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続・ミステリックサイン3

 状況打破の為とはいえ、納得しがたいものは納得しがたいのだ。それでもやらねばならんのは社会の仕組みなのか誰かの陰謀なのかは定かではない。
 色々と文句はあるが、現在俺は古泉と共に第一陣として国木田宅へ向かっている。喫茶店での作戦会議後、団員は二手に分かれた。他の二人は何をしているのかというと、実はサボっているわけではなく、ハルヒの気を引くための行動に出ているのだ。おそらくは何か奇妙な理由のついた買い物でも行なっているのだろうが、想像するとこちらの仕事も悪くないと思えてくる俺は、相当病んでいるに違いない。まあそれでもこちらの行動に勘付かれないようにするには仕方の無い犠牲であろう。
「僕としてはどちらも同じくらいやり甲斐のある仕事ですよ。涼宮さんと行動するのが仕事と表現できるかはわかりませんが」
 そんなものかね。まあこれから行くのであろう怪しい空間のことを思えば、考えを改めてしまいかねないかもしれん。
 国木田宅への道のりは季節的にかなりきつい、距離自体は問題ではないのだが、何といっても今は夏真っ盛りである。おまけに昼の炎天下は容赦なく体力と水分を俺から奪い去っていく。隣を行く古泉も実際はきついのであろう。笑顔の裏に疲労が漂って見える。
実際ついたのは一時間と掛からなかったが、体感的にはサハラ砂漠を遭難してやっとのことオアシスに着いたら、その水は温泉水だったという感じだ。遊びに来たわけではないからな当然だ。
 国木田宅について、さてお邪魔するかと俺がインターホンに指を向けたとき、古泉は冷静な表情でその行為を止めた。
「待ってください。真正面から行っても意味はありませんよ。ご家族が出てきて対応されるだけです。それに、今この建物事態が一種の閉鎖空間となっています。
 何だと。……などと驚くことはもはや無い。以前の経験があるのだ。心の準備はとっくに出来ている。
「そうかい。じゃあどうやって国木田を助けるんだ」
 古泉は若干得意げなニュアンスを含んだ笑みを見せ、
「なに、簡単なことですよ。前にあなたを涼宮さんの作り出した閉鎖空間へお連れした時と要領は同じです。少しの間だけ目を閉じていてください」
 当然のように言ってのけた。本来ならごめんこうむりたい所だが、まあそうも言ってられん状況である。これが朝比奈さんであれば喜んで目を閉じるんだがな。
 俺は渋々ながらも目を閉じて古泉の合図を待った。
 待つこと三秒。
「もう大丈夫です。目を開けてみてください」
 俺は、何も思うことなく目を開けた。と、言うのも以前の閉鎖空間のこと考えたら、別段驚くこともないだろうと考えていたのだ。
 だが、目を開けて辺りを見渡した途端。驚きは無意識のうちに声となり、疑問符となった。
「おお! こりゃ……一体どういう事だ?」
 目の前に広がるのは、とは表現がおかしい。正確には俺たちを覆う空間は、以前の灰色な閉鎖空間とは違い、部長氏の時に行った砂漠でもない。そこは狭く四方をコンクリートで形作る、まるで窓や教室のない学校の廊下のような場所であった。天井からはうっすらと蛍光灯の光が辺りを照らし、一メートルくらいの等間隔に設置されている。少し歩けば目の先は壁のようにみえる急角度の曲がり角。その先も曲がり角。それは言うなれば殺風景な迷路であった。
「迷路、だな。これも例の閉鎖空間なのか古泉」
「ええ、正確には似て非なる空間ですが、ここが何らかの意思による力が働いた閉鎖空間であるのは確かです」
 閉鎖空間の種類など分かりたくもないが、問題は勝手に転がり込んできやがる。だからこそ経験者としての疑問が発生する。
「前はたしか砂漠のような場所だったな。それが何で今度は迷路なんだ」
「なぜかは分かりませんが、どういう仕組みで迷路になったかは分かりますよ。ここは被害者の苦手意識が具現化した場所なのです」
 また意外な答えである。
「つまり国木田は迷路が苦手だと?」
 一拍、古泉は時間を置いて答えを返してきた。
「迷路が苦手かはわかりません。そもそもここが迷路かもまだ分からないのが現状です。ただ以前の部長氏が閉じ込められていた空間からすると、どうやら部長氏は暑い所と、虫が苦手なようでした」
 俺は何となく納得して、返事は返さず少し辺りを歩いた。さっきまで炎天下に居たせいか空気はすこし冷えて感じられる。音は何も無く、俺と古泉の足音だけが周辺の壁に反響して聞こえているだけだ。右へ曲がり、まっすぐ進んでT字路をまた右に回ってみる。目の前には通路と同じ幅の階段が広がり、その横には左へ抜ける通路が続いている。
