ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第五章<4
「遅い! もう昼休みが半分も終わっちゃったじゃないの。いい? 時間ってのは常に一度しか来ない大切なものなのよ。一分一秒をもっと大切にしなさい!」
 それだけ言ってハルヒは缶ジュースを一気に飲み干す。
 まさにハルヒの言う通りである。時間を大切にするという意味では今の俺たちの立場はあまりに切迫しているのだ。古泉を見つけ出して一緒にリレーの練習をするのでは何も解決にはならない。なぜならば、九時間前のハルヒは五時間目の授業をすっぽかして何かをしているのだ。つまりは俺や朝比奈さん、長門が裏でクラスの連中にハルヒ発案の練習に参加させる算段を整えていたのではないかと俺は思い始めている。だが一体どうやって?
「取りえずジョギングから始めましょう。体を温めないとね」
 さっきあれほど走っただろうに。だが好都合だ。
 ハルヒを先頭に俺たちは生徒がスポーツを楽しむグラウンドの外周を走り始める。同時に俺は朝比奈さんに足並みを揃え、
「朝比奈さん、この状況どう考えています?」
 と、考えそのままの質問をした。長門は朝比奈さんの行動が未来に繋がると言っていたからな。
「え? ええっと……とにかくキョン君のクラスの人に涼宮さんが提案する練習に参加してもらいたいです。きっと涼宮さんもそれを望んでるから」
 たしかにその考えは正解だと思います。ですがそれをどう実現するんですか。クラスの連中の悪口を言うつもりはないが、正直ハルヒの企画する事柄に積極的な参加姿勢を見せるとは思えない。むしろ全力で回避に走る恐れがある。
「その事について何か案があったりするんですか?」
「そうですね。実は皆さんをどう誘うかは涼宮さんに任せようと思うんです。あたしに出来ることは限られてるし、涼宮さんが直接訴えた方がきっとみんなの心だって動かせるから」
 学生の明るい声が響いている中、朝比奈さんは笑いながら仰った。
 これだけ信頼されてるんだ、ハルヒには頑張ってもらわないとな。なんて妙に納得してとりあえず走るかと考え始めた俺に、ちょっとした疑問が脳裏に浮かんだ。
 練習場所の問題である。
 クラスの全員が参加するとは考えがたいが、それにしてもSOS団のように少数で活動するのとは訳が違うのだ。今のようにグラウンドを使うことは出来まい。放課後は運動部に占拠されているであろう場所で、リレーの練習はできんだろう。まあハルヒのことだから何とかしちまう恐れもあるが、それだけは何としても避けたい。
 この場合は誰に相談すればいいのだろう。未来人である朝比奈さんには重責であるだろうし、長門なら場所くらいお決まりの呪文で情報結合をどうとかで、出来なくはないだろうな。だが却下だ。
 ただでさえクラスの事には未来的な事象も、宇宙的な力にも、超能力的事件なんかも回避したい所だったのだが、すでに短期間のタイムトラベルなるSFの代表的な異常事態を遂行中なのだ。いかん、こんなこと考えながら走ってたら本格的に息切れしてきたぞ。
 俺は脳に酸素が回らなくなってきたので、この問題を単純な解決策へ投げることにした。こういった問題は古泉に持ちかけるのがベストでありベターだ。
 問題としてはどうやって古泉に話を振るかなのだが、結構簡単に解決した。軽いようできついジョギングを終えて、ハルヒは思い出したかのようにバトンを部室へ取りに行ったのだ。この僅かな時間を有効活用しないわけはあるまい。
 だがちょっと迷うね。古泉をここまで連れてきたときにもあった問題だが、こいつだけ事情をしらないんだよな。どうしたものか。
「なあ古泉、実は折り入って相談があるんだ」
「おや? あなたが僕に相談とは珍しいですね。なんでしょう」
 古泉は男からは鬱陶しく、女からはうっとりされそうな笑みを浮かべている。その後ろには肩で息をしている朝比奈さんと、いつもどおりの表情の長門が視線をくれており、若干の緊張が走る。
