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「由希子!」
青年の声が大きくなる。
女性の声が最悪の状態を告げる。
「鬼変率九〇%」
「いきなり九〇%だと! 鬼変速度が早過ぎる。ダメだ、由希子」
「鬼変率九五%」
救急隊員は由希子から離れた。
青年は由希子から離れない。
「由希子、鬼の力に飲み込まれるな」
「パパ、ママ。私、もうすぐ帰るから」
由希子の額に角の先が現れ、増えた筋肉で体が膨らむ。胸も以前より膨らみセーラー服がきつそうだ。
「鬼変率一〇〇%。鬼一体を確認。過去の出現データ有り。涙鬼。妖鬼レベル。装備、データ無しです」
青年は由希子を抱き締めた。
「由希子。どうしてこんな娘にまで」
青年の声が泣き声になっている。
「絶鬼の剣よ」
青年は空中に現れた剣を掴んだ。剣を持っている手が震えている。
「できない。あんたを切るなんて、オレにはできない」
由希子だった鬼は、鬼になっても小柄でスマートな体型だった。肌は青白く艶がある。伸びきった角のある表情で青年を見て、剣を持っている青年の手に自分の手を重ねた。
「なら、私があなたに、してあげる」
由希子は青年の腕を動かして、なんの躊躇いも無く、青年が握っている剣を青年の腹に突き刺した。
一瞬の出来事で、青年は抵抗ができなかった。青年は奥歯を噛み締め痛みに耐える。
「ねえ、絶鬼の剣が自分の腹に刺さる気分はどう?」
「なぜ君が涙鬼なんかに。由希子」
「私は、気分がどうかと聞いているのよ」
由希子は剣を更に押して青年の腹を貫いた。
青年の絶叫が辺りに響く。
「そうよ。その声が聞きたかったの」
由希子は青年の胸を指でなぞる。
「なんて素敵な声なの。今のあなたは人の姿なのに、鬼と同じ猛気声をあげれるなんて、素晴らしいわ。それに、心の奥底で力強く燃える雷鬼の力。欲しい。私はあなたが欲しい。あなたと一つになりたいわ」
由希子は、雷鬼の力がある場所、青年の胸にキスをしてから顔を上げた。
うっとりとした魅惑の黄金色の眼差しで青年を見つめる。青年の背中から飛び出た刃から血が滴り落ち、血の気が引いた顔の、まだ赤みが残る唇を見つめ、濡れて艶を帯びた自分の唇を近づける。
青年は息を荒く吐きながら由希子の頬に手を当てた。鬼面になってもあどけない由希子の顔を悲しげに見つめる。
「オレから雷鬼の力を吸い取るつもりなのか?」
由希子はハッとした表情をするが、すぐに眼を細めて、青年を見つめながら笑顔を作った。
「下品な言い方をしないで。私はあなたの全てが欲しいだけなの」
顔を近づけて青年と唇を重ね合わせる。由希子は静かに瞳を閉じるが、直後に青年の胸を押して青年から離れた。
「融合できない。同じ鬼なのに、なぜ私と一つにならないの!?」
「オレを誘惑しても無駄。あんたの手の内は分かってる」
由希子の、涙鬼の妖艶な表情が強張る。
「涙鬼は、あんたで二度目なんだ。前の涙鬼は男だったが」
由希子の鼻から笑いが漏れる。何を思ったのか、手の甲で口元を隠し、仰け反って笑い出す。
「私も分かるわ。鬼の力って便利ね。あなたの事まで分かっちゃう。あなたは輪廻の輪から外れた存在。明王によって地獄に繋がれた、哀れな鬼なのよ」
由希子は鬼面で微笑む。
「私は、あなたとは違う。この鬼の力で現世に戻るわ」
「鬼は二度と現世へは行かせない。両親を思う気持ちが残っているなら、まだ間に合う。人に戻るんだ」
「イヤよ。無力な人間なんて大嫌い」
青年は由希子を捕まえる。
「由希子!」
涙鬼である由希子の瞳は、まだ高校生のあどけなさが残っている。しかし、瞳の奥は狡猾で妖艶な光が輝いている。
「もしかして私が欲しいの? いいわよ、あなたのものにしても」
「ああ、欲しい。欲しいが、オレは、人間の由希子を返して欲しいんだ!」
青年の訴えに、涙鬼の瞳が憎しみを帯び、怨色の輝きに変わった。どうしても思い通りにならないという、涙鬼の鬱積された思いが表情として表れた時、青年の手に稲妻が走った。
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