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竜の都で謳う姫 作者:光太朗

第四章 竜の都

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4-3

 乱暴な足音が近づいてくる。アレックス・L・トキオータは本を閉じた。顔を上げ、背もたれに体重を預けると、足を組む。
 ノックもせずに扉を開け放ったウェルナーを見て、薄く笑った。
「あいにくの空で、ウェル」
「アレク!」
 ウェルナーは挨拶などするつもりはないようだった。急いている、怒りに震えている、それを微塵も隠そうとせずに、アレックスの座るデスクの前に立つ。勢いのまま、掌をデスクに叩き付けた。
「どういうことだ。俺はすぐにイリスを追う」
「無駄だ。少々早いが、いずれこうなる可能性は充分にあった。彼女は自分の意志で行ったのだろう?」
 問いの形ではあったが、アレックスは知っていた。先程聞こえなくなってしまったが、それまではずっと聴いていたのだ。イリスの声を、そのやりとりを。
 機器を管理するニーノも、おそらくどこかで聴いていただろう。彼の仕事は主に記録であり、日々の雑音と同じように、常に聞き流しているようだったが。ウェルナーにもそうするように彼が伝えたはずだが、目の前のこの男はどこまで聴いていただろうか。彼女の身の危険を回避するため、律儀に聞き耳を立てていたかも知れない。
 その様子を想像して、アレックスは思わず笑った。どんな顔をして聴いていたのだろう。
「彼女は良い声だ。動く姿、話す声、すべてが私を喜ばせる。おまえはどうだ、ウェル? 彼女の恋心におまえが応えても、私はまったくかまわないのだが?」
 挑発し、アレックスはウェルナーを観察する。王個人の書斎に、こうも簡単に入ってくるのはウェルナーとニーノだけだ。それは彼らがアレックスを友人として見ているからに他ならない。しかし、いまのウェルナーの目は、怒りに満ち満ちていた。友愛など微塵も感じられない。
「話しを逸らすな。俺が城から出られないのはどういうことだ。おまえの指示だな?」
 怒鳴りつけたいのだろうが、それをどうにか抑えているのが震えた声から伝わってくる。
「そうだ。感情だけで先走らないよう、そう指示を出した。どうせ追いつけはしない、彼らは空を渡るからね」
「兵を斬るのは、竜を狩るよりも容易だ」
「ウェル」
 アレックスは嘆息した。天井を見上げて、一度目を閉じる。
 自らを、そしてウェルナーを落ち着かせようと、時間をかけて向き直った。
「彼女の元へ行って、どうするつもりだ?」
「連れ帰る」
「『連れ帰る』か」
 それは言い得て妙だった。誰をどこに連れ帰るというのだろう。彼女の故郷へ? それならば、むしろ。
 アレックスは唇の端を上げる。迷いなくいいきるウェルナーが、眩しくもあった。
「レーゼ亭のときとは違う。彼女が、彼女の意志で出て行った。打てる手はすべて打ったよ。いまは、彼女が考えるときだ。だがまあ、聴いていたという事実が知られてしまったのは失策だね。彼女に不信感を与えるべきではなかっ……」
 最後まで、アレックスはいうことができなかった。右頬に強烈な衝撃。身体が宙に浮き、椅子が倒れる。しかし、浮いたと思ったのはほんの刹那だった。アレックスは背後の書棚に叩き付けられ、跳ね返るように倒れ伏す。
 ウェルナーが、アレックスを殴りつけたのだ。
 痛みを感じたのは、ウェルナーが殴ったのだと認識した、さらにそのあとだった。アレックスは思わず笑う。
「は……っ! やるじゃないかウェル!」
「イリスをなんだと思っている。聴いていたからには、それだけの理由があったはずだな。これ以上隠しだてをするようなら、俺は降りる」
 いまにも次の拳を繰り出してきそうな迫力に、アレックスは寒気を感じた。しかしそれを知られないようにして、あくまでどうということはないように、口からの血を拭って立ち上がる。
 スマートに立とうとしたのだが、よろめき、もう一度書棚に体重を預けることになった。手加減ぐらいしたらどうだと悪態が口を出そうになるが、これでも手加減をした結果なのかもしれないと、言葉を飲み込む。
「イリスは竜の血を引いているな? 竜の姫がトキオータに嫁いだといわれているのが約八十年前、その後、公に姿を見せたという記録はない。王妃の出産の記録も巧みに消されていた。竜の子については実在したかどうかもわからず、もちろん、次代の王は竜の血を引いていない。それはお前に至るまでずっとそうだ。これには、なんの意味がある?」
「よく調べたな。王妃の出産まで嗅ぎ付けるとは、驚いた」
 アレックスは努めて軽々しい声を出した。笑みを消さないよう、普段と同じであるよう、痛みを堪えて続ける。
