続・ミステリックサイン2
正直に言おう。俺は今回の件について、実は完全に忘れていた。中学時代に行った臨海学校の晩飯は何だったかという記憶と同じ場所に、今回の件は保存されていたに違いない。パソコンで言えばそこはゴミ箱だ。
だが仕方の無い事と思いたいわけで、つまりは俺の脳内デスクトップに貼り付けるショートカットは、涼宮ハルヒという次から次へと新たな問題を生み出す根源のせいで整理不能なところまで陥っているのである。
そんなわけで昨日孤島から帰ってきて疲労困憊の俺としては、やたら爽やかにむかつく声を発する古泉のモーニングコールに脳内ゴミ箱を漁る作業をせねばならんのは純粋に辛かった。
目が覚めてまだ肉体的に活動を拒否する中、俺はなんとか古泉の言う問題を理解しようとしていた。古泉の話によるとだな、どうも面倒くさい夏休みの宿題を後回しにしていたツケが最終日に爆発するのと同じ要領で、例の問題が今ここで急浮上したんだとか。なんでも長門が延命処置の如し要領で手を打った策が限界に達し、被害者の状態が日常生活に支障をきたし始めているらしい。
ああ、ちなみにその対策ってのは部長氏が砂漠に閉じ込められていた様な事が起こらないように、そいつと同じような体験を夢の中で被害者に体験させている事を指している。被害者たちに実質な被害を出さないための処置を施しているわけだ。長門曰く脳のパルスを強制的にメタフィー空間とリンクさせ、擬似的な情報共有をさせることによってその空間を誤認識させているんだとか。よくわからん。
端的に言えば毎晩覚えていない夢の中の一つに、悪夢を追加で見ているのだろう。覚えていないとはいえ気の毒な話しではある。
問題ってのはそいつが悪夢だけでは誤認識できなくなり、実際に被害者が影響を受け始めている事らしい。
『お解かりですか? つまり早急な対応が必要ということです。あれから大分時間もたっていますし、事態はいつ急変してもおかしくないと断言してもいいでしょう。ちなみにこれは長門さんのお墨付きな情報ですので、確実と言って問題ないでしょう』
『……ああ、事情はわかった。で? 具体的には何をするんだ』
『そうですね、とりあえず一度みなさんとコンタクトを取りたいと思っています。朝比奈さんと長門さんにはすでに連絡を入れているので問題はありません。場所はいつもの喫茶店に集合ということで。もちろん強制はいたしませんし、あなたの判断を否定したりもしません』
妙に空々しい言い方である。俺としても、そりゃあ旅行帰りの翌日にまた体を動かすのはしんどい。だがSOS団が起こした問題が現在進行形で語られているのを尻目に、自分だけ休みを取ろうなどと考えるほど俺は豪胆な性格を持ち合わせてはいない。
行くとも。行かねばなるまい。ハルヒの起こした問題はSOS団が決着をつける。これはもう夏の星座座標よりも正確な決まりごとだ。
『わかりました。それでは後ほど会いましょう。ああそれと、くれぐれも涼宮さんには勘付かれないようにお願いします。これはあくまで涼宮さんを除いた僕たちの問題ですから』
それだけ言って、古泉は電話を切った。まったくもって理不尽な話しである。たまにはハルヒの起こした問題をハルヒ自身に解決させてやればいいんだ。あいつのことだ、きっと喜び勇んで問題に取り組むに違いない。なんてったってハルヒの望む不思議な出来事のオンパレードだからな問題の数々は。
実現不可能な解決策を構築してみつつ、早々に諦めて肉体疲労を何とか若いからという安直な考えでやっつける。俺は出かける為の準備にとりかかった。部屋の外からは妹が近づいてきているのであろう、どたどたという足音が響いている。
夏休み序盤である現在、そこと無く気心の知れた人間に会うのは、通常の感覚で言えば楽しい出来事なのであろう。
だが、こいつはあくまでも普通という日常での感覚な訳で、昼前の見慣れた喫茶店の六人席で、前方には宇宙人と未来人が仲良く座り込み、隣にはやたら爽やかで少し肌を小麦色に焼こうものなら、それこそ海の家に張ってあるポスターのモデルにピッタリな超能力者が座っている光景は、断じて日常ではない。
日常で無いといえば、昨日まで行なわれていた目的不明の合宿でも同様に、長門は珍しく制服姿ではなく、薄いグリーンのワンピースを着こなしていた。できれば麦わら帽子を被ってもらいたい按配である。朝比奈さんは夏らしくノースリーブに輝かしい二の腕を露にさせ、孤島帰りの若干赤く日焼けした笑顔を展開してくださっている。これらの光景だけ見ると、どうにも緊急事態という言葉は似つかわしくないように思えるのだが、古泉の話を聞くとそうでもないらしい。
「連日の顔合わせで申し訳ないとは思いますが、実は結構大変な事態になっているようです。どうにも夢として処理できていた事象が、実際に現実として被害者に襲い始めているようなのです。ですよね? 長門さん」
長門は古泉の確認に、まあ分かる人間にはわかる程度の動作で頭を縦に揺らす。
「その説明に間違いは無い。現状、ウェブ上に張られたハイパーリンクから対象へアクセスをした人間の内、四人は確実に以前のような空間に飲み込まれている」
なるほど、つまりその四人は以前の部長氏同様バカげた空間に閉じ込められ、何かしらの事態に巻き込まれているというわけか。でもまてよ。なんで四人なんだ。
「長門、一つ質問していいか? たしかあのエンブレムを見ちまった人間ってのは八人いたはずだよな。一人は部長氏だから解決してるとしてだ、それでも七人はまだ手付かずな状態だろう。それがなんで四人なんだ? 他の三人はどうなってるんだ」
