第一章
校長の有り難い訓示を聞き流し、夏休み明けの新学期早々にホームルームでやる事といえば、まあ席替えってのが規定路線であるわけで、本来ならそれなりに盛り上がるイベントになるのが普通だろう。だが俺限定で言えば、たちの悪い縛りの効いたルールで、結果の判りきったポーカーをするようなものにしかならないから嘆かわしい。
「ちょっと、あんた呪いでもかけてるんじゃないでしょうね。なんでまたあんたがあたしの前で居座るのよ」
などとハルヒはさも不機嫌そうな気配を漂わせつつも、決して怒ってはいないのであろう微妙な表情を浮かべてそう主張する。
さあな、そんな呪いじみた事を出来そうな存在を何人か心当たりはあるが、俺にそんな属性は無い。
「いいじゃないかハルヒ、後ろの窓際なんてポジション中々当たるもんじゃないぞ? なんならこの謎について考えてみるか? 週末に街中を謎探しするよりは建設的かつ現実的に思うね」
「バッカじゃないのあんた。こんなの単なる数学の確立じゃない。あたしが求めてるのはもっとこうスケールの大きな謎なのよ? こんな席替えの確立なんて謎解いたって数学者にもなれないわよ」
バカとはなんだ、そもそも席替えについて話を振ったのはお前じゃなかったか。
「っとにつまんないわねーなんか面白い事ってないかしら」
そんなに面白い事がこんな夏休み明けのホームルームにあるわけが無いだろう。周りを良く見ろ、みんな休みボケがとれずにうたた寝しているじゃねえか。谷口のアホはもちろん国木田だって眠そうにしている。ここは大人しく寝る時間なんだよ。
そんなしょうもないやり取りをハルヒとしながら、俺はさっさと放課後になって朝比奈さんの入れたお茶が飲みたいと願っていたのだが、時間ってのは暇な時ほど長く感じる。物理法則と関係の無いところで精神が病んでるのだろうと俺は思いつつも、担任の岡部は眠いだけの時間を眠いだけの話をする事によって間を繋いでいた。
そんなこんなで岡部の話が九月の下旬にある体育祭の話になったのは、もう限界だと感じた岡部が得意分野であるスポーツの話をしたかったのだろうことは分かりきっていた。しかも競技の参加まで早くも決めようなんて按配で話を進める。
だがこの一年五組ってのはこういったクラスのイベントには冷淡なのだ。そもそも学級委員長だった朝倉がいなくなってからは、それこそヒトラーのいなくなったナチスドイツ並みの急進力しかない。それなのに競技者なんて集まる訳がないだろう。俺はそう思っていた。
でもそれが大きな誤算だった。
俺が岡部のテンパった体育祭の競技者決めについてハルヒにどう思うかなんて聞いちまったのはその慢心からだ。
「ふーん体育祭ね、そうね悪くないじゃない。何事も勝つっていうのが人間大事なのよ。勿論この考えはSOS団も推奨してるし、タダで大体参加できるものには参加しないと損だわ!」
そういって夏の残暑が涼しく感じるのではないかと思えるほど、燦然と輝く笑顔を俺に向けた。
SOS団がそんな思想を推奨してるとは初耳だね。どうせ思いつきで口にしたのだろう。だが一度これだと思ったら、たとえ目の前に戦車がいようと突き進むのが涼宮ハルヒである。岡部が黒板に殴り書きした各競技、短、中、長距離走、そしてスウェーデンリレーの走者について候補を募る際、まるで伝説の剣を手にした勇者の如し勢いで天高く挙手し、全てに立候補をした。
終いにはこれからの展開ついて暗澹たる思いを抱いている俺に対しても、
「あんた足速かったわよね、じゃあリレーの走者決まりね! ついでだから他の競技も出なさいよ。これで良いじゃない決まりよ!」
なんて言って事実関係とは異なる現実をかってに創造し、黒板には俺の名前がハルヒに連なって書かれ、寒々しく沈黙をまもっていたクラスを凍りつかせた。
ここで参加しないなどといったらそれこそ蛇に睨まれた蛙が無駄な抵抗を見せるのと同じ事だ。見てみろよ、せっかく切り出した話題をあっという間に失って困惑した岡部の顔を。終いには俺達以外の選手をクジによって決めるという席替えの延長のような事を行いやがった。
その結果については、誰かが裏で操作したのではと思えるほど、スポーツを得意とする連中が見事に各競技に参加する事となったのだが、そこに何かが働いたのかについては、追求をする必要もない。
この時はまだハルヒ一人が先走ってるだけで、体育祭なんて平凡なイベントにそこまでの重労働はないだろうと俺はふんでいた。リレーにしたって今までの非日常的イベントに比べれば実に日常的な、学校でのイベントである。間違ってはいないだろう。
