第五章<5
まもなく昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り響き、俺たち、といっても古泉を除いたSOS団はいつもの部室に集合していた。
なぜ古泉を除いてなのかといえば、まあ答えは簡単である。あいつとハルヒ以外のメンバーは長門風に言う異時間同位体が存在していて、各々の教室にいるのである。つまりは授業をサボることにはならないのだ。長門については、まあ長門である。異時間同位体は居なくとも、俺の知ることができない力が働くとか何かだろう。そんなわけで全員参加のSOS団で一人クラスへ引き返す古泉は申し訳なさここに極まりの状態であった。
「すみません。クラスでどうしても抜けられない用事がありまして。できれば協力したいのですが」
「いいのよ、そもそもクラスが違うんだから無理をすることないわ。それに古泉君のクラスは特別クラスだかサボれないでしょ」
なんて会話が展開していた。まあ後は任せておけ古泉。お前は競技場を抑えてくれればそれでいい。
「じゃあキョン、具体的にあんたはどうしたいの? 何か案はあるわけ?」
話は部室にもどる。ハルヒは朝比奈さんを書記にし、一緒にホワイトボードの前に立っていた。
案ねえ、あるなら苦労はしないんだがな。
「取り合えず場所はこの前俺たちがリレーの練習した競技場でいいだろう。ここから遠くもないし。どう参加させるかは……正直わからん。俺が言っても聞くと思えんしな」
情けない話だとは思わんね。俺は平凡を絵に描いたような人間なのだ。そもそも鶴の一声を持っている大人物などそうは居まい。目の前に一人心当たりはあるが。
「ずいぶんと準備だけはいいわね。それってもう古泉君に話は付けてるってことでしょう? なら話は簡単じゃない、みんなをそこへ連れて行けばいいのよ」
連れて行けばってハルヒ、お前なあ一番難しいのはどうやって参加させるかなわけで、それが出来そうもないからこうやって話をしているのだろう。それとも何か案でもあるのか。
「な、なによ変な目で見て、意見があるならはっきり言いなさい!」
こりゃ案なんて無いのだろうな。まあ俺にしたって同じようなものなんだし、人のことは言えまい。だが正直言ってここまで考え込む必要があるのかね。というのも、俺としてはそこまでクラスの連中に悲観はしていないのである。そりゃあハルヒの求める非日常的な属性のある人間などは皆無だし、至って平凡なクラスには退屈さえ覚えることもある。しかしそれはSOS団という年中無休でハイな活動をしている団に慣れてしまっているに過ぎないわけで、決して絶望的に無気力で無関心という、ハルヒと真逆なやつらではない。言うなれば『普通』なのだ。
「えーっとな。みんなを連れて行けばいいのはわかるんだが、ただ命令するだけじゃ人は動かないわけで……」
「じゃあなに? 馬みたくニンジンでも前にぶら下げて誘導でもするわけ。まあ効果はありそうだけど、問題のニンジンはどうするのよ? 男どもはみくるちゃんにでも一肌脱いでもらえばなんとかなるとして……」
「ひいぃ!」
朝比奈さんはまるでマンドレイクの叫び声でも聞いてしまったかのような、絶望的表情で凍りついた。
「いやニンジンとかそうじゃなくて、なんて言えばいいんだろう。もっとこう普通にだな……」
「普通って何よ?」
俺に『普通』の意味を聞くのか? そんなもん見れば分かるだろう。俺が普通で、俺以外の今いる人間が普通外だ。でもストレートには言えまい。
こうして困った状態でなんと普通を比喩するか思慮していたとき、
「普通とは、広く一般に通ずること。どこにでも見受けられるようなものであること。なみ……一般」
長門が音声付電子辞書のような平坦な声でいい、ゆっくり俺に視線を向けてきた。もしかしてフォローしてくれたのか?
