「ぶつかっといて何だその言い草はぁ!!」
暑い暑いこの夏の真昼間から聞こえた怒鳴り声。きっかけはそれだけだった。
店が立ち並ぶその商店街に有り余る暇を持て余して、遊びに来ていた人たちと同じように、知らん振りで通り過ぎようとした俺だったけど。
「だから悪かったって言ってるだろ!!」
思わず見とれてしまったんだ。自分よりも20センチは大きい男と立ち向かう彼女を。
だから、通り過ぎるはずの俺の足が自然とそちらに向かってしまった。
「こいつぅ、覚悟はできてるんだろぉな?」
まずい、腕が震えてる。
いつの間にか全力疾走をしていて、彼女の腕を取った。突然のことで彼女は体勢を崩していたが、俺は構わず後ろに引く。
相手の顔は上手く見ないようにして、大きく腰を折る。
「どうもすみませんでした!!」
大きな声で謝って、そのまま彼女の手を引いて走り出す。後ろでごぶとい怒鳴り声が聞こえたが無視無視。商店街から外れた道まで行ってやっと立ち止まる。
「し、死ぬかと思った」
思わず漏らしてしまった本音。はっとして後ろを振り返る。
だが、思ったものとは違って、俺は硬直してしまった。確かに顔は女の子のように可愛い。丸っこい輪郭、くりっとした瞳、長いまつ毛、艶のある唇。誰だって間違えしてしまうのも仕方がない。
だけど、どう見ても彼女は学ランを着ていた。
「大げさだろ?いきなり驚いたよ。けど、ありがとな。助けてくれて」
にっこりと笑うと更に女っぽい。どうしよう、そう困っている俺のことなど構わず、彼女…いや、彼は俺の手を引いた。
「お礼になんかおごるぜ?何がいい?」
「いや、別に………」
ちょっと待て。いくら女でもなかったからと言って、こんなに可愛い奴と何の関係も持たずに終わるのか?それじゃぁ、命を懸けてまであの状況に乗り込んだ俺の気持ちが報われない!!
5秒くらいで考えて俺は上ずった声で彼に言った。
「おごりはいいからさ、今日遊び相手になってくれよ」
「え?何でだよ?」
「何しようか考えるの面倒だったし、今日誰も時間空いてなかったから暇だったんだよ。駄目か?」
張り裂けんばかりに俺の心臓は動いて、彼の言葉を待つ。
しかし、考えてみたらこれはやばいのでは?だって、男だぜ?何でこんなに緊張しながら誘ってるんだ?まさか俺はゲ────。いやいや、違う、違うぞ。ただこの可愛い顔に一目ぼれしちゃっただけだ。
「うん、いいよ。じゃぁ何処行くか。とりあえずゲーセンでも行くか?」
「お、おう。そうだな、そうしよう」
心の中でガッツポーズをしながら俺は冷静を装う。
自然と聞き出した彼の名前は紫藤 祐、高校2年生らしい。俺と同い年だ。
「ってか、お前の名前は?」
「あぁ、俺?俺は原 亮太。タメな」
ゲーセンに着くまでそれぞれの自己紹介と適度な会話をした。それだけで妙な汗が噴出して、相手には暑いなと言って誤魔化す。
「よし、やるぜ!」
祐は張り切ってゲームに向かっていく。こうして見てみると顔だけでなく、体つきも女に見える。背はそんなに高くないし、筋肉質でもない。肩幅もなく、くびれがある。って、俺は変態かっ!
「おい、何やってんだよ。やろうぜ!」
「おう」
2人で何時間もゲームをやり、ゲーセンにあるほとんどのゲームを回った。
意外にも祐は初めてこういう所でゲームをするらしい。だからあんなにはしゃいでいたんだな、と納得した。
「はぁ、面白かった」
「俺もこんなに一気にやったのは初めてだぜ」
「お前ゲーム上手いよなぁ。また今度機会があったら一緒にやろうな」
無邪気な笑顔に胸が高鳴る。って、何処の乙女だ俺は!!