「実はな、今日の放課後にでもクラスの連中と体育祭に向けた練習をしたいなと考えてる」
 何故古泉にこの様な話を振ったのかというと、大人数で運動が出来そうな場所をつい最近目にした記憶があったからである。ハルヒとバレーをした陸上競技場の事を俺は思い出したのだ。
「でだ、俺としては学校を使いたいんだが、運動部からグラウンドを奪うわけにもいかんだろう。なんとかこの前の……競技場を借りれないか?」
 古泉は即答しない。何かを探るような目で俺を見ているだけだ。そして意味深に笑い、古泉がしゃべりだした。
「なるほど、確かに大人数で、しかも体育祭に向けた練習をするのにあれほどうってつけの場所はありませんね。ですがあなたが今説明してくれた理由で一つ気になる、と言いますか分からないことがあります。それはあなたの意見ですか? それとも涼宮さんの意見ですか?」
 今度は俺が沈黙する番だ。どう答えたらいいのか分からん。朝比奈さんや長門に視線を送っても現状を見守る、という意思しか伝わってこず、即ち俺の独断で答えねばならんということになる。まったくひねくれた奴だ。素直に了承すればいいものを。
 俺は全ての事情が伝わらぬよう、しかし今現在の心境をそのまま答えにした。先に言うが面倒くさかっただけだ。
「ハルヒがおそらく望んでいる事で、俺が考えた意見だ」
「……いいのですか? クラスのことに関しては我々は関与しない方がいいとの意見だったことをお忘れではないでしょう。涼宮さんが望みそうなことを前もって予測して動くのはあくまでもSOS団関連のみのはずでしたが」
 お前の言うことは一々最もなことだ。
「まあ今回はハルヒの無理難題を解決する為ってわけじゃないんだ。それくらいの手助けはあってもいいんじゃないか」
 クラス無関与という俺発信の決まりを俺が破るんだから実に決まりが悪い。
「すると今回の事はあなたが……。いや、やめておきましょう。了解しました。即答は出来ませんが、準備が出来るよう手配をしておきます」
 含みのある言い方ではあるが、一応何とかなりそうだな。後ろの方で朝比奈さんも胸をなでおろしている感じだ。遠くの方でハルヒがバトン入りの紙袋を持てくる姿が見えた。やれやれ。






 その後、俺たちは至って普通のバトン渡しを敢行し、僅かに残った昼休みという時間をすごした。
「ふう、まあこんなものかしら」
 グラウンドから生徒が徐々にはけ始めるのを意識してかしないでか、ハルヒは満足げな笑みを浮かべて終了を宣言する。さっきまでの陰鬱な感じが嘘のようだ。
「でも中々有意義な昼休みを過ごせたと思わない? ねえみくるちゃん」
「え? そ、そうですね。とっても」
 なんて会話をしているが、さてどうしたものかね。このままハルヒと教室へ帰ってしまってはとても有意義とは言えない。俺が九時間前に受けた五時間目の授業では後ろの席が空席となっており、つまりは何らかのアクションを起こさねばならないんだよな。
「じゃあまた放課後に会いましょう」
 なんて言って校舎に向かって歩き出すハルヒ。どうする。この流れを変えなくてはいけないことを誰にも伝えてはいないのだ。俺がやるしかないだろう。
「まてハルヒ」
「なに? キョン。早くしないと授業に遅刻するわよ」
 長門は朝比奈さんの意思に任せるのが一番といい、朝比奈さんは流れに任せるという状況である。こんな中でいまさら気が付いたね。それはつまり俺が何とかしないといけないという事なのだ。そこで俺は賭けに出た。てかさっきから賭けばかりだな。
「いやな、実はちょっと提案があるんだ。正直ここまで練習を重ねてるからには、なんとしても体育祭では勝ちたい」
 一瞬の沈黙。
「当然よ! そのための練習だもの!」
 まるで独立宣言をした大統領のような晴れ晴れしい笑顔のハルヒである。ここまではいい。
「だよな。だが俺としてはそれだけでは満足できん。せっかくの体育祭なんだから参加する競技には全て勝つ。そうだろ?」