 少し歩いただけだが、前回の砂漠とは違った意味で不気味な感じがした。どこを見ても同じ光景な様は、まるで同じ風景の続いた空港の動く歩道を進んでいるような感じである。
「どうする古泉。闇雲に進んでいいものなのかここは」
「そうですね。無策に進むのは危険でしょう。せめてマッピングをしながら進むべきと言えます」
 マッピングね。さながらロールプレイングゲームのダンジョンだな。これで魔物でも飛び出してこようものならゲームではすまんが。でもマッピングするにしても道具は必要なのではないか。
「お前紙やペンを持ってるのか?」
「ええ、手帳とボールペンくらいならあります。マッピングに適しているとはいえませんが、この際贅沢は言えない状況ですからね」
 さも持っていて当然だという感じで言ってのける。これは俺も同意できないね。どこの高校生が手帳なんて代物を夏休みの外出に持ち出すのだ。お前は休日も仕事に縛られたサラリーマンか。
「まあいい、とにかくその手帳に道筋を書いていこう。危険だろうが進まなきゃなにも始まらないしな」
「そうですね。では仮定として今僕たちがいる場所がスタート地点です。ここから捜索範囲を広げていき、この空間の全体図を把握していきましょう。現状何が解決策かわかりません。情報収集を優先します」
 これで一応行動指標は出来た。目の前に階段はあるが、上るのは後回しだろう。とりあえず今自分たちがいる場所をもう一度くまなく捜索することとなった。
 俺は薄暗い通路を慎重に進み、その後ろから古泉が道筋を書き込んでいく。普段の歩調よりはかなり遅いのを自覚しつつ、緊張感と警戒心から歩調を速めようとは思わなかった。角を曲がり、行き止まりでは引き返す。はじめに見た階段のほかにも上りの階段があり、逆に下りの階段もあった。通路中央に穴があって梯子がついている場所まである始末である。その都度古泉と相談し、手帳にチェックを入れるだけに留めてさらに先に進む。ああちなみに進み方としては、俺が常に右側の壁に右手を触れた状態で進むという方法を取っていた。いわゆる右手法というやつだな。迷路解決の常套手段である。
「時間は掛かりますが迷うことは無い方法ですよ。闇雲に歩いて同じ場所を同道巡りするよりは堅実です。まあここが迷路という仮定で、あくまでワンフロアを捜索するという前提条件があってのことですが」
「じゃあ階段を上ると迷うってのか?」
「断言はできませんが、その可能性はあるといえるでしょう。上りと下りが多数あったので、いくつかはダミーです。そうなれば、ダミーの通路を上り下りする可能性が出てくるのですよ。右手法はあくまで一つの正しい出口を目差す為の手段です。さきほどあった中央をくりぬいた梯子なんかの場合には基本的に通用しませんよ」
 まるで迷うことも想定済みのような意見だな。
「一応迷路を抜ける為の方法はいくつかあるんですよ。有名なのは右手法ですが、より複雑な迷路を抜けるのには別の方法が必要だったりします。トレモー・アルゴリズムというのをご存知ですか?」
 なんだそれは。精神の迷路を研究でもした学者かなんかの名前か。
「知らん」
「最も単純で効率的な迷路の回答方法ですよ。全部の経路をしらみ潰し的に試していくというものです。自分の通った道に紙でも壁にでも矢印を書いて、先へ進むんです。もしそこが行き止まりであったなら、戻る方向の矢印を今度は書いていきます。そうすることで徐々に行動範囲を広げて行き、最終的には、最低でも迷路の全距離の二倍を歩けば必ずゴールへたどり着きます」
 思わずあきれたね。だってそうだろう。誰が好んで迷路を二倍も歩くのだ。ぜひ御免こうむる。
「俺も知ってる。そいつは数撃ちゃ当たるって言うことわざだ」
 古泉のくぐもった笑みが聞こえてくる。
「たしかに仰るとおりです」
 そんな会話をしつつ、俺たちは結構な時間を使ってフロアをまわり、ようやく一階分の創作マップが完成した頃は、精神的疲労と肉体疲労でへとへとになっていた。とりあえず最初のスタート地点に定めた上り階段に腰掛ける形で休憩を取った。古泉も同じようで、いつもの余裕を含んだ笑みはなりを潜めている。
「で? 率直な感想はどうだ。出口は見つかりそうなのか」
 古泉は少しだけ困ったように頭を横に振る。
「作り的には迷路のようですが、一概に解決方法が出口だけではないかもしれません」
 出口が解決法じゃないなんていう迷路があるのか。少なくとも俺の記憶には無いわけだが。