だがその考えはホームルームが終わり、いつもの部室に活動拠点を移してすぐついえた。
その後のホームルームは文字通り何事も無く終わり、まあ終わってみると実に短い時間でしかなかった事を実感しつつも、帰りの挨拶と同時に蜘蛛の子を散らすような形で生徒たちが帰路や部活へ向かう中、俺といえばなんとも言いがたい立場の団体の活動場所へと足を運ぶのだが、本日はその流れが少し違った。
「キョン、あたしはちょっと用事があるから先に部室に行ってて」
ハルヒはそれだけ述べて、一目散にどこかへと走り去っていった。普段俺はハルヒと連なって部室までの道のりを行くのだが、こういう光景はどうも嫌な予感がしてならない。ハルヒが活発なことと、俺のダウナーな気分は美しいまでの反比例をみせるのは、これまでの経験で学んだ事の1つである。
だがまあ今日は購買も食堂も開いていない。校外の駄菓子屋にでも買出しに言ったのだろう。そう廊下を一人歩きながら納得した。
「お前もほんと災難な男だよな、体育祭に参加までして、終いには今日は何日だなんて質問までする始末だ。涼宮なんかとつるんでるから自業自得といえばそれまでだけどな!」
こんな事を混雑極まりない廊下で語りかけてくる男は俺の知る限り一人しか居ない。
「谷口、なんならお前も競技に参加してみたらどうだ? ここの所運動という運動をしていないだろ」
「キョン、お前は本当にかわいそうだな。体育祭といえば女子たちの輝かしい体操着姿を拝める数少ないチャンスじゃないか。それを何で汗を流して走らにゃならんのだ」
俺はお前のように解放的には生きていないんだ。それに俺には朝比奈さんのメイド服姿を毎日拝めるんでな、そこまで飢えてはいないのだよ。
そんなしょうもないようでいて、実に素晴らしい優越感に浸りながら谷口の喧しいトークを聞き流して、俺は通常より若干静かな部室への道のりを歩いた。
部室では今頃長門が独り黙々と隅で読書をしているか、あるいはその横で朝比奈さんが健気にメイド服へ着替えている頃だろう。俺はなんとなくそう予想していた。だが部室に着いて一番最初に出会ったのは、まるで深夜のB級映画に出てくるたそがれた主人公のように部室の扉にもたれる形で腕組みをしている古泉だった。
「どうした、さっさと部室に入ったらどうだ。それとも何か後ろめたい事でもあるのか? 悪いが俺はお前の相談に乗る気はない」
「いえ、あなたと少し話がしたかったんですよ。特に悩みはありません」
そうかい、ならこんな暑いだけの廊下で立ち話も馬鹿みたいだ。とっとと中に入っても文句など誰も言わんだろう。
俺は古泉がもたれていた扉を開け、中をぐるりと確認しながら入った。珍しい事に長門がいないし、予想に反して朝比奈さんもいない。
「まあ座りましょう。僕もあなたも一万五千何回も夏をさまよったんです。しばしの休息もあっていいでしょう」
古泉はテーブル越しのパイプ椅子に腰を下ろす形で、俺は若干の残念さを感じつつも、いつものように対面に腰を下ろした。
「俺的にはお前と話していても、そこまで休息にはならないね」
そんな会話からスタートをしつつも、昨日までの終わり無い夏休みについてを、古泉と国会での討論程度には話し合い、一応の納得と決着を付けた。その後に古泉のノーレートでのポーカーの提案に乗って、俺がバカ勝ちした話は以前にも少ししたと思うので、ハショっておこう。
最終的に他の団員が部室へ訪れたのは、掛け金の設定ありであれば古泉の頭の毛まで引っこ抜くほどの状態になった頃だった。
「すみません、遅くなりました……ってあれ? 古泉君とキョン君だけですか? 涼宮さんと長門さんはまだなんですね」
そう天からの啓示を伝える天使のようなお声とお姿で、朝比奈さんが登場なさった。
「ええ、長門は知りませんが、ハルヒはホームルームが終わってすぐどっかに飛んでいきました」
「そうですか……あ、待てってくださいね今お茶を入れます」
そう朝比奈さんは仰り、ラックに掛かったメイド服を取りに向かわれ、それを合図にしたような形で俺と古泉は部室の外へ足を運んだ。
「朝比奈さんやハルヒはともかく、長門が来ないのは珍しいな」
「今日は新学期の初日ですからね、クラスによって活動内容の差はあるでしょう。それに力を使わないで済むと長門さんが判断したのであれば、それは今が安定しているという事です」
古泉にしてはまともな意見だ。昨日の今日で何かが起こったらさすがに心が折れる。
「噂をすればほら、来ましたよ」
