ……信じているよ。
 貴方が次の世界で、きっと価値ある未来を作り出してくれることを……。

 それだけ言って、彼はその手を広げた。
 そこには、何の変哲もない銀色の小さな指輪が一つ握られていた。
 差し出されたそれを、私は受け取る。
 僕には、貴方を転生させるだけの力はない。
 けれど、貴方の魂を次の世界に繋ぎとめておくことくらいはできる。
 これが僕にできる、最初で最後の、最大の譲歩。
 私の手の中で、冴えない色の指輪が共鳴するかのように微かに光る。
 そして私はその指輪を、指へと導く。
 瞬間、体全体が光に包まれる。
 ものすごい力で吸い込まれるような感覚。
 大丈夫。
 彼は言う。
 その指輪が、貴方と次の世界を繋ぐから。
 それは『Ring』と呼ばれる、記憶を超える遺産。
 必ず貴方の魂を、無事に運び届けてくれる。
 体全体が光に覆いつくされ、私という存在そのものが光に溶け込んでいくようだ。
 ……僕は、裏切られることには慣れたつもりだった。
 けれど、何度繰り返しても心が痛むんだ。
 もう終わりにしようと誓ったはずなのに……どうにも諦めが悪くてね。
 アハハと、彼は自嘲気味に笑う。
 そんな笑みが私は、どうしてもがまんできなくて、ついつい口を挟んでしまうんだ。
「……啼くな」
 その言葉に、彼はハッとなって顔を上げる。
「もう啼くな」
 私は繰り返す。
「どれが正しいか、どれが間違いかなんて、私には分からない。だけど、これだけは約束する」
 真っ直ぐに目を見て、言うんだ。

 「――運命なんて、いくらでも書き換えてみせる。だからもう……啼くな」

 その言葉が、彼にはどう届いたのかは定かではない。
 直後に私の体は、とうとう光の粒子の一つとなって音もなく消失した。
 どこにあるかも分からない、ここから始まり、繋がる世界を求めて旅立った。
 しかし、その最後の瞬間。
 微かに聞こえた、その消え入りそうな言葉を。
 私は、絶対に忘れない。

 ――ありがとう……。

 その言葉を、絶対に…………。


お久しぶりになります。
作者のやくもです、こんにちは。
本作LinkRingの第二部とも言うべき過去回想編も今回で終わり、次回からはまた物語の舞台である現代編へと話が移行します。
時代をいったりきたりで読みにくいということもあるとは思いますが、どうかお許しを。
とはいえ、純正なファンタジーに比べて見劣りするような文章力しか持ち合わせておらず、お恥ずかしい限りです。
ともあれ、物語り全体としてはもうそろそろ折り返し地点の付近までやってきていると思います。
ここまで読んでくださった方々に改めて感謝の言葉を送りつつ、どうか最後までお付き合い願えればと思います。
それでは長文ですが、今回はこの辺で。











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