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第六章
「なるほど、ようやく完全に理解することが出来ました」
 何がなるほど、だ。そもそも何が悲しくて昼休みに古泉なんぞと部室で昼食をとらねばならんのだ。
「ですが長門さん。実際遡行した人間が同じ場所に戻らなくてもいいのでしょうか?」
「問題ない。同時刻に存在していた対象が別次元に遡行した場合、その瞬間に異時間同位体が存在していれば、その次元に対象が完全消滅する問題は起きない」
 まったく、昨日の今頃はひたすら校内を走り回って、その上いらん策略やら九時間前の俺の存在に翻弄されたりしていたのに、たった一日で随分と状況と言うのは変るものである。昨日のクラス総出の練習を終えて疲れきったオーラを出し、これも総出で居眠りにふけり続けた本日の午前中を過ごし、一人事情を知らない古泉にまあ説明のひとつでもしてやろうなどと殊勝なことを考えてしまったのがそもそもの間違いである。誰にも聞かれぬ場所として部室を選び、偶然か必然かは定かではないにしろ長門がいつもと同じように読書をしていたのが唯一の幸いか。ついでに言うとハルヒは相変わらずどこにいるかわからんし、朝比奈さんはきっと鶴屋さんと昼食だろう。
 ちなみに古泉が質問をし、長門が答えた内容については、昨日おれ自身が体験したことなのだが、要は遡行した状態からどうやって帰ってきたのかってことで、結論は簡単である。自転車で帰ってきたんだからな。
 分かり易く言うと、以前三年前の七夕に遡行した際に長門が行なった方法とほとんど同じである。違う点は長期間寝て過ごしたりせず、ただリレーの練習をして時間を使ったにすぎない。まあ遡行といっても九時間だし、つまりは遡行先で九時間経てば元の時間にもどるってことだろう。
 古泉は相変わらずの舞台役者みたいな大げさなしぐさでさっきから喋りっぱなした。
「それにしても皆さんが先の時間の世界、つまりは未来から来ていたとは全く気が付きませんでした。言うなれば未来人だったわけですから、僕は貴重な体験をしたといえるかもしれませんね。ただできれば僕も皆さんと一緒に過去の問題を解決する為に時を越えるというSF的な体験をしてみたかったとも思います」
 その喋りにオウムのような感じで長門が答えている。
「あなたが遡行せずにいたのは理由がある。朝比奈みくるは遡行するのに必要であり、彼は涼宮ハルヒに行動を起こさせるのに必要だった。あなたの場合、陸上競技場の確保をしてもらわなければならなかった。異時間同位体では不都合」
「なるほど」
 まあ古泉の気持ちは分からんでもない。そりゃタイムトラベルする機会をもし得られるとしてだな、それを逸するとなると忸怩たる思いになるだろう。以前の俺ならな。実際何度も過去に遡行して問題に巻き込まれてる現在の俺からすると、単なる懸案事項の一つでしかないわけで、出来ることなら当分関わりあいたくはない。当分。
 まあ長門が言った経緯もあって今に至ったわけだが、実際はもう少し大変だった。ハルヒのいる教室に行った後、クラスの連中を必死に誘って、部活のない連中とだけ先に競技場へ赴き、運動部や文化部の活動がある奴は後から合流となった。でもそこで問題が発生してだな、部活に出ていた連中に競技場の場所を教えていなかったのだ。長門がいなければどうなってたことやら。ここで感謝の言葉でも送っておいて間違いはあるまい。
「長門、昨日は助かったよ。正直どうすればいいのかさっぱりだったからな。それにしてもよく別のクラスなのに全員に携帯でメールなんか送れたな。俺だって半分もアドレスなんか知らないぞ」
 長門はどうしたことか言葉をかみ締めるかのように間を置いた。
「簡単。得意分野」
 少しだけ言葉通りに得意げに見えなくもなかった。実際得意げになったって誰も文句は言うまい。かなり助けられたのだから当然だろう。そういう意味では、事情を知らずして全面協力をしていた古泉も人がいいのかもな。ハルヒに関わることではあるが、どちらかといえばクラスの問題だったのだから積極的に動く義理もなかったろうに。