そう爽やかすぎる笑顔で俺へ視線を送ってきた。俺は廊下の先に視線を向け、その姿を確認した。
「遅かったな、ホームルームが長引いたのか?」
「……そう」
長門は実に普段の長門ではあるが、やはりなんとなく疲れて見えるのは、俺自身が疲れているのを反映しているだけなのかもしれない。まあ長門だって気の遠くなるような時間を過ごしたら疲れるだろう。そんな時ぐらい俺にでも言えばいい。何とも出来んかもしれんが、解決を模索するくらいは出来るだろう。
「…………」
まあだがこれで団長を除くメンバーがそろった訳だ。俺と古泉は長門が部室に入るのを確認し、朝比奈さんが着替えを済ませたと確信して中へ入った。俺たちは先ほどまで座っていた席に戻り、長門はいつもの隅っこを陣取っている。実に普通のSOS団らしい光景に、俺はなんだか酷く安心した。
それに呼応するように、人数分のお茶を配りながら朝比奈さんが、
「またこうやって部室で皆さんと会えてよかったです。昨日を越えれなかったあたし達を思うと余計にそう思います」
そう感慨深めに仰った。
確かに仰るとおりです。なぜか古泉が同じ事を言ってもちっとも心に響かないのに、朝比奈さんの台詞は胸に染みる。それについて何かうまい事でも言えないか脳内を検索してはみたが、ヒットする言葉は出てこなかった。その代わりにと言わんばかりに古泉が、
「そうですね、あのような経験は体験したくとも出来るものではありませんから、僕としては良かったのではと思います。団員が力を合わせて困難を乗り切る。素晴らしいではないですか、そう思えば涼宮さんにも感謝しなくてはなりませんね」
そう意見をまとめた。癪に障るが俺も同じ事を言いたかっただけに納得をせざる終えない。
「ふふ、そうですね。あたしも今回の件でなんだか皆さんとより繋がれた? 様な気がします」
朝比奈さんはそう言って、とびっきり愛らしい笑顔を見せた。
「…………」
長門は少しだけ顔を上げ、そして何事も無かったように読書へ戻る。
この瞬間、なんだか今までの出来事が嘘だったのではないかと思えるほど、やたら穏やかで平穏な時間が流れていた。そこには未来的な事件も、超能力的な空間も、宇宙的な力さえ無い、ただ仲の良い学生同士の集まりに思えた。
たしかにこの感じは悪くない、たまには休息も必要だという古泉の意見も正しいように思うね。だが心のどこかで今までの問題と今の平穏を天秤にかけている俺がいる。そんでもってその天秤の中心には、まるで不動明王のようにハルヒが存在していた。
そして、そのハルヒがやはり一番に平穏を突き破る第一歩を踏み出すのは言うまでもない。
静かな部室内に、まるで突撃隊の銃声が鳴ったのではないかと思えるほどの音を出しながら、ハルヒは力強く扉を開けて登場した。その顔は実に晴れやかな笑顔であり、笑顔の世界大会でもあれば間違いなくぶっちぎりの優勝を飾れそうな感じだ。
ハルヒは勢いもそのままに、いつものパソコンが設置されてある席まで向かい、力強く振り返り、
「みんなそろってるわね! 大変によろしい。団長の登場に団員がそろっているのは、紛れもない団結の証よ。それでちょうどいいアイデアがあるわ! あたし達SOS団は体育祭で催されるクラブ対抗リレーに参加します! これは紛れもないチャンスよ、SOS団を広くアピール出来るし、第一体育祭はクラスの運動能力を競うだけじゃないもの。日々のクラブ活動での精進と団結力を試す場だと思わない? だったらSOS団にぴったりよ。だってあたし達の日々の努力は賞賛に値するもの、これを結果として後生に残さないのは歴史的な損失と言っても過言ではないわ!」
と、高々な声で宣言した。
てか今なんて言った。SOS団がクラブ対抗リレーに参加だと?
俺はハルヒの言葉がよく理解できないうちに他の団員へ視線を送った。
「え、え? 体育祭ですか? みんなで飛んだり跳ねたりするやつですよね……」
朝比奈さんは当然のように困惑し、
「なるほど」
古泉は何がなるほどなのか分からない相槌を打ち、
「…………」
長門は本から視線をハルヒに向け、その後ゆっくり俺へ視線を向けてきた。若干だが首をかしげている様に見えるのは俺の錯覚だろう。
この瞬間に団員が考えている事は手に取るように分かる。俺たちもこの数ヶ月で成長したのさ。
ハルヒをどう諦めさせるかとかではない。どうやってこの状況を乗り越えるかって言うマイナス的なポジジティブ思考を俺は考えていた。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。