第五章<3
「じゃあジュースのついでに古泉も呼んでくる」
俺は最後に朝比奈さんが鉄棒前まで来ると同時に移動した。
だが、ここに来て新たな問題に直面した事に気がつく。それはすでに九時間前の俺が体験したことであり、結論として居ないと判断した俺に対する挑戦でもあると言える。
SOS団、団員の居場所である。現状では古泉の居場所特定が最優先なのだが、同時にこの時間に存在している朝比奈さんにも注意をしなくてはならないのだ。なぜならば九時間前の俺はこの昼休みに誰も見つけられていない。と言う事は、九時間前の俺より先にコンタクトをとって団員が接触できないようにしなければならないのだ。
それらの問題に頭を抱えながら、ハルヒに呼んでくると約束した古泉を探すのだが、それが大変である。
本来にして俺は別に古泉なんかの昼休みの過ごし方に興味などあるはずも無く、完璧なまでの無関心を貫いてきた。もちろんあいつの裏設定上、学校内での活動に少なからずの興味はあるが、それでも積極的にあいつの活動に参加したいとは思っていなかったので、当然といえば当然の結果である。
妥当な線では教室で静かに昼食を決め込んでいるか、食堂で学生たちの喧騒に巻き込まれながら人気メニューの争奪戦を繰り広げているというのがあげられる。長門なら昼飯を食べずに過ごしていても驚きはしないだろうが、古泉は一応のところ人間に属しているのだろうし、三大欲求の一つを満たすことに一遍の疑いもあるまい。
だが九時間前俺はあいつを探して教室に行ってたりするので、前者の可能性はほぼ無い。そう考えると食堂なのだが、居るかどうかは甚だしく疑問である。それでも向かうしかあるまい。
向かった先の食堂は恐ろしく込んでいた。居ないかもと思う以前に見つけられないかもの方が正しいかもしれないな。
俺は混乱を極めているカウンター前の列群に早々と見切りをつけ、割と落ち着いている長テーブルの方を探してみた。しかしあいつは居ない。こうなると行き先は完全に不明である。
まさか秘密の部屋でもあって、そこからハルヒを監視でもしてるんじゃないだろうな。
そんなCIA調のトンデモ説を達観的な感情を込めて妄想していた矢先、遠くのテーブルから声をかけられた。
「おーいキョン君っ! こっち、こっち。ここに席があいてるよっ!」
実によく通る声だ。喧しい中でもはっきりと聞き取れる声の主は、ハルヒに負けんばかりの笑顔で手を振る鶴屋さんだった。しかも隣には朝比奈さんが居た。
一瞬なぜ朝比奈さんがここにと思ったが、すぐに頭を切り替えることが出来た。願っても無い遭遇である。飛んで火に入る夏の虫とは朝比奈さんに失礼極まりないが、意味合い的にはまさしくそんな感じだ。
「お二人とも今から昼飯ですか」
「そうだよっ。あっれれ? キョン君は昼飯もってないね。まさかの金欠かいっ? だったら貸すにょろよ」
「いや昼飯はいいんです。じつは古泉を探してるんですが、朝比奈さんはあいつがどこにいるか知ってますか?」
朝比奈さんはスパゲッティを食べているので、しきりに口元を気にしていらっしゃった。
「え、古泉君ですか? すみません判らないです。でも何かあったんですか」
「い、いえ特に込み入った感じではないんですが……」
思わずしどろもどろしてしまった。ここで朝比奈さんに俺の現状について感ずかれたら大丈夫なのか定かではない。別に朝比奈さんにはバレてもいいのかもしれんが、危険を冒すことは出来ない。なにせ鶴屋さんがいる。
そんな微妙な空気を読み取ってくれたのか鶴屋さんが、
「あたしはみくるとよく食堂に来るけど古泉君は見かけたこと無いっさ。教室じゃないかなっ!」
助け舟を出してくださった。
「ええ、俺もそう思って教室に行ったんですけど、古泉は居なかったんです」
正確には九時間前の俺が確認しただけだが。
「そっか、じゃわかんないなっ。ごめんよっ! でも時間によって偶然居なかったって事もあるかもっ。わたしの勘はよく当たるっさ! キョン君、諦めたらダメだよがんばるんだっ!」
鶴屋さんは屈託のない笑顔でそう断言した。実に説得力がある。ハルヒの行き当たりばったりな言動とはなぜか一味違う感じがするね。
「わかりました。もう一回あいつの教室を探してみますよ」
向かう場所は鶴屋さんのおかげで決まった。鶴屋さんの言うことならなぜか信じられてしまうのは、きっと一つの人徳なのだろう。実際在り得る事なのだ。九時間前の俺はあくまでハルヒを探していたわけで、そこまでピンポイントに古泉を探してはいなかった。ついでに教室を覗いたという程度である。考えれば考えるほど古泉が教室に居る気がしてきた。ならば一刻も早く古泉探しを続行せねばなるまい。ハルヒの怒りゲージが秒単位で加算されているだろうしな。
そうと決まれば全は急げと言うだろう。あとここでやるべき事は一つ。
俺は朝比奈さんに視線を向け、
「朝比奈さん。一つ頼まれごとをお願いできますか?」
「え? なんですか?」
「ここでは何なんでちょっと……」
朝比奈さんに退席を促し、あえて人ごみの多いカウンター前まで行った。ここで聞き耳などいちいち立ててる奴などいまい。着席したままでいる鶴屋さんがなぜか見守るような目で頷いているのが気にはなるが、この際勘違いの一つくらい仕方あるまい。
「単刀直入に言います。朝比奈さん、今日一日、と言うか学校が終わるまで俺の事を無視してください」
朝比奈さんはひよこの様に愛くるしい瞳をぱちくりさせている。
「ど、どういうことですか? 意味がよくわからないんですけど……」