「へー有希は相変わらず物知りね。その意味が正しいなら、普通って言葉を考えた人は世の中がつまらなくて仕方がなかったんじゃないかしら」
もしそうならお前はその人の生まれ変わりか何かだろう。てか話がそれてるな。これじゃダメだ。
俺は何も考えがないまでも、話を戻す為に声を出そうとした。だがとつぜん長門がいつものように平坦な声でさらに話し出し、俺は思わず口を閉じる。
「この場の意味としては、一般的な行動を表す。団体行動を促す為の基本、礼儀」
「有希?」
「長門それどういう意味……?」
俺とハルヒは長門の発言をどうにもうまく理解できず。同時に疑問符を口にした。
「そ、そうです! 長門さんの言うとおりです。ちゃんと言えばいいんですよ!」
突然、朝比奈さんは長門に同意する声を上げる。未来人と宇宙人にだけ伝わるテレパスでもあるのだろうか。俺にはまったく分からない。ハルヒを見ると、どうも同じように理解できていないようであり、
「何よ、みくるちゃん、有希。その普通の行動であの連中を動かすことでも出来るってわけ? どんな方法よ」
朝比奈さんは雨上がりで昼下がりの晴れ間のように明るい笑顔で答えた。
「簡単です。お願いすればいいってことなんですよっ! リレー練習に参加してくださーいって言えばいいんです。ですよね長門さん?」
長門はゆっくりで、たしかに頷く。
「意味合いとして同義」
ハルヒはと言えばなんとも微妙な表情で、頭上にクエスチョンマークが見て取れそうな感じである。ちなみに俺はなるほどな、と思ったね。分かるだろうかこの意味。
「そんなことなわけ? 成功するとはとても思えないわね、お願いなんて。都合が良すぎるもの。まだニンジン作戦の方が可能性を感じるくらいだわ」
ハルヒは困惑を混ぜながらも否定をブレンドした感じに表情を見せている。違うんんだハルヒ。たしかに普通ならお前の言うとおりニンジンをぶら下げた方が効果があるかもしれん。だがお前限定で言えば、その効果が逆になる可能性が高いんだよ。普段一方的な命令口調で、唯我独尊を貫いている人間が、頭を下げて『お願い』をする。俺なら否定は出来ない。普通人間の俺ならな。
だが、さてハルヒをどう説得するかだが俺には自信が無かった。ハルヒが頭を下げるなど想像も出来ん。
「だから有希の案はひとまず却下ね。次の案を考えましょう」
そういっておもむろにホワイトボードに何かを書き記そうとするハルヒ。俺は何も出来ない。何かをしようとしたのは、意外なことに朝比奈さんで、
「だ、だめですよお! きっと何をしても、何を準備してもみんな参加してくれません!」
ハルヒは虚を突かれたのか、若干驚き顔であった。
「随分否定するわね。もしかしてニンジン作戦に参加するのが嫌だからとか? そこまでみくるちゃんが言うならニンジン作戦を考え直さなくも無いけど、まずはそれに見合うアイデアを言ってもらわないと逆転勝訴は引き寄せられないわよ」
ハルヒは冗談交じりのニュアンスでそう言った。そりゃそうだろうよ。誰が好きでニンジン役なんかをするんだ。
なんて思っていたが、朝比奈さんは真っ赤にした顔を横にフリ、否定を現した。
「ち、ちがいます。あたしは出来る限り涼宮さんの助けになりたいんです。もしあたしが何かして皆さんを呼べるならなんでもします。でも……あたしじゃダメなんですっ!」
少しの沈黙が流れて、ハルヒを含め皆が妙にまじめな顔になっている。もちろん俺も。
「みくるちゃんじゃダメってどういう意味?」
「うまく……説明できないです。でも、嫌な事とか、やりたくない事なんかって、結局誰にいい環境を用意してもらっても、それは自分の為じゃないし、出来ないんです。でも誰かが一緒になって頑張ってくれたなら……」
「まってよ。それじゃあ、お願いするのも別の方法で誘い込むのも結局は無意味ってっ事になるんじゃないの? 結局は自分がやる気にならないと駄目てってことで……」
「あたしは涼宮さんが一緒になって頑張ってくれたから体育祭を頑張れるんです!」
「みくるちゃん……」
「あたしは体を動かすのが苦手で、体育祭は楽しみだけど、競技は足を引っ張って迷惑ばっかりかけると思っちゃうし、そう考えると嫌になっちゃうんです。でも涼宮さんがSOS団で勝ちたいって言って、それがとても楽しそうで、あたしもSOS団なんだから一緒に頑張って勝ちたいって思ったんです。楽しみたいって。それに一緒になって練習してくれたのがうれしかったです。だから、だから……」
