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竜の都で謳う姫 作者:光太朗

第一章 少女と青年

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1-3

 王都オータリアは、七つの都市の中心に位置する。竜の脅威に怯えていた時代、どこから攻めて来ようとも、王城までの道がもっとも険しいものとなるよう、七つの都市は砦としての役割を持っていた。しかしそれも、八十年ほど前までの話だ。
 いまでは、竜がトキオータを襲うことはない。トキオータは竜に守られた竜の都として、国内外ともに名を馳せ、栄えていた。
「やあ、よく来たね」
 決して広くない部屋のソファに、アレックスは座っていた。アレックス・L・トキオータ。まるでステータスの一つであるかのような豪奢なブロンドが、真っ直ぐに伸びている。
 彼がウェルナーを呼びつけるときには、必ずこの部屋を使う。トキオータの王城の、使用人の部屋。そのうちの、ひとつ。
 死角が生まれないよう、余計な家具類の一切ないこの場所で、アレックスははいつもどおり、自信に満ちた顔で悠然と座っていた。
「良い天気で、ウェル」
 窓にはカーテンが閉められていたが、決して良い天気ではないことをウェルナーは知っていた。降り始めてこそいないが、昼間とは思えないほど暗くなり、微かな刺激で空から滝が落ちてきそうだ。そういう空を、良い天気とは形容しない。
「ああ、良い天気で」
 しかし、同じように答える。それはこの国の挨拶だった。良い天気で、あいにくの空で。それぞれ、逆の意味で用いる。
「座れよ、ウェル。世間話をしよう」
「ああ」
 いかにも上質な白い布地がかけられたソファは、いつ来ても鎧姿で座ることをためらわせる。それでも結局はいつもどおり、ウェルナーは向かい側のソファに腰掛けた。示し合わせたように扉がノックされ、黒いエプロンドレスの使用人がティーセットを運んでくる。
「薔薇のハーブティーでございます」
 ややうわずった声で、ソファの間にあるティーテーブルにカップを二つ置き、頭を下げて出て行った。アレックスが肩を振るわせる。ウェルナーは深く息をついた。
「アレク。もう充分だろう。ここにたどり着くまでに、随分好奇の目に晒された」
「当然だな。いまから密会だから邪魔をするなと触れ回った。あの子、いいだろう。慣れるとつまらんからな。あれぐらい緊張してくれないと」
 こうして私用で部屋を使う際、アレックスは茶を運ばせる使用人を自ら選ぶ。ほとんどそのときの気分で、耳打ちをして指命するのだが、まったく悪趣味だとウェルナーは思っていた。
 男と密会──とても親密な、という意味合いだ──をする。そういう法螺を吹いて、さらにその部屋へ、茶を運ばせる。悪趣味以外のなにものでもない。
「おまえが男色だという噂はもう充分国中に伝わっていると思うが。このままでは本当に男色に目覚めてしまうのではないかと、俺は心配している」
「心配!」
 アレックスは碧色の目を見開き、腹を抱えて笑い出した。おまえは最高だ! おかしくてたまらないといった様子で叫んで、身体をくの字に曲げてテーブルを拳で叩く。品性もなにもあったものではない。
 ウェルナーは眉間に皺を寄せた。最高などと叫ばないでいただきたかった。ドアの向こう側で聞き耳を立てている使用人たちがいるであろうことは、容易に想像できるのだ。
「安心しろ、好きな女ぐらいいるとも。これでも私は一途なんだ。男色だといっておくだけで、回避できる厄介ごとは多い。公言するんじゃない、あくまで秘密を装うことが重要だ。わかるかい、ハニー?」
 外まで聞こえていいことと聞こえてはいけないこととを使い分け、声のトーンを変えるアレックスに、ウェルナーはいっそ感服した。昔から計算高い男だったが、王位に就いてからはさらに酷い。そうでなくてはやっていけないのだろうということは、理解しているものの。
「それで、どうだい? 彼女の様子は」
 話の続きのように、あまりにも自然に、アレックスは切り出した。
 そうでなくてはならないということを、ウェルナーは知っていた。彼のいうとおり、これは「世間話」なのだから。
「どう、ということも。生活には慣れたようだ。家事能力は壊滅的だが」
 ハーブティーに手を伸ばしながら、淡々と報告する。
「ニーノの店やレーゼ亭に入り浸ることが多いな。人見知りはない。いろんな場所に顔を出し、友人が増えたと喜んでいる」
「楽しんでいるのだろうね?」
 ごく親しい間柄で交わされる世間話、その様相を呈しているはずなのに、まるで熱が通っていないかのようだった。アレックスの問いは、どこか冷ややかだ。
「楽しんでいる、だろうと思う。俺はイリス……本人じゃないから、本質まではわかりようがないが」
 名を口に出してしまってから、いい直す。アレックスは、この場でイリスの名を出すのをよしとしない。
「その本質が重要なんだがね。まあ、いい」
 ウェルナーはアレックスの表情を観察した。外からの光は一切入って来なかったが、壁際に並べられた照明器具のおかげで昼間ほどに明るい。キトラの技工師、ニーノの作品である照明器具は、過剰なほどに部屋を照らしている。しかし、その光のなかにあっても、アレックスの表情からはなにも読み取ることができない。
 燭台を人と同じサイズにしたような形状の照明器具は、アレックス本人の希望で、あまりにも簡素な外観だ。彼の身を包む絢爛な布とは、正反対のもの。
