第六章<2
「こらー、根性見せて走れって言ったでしょう! 何してんのよ抜き返しなさい! ちょっと! ああもうっ!」
程よい程度に雲が散見できる秋晴れと言って差し支えのない午後の空に、忙しないハルヒの怒号が絶えず響き続けている。まるで夏をわすれて土から出てきてしまった蝉のようだ。
体育祭に別段の感情など無くなって久しい俺ではあるが、今回に限っては若干の心積もりもあってか、ハルヒの馬鹿でかい声も違和感にはならなかった。まあ始まってすぐの行進から、選手宣誓に至るまでの行程と、校長の挨拶では、忙しなさも包み込むほどの緊張なのか倦怠感なのかは定かではないが、その時間はハルヒも静かにしていた。
だがどうだろう。競技が始まるや否や、叱咤激励の後半部分をなくしたような勇ましさを見せていた。まあ無理もないか。ハルヒはほぼ全ての競技に対して、新学期初日に参加の意志を示していたわけで、つまりは休むことなく叫び続けることになるのだ。なぜか俺まで全て参加になっているから、心休まる時間と言うものがない。肉体も同じだ。
「キョン、ぼーっとしてないで応援しなさいよ! この声が最後の一歩を後押しするのよ!」
わかっている。本来の俺ならば、何が楽しくてグラウンドに向けて声を張り上げねばならんのかと、疑問の一つでも説いてやるところだが、今のところ声を出さない奴の方が少数派に数えられてしまいそうなくらい、クラスの連中までハルヒに負けじと叫びまくっていた。ここで叫ばんわけにもいかんだろう。理由もある。現在うちの組は総合得点で二位につけているのだ。一位は古泉のクラスである九組であり、これが結構な点差になっている。現在進行形で行なわれている百メートル走になるべく多く勝っておかないと、最後のクラス対抗リレーでの劇的逆転が叶わないという裏事情が、妙にうちのクラスを熱くしているのだ。
なぜ今こんな状態かというとだな、実は結構な理由があるのだ。SOS団の存亡に関わる理由が。原因は副団長の謀反である。話は午前中、クラブ対抗リレー後のことだ。
まだまだ太陽が準備運動を開始したばかりのような、眩しくも涼しい天候に中、普段なら眠気まなこで授業を受けている時間に、体を全力で動かすのは正直しんどい。それでも俺は全力で走った。ピンポンをスプーンに乗っけて走ると言う、なんとも間抜けな格好でな。ダリが見たらインスピレーションの一つにでもなるかもしれんが、正直見ても参加しても楽しい競技ではない。なぜこんな競技を最初の競技にするのか大いに疑問だね。でも意外なことに順位は一位なのだからハルヒの練習は正解といえた。
俺はゴールしてすぐに一と記された旗の元に行き、座った。前には堂々とした態度と笑みを浮かべたハルヒが胡坐をかいている。
「まあまあね。でもスプーンを逆手にもって走る作戦は大成功じゃない? やっぱり事前に練習を積んだことは生きてるわ。この調子で全競技で勝利するのよ!」
たしかに練習は生きた。だがその逆手作戦を考えた国木田に賛辞の言葉くらいはかけてやれ。
ハルヒはなんとも言いがたいガマ口顔で俺を睨んできた。
タイミングよく俺の次に走った国木田が近づいて、
「いやーけっこう、うまくいったね。これは足が早いとかが生きる競技じゃないから、考え方しだいで僕みたいに運動とかが苦手でも一位になれたよ」
「まあ……よくやった方よね」
なんて会話を聞いて思わず笑みを浮かべてみる。
体育祭は順調そのものだった。陸上系の競技は結局、運動神経の良し悪しで決まるものだが、実は陸上系以外の競技も多いんだよな。それを逆手にとってしまおうってのが俺たちの作戦である。ムカデ競争やパン食い競争なんかがその代表競技だな。これらの競技は割りと午前中に集中しており、我がクラスは絶えず好成績を収めることに成功した。前記した競技の、ハルヒがその他メンバーを引きずるようにダントツの一位でゴールしたムカデ競争や、これもハルヒが自分のパンにかぶりついたあと、それ以外もかぶりついて圧巻の一位になったパン食い競争は、凄まじいの一言で片付けるには憚れるばかりである。