ふと、近くからすごい泣き声が聞こえた。見ればそこには5、6歳の男の子が立ち尽くして、顔をぐしゃぐしゃにしていた。
「おい、坊主。どうしたんだ?」
「ままが、ままがぁ」
大体予想はしてたけど、やっぱり。俺は一つ息を付いて、その子の頭を撫でてやる。
「泣くなよ!男だろ?ほら、兄ちゃんが何か甘いお菓子とってやるから言ってみろ?」
その子はまだ止まりきらない涙を袖で乱暴に拭い、目の前にあったユーフォーキャッチャーの中にあるチョコレートを指差した。
俺は待ってろよといって、その機械に100円硬貨を入れた。
「取れるのぉ?」
「任せとけって」
見事一発でゲット。その子は嬉しそうにそれを受け取ってほお張る。すっかり涙はおさまって、笑顔だ。
ふと横を見ると祐が微笑んで俺を見ていた。一瞬天使かと思うくらい可愛くて、心臓が止まるかと思った。
「じゃぁ、俺母親を探してくるから悪いけどここで待ってくれよ」
「何で?一緒に探せばいいだろ?」
言ってくれるとは思ったけど、本当にそう言ってくれるとすごく嬉しかった。
2人でその子の手を引いて、俺たちはとりあえず迷子センターへ行ってみた。案の定、母親が来ていて、ちょうど今から放送を入れようとしているところだった。
すごくお礼を言われて、逆に何だか居心地が悪かった。
「よかったな。見つかって」
「あぁ、悪かったな。つき合わせて」
「何で?俺、亮太のそういう優しいとこいいと思うぜ」
どくん、
胸が高鳴る。もう、ゲイでもいいかもしれないと思うほど、俺はこいつのことが好きかもしれない。もう外は赤みがかっていて、それなりに涼しい風が吹いていた。
大きな時計がある駅前の広場まで来て、祐は立ち止まる。
「じゃぁ、俺もう帰るな。助けてくれてありがとう」
帰ってしまう。もう会えないかもしれない。ゲイとかそんなこともう俺には関係がなかった。
っというかそんなこと考える前に俺は口を開いていた。
「なぁ、気持ち悪がらず聞いてくれないか?」
真剣な俺の表情に祐は黙って俺を見てくれた。緊張から頬に汗が滑り落ちる。
会ってから数時間しか経っていない。しかも相手は男。皆、俺をおかしいと思うかもしれない。それでも言っておきたいと思ったから。
「俺、お前が男だって知ってても、好きになったみたいだ」
変態の仲間入りをしたこの台詞に、だけど平然とした表情で笑う。
何か別世界な人な気がして俺は言葉を失ってしまった。
「一晩、もう一度考えて本当に俺のことが好きだと思ったら、明日の一時にここに来てくれないか?そしたら返事するから」
「え?あ、あぁ」
不思議だ。どうしてこんなに平然としていられるんだろうか?
俺は一晩本当に祐のことを考えた。
だけど、やっぱり気持ちは変わらなくて、次の日、あの場所へ向かう。
「遅いなぁ」
一時は過ぎた。もしかして、俺は遠まわしに逃げられたのだろうか?そんなことを考えながら、それでも待つ。
「お前、いつになったら気づくわけ?」
ずっと俺の前で同じように誰かを待っていたような女性が俺に話しかけてきた。全く見覚えがない彼女。だけど声はすごく聞き覚えがあって。
「え?祐?」
「そうだよ。気付けよな」
肩につくくらいの髪、青いワンピース。見るからに女の子だ。
茫然とその姿を見ていると、祐は少し照れくさそうに視線を外した。
「悪かったな。騙して。昨日は両親に遊ばれて男装させられたんだよ」
ということは祐は本当に女?じゃぁ、俺はゲイじゃない?やったぁ、変態じゃないんだ!!
心から感動して、思わず彼女の返事を聞くという名目を忘れた。だけど、やっぱりそんなこと祐は知らなくて、もごもごと言葉を発した。
「俺…………だよ」
「え?何だって?」
「俺、普段もこんな性格だし、言葉遣いだよ?それでもいいのか?」
「ばぁか、男だと思ってもいいと思ったんだから、今更そんなこと気にするかよ」
言っててちょっと虚しくなった。祐は照れくさそうに頬を染めて、俺を見つめる。やべ、めっちゃ可愛い。
「じゃぁ、これからよろしくな」
「へ?いいのか?」
「よくなかったら男だということを理由にして昨日断ってたさ」
あ、確かに。
そんなこんなで女だと思った祐は男で、そうだと思ったらやっぱり女で、どんな性別でも俺は彼女自身が好きだということを証明したことになったのだ。
よかった、ゲイじゃなくて、と心から思った。
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