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LinkRing
作:やくも



Episode14:台風一過


 氷室がようやくのことで渋滞を抜け、森林公園に辿り着いた。
 こういうときに限って嫌な予感というものは的中し、それを後押しするかのように、公園の一角からただならぬ気配が流れ出していた。
「っ、無事でいてくださいよ、二人とも……」
 半ば祈るように呟いて、氷室は公園の敷地の中を疾走する。
 石畳を蹴り、芝生を蹴って奥へと向かう。
 そして小さな木々の迷路を少し抜けたところで、氷室はピタリと足を止めた。
「飛鳥、大和!」
 二人の名前を呼び、急いで駆け寄る、
 木の幹に背中を預けるようにして、二人は力なく座り込んでいた。
 呼びかけると、二人はそれぞれに疲労の色を見せながらもどうにか顔を上げてくれた。
「……氷室」
「大丈夫ですか、二人とも? 一体何があったんです? やはり、あの夜の炎使いが生きていたんですか?」
「うん。やっぱり、見間違いなんかじゃなかった。アイツは生きていて、今回は私を狙ってきてたみたい。だけど……」
 チラリと、飛鳥は視線を隣に座る大和に移す。
 今、大和は気を失っている。
 飛鳥と同様に、力を使いすいたための一時的なオーバーヒートの状態だ。
「……飛鳥、一体何が?」
「……炎使いは、何とか追い払えた。けど、そのせいでまた大和の力が暴走しかけて……」
「……まさか、この周囲の木々の葉や枝は……」
「うん、大和の風。でもあれは、まるで暴走した台風だった……」

 氷室が見回す周囲の地面の上には、これでもかというくらいに木の葉や枝が、むしりとられ、へし折られたかのように散らばっていた。
 さらに地面に至っては、芝生が根こそぎ引き抜かれたように、一部が茶色い土肌を覗かせている。
 それは、並大抵の力の暴走ではない。
「……とりあえず、詳しい話は戻ってから聞きます。今はあなた達二人の体のほうが心配です。歩けますか?」
「私は平気。でも、大和はしばらく目覚めないかもしれない……」
「……大和を止めるために、雷撃を使ったんですね?」
 答えずに、飛鳥は一つ頷いた。
「そうするしかなかった。そのときの大和は誰の言葉も聞こえてなくて、無理矢理にでも意識を失わせておかないと、力の暴走だけで肉体そのものが崩壊しちゃいそうだったから……」
「賢明な判断です。非を感じることはありませんよ、飛鳥。大和は私が運びましょう」
 言うと、氷室は大和の体を背負って立ち上がる。
 意識を失っているからだろうか、大和はどちらかといえば細身の体格だが、それにしたってひどく重さを感じさせない体だった。
 もしかしたらそれも、風の力の影響なのかもしれない。
 と、氷室はそんなことを思いながら背中の大和に目を向ける。
 目は閉じているが、規則正しい呼吸が繰り返されている。
 見た目にも大きな外傷はなく、恐らくは命に別状はないだろう。
 今はとにかく、安静にできる場所で休ませることが必要だ。
「さ、行きましょう。向こうに車があります」
 促す氷室の言葉に、飛鳥は無言で従った。
 すでに原形を留めていない公園の一角に背を向けて、三人はその場をあとにした。
 帰り道を歩く中、飛鳥はやはり浮かない顔をすることしかできなかった。
 その表情を読み取ったのかそうでないのか、氷室は何も言うことはなかった。