最もな疑問だろう。八人とも同じものを見ているはずなのに、被害の人数が合っていないのはおかしい。と、思ったがそうじゃないらしい。
長門はフリーダイヤルの応答テープのように的確に言った。
「現状、早急に対応が必要であると該当する人間は、涼宮ハルヒが作り出したインヴォーケーションサインを直接閲覧した人間に限られる。情報生命体が増殖することを目的として展開したハイパーリンクから閲覧した人間は、間接的にサインに接触したことになり、直接的な被害は少ない」
なるほど。あの数百テラバイトのシンボルマークは直リンの方がやばい代物だったって訳だ。でもまてよ。要は直接サイトを閲覧した四人って事だよな。あの奇特なサイトをわざわざ検索かけてみる暇人が果たしているのだろうか。
そんな疑問が脳裏によぎったが、長門の補足で解決した。
「直接サインを見た人間は全て北高の学生」
長門はそれが答えだと言わんばかりに視線を俺に向けてくる。
そこで俺は推理した。あの奇特なサイトを曲がりなりにも見ようとした愚か者は、おそらくSOS団に何らかの関与があった人物に違いない。ということは、俺が知っている人物の可能性が高いってわけだ。これは勘だ。でも長門から来る確定の二文字を送信したような視線が、妙に俺を自信付けた。
「谷口や国木田か?」
長門は先ほどと同じように、ゆっくりと肯定を示した。それに朝比奈さんが補足する。
「それとあの……鶴屋さんも見てくれていたみたいで……あたしが紹介したから……」
申し訳なさそうにうつむいてしまう。いやいや朝比奈さんは悪くありませんよ。そもそも天文学的な確立であんなシンボルマークを作るハルヒが問題なんですよ。
これで三人か。あと一人とは誰なのであろう。正直検討がつかない。
ここで時間切れ、とでも言うように古泉は最後の一人の名前を言った。
「あと一人は、覚えているでしょうか? 部長氏の失踪の捜索を依頼してきた人物。喜緑江美里さんです」
これには正直驚いた。彼女はたしか消息不明の人物であったはずなのだ。だからこそ一瞬長門が一枚かんだという在らぬ疑念を抱いた要因でもある。その彼女が被害者の一人として上がるとは、なんともきな臭い話しである。
だってそうだろう。部長氏の異変を依頼しに来たのは彼女なのだ。それが彼女はSOS団のサインを見ていたという。これはいったいどういった矛盾なのだろうか。タイムトラベル的に言えばパラドックスが起こっているのと同じである。SOS団のシンボルを見た彼女が、どうして平然と俺たちの前に現れ、部長氏の捜索を依頼できるのだろうか。
俺は何となく他のメンバーを見渡した。長門を除く二人は共に何か考えを巡らせているようであった。決して脱出不可能の回廊を上り続けるかのように。
そしてふと古泉が神妙さのある表情から、諦めにも似た笑みを浮かべ、
「とにかく、ここで色々と思案を巡らせていても事態は解決しません。今は出来ることから順番に片付けていきましよう」
これで思考の同道巡りは終わりといわんばかりに場の空気を変えた。まあ仕方が無いだろう。解せないことはどんなに考えても解答へはたどり着きはしないものさ。こいつは夏休み前の期末試験で経験済みだから間違いない。
「それで? 具体的には一体どうするんだ。谷口や国木田、それに鶴屋さんは例のとんでも空間に閉じ込められているんだろう? また前みたく家に大人数で押しかけるのか?」
「それについてなんですが、まずは喜緑江美里さんを除く三人を分担で救出していきませんか。そうすれば一人につき一人、個々に動いて解決することが出来ますし、なによりみなさんが力を出し惜しみせずにすみますからね」
まるで切り札は敵に見せないとでも言いたげな感じである。正直あまり気持ちのいいものではない。
だが、まあこれは団員メンバーの裏設定上として仕方の無いことなのだろう。こればっかりは下っ端が徒党を組んでもどうしようもない事情があるに違いない。
でもまてよ。三人につき三人が動くなら、誰か一人は余る形になるではないか。この場合該当する人物など間違うはずも無い。
「……じゃあ今回、俺は休みなわけだな」
一瞬沈黙が走る。それぞれが三様に申し訳なさ一杯の感情を俺にぶつけてくる気がした。いや、別に気まずくなることなど何も無いわけだが、これはいったいどうしたものなのだろう。周りの視線がどうにも痛い。
そんな気を使わせてすまない的感情に心を支配されそうになり、場の空気を和ませる為に何か自己犠牲的ギャグでもかまさねばなるまいかと、配慮と覚悟を決めかねていた俺だが、どうにもこの視線は仲間はずれな状況になった人間をいたたまれなく見つめる視線ではなかったらしい。
解答は申し訳なさ一杯に喋りだした朝比奈さんが教えてくれた。
「今回一番大変なのはキョン君かも」
「……は?」
「あのね、実はみんなそれぞれの対処をするのに精一杯で、どうしても二人は作業に参加してもらわないといけないの。それでみんなとペアを組めるのは、その、キョン君しかいないから……」
げ、つまり俺は……。
「全部の救出作戦に参加しろと?」
俺はさっきまでのいたたまれない空気はこれだったとかと納得しつつうなだれつつ、一拍の静寂の後に訪れた団員たちの声を聞いた。
「…………そう」
「よろしくお願いします」
「その、ごめんね? キョン君」
やれやれ。
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