「私は彼女の幸せを、心から望んでいるんだ」
 その表情のまま、アレックスはいった。
「やはり恋だろうな。恋をさせるのがいい。もちろん、ハッピーエンドだ。幸せになってもらわなくては困る。相手はいそうか?」
「……いや」
 ウェルナーは眉間に皺を寄せた。恋をさせろと、アレックスはさかんにいう。恋などまだ早いのではというのがウェルナーの見解だが、それはいっても意味のないことだ。話題を変えることにして、視線を泳がせる。
「彼女は記憶を失っているのか?」
 スマートさの欠片もない転換だったが、アレックスは興味深そうに目を細めた。
「おかしなことを聞くな」
 足を組み、数度うなずく。
「なるほど、そう思わせる挙動があるということか。私自身は彼女と会話したこともない。記憶がどうのなどと、知り得ないことだが?」
「俺を命の恩人だというが、はっきりと覚えていないのは間違いない。それ以前のことは、母親と二人で暮らしていたようだが……どうもあやふやというか、明確ではないように思う」
 そもそも彼女には、あまり危機感というものがなく、よくいえば温かく柔らかいオーラに満ちており、悪くいえばぼんやりしていてどんくさい。どこに住んでいたのか、どういう境遇だったのか、あらゆる質問によくわからないと答える彼女の言葉が嘘だとも思えなかったが、記憶喪失とはまた違うような気がしていた。
「そうだな、ほとんどを忘れている可能性は、あるだろうな」
 アレックスが言葉を選んでいるのが、ウェルナーにはわかった。もっとその奥までを聞きたいのだが、答えるつもりがないのはわかりきっている。立場上の問題もあるだろうが、基本的にアレックスは強引だ。そしてそこに意味があると思うからこそ、ウェルナーは彼に協力する。できる限りは、そうありたいと思っている。
「そういった状態のあれに……」
 しかし、できることとできないことがあった。ウェルナーはいいかけて、無表情を保ったまま言葉を探した。
「そういった状態? の、あれに?」
 アレックスは訝しげに眉根を寄せる。
「ああ、つまり。そういった状態の、あれに、俺のような……歳が離れているとはいえ、そういう、いまのような状態は、あまり良くないだろう。お前のいうようなことを望んでいる、させたいと思うのなら、なおさらだ。俺ではあれの、それについて、邪魔にしかならない。もう生活にも慣れたようだし、離れても問題ないのではないか」
 あまりにも指示語が多かった。自覚しているものの、ウェルナーにはこれが精一杯だ。いいたかったことは最後の一文だけだが、理由付けがうまくいかない。適当なことをいうという器用さも、彼は持ち合わせていない。
「珍しいな、ウェル。おまえいま、だいぶ困っているな?」
 アレックスは目を丸くして、それから笑む。ウェルナーは咳払いをした。
「……わかるだろう」
「まあ、わからんでもない、が」
 肩をすくめると、アレックスは足を組み替えた。
「この国が竜に狙われないのは、なぜだと思う」
 ウェルナーにしてみれば、ひどく唐突な問いだった。まったくそういう話ではなかったはずだ。面を喰らって、反応が遅れてしまう。
 しかし、流すには重い。このタイミングで、関係ない話を持ち出すとも思えない。
「彼女は、まさか竜に狙われているのか?」
「ずいぶん飛んだな」
 アレックスは立ち上がった。南側の窓へ歩み寄り、カーテンを開ける。外は雨が降り出していて、二重の窓を隔てたように景色がくすんでいた。見下ろす城下は雨に沈み、空は鉛のようだ。
 ウェルナーも、腰を起こす。
 南の空の果て、雨の向こう側に、それは確認することが出来た。
 空からの岩山。竜の住処。
 この国が襲われることもなければ、こちらから侵攻することもない、遠い世界。
「我々は決して竜と無関係というわけではない。それでも脅威と無縁なのは、竜王との盟約があるからだ。しかし、それがいつ、どう転ぶかは、わからない。永遠など、存在しない」
 アレックスの碧の目は、竜の住処を捉えていた。景色としてではなく、遠い世界としてではなく、トキオータと密接な関わりを持つ存在として、映し出している。
「竜王が死んだ」
 その目が、ウェルナーを向いた。
 彼の言葉の意味を、恐らくウェルナーは正しく捉えることができない。しかし、彼のいわんとすることは、充分にわかった。
 永遠など、ない。
 まさに、彼の言葉のとおりに。
「グリンティーチに送った使者が戻った。間違いない。例の光は、竜王の死に起因するものだった。そのためだろう、各地で竜の動きが活発になってきている」
「それなら俺は、討伐に──!」
「頼む」
 アレックスは、頭を下げた。
 一国の王としてではないのだろう。アレックスとウェルナーの関係だからこそ、躊躇なく、打算もなく、ただ彼は頭を下げた。そのことを、ウェルナーは知っていた。知っているからこそ、奥歯を噛む。
「彼女を、守ってくれ」
 ウェルナーは目を伏せた。ソファに戻り、すっかり冷めたハーブティーを飲み干す。どうせ飲まれることのないアレックスの分にも手を伸ばした。音を立てずにカップを置いて、深く長く、息を吐き出す。
「わかった」
 そう答えるしかなかった。アレックスは不器用に微笑んで、ありがとうと告げた。




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