「僕としてはあなたのクラスの活躍をアシストする形になりましたしね。ですが、少し負けたくはないという気持ちも芽生えてきたんですよ。今度、涼宮さんやあなたに習ってクラスで一つ決起でもしてみようかと考えているくらいです。その時は手伝いをお願いしたいですね」
 まあ練習場の引率くらいならしなくもないが、ハルヒは敵に塩を送るような真似はせんだろうな。勝負には厳しい奴だ。昨日だって皆が集まるか分からない間は妙に落ち着かない感じだったし、それでいて静かになっていたりした。でも皆があつまって練習が始まるや否やサッカーナショナルチームの監督みたいな指揮の仕方で皆を動かしていた。
「そこ、無駄話が多い! あたしたちは勝つ為に練習してんのよ、自覚を持って練習に励みなさいっ!」
 笛を鳴らしながら怒鳴っていたハルヒに、谷口や国木田なんかも呑まれていた。
「わかってるよ! それにしてもどうしたんだよ涼宮のやつ。担任の生霊にでも取り付かれたんじゃねえだろうな」
「まあいいじゃない、たまにはこういうのも。学生って感じがするよ」
 てな具合であった。クラスメイトもタジタジになるのはしょうがないだろう。まんざらでもないって状況であったのは意外だったが。それだけに思うこともって、古泉に話をふってみた。
「だがあれだな、これでSOS団の練習量も少しは減るんじゃないのか? クラスとの掛け持ちは正直ハルヒでも厳しいだろう」
 俺の質問に対し、古泉は嘘らしくまじめな顔になり、
「涼宮さんならやりかねませんよ。あなたはもうお分かりだと思いますが、涼宮さんにとって絶対なんてことはありません。それにSOS団をないがしろにするとも思えません。もう長らく所属していますが、これには絶対の自信があります。そういう意味では絶対がないという考えも間違いになりますがね。二つに世界を分けるなんてことも考えられます」
 言い終えて冗談のようにいつもの笑顔に戻る。
 二つの世界などかんべん願いたい。SOS団をないがしろにはしないという考えは確かに絶対かもしれんがな。SOS団はそんな所まできてしまっている。
 昼休みにハルヒがいないにも関わらず、団員が三人も集まってたわいもない話をしているんだからな。ハルヒだってSOS団の練習量を減らすことはしないだろう。SOS団が負けることなどこれっぽっちも考えてはいないはずだ。
 だからこそ俺はここにいる二人の団員に言った。
「体育祭だがな、変に気を使うのはよそう。これだけ練習したし、これからの期間もどうせ練習は続くんだ。だったら実力で練習の成果を見せてもいいだろう」
 古泉の顔が少し驚きを表現するように変る。俺だって驚きだ。一体なにを言っているんだろうね。
「いいのですか? 野球大会の二の舞になるかもしれませんよ……と、言いたいところですが、少し心変わりがありました。普通に体育祭に参加するのもいいかもしれませんね。涼宮さんもただ勝ちたいという考えから、全力で参加したいという思いにシフトチェンジしているように思えてきています。これが事実なら、僕は賛成に一票を投じても憚りはありません」
 俺はただ頷き、長門に視線を向けた。長門も今は読書を中止して俺たちの話を聞いてくれていた。
「わたしは構わない」
 坦々と、だが力強くも聞こえる声で長門が答える。俺は長門にもただ頷いて返し、生徒の声が聞こえる窓に目を向けた。
 なんだかんだでもうすぐ体育祭である。日差しは相変わらず灼熱の砂漠地帯のように暑苦しいが、窓から入る風は確実に夏を終わらせ、秋を運ぶ冷たさが感じられた。





 昼休みも終わって、残りの授業を消化するまでの間については、まあ何かしら学びがあったのだろうが、今は正直どうでもいい。六時間目の就業を告げるチャイムが鳴り、そつなくホームルームも終了する。俺の後ろに座るハルヒがなにやら運動部の連中に次の予定を聞かれているあたり、昨日の練習は確実に意味があったのだと思わせるに充分であった。ハルヒも戸惑いながら対応をしている。
 クラスを出てから本来なら部室に行くのだが今日は違っていて、向かう先は昨日の競技場なのだ。気を利かせたのかは定かではないが、どうも古泉が体育祭までの間、練習場を押さえたらしい。