 最初、その光景を見た飛鳥は我が目を疑った。
「何、これ……」
 ほんの一瞬前、大和の風の刃は少年の赤い短剣を全てかき消しながら宙を舞い、その切っ先をしかと標的へと命中させた。
 被弾の衝撃に、少年の体はわずかに後ろへと吹き飛ばされる。
「……く、そ……」
 そう呻いた少年の声が聞こえ、それでも立ち上がる少年が前を向き直ったときに見たもの。
 それはすでに、風の原型など留めてはいなかった。
 いや、そもそも風に形などあるわけがないのだから、その表現はどこか言葉としては矛盾しているのだろう。
 だがそれを差し引いても、目の前にある光景はそういう言葉でしか言い表すことのできないものだったのだ。
「……う……」
 その呻き声は、吹き飛ばされた少年のものではない。
 また、力を使い果たした飛鳥の声でもない。
「あ……ぐ、うあ……」
 その、悲鳴のような苦しさにまみれた声は……。

 「――……う、あああああっ!」

 他でもない、風を操る大和のものだった。
 轟々と渦を巻く風は、まるで形の無い鎧のように大和の全身を取り囲んでいる。
 吹き荒ぶその風切り音だけで、それらが鋭い刃だということは明白だった。
 ヒュンヒュンと耳が痛くなるほどの音を鳴らしながら、風は大和を中心に勢いを増していく。
 だが、その様子がおかしい。
 それに気付いたのは飛鳥だけではなく、対峙している少年もまた同様だった。
「何だ、こりゃあ……」
 呆気に取られたような表情で、少年が呟く。
 少年の目の前で、大和の風は見る見るうちに巨大になっていく。
 やがてそれは、なりふり構わずに周囲のものを吸い込むような風圧を作り上げていった。
 芝生が散り散りに切れ、木の葉は吹き飛び、あまつさえ枝までもが音を立ててへし折れた。
 すでに目の前には、目に見える形で台風が実体化していた。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ。このまま周囲のものを全部吸い込んじまうつもりか?」
「……力が、暴走してる。やっぱり今の大和じゃ、まだ制御が完全にできないんだ」
 そんな二人の会話をよそに、一瞬だけ大和を取り囲むその風が完全に停止した。
 音一つ消えてなくなる世界。
 静寂という名に包まれ、怖いほどの静けさが佇む。
「……止まった?」
 と、少年がそう呟いた直後。

 轟、と。
 今の今まで集束させた風の力を一気に解放するように、大和を中心に膨大な風圧が弾き出された。
「な……」
 咄嗟に身構える少年。
 しかしそれも抵抗には程遠く、風の力によって吹き飛ばされたその体は背中から勢いよく木の幹へと激突した。
「が、は……」
 ドサリと音を立て、少年の体がくの字に折れ曲がる。
 一方飛鳥も、膝を付いたままの体勢で何度も地面を転がってようやく止まっていた。
「や、大和……」
 そう声に出した言葉も、吹き荒ぶ風の中では音として認識すらされない。
 完全に暴走してしまった大和の風は、このままでは周囲一体をあらかた吹き飛ばしてしまうのは間違いない。
 そしてそうなってしまえば、術者である大和の体さえもバラバラになってしまうだろう。
「……どうにかして、止めないと……」
 動かない体にムチを打って、飛鳥は木を支えにしてどうにか立ち上がる。
 ありったけの力で雷撃を放ち、大和を一種の気絶状態にできれば暴走は収まるはずだ。
 しかしそのためには、この風の壁を乗り越えなくてはいけない。
 今の飛鳥の力では、雷撃の矢は撃ててあと一発が限度。
 しかしこの風の壁を突き破るほどの力はもう残っていなく、仮に残っていたとしてもそれでは大和が無事ではすまない。
「……どう、すれば……」
 そう苦虫を潰すようにしている飛鳥に手を差し伸べたのは、意外な人物だった。