ちなみに一つ学年が上の朝比奈さんは競技を争うことが無いので、関わりは薄いのだが、なんとなく目で追ってみると、必死に走ってはコケを繰り返すお姿が拝見できた。見るたび同じ光景であるところからして、さすがの一言である。
長門に関しては無難の一言だろうか。見る限り全競技三位な感じで走っている。これが普通ではあるのであろうが、SOS団のメンバーからすれば違和感以外の何者でもない。普段の長門がこの状態を見せたら、まず真っ先に地球最後の日を覚悟するくらいである。
ちょっとした話だが、借り物競争の最中に俺のところに長門が来て、
「一緒に来て」
と、言われたのには意表を突かれた。
一体何を借りに来たのかと思って手にした封筒の中身を覗いてみると、
【不思議な人】
などと書かれている。あの、長門さん? SOS団で唯一の普通人である俺を不思議な人にカテゴライズする気ですか。
「…………」
しかし長門は全てを知り尽くす千里眼のような眼差しで俺を注視し続けた。まあ分からんでもないがな。実際ならハルヒと言う不思議な人を超越した存在がいるわけで、全会一致で当選間違いなしだろう。だがハルヒ自身に自覚がないのが問題なわけで、つまりはハルヒを連れて行くわけにはいかんということだ。でもな、俺を連れて行っても借り物が正しいか審査をする人間に認められるとも思えん。
そう考えながら俺は長門の伸ばした腕を掴んだ。しかたないだろ。
「ちょ、ちょっとキョン! いくら有希だからって敵に加担するのはダメよっ!」
なんてハルヒが後ろでぼやいていたりもした。
結果、見事に一番で長門と共にゴールのテープを切ったわけだが、実に傷ついたね。審査では、俺と長門を見るなり微笑を浮かべた審査員が一発OKを出しやがった。どうも一般での常識と、俺の常識はズレが生じているらしい。SOS団なる団体に所属しているがためのさだめか、俺も十分不思議人にカテゴライズされるらしい。
さらに俺が不思議と言う概念を自身に反映させざる終えない事もあってだな、長門以外に三回も借り物競争でゴールのテープを切った事実がある。
原因の一人は、
「すみません。友人と称すに値するか自信はありませんが、よろしければ一緒にゴールまで足を運んでいただけますか」
などと言ってきた。ハルヒは憮然としてたな。
次の人物とは、
「あの、その、年下の知り合いってあまりいないから……」
と、ダントツのビリでゴールまで行く羽目になり、最後は俺のクラスでのことだ。
「キョン! 時間がないわ、さっさとゴールまで来なさいっ!」
ハルヒまでもが俺を連れまわそうとのたまった。さすがにもういいだろと訝しげにハルヒに聞いた。
「いったいなんて書いてあるんだ?」
ハルヒはびっくり箱を開けた子供みたいに驚きの表情を浮かべた。なぜ?
「う、うるさいわね! いいから付いてくればいいの! 早く行かないと一位を取られちゃうでしょバカキョン!」
まあもっともだ。俺はハルヒに半ば無理やりゴールまで引きづられる形でいくはめになってだな、しまいには審査のときに、
「あー納得ですね、どうぞゴールまでいってください」
などと言われた。一体何が書かれていたのかは、ハルヒが断固として拒否をしたので結局分からず、きっと墓の下までもっていかれてしまうのだろう。
ちなみに俺の出番では、
【個性的な人】
と、書かれた封筒が回ってきた。この封筒は人ばっかりなのかと思いつつ、しめしめと思ったもんだ。なんてったって個性的な知り合いに関しては誰にも負けない人脈があると自負できるからな。散々振り回されたお返しをしてやろうと思い至るのに一遍の迷いもなく……いや、こんな話はどうでもいいな。誰を連れまわそうがたいした話じゃあるまい。
重要なのはこれらバラエティに富んだ競技群をつつがなく終了させ、午前最後の部としてプログラムに記載されている競技、一ヶ月前から鍛錬に鍛錬を重ねた集大成を見せる場、クラブ対抗リレーへの参加チームを入場門前に集合させようとアナウンスが鳴り響き、それぞれのクラスに散らばったSOS団団員が集まった所からだろう。古泉が謀反を起こしたのはこの競技を終わらせた後だったからな。
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