「このフロアを回って分かった事がいくつかあります。ひとつはこの迷路は平面状に広がっているのではなく、立体状に展開しているということです。階段があることから確実でしょう。それに、このフロアは少なくとも最下層でもないというのも発見です。下がさらにあるわけですから、最低でも三階構造の建築物であるといえます」
 多重構造の建築物ね。見た目からしてまるで廊下しかない学校ではないか。
「もう一つ、これは何故設置されているのか分からない物がありましたよ」
 そんなものあったか。少なくとも俺は一切見てはいない。
「もったいぶるな。さっさと言え。それとも拷問にかけて白状させて欲しいのか? 残念ながら関節をきめるくらいしかないがな」
「遠慮します。あなたは右手をついて常に行動していたから気がつかなかったかもしれませんが。右側面の下にデジタル表記の時計が等間隔でついています」
 なんだと。と、あわてて辺りを見渡したら、確かにシャーペンの芯を入れるプラスチックのケースみたいな時計が足元ギリギリについていた。
「見たところ通常の時間を表示しているのではなく、時間を計っているようです。それもゼロから計っているわけではない。時間の減少を計っています」
 古泉の顔に笑顔は無い。当然だろう。この状況で笑ってられるのは恐怖で感覚を失った人間か、あるいはこのシステムを構築した当事者だけだ。
「つまり……タイムリミットか?」
 古泉は強く、はっきりと縦に頭をおろす。
「ただ分からない点もあるのですよ。この時計ですが、ついている場所によって時間の表記が短かったり長かったりしています。何か意味があるのでしょうが。今のところある一定の法則があることしか分かりません」
「法則とは?」
 古泉はこちらへとだけ言って、俺を時計の前まで誘導する。それに従い俺は時計を見た。デジタル表記では6:10を表示している。続いて隣の時計は6:00とある。他の時計を見ても減ったり増えたりの繰り返しであった。
「お解かりになりますか。実はこのフロアの中心から大体十分単位で時計の時間が違うんです。これをみてください」
 俺は古泉が差し出してきた手帳に目をやる。そこには丁寧に書かれた迷路のマップが書いてある。いろいろ曲がり角もあるが、全体でみると綺麗な四角い形をしているようであった。
「この迷路は正四角形で構成されています。おそらく縦百メートル、横百メートルです。この正四角形の中心が一番時間表記が長く、外側になればなるほど時間は短くなっているんです。そして、もしこれが事実だとすれば、なるべく早めに上るか降りるかしたほうがいいかもしれません。なぜだかわかりますか?」
 正直この情報がなんの意味を持つのか、俺には全くと言っていいほど分からん。つまりはそこから派生する問題点など分かるはずも無いのだ。俺は仕方が無く古泉の話の腰は折らず、聞き手に徹することにした。
「説明します。これからは完全に憶測なのですが、このデジタル時計は等間隔で配置されているのは見て分かりますよね。この時計間の距離がおそらく一メートルなんです。それと、この迷路は一見一つ繋がりに見えますが、作りはどうもそうではないらしい。通路間の隙間を見てください」
 俺は古泉に言われた通り、通路を見て回った。言われてみて気がついた。この通路は沢山の継ぎ目が見て取れたのだ。それも正確なサイズで、綺麗に四方を垂直に継いでいる。俺は無意識に声に出していた。
「立方体がいくつも並んでいる作りか……」
古泉の顔が嫌味の無いと言っていい程度に笑顔になる。
「正解です。つまりこの建物自体が、もしかしたら正四角形の形、つまり立方体をしているのかもしれません。そしておそらく外側に行けばいくほどタイムリミットが短くなっている」
 なるほどな。何となくだが言いたいことは理解できた。建物は多重構造で、作りは立方体のブロックを縦百、横百、奥行き百に並べた形になっている。しかもそいつは、なにやら曰くのありそうなタイムリミットがついているわけだ。
 俺は結論を言う。
「つまり一刻も早く外側のフロアまでたどり着けと」
「確定ではありませんよ。ただセオリーを考えれば、対象を追い詰めるのはタイムリミットが短いほうがいいでしょう。しかも僕たちのスタート地点はどこかもまだ分かっていないのでは、なおさら困難ですよ」
 俺はもう一度デジタル表記された時計を見る。
「中心から一番遠いところにあったブロックはあと何時間くらいだったんだ」
 古泉は笑わない。真剣に、だからこそ切迫感ある声で言う。
「約一時間です」
 合図にしては充分であった。俺と古泉は、お互いの確認を取ることなく、近くにあった階段を上り始めた。
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