「……おい、雷使い」
 気が付くと、すぐ隣に炎使いの少年が立っていた。
「っ!」
 すぐに身構え、警戒をする飛鳥。
 いつの間に接近されていたのだろうか、全く気がつかなかった。
 数歩ほどの間合いを取り、出方を窺いながらも視線は外さない。
 が、少年の言葉は意外なものだった。
「お前の雷撃なら、アイツを止めることくらいできるか?」
「……え? な、何よ急に」
「いいから答えろ。どの道このままじゃ、震源地の俺達は揃って跡形も残らねーんだ。俺だってこんなところで死ぬのはゴメンだ。だから、今だけは一時休戦ってことにしといてやる」
「…………」
 少年の言葉に嘘は感じられなかった。
 そしてその言葉は、確かにこの状況に置いては事実でもある。
 今やるべきことは、大和を止めることだ。
「……分かった、いいよ。今はアンタの口車に乗ってやる」
「チッ、疑り深いヤロウだな。まぁいい。で、できんのかよ? その自慢のビリビリでよ?」
「できる。強めの衝撃で気を失わせれば、力の暴走も収まるはず。けど、今の私の力じゃあの風の壁を突破するだけの威力は出せない」
 飛鳥はすでに一度、この少年に向けて必殺の一撃を見舞ってしまっている。
 必殺というだけの威力を誇るだけに、それ相当の体力を消耗するのは仕方のないことだった。
「じゃあ、あの風さえどうにかすればいいってワケだな?」
「……それは、そうだけど……」
 頷いて、飛鳥は少年を見返す。
「できるの? アンタの炎は、真空の前では存在することさえできないのよ? それはアンタが一番よく分かってるはずじゃない」
「まぁ、見てろって。炎の使い方にも、色々あるんだよ」

 やけに自信ありげにそう言うと、少年は一歩前へと出た。
 たったそれだけで、それ以上前に進めなくなる。
 それほどの風圧……風の壁が、大和を中心に吹き荒んでいるのだ。
 しかしそれは、大和から見ればただ一方的に力を放出し続けていることにしか過ぎない。
 言わば、蛇口から出る水を汲まずに出しっぱなしにしている状態だ。
 ただの水ならどれだけ流れても料金がかさむだけだが、それが力だとしたら必ず限界は来る。
 それでもなお、限界を超えて流れ出ようとすれば、その先に待ち受けるものは力の枯渇。
 すなわち、死である。
「俺が合図したら、目一杯の力で雷撃を叩き込め。いいな?」
「……それはいいけど、本当にできるの? そんなこと」
「ナメんなよ。これでも能力の覚醒に関したら俺のほうが先輩だぜ?」
 言って、少年はその両手に力を集中させた。
 一瞬でそこには、猛る炎が天を焦がすように燃え上がる。
 改めて間近で見ると、それは相当量の力のものだった。
 すでに飛鳥との一戦を終え、続けざまに大和との連戦。
 さらにはたった今、打ち付けられた肉体のダメージさえもまるで感じさせないほどの力のレベル。
 この少年は本当に、今の飛鳥が万全の状態で戦いを挑んでも勝てるかどうか分からないかもしれない。
「おい、ボーっとすんな。チャンスは一度っきりなんだからな。耳の穴広げとけ」
「な、何よ、偉そうに……」
 確認するように一度飛鳥を振り返り、そして少年は向き直る。
 目の前に立ちはだかる、風の壁に向けて。
 その両手に集まった炎を一つにし、そして勢いよく大和目掛けて投げつけた。