 がはっ。なんて俺らしくもない熱血漢あふれ出るセリフだろう。この際失敗でもいいから突っ込んでくれハルヒ。
 そんなハルヒはケーキの箱を開けてみたら中身が和菓子だった時のような微妙を体現する面持ちで、
「ま、まあそうよね。勝ちにこだわるのは当然のことよ!」
 なんてことを言う。マジで言うかハルヒ。だがお前らしいと言えばらしいので安心したよ。
「だから提案する。今みたいな練習をクラスの連中にもやらせて、クラスでも勝ちに行くべきだ!」
 大げさすぎるくらいに選挙演説よろしく言ってみた。これくらいの方が効果ありそうだからなハルヒには。
「な、なによ随分と燃えてるわね、あんたらしくも無い。なんか裏があるとしか思えないわ。言ってみなさい。クラスで優勝したら誰かからご褒美でももらえるとかでしょ、どうせ」
 まずい。やりすぎたか。完全に疑いの目で見られている。まあ確かに怪しいよな。それは認めるよ。だが今俺が言ったことはお前が思っている事なんじゃないのか。
「そうか? てっきり俺と一緒でお前も体育祭に向けてやる気を出してるんだと思ったがな」
「な、なんであたしがあんたと一緒なのよ!」
 正確には一緒じゃない。俺はお前の一方通行的な視界をクラスに向けることに躍起になっていて、お前はその視点の先にあるものに燃えてるのさ。
「でも負けるのはごめんだろ。ただこのままで体育祭に挑んでも勝てる気はあまりしないぞ。だったら今みたく練習するしかないだろう。それともクラスのことはどうでもいいか?」
 少々ストレート過ぎたかもしれん。
 ハルヒは俺と目を合さず、付き合いの無い人間ならどう見ても怒っているようにしか見えない、眉を吊り上げた表情をしている。SOS団団員にはわかるだろう。これは怒っているのではなく、どういう表情をしたらいいのか分からないときの顔なのだ。
「そりゃあたしだって負けるのなんて断固拒否よ。でもあの連中のやる気の無さはどうにもならないじゃない」
 九時間前にクラスは期待なしと切り捨てていたのと比べると、ずいぶん対応が違うじゃないか。これまでの短い会話に心境を変化させることでもあったのかね。よくわからんが願ったり叶ったりとは今みたいな状況の事を思って昔の人が考えたんだろう。もしかしたら今の状況を見た未来人が過去でリークしたんじゃないかって思うくらいだ。それとなく朝比奈さんに聞いてみるか。この件をなんとかしたら。
「そこで本題の提案だ。クラスの連中がやる気ないのは俺も同感する。でもなんとかしなきゃならんだろう。それをこれから部室にでも行って考えないかって話だ」
「これからって、まさか授業をサボる気?」
「いまさら二時間ぐらいサボったって、そんなに俺の頭が変化するとは思えん。谷口に差を開けられなきゃ充分だ」
「そんな考えだからいつまでたっても勉強が出来ないのよ、あんた。でも、まあいいわ。キョンがそこまで体育祭で勝ちたいっていうなら一緒に案を考えてあげてもいいわよ。どうせあんたじゃろくな案を考えれないだろうし」
 ずいぶんな言われ様じゃあないか。だがこの賭けも俺の勝ちだな。それにハルヒの言っている事もあながち的外れって訳じゃないんだ。正直どうすればクラスの連中を練習に呼び込めるのかなんて考えても全然答えが出ん。だったらハルヒと一緒に考えればいい。そうだろ? 長門が朝比奈さんに任せ、朝比奈さんは流れに任せる。それなら俺はハルヒに任せればいいのさ。
「それなら話は終わりだな。部室に行こう」
「そうね!」
 俺とハルヒが部室へ向かおうとし、
「あのっ! あ、あたしも一緒に手伝います!」
 朝比奈さんは状況が読めたのか、読めてないのか、慌てて俺の意見に賛同し、長門はゆっくりと動き出す。古泉だけは本当に理解していない様子であるが、取り合えず観察モードに移行したようである。すまんな古泉、九時間後には分かることだ。勝手にお前が理解する形で。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。