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竜の都で謳う姫 作者:光太朗

第一章 少女と青年

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1-2

 それは地表からではなく、天からそびえている。
 一言でいうならば、岩山。しかしあまりにも巨大なそれは、人間から見ればまるで異質で、一つの世界のようだった。
 人の暮らす土地と共にありながら、決して溶け合うことのない、もう一つの世界。
 竜の住処。
 天から逆さに、空に映し出されたように幻想的に、それでいて堂々と、そこに在る。
「だから、ウェルさんの好きなものですよ!」
 岩山からずっと北へ。竜の住処など景色に溶け込んだ大陸の端に、トキオータ王国はあった。王都オータリアと七つの都市からなる王国は、竜の脅威とは無縁の、『竜の都』。
「教えてくださいってば、ニーノさん!」
 七つの都市のうちの一つ、キトラの商店で、イリスは銀色の長い髪を振り乱していた。琥珀の瞳に懇願の色を込め、カウンターに乗り出している。黙っていれば美少女に違いないのだが、鼻息荒くすがる様子は、洗練された淑女のそれではない。
「だから、剣だろ、剣」
 それを受け流すのは、商店の主であり技工師も兼ねる青年、ニーノ・アマートだ。イリスのほかに客のいない店内で、一見しただけでは用途のわからない様々な器具に囲まれながら、小さな球体を磨いている。あくびをかみ殺しながら、茶色の猫っ毛を掻いた。
「あとは……あー、戦闘?」
「そういうんじゃなくて!」
 イリスはほとんど叫んで、首を大きく左右に振る。幸いほかに客はいないが、たとえいたとしても、時と場合を選ぶような配慮ができるタイプではない。
「たとえば、好きな花とか、好きなお菓子とかですよ。知らないんですか?」
「なんでオレがウェルの好きな花やら菓子やらを知ってなきゃなんねえんだよ、おかしいだろ。考えてから話せ阿呆」
 一蹴され、イリスは唸る。しかし、諦めるわけにはいかなかった。少し考えて、顎を下げると、目の前の青年の声色を真似る。
「ウェルの好きなもの? それは君さ、イリス──とか、そういうのでもいいんですよ、ニーノさん。そういう気遣い、わたし、ありだと思います」
「そういう虚言、オレはナシだと思います」
 なかなか手強い。イリスは唇を噛んだ。
「騙していろんなもの売りつけたの、ウェルさん怒ってましたよ」
 それは、イリスにとってちょっとした切り札だった。キトラで暮らし始めてすぐに世話になったこの店で、言葉巧みに丸め込まれて大量の商品を買い込んだのだ。そのほとんどが使い物にならず、家の二階を占拠している。
「騙してねえよ、こっちはちゃんと全部説明しただろ。そのうえでおまえが買ったんだから、文句をいうのは筋違いだ」
「あのころのわたしは世間知らずのお嬢様だったんです。そのへん、ちゃんと気を遣っていただかないと」
「世間知らずのお嬢様が、ひと月かそこらで随分図太く成長されたものですねえ」
「なにおうっ!」
 どうやら口では勝てそうになかった。あいにく、口以外にしても勝てる点は見当たらない。強いていうなら若さだろうが、ニーノはまだ二十代だ。イリスが十代であることを自慢したとしても、痛くもかゆくもないだろう。
「わたしの恋、応援してくれたっていいじゃないですか!」
 勝てそうにないので、そんな主張に落ち着く。いつものように流されるだろうと思ったのだが、ニーノはにやりと笑みを見せた。
「恋! おまえ、恋してんの?」
「はい?」
 なにを今更。イリスは眉根を寄せた。今日ここを訪れた最初から、そういう話だったはずだ。隠した覚えなどない。
「してますよ、もちろん」
「だれに?」
「だからっ、ウェルさんにですよ!」
「俺に?」
 背後から聞こえた低い声に、イリスは飛び上がった。両サイドの髪を掴んで、拳で頬を押さえる。なんというタイミング。いや、タイミングがどうのというよりも。
「……ニーノさん!」
「いやあ、奇遇だな、ウェル」
 ニーノはこの上なく楽しそうな顔をしていた。いまにも笑い出しそうなのを堪え、片手を上げる。
 店内に入ってきたのは、まさに話題の中心だったウェルナー・オーティそのひとだ。短い黒髪に黒い瞳、纏っている鎧まで漆黒で、全身黒ずくめと称しても過言ではない。背負った剣は銀色だが、あたりまえのように黒い鞘に収まっている。
 しかし、その黒さがまたいいのだ。イリスは頬を染めて、ウェルナーを見つめた。
「ウェルさん、こ、こんにちは。あの……」
「家にいないと思ったら、やはりここだったか。あまり商売の邪魔をするなよ、イリス」
「はい、全力で! 邪魔なんてしませんよ、約束します!」
 背筋を伸ばし、威勢良く返事をする。ウェルナーはうなずいた。にこりともしない、すでにそれが様式美だ。これはチャンスに違いないと、イリスは覚悟を決めた。
「ところで、えと……き、聞いてましたか、いまの!」
「いや、俺に用が?」
 聞こえていなかったらしい。イリスはちらりとニーノを見る。商売の邪魔になってます。口がそう動いたので睨みつけて、ウェルナーを見つめ直した。
「あの……つまりですね」
 鼓動が速くなっていく。頬が紅潮していく。白いワンピースの裾を掴んで、息を吸い込んだ。
「好きです、ウェルさん! 結婚してください!」
 おお。ニーノが拍手をする。
 直球、勘違いのしようのない、全力の告白だった。それでもやはり、ウェルナーは表情一つ変えなかった。
「そういうのは、いい」
 淡々と、それだけ。
「どうも雨が降りそうだからな、今日は家にいたほうがいいだろう」
 次の瞬間には、告白など消えてしまったかのようだった。イリスの頭に大きな手が乗る。軽く撫でて、もう店を出て行こうとしている。
 イリスはうなだれた。まったく相手にされなかった。せっかく勇気を出したというのに。
「なんだよウェル、非番じゃねえの?」
「呼ばれてる、王城に。伝言があれば伝えるが」
「アレクか。いいよ、別に」
 ニーノとウェルナーの、いつもどおりのやりとりが憎い。三日に一度は勇気を振り絞っているとはいえ、だからといって気持ちの入り方が軽いとか、ましてや傷つかないとか、そういうことではないのに。
 彼らはこの繊細な乙女心をなんだと思っているのだろう。それじゃあとウェルナーが背を向けたが、イリスはいってらっしゃいをしないという、小さな反撃に出た。きっと気づきもしなかったのだろう、さっさと行ってしまう。
「……泣くか?」
 静寂の残った店内で、ニーノがいう。イリスは答えない。
 泣くわけがない。泣くのなんて癪だった。失恋したわけではないのだ。まだスタートラインにだって立てていない。そうに違いないのに。
「たちまち素敵なレディになれる、レディ必携身だしなみミラー。安くしとくけど」
 ニーノはカウンターの裏側から、パールピンクの小さな手鏡を取り出す。銀の装飾に彩られ、中央には白い宝石が埋め込まれていた。ニーノがそれに触れると、鏡は音もなく展開する。宙に浮かんだ五つの鏡が、ニーノの周りを取り囲んだ。
 あらゆる角度から、いまの状態をチェックできる。これは確かに、素晴らしいかもしれない。
 しかしひとが落ち込んでいるこのタイミングで、商売とは。
 いいたいことは色々ある。文句とか、ついでに愚痴とか。
 それはそれとして、手鏡は可愛い。便利そうでもある。
「……買います」
 イリスは仏頂面で、代金を支払った。



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