祈り。
信心深い彼女はいつも、助けてくれるはずもない神様に祈っていた。
「神なんていないよ」
僕たちがいくらそう嘯いても、彼女の信仰心は折れなかった。
「私には、私の神様がいるのです。私は、みんなの無事を神様に祈ることしかできないけど、みんなの分もいっぱいいっぱい祈ります。そして、神様に恥じないように生きるのです」
馬鹿だと思った。
守られるだけの無力な女のくせに。
「どうして、僕らの分まで祈るの?」
呆れたように聞けば、彼女はいつだって満面の笑みで答えるのだ。
「それが、私の幸せだからです」
人質として捕えられた私は、彼らのために祈った。
凌辱の限りを尽くされても、拷問の果てに鼻と耳を削がれ、目と喉を潰されても。
(神様、どうか)
口にする言葉がもう言葉に聞こえなくなっても。
二度と光を見ることのない目から流れる涙は、すべて、この祈りのために。
私は、彼らのために祈っています。
どうか、
彼らに救いを。
彼らに幸福を。
彼らに喜びを。
彼らに安寧を。
私はそれを神様に祈ります。
この命が尽きてもなお、彼らのために祈るものでありたい。
そして、祈りが通じたかのように奇跡は起こる。
見えない何かが私の体を貫いた瞬間、私の体は焼死体と化した。
私に落ちた光は周囲に雷鳴をとどろかせ、近くに居た者たちを一瞬にして薙ぎ払った。
敵方が備蓄していた火薬にも雷は届き、敵兵の多くが骸となった私の体もろとも爆風によって四散した。
どうか彼らが、私のために嘆くことのないように。
私の体は塵となり、風と共に世界を飛んだ。
彼らに、一縷の希望を残したまま。
死体は見つかっていない、ならば、逃げ出して生きているのかもしれない。
神様。
神様。
ありがとうございます。
神様。
神様。
私は祈り続けます。
彼らの幸せを、ずっと、ずっと。
それが、私の幸せだからです。
彼らが幸せだと、私も幸せだからです。