「その通りだよ、ウェル。当時の王としては、もちろん、代々竜の血族を玉座に据えるのが最良だっただろうが、現実はそうはならなかった。城の連中も、オータリアの住民も、ひいては国の誰もが、やがてそれをタブーとしていった。事実を隠し、美しい物語だけを残してね」
 アレックスは、書棚にすがるようにして体勢を立て直す。鍵をとウェルナーに告げると、ウェルナーは眉を潜めたが、一度扉まで戻って内側から鍵をかけた。いわずとも、部屋そのものを囲っている分厚いカーテンを閉める。一人の時間に没頭できるようにと、厳重に作らせた書斎。表向きは、そういうことになっていた。
「案内しよう、ウェル。私の秘密へ」
 全体重をかけて、アレックスは書棚を奥へと押し込んだ。その下に敷かれた絨毯をめくり、四角い扉を引き上げる。
「こういった城にはつきものの、よくある隠し部屋だ。私の個人的な趣味の部屋だよ」
 そういって、階段を下りていく。ウェルナーはなにもいわずに付いてきた。発光するオプスが、彼らが横を通り過ぎるだけで階段を照らしていった。やがて、地下の部屋にたどり着く。
 アレックスが階段脇にあるオプスに触れると、決して広くはない部屋全体が、照らされた。
 四方に壁、窓はない。中央には古びた机と、画材。絵の具の香りが充満している。
「これは……」
 ウェルナーが息を飲むのがわかった。壁一面には、数え切れないほどの絵が飾られていた。どれも、眠る少女だ。あらゆる角度からの、眠る少女の絵。
 同じ顔、同じ服。どれも、アレックスが描いたものだ。彼は、それぞれの絵を描いたのがいつ、どんなときであったのか、すべて思い出すことができた。
 吸い寄せられるように絵に触れたウェルナーも、気づいたのだろう。少女の姿は変わらないのに、記された年号は十数年にわたっていた。絵の質自体も、いかにも子供の描いた拙いものから、大人の手による完成されたものまで。もっとも新しいものは、描きかけで止まっている。
 穏やかな表情で瞳を閉じる少女。白銀の長い髪。
「イリス……か?」
 ウェルナーの言葉に、アレックスはうなずく。間違えようもない。絵の中で眠り続けているのは、イリスだ。
「彼女は、竜の血を引いている」
 たくさんのイリスに囲まれ、アレックスは目を細めた。幼少期、初めて父親に知らされたときから心を奪われた、眠る少女。永遠に起きることはないと思われた、眠り姫。
「おまえは、遠い子孫だと思ったのだろうが、そうじゃない。彼女はずっと、成長しないままで、眠り続けていた。イリスは、竜の姫の娘だ」
 ウェルナーは言葉を発しなかった。食い入るように、数々の絵画に見入っていた。その目が、やがて、アレックスに向けられる。
「恋を、させろと……」
 つぶやいた。それは、アレックスのいい続けていたことだ。彼女に恋をさせろと、とにかく彼女が幸せであるようにと。
「おまえ、まさか……!」
 ウェルナーが目を見開く。握りしめた手がわなないているのがわかった。唇を噛みしめ、もう一度それを振り上げるが、しかし結局は殴りつけることなく、拳を下ろす。
「……行かせてもらう」
 今度はアレックスも、止めなかった。止めたところで実力行使に出られれば、太刀打ちできないのだ。ウェルナーが階段を駆け上がり、部屋を飛び出していく音を聞いて、その場に座り込む。
 深く息をついた。血の味はなくならない。髪をかき上げて、数々の眠る少女を、見つめた。
 ただ眠り続けているだけなのに、少女は美しかった。どうしようもなく、惹かれた。それはきっと、血のせいなのだろう。そういいきかせた。決して、同じ過ちを繰り返さないために。
 愛や、ましてや恋ではない。
 この国の王族である限り、そんな資格は、きっとない。
「終わったみたいだな」
 何事もなかったように階段を下りてきたもう一人の幼馴染みに、アレックスは破顔する。なぜ、どうしてと、疑問が浮かんだのは一瞬だ。
「国王を聴くとは、たいしたやつだな、ニーノ」
「ばかいうなよ」
 血を拭えということなのだろう、ニーノは布を投げてよこしたが、それだけだった。
「オレはやたら隠し事の多いオレの親友を聴いてただけだ。ついでに隠し事のできないほうの心配もな。でもまあ、それもやめるわ。アイツの部屋のも、ぜんぶ撤去させてもらった」
 ニーノは大きな袋を背負っていた。イリスの部屋のあらゆるオプスが入っているのだろう。アレックスは、ため息とともに返事を吐き出す。何をいっても今更だろうし、何をいおうという気にもならなかった。
「それを、いいに来ただけだけど」
 ニーノは、部屋を見渡した。それがイリスであると、彼にもわかっただろう。しかし何もいわず、アレックスを見下ろす。
「お前らさ、もっと仲良くしろよ」
 アレックスは笑ってしまう。自嘲だった。笑うと身体中が痛くて、身をよじることになる。
「そう、したいものだね」
 だが、それはもう、不可能かも知れない。
 痛みで滲んだはずの涙に、瞳を閉じた。



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