朝比奈さんは必死に声を出し、目からは今にも涙が零れ落ちそうだった。朝比奈さんからしたら立場上、いや純粋にハルヒに自分の思いや考えを伝えるのは大変な勇気がいることなのだろう。俺はそんな風景を見て無性にむずがゆくなってしまった。普段何も言えずハルヒにされるがままの朝比奈さんが、ハルヒに真正面からぶつかっている。これは仕事だからとか、仕方が無くという関係で出来ることじゃない。SOS団がしっかり団になってきてしまっているのかもしれないな。
「なあハルヒ、朝比奈さんの言っていることは正しいし、結論として正解だと俺は思うぞ? それにな、現にお前は今朝比奈さんにお願いされて、一緒に頑張るって姿勢を見せられて、それでも断れるのか?」
「――それは」
「だろ?」
戸惑いながらも納得せざるおえないのだろう、ハルヒは憮然とした表情を見せながらも、目に答えが出ていた。もう大丈夫だろう。
「決まりだな。素直に誘えばいいってことだろ。お前がやる気があるのを示せばいいんだ。もちろん俺も手伝うし、何より人をを動かすにはまず自分からだ」
ハルヒは俺に一切の視線もくれず、
「あんたに言われなくても分かってるわよ」
などと俯きながらつぶやいた。
「ただ、まあ今から教室に行っても授業中だし、五時間目が終わり次第教室に行ってだな、それで放課後にでも言えばいい」
俺は思わずため息をつきそうになってしまった。ようやく終わったって感じの気分になってしまったんだ。でも何か忘れていないだろうかという気持ちもあり、実際忘れていた。
「……わかったわ。みくるちゃんにそこまで頼まれて断ったりなんかしたら、団長としての立場がないってもんよ!」
素直にはいと言えないもんかねこいつは。さらに、
「でもこんなんで本当にいいのかしら。なにかもっとこう、計画性みたいなのが感じられた方があたしはいいと思うのよね……」
などと言う始末である。もしかすると不安なだけかもしれないな。でもハルヒの言葉で思い出したのだ。九時間前の俺はハルヒに『お願い』されて六時間目をサボり、長門の手伝いをしに足を運んだのだった。そして朝比奈さんに会っている。おそらく今の朝比奈さんに。
そこでまた謎が出来た。長門はハルヒに何かを頼まれている設定なのだから、このまま教室に向かう訳にはいかないのだろう。でも何かってなんだ?
俺は朝比奈さんとハルヒのやり取りのきっかけとなったヒューマノイド・インターフェースに視線を向けてみる。
瞬間どきりとした。長門は俺が視界に捕らえようとする前に、既に俺を捕らえていたようである。長門、これからどうするんだ?
長門は俺の心の声を聞いたと言わんばかりに微弱な頷きを見せ、
「練習内容」
まるで四字熟語のように言葉を使った。意味はなんなのだろう。長門を除くみんなが突然の発声に一時騒然とした。なんてことは無いが、疑問符を前面に押し出した感じの空気にはなった。
「有希? 練習内容がどうかしたの?」
「各個人にあった練習内容を用意したほうが効率がいい」
「あ、いいですねそれ。あたしみたいに運動が苦手の人もいるし、親切な感じで参加しやすいかも」
「なるほどね。確かにその方が参加しやすいし、練習の効率がいいかもしれないわね。でも準備は時間が掛からない? まあ今日練習しなくてもいいんだけど……」
いや、今日練習を開始しないと何かとまずい気がする。実際まずいだろう。俺は何とかフォローを入れようと言葉を考えたが、
「わたしがここで作業する」
間髪いれず長門が断言した。なるほど、そう繋がってくるのかと思ったね。
「有希が? でもどうやって?」
「運動部に所属している者とそうでない者の運動能力を全国平均に合わせて計算し、その数値に見合った練習を組めばいい。簡単」
それをどう調べるんだ。なんて質問はしちゃまずいんだろうなこの場合。幸いにもハルヒはこの説明に納得したらしいが、
「そう、有希が言うんだったら任せても大丈夫かもしれないわね。でも授業はどうするの。あたしたちだげ授業にもどって有希を一人おいていくなんて出来ないわよ!」
まあ団長らしくと言っていいのか、そんな配慮を見せた。
長門はしばらく沈黙し、ゆっくりと述べた。
「一回の授業に参加しなくとも、人生においてさしたる影響は無い」
どこかで聞いた台詞だが、古泉風に言えば至言ってやつだろうな。
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