果たしてどこまで伝えてよいのだろうか。ここで全てを教えたとして、もしそれが現実なら遡行した時に何かしら朝比奈さんからのアクションがあったはずである。でも朝比奈さんはこれからどうすべきか判らないと仰った。
それならば俺に言える言葉は一つしかない。朝比奈さんが何となくでも状況を理解でき、かつ深入りされないような言葉。
「すみません。それは禁則事項です」
朝比奈さんは意表を突かれ、困惑の中に納得をブレンドしたような表情をした。俺の脳内アンテナは悲しみも少しだけ混線してきたように感じる。
「そうですか……わかりました今日一日学校の中だけキョン君を無視すればいいんですね?」
ええ、そうです。でも朝比奈さんあまり悲しそうな顔をしないでください。それは未来的事象を認識できていない事からくるにしても、すぐに解決する問題ですよ。
「よろしくお願いします」
俺はそれだけ述べて食堂を後にした。少しだけ離れてもう一度朝比奈さんと鶴屋さんの方に目を向けると、席に戻った朝比奈さんは真っ赤な顔で鶴屋さんに何かを話しかけている様子である。会話についての想像は控えておこう。
古泉の所属している一年九組は特別クラスでもあるので、俺のクラスより一階下の教室にある。九時間前の俺は今頃コンピ研の部室にでもお邪魔しているころだろう。移動に関しては至って安心と言えた。
俺は一年用の校舎に入って階段を上がり、九組の前で古泉が居るかを確認した。さりげなく窓から覗く形でな。これが憧れの先輩や片思いの君みたいな展開ならまだいいが、現実はやたら爽やかな超能力野郎なのだから気分も冴えないのは当然だろう。
教室内は意外と静かであり、参考書を読んでいる者、友人と談笑している者、昼食をとっている者など俺のクラスとそんなに変った感じではないようである。若干優雅さが感じられるのは、俺にちょとした羨望があるからかもしれん。
だがそんなことはどうでもいいのだ。重要なのは古泉が居るかであり、結果は残念ながら見当たらなかった。あいつは本当にどこに居るのだ。鶴屋さんの勘が外れた今、頼れるのは俺の勘しかなく、小学生がメジャーの球を狙うようなものだ。空振りに決まっている。
半ば諦め、ハルヒに詫びを入れつつ長門に懇願でもするかと思い始めていたそのとき、窓を覗き見る俺の肩に何者かの手がかかった。一瞬焦ったね。なにせはたから見たらあやしい人物なのだろうから。だが慌てて振り向いた俺はそいつの顔を見て安心と妙な怒りにさいなまれた。
「おや? どうかなさいましたか。僕には誰かを探しているように見えますが。よろしければ呼んできましょう。九組にあなたの思い人がいるとは思いませんでしたが」
一瞬頭を叩いてやろうかとも思ったが、そうも言ってられない状況である。あんまり時間が掛かると俺の方がハルヒに殴られかねん。こいつを呼び出すのは固有名詞一言を言葉初めに入れてやればいい。
「ハルヒがお呼びだぞ古泉。これからリレーの練習をするからな。昼飯は無しだ」
文句があるならハルヒに言え。とまでは言えんがな。原因は俺だ。
「それはまたいきなりですね。どういった作用が働いてそう言った状況になっているのか気にはなりますが、いいでしょう行きます」
俺は急ぎ足で古泉を連れてハルヒのいる鉄棒前へ向かった。
それにしてもなんで今いて九時間前の俺は古泉を見つけられなかったんだ。さすがにこれだけ付き合いが続けば見落とすことは無いだろう。
思わず疑問が口に出た。
「古泉、お前今日昼休みはどこへ行っていたんだ?」
古泉は少し間を置いた。
「行ったのではなく、行くではないのですか? 過去形で話されても僕には未来のことなど分かりませんが」
これはまずい。俺はバカか。こんな簡単なことに気がつかなかったとはな。
俺が古泉を探しに行ったのは昼休みの終わる寸前だったのだ。昼休みの始まりと流れている時間が違うわけで、俺の知っている過去と違っていても当然なのだ。というか、改めて考えたらやはり九時間前誰とも会えなかったのは、今の俺が原因だったんだな。それなら辻褄を合わせるのも難しくは無い。
そしてこの過程が事実なら、古泉に今の状況を知られてはいけないのだ。こいつは知らなかったから夜中に俺へ電話を寄こし、説明を求めた。
「い、いやそうだが、始まったばかりでも昼休みは昼休みだろ。だからどこへ行っていた聞いただけだ」
背中にじんわりと汗を感じる。
「……たしかにその通りです。短くても過去は過去ですから、表現的には合っていますね。自販機に飲み物を買いに行っていたんですよ。それと話に出てきたので言いますと、少しだけ未来がわかります。実は五時間目の準備をする係りになっていまして、出来れば早めにあがらせていただけると有難いですね。これは未来に対する願望です」
古泉の笑顔には疑念が少しだけ感じられた。だが今はこれでいいだろう。
「ハルヒに言え。俺にはお前の未来まで左右する力はない」
「たしかに」
今度は疑念無く笑う。俺は黙って少しだけ歩く足を速めた。
それにしても大変な作業である。今のところSOS団の活動しか行なっていない。ハルヒが求めてるのはクラスでの活動なのだから、これは目的に近づいているとは言えないだろう。朝比奈さんにも長門にも、隣にいる古泉にも協力してもらわねばなるまい。まあ古泉は現状を理解していないので、そこまで期待はしていないがな。それでもたった今役には立った。こいつが今自販機に行っていたという話のおかげで、SOS団三人娘へのジュースの件を思い出した。まあ借りってことにしておこう。
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