「ちょ、ちょっと! そんなバカ正直に真正面からやったってかき消され……」
 かき消されるだけじゃないと、飛鳥は言葉を続けることができなかった。
 少年の手から放たれた炎は軌道を空中から変え、地を這うようにして進んでいた。
 そして風の壁とぶつかり合うその寸前で弾け、まるで風の壁そのものを包み込むような炎の壁へとその姿を消した。
 その直後のことだった。
 今まで真正面から吹き付けていた風が、ふいに勢いを弱めた。
「おい、今だ。さっさとやれ!」
 その声に飛鳥は意識を戻し、その手にありったけの力を込め、大和目掛けて投げつけた。
 そして放たれた雷撃の矢は、風の壁を抜け、見事大和の体へと命中した。
 バチンと大きな音がしたと同時に、轟々と渦を巻いていた風が音もなく静かに消え去った。
 わずかに宙に浮いていた大和の体が、風という支えを失い、そのまま重力に引かれて力なく地面へと崩れ落ちた。
「……や、大和!」
 飛鳥は慌てて大和の元へと駆け寄る。
 少年も一段落をその目で見届け、炎の壁を奇麗に消し去った。
「…………」
 飛鳥が無言で大和の脈を取ると、そこからは確かに鼓動が伝わってきた。
 意識は失っているが、胸はゆっくり上下して呼吸もしている。
 ホッと、飛鳥は胸を撫で下ろした。
「……やれやれ。今日はとんだ厄日だな」
 嘲るように、少年は言う。
「……まぁいい。色々と得たものもあったしな。さてと……」
 一歩、少年は飛鳥と大和に歩み寄った。
 その様子に、飛鳥は油断をできない。
 しかし、そんな緊張をあっさりと拭い去るかのように、少年は言ってのける。

 「――腹減った。ってなワケで、俺帰るから」

「……は?」
 と、思わず飛鳥は聞き返してしまった。
 この少年は一体、今何と言ったのだろうか?
「もう夕方じゃねーか。早く帰って晩飯の準備手伝わねーと、色々ウルセェんだよなー」
「…………」
 その独り言のような素振りに、飛鳥はグゥの音も出ない。

「ま、そーゆーワケだ。じゃ、またな雷使い。そこの風使いと、水使いの兄さんにもよろしく言っといてくれ」
「……ちょ、ちょっと待ちなさいよアンタ!」
「あ? 何だよ? 俺忙しいんだけど?」
「……私達を、見逃すつもりなの?」
「見逃す? 何でまた?」
「とぼけるな! ……悔しいけど、今のアンタでも手負いの私達から強引に『Ring』を奪うことくらいは簡単なはずでしょ。この絶好の機会に、何でそうしないかって聞いてるのよ」
「それじゃつまんねーから」
「な……はぁ?」
「だから、つまんねーから。そんだけだよ」
「…………」
 今度という今度こそ、飛鳥は何も言い返せなかった。
 その楽天的極まりない自由奔放さは、もはやどう言い表せばいいものだろうか……。
「……もういい。勝手にすれば。次に会ったときに後悔したって、こっちは手加減なんかしてやらないからね」
「そんなもの、こっちから願い下げだ。やるんなら、全力で来いよ」
「……フン」
 それだけを告げると、少年はやたらと満足そうな顔で立ち去っていく。
 と、その背中に飛鳥はもう一度だけ呼びかけた。
「……さっきの、どういうことだったの?」
「あ? 何が?」
「……どうやってアンタの炎で、風の壁を消したのよ」
「ああ、何だそのことか。別に難しいことじゃねぇよ。風っつっても、結局は空気だろ? だから俺は、その空気を炎で暖めてやっただけだ」
「……暖めたって、それに何の意味が……」
 言いかけて、飛鳥はふと気付いた。
 そうか、だからあの一瞬、風の向きが前ではなくなっていたのか。

 「――上昇気流って知ってるか? 空気は暖められると、上方向に流れ出すんだぜ?」

「……アンタ、それをあの一瞬でやってのけたっていうの?」
「まぁ、前例はなかったけどな。理屈としては通ってたから、八割方はいけると思ってたさ」
 そんな思考の展開を、あの追い詰められた状況で……?
「じゃあな。俺は帰るぞ。ああもう、こんな時間じゃねーか。また後片付けやらされちまう……」
 などとぼやきながら、少年は何事もなかったかのように去っていった。
 その場に取り残された飛鳥は、徐々に見えなくなっていくその背中を呆然と眺めていた。
 同時に、敗北感で胸は満たされていた。
「……もっと、強くならなくちゃな……」
 誰に言うわけでもなく、静かにそう呟いた。
 氷室の足音が聞こえてきたのは、それからほどなくしてからのことだった。












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