「キョン! 今日は昨日とは違うわよ。無差別に選別されるクラスとは違って、SOS団は精鋭の集合した団なんだから練習からして違うのよ。そうね、三倍くらいは動いてもらわないと駄目ね」
 などと弾け飛びそうな笑顔でハルヒは隣で豪語している。この顔を見ると昨日と比べてクラスとはまだ思い入れの差がるのだろう。天秤の受け皿が片方机についてしまうかつかないかの差だろうな。
「馬鹿を言え、昨日の今日で俺は疲れきってるんだ。せめて一,五倍くらいにしておけ」
 などとさりげなく交渉を持ち込みつつ却下され、長門のいる教室へ向かい、古泉と靴箱で合流し、校門前で朝比奈さんを連れて学校を出た。
 道中は普段の下校風景と変わらず、朝比奈さんにハルヒが色々とちょっかいを出す等の見慣れた感じであった。違うのは向かう先が競技場だというくらいか。
 それから俺たちは競技場に向かい、着いてから各々運動しやすい格好に着替えた。まあただの学校指定ジャージである。
 競技場は相変わらずSOS団専用になっていて、外でジャージに着替えても問題は無いのではないかと思えるほどである。朝比奈さんに提案してみたくさえあるな。ハルヒに殺されるだろうが。
 変な考えが頭を巡りながらも、俺はジャージ姿で準備運動をし、一連の流れでジョギングを終わらし、ハルヒの指示を待った。
「今日は最初から走りましょう。もう最後の追い込みに入るべきよ」
 同時に俺たちは決められた走者順に定位置に着く。古泉はスタートから順調に快走し、朝比奈さんは遅くも必死にレーンを進む。まあ順当な光景ではある。意外なのは長門だ。
 俺は朝比奈さんが長門にバトンを渡した瞬間にバトンを受け取る準備をした。何せ長門だからな。冗談のようでいて真剣そのものだった。だってそうだろう。てっきり瞬間移動のように目の前へ現れるか、二足歩行のチーターみたいに違和感ありありの光景を見せられると思うのが普通だろ。でも長門は普通じゃなく走っていた。言うなれば見た目どおり。まるで勉強は得意だが運動が苦手な文芸部員の女子みたいな走りだった。朝比奈さんよりは確実に速いが、驚くほど普通の速さである。
 俺は長門からバトンを受け取りながら、ハルヒが怒り出すんじゃないかとさえ思った。それだけに全力でハルヒの元へ走るしかない状況へなった訳だが、ハルヒの元まで行ってみると別段代わりなど無かった。まあ足に自信があるからなのかもしれないが。実際バカみたいに速い。俺からバトンを渡されたハルヒは、靴にブースターでも取り付けているのではないかと思わせるほどのスピードで加速し、まさにあっという間にゴールまでの間を疾走した。
「中々ね。みくるちゃんも大分よくなったし、バトンの受け渡しもみんなズムーズだったわ。これなら何とかなるか」
 とまで言うくらいである。ハルヒにとって長門がどういう風に見えてるのかが今一わからん。本番に強いとでも認識しているのだろうか。
「でも、そうね、もう一回走ってみましょう。改善の余地が見えてきたわっ! このまま昇華していったらいい結果を出せる。ううん、優勝ができるにちがいないわよ!」
 実に楽しそうな、自信に満ち溢れた表情でハルヒは言った。ハルヒが満足そうなんだからまあいいだろう。長門も宇宙的力を抑えて走ってくれているのだ。あとはハルヒの言う通り練習あるのみでいい。
 ふと気が付くと、俺もハルヒに毒されてきているようである。なんだかんだといっても体育祭が楽しみになってきているんだから事は深刻である。






 それから数日間。クラスの練習を放課後にすると、次の日がSOS団の練習。一日休みをおいてまたクラス。という流れをずっと繰り返した。超低空飛行だった我がクラスも、なんとかジェット気流に乗れそうな所までは上昇してゆき、SOS団はそろそろ太陽系圏を突破しそうな勢いで日々時間を浪費していった。
 そしてあくる日の秋、皆々がどんな思いを持って挑んでいるのかは定かではないにしろ、何となくもテンションが上がって優勝の一文字を手にするべく、体操着姿にハチマキを付けて、安い作りで豪華そうに装飾された入場門の前に立った。




――体育祭の開催である。


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