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1月2日の恋愛
作:コウメイ


期待していた世紀末には何一つ事件も起こらなかった。
何も、ここで社会情勢や地球環境について語るつもりはない。

僕の周りのことだ。
何一つ、変わった出来事など無かった。
友人関係も至って平穏。家族関係も良好。恋愛は…皆無。
多分世の中の大多数がこうして世紀末なるものを過ごしたに違いない。

その後何か運命的な事件が起こったかというと、そうでもない。
…期待させて悪かった。本当に何も無かったんだ。

いつしか大学生になり、システムエンジニアとして社会人デビューを果たした。
上京してからは初めて一人暮らしというものを体験した。
これは僕にとっては大きなイベントの一つかもしれないが、わざわざ人様にお伝えするような出来事ではないだろう。
それも何ヶ月かですっかり慣れてしまった。今では、たまに帰省することのほうがイベントとなりつつある。

どこにでもある日常。
どこにでもある風景。
どこにでもある平穏。

そうして2007年の新春を迎えることとなった。
信心深くもない僕だが、正月には近所の神社へ初詣を欠かしていない。今年は仕事の都合で帰省が出来なかったことも原因の一つだ。

おみくじは「大吉」。なにやら良さげな暗示が書かれていたが、何も起こりそうにない毎日に失望していたのだろうか、何も思うところが無かった。

その帰り道、自宅までは歩いて15分程だった。
正月早々、なんだか憂鬱な気分を引っさげ、うつむき加減で道を歩く。

「寒いな。」

ふと言葉が出てしまう。一人でつぶやくと余計寂しさが増す。
1月1日の夜。明日からはどうしてもやり終えなければならない仕事が入っている。

一瞬、フラッシュとクラクション。
目の前が真っ白になる。

間一髪、避け切れたのだろうか。路面に叩きつけられたが、四肢は動き、意識もある。
交通事故、か。かすり傷程度で済んでいたのはさっきの「大吉」の効果なのだろうか。
乗用車は急ブレーキをかけ、運転していた人が駆け寄ってくる。どうやら女性のようだ。

「すいませんっ!大丈夫ですか!?」

大丈夫に見えたのだろうか。その逆だろうか。
とりあえず

「大丈夫です。」

とだけ答えておく。

「…でも一応病院へ行った方が…」

心配そうな声。かすかに震えているようだった。

「大丈夫ですから。」

この場を離れたかった。正月早々、面倒事に巻き込まれたくない。
怪我の心配は無用だし、そもそも病院なんて開いてないだろ。

「…あとで何かあったら大変なので、連絡先をお渡ししますね。」

といって、女性は名刺を差し出した。
加藤沙織さんだそうだ。至って普通の名前だった。

軽く頷くと、女性は去っていった。
これを出会いというのなら、世の中には本当に数多くの出会いがあるものだと思った。

帰宅して、一息つく。
1月1日、か。
結局、タイミングが一歩ずれてたら大怪我をしていただろう事故に出くわしただけで終わった。人生こんなもんだ。きっと明日からも変わらない日常が続くのだろう。
それがベストなのかもしれない。毎日交通事故になんて遭いたくないしな。





1月2日、早々の仕事始めとなった。これから1週間は缶詰になる予定だ。
こうして時間ってのは流れてくんだろう。これでいいさ。
結局1月2日は家に帰れないようだ。いまやりたいことは何かと問われれば、真っ先に風呂に入りたい。居心地の良いベッドで眠りたい。眠りたい。
深夜1時を過ぎた頃だろうか、突然の横揺れが襲った。

「…地震か。」

念の為データを保存しとこうと操作しようとしたところ、激しい立て揺れ。椅子から転げ落ちる。書類が散らばり、照明が消える。震度いくつくらいだろう?
揺れが収まった。僕の会社はビルの27階であり、電気が止まったいま、階段を使うしかない。この場合どうしたらいいのだろうか?余震の心配もあるが…。
散らばった書類と電源の落ちたパソコンが目に入る。隣のデスクなど、ディスプレイが床に放り出されていた。止めだ止め。帰ろう。
多少家賃が高くとも、会社から歩いて帰れる距離に部屋を借りてよかったと心から思った。

さて、27階から非常階段で下に降りる。気の遠くなる距離だが、家に帰ればベッドが待っている。電気もそのうち復旧するさ。
21階まで降りた時だ、またしても横揺れ、そして激しい立て揺れ。そして悲鳴。その場にうずくまった。
待てよ?悲鳴?
揺れが収まると、19階を見下ろした。そこには確かに人影があった。

「大丈夫ですかー?」

少し大きな声で問いかける。そして暗闇の中慎重に階段を下りる。
一歩一歩、ゆっくりと。
そしてようやく19階に辿り着く。

「あ、あなたは…」

女性の方が不思議そうに僕の顔を見る。
ぼやけた記憶が蘇る。昨日僕に危機一髪の事故を与えてくれたあの人である。
こんなこともある…よな。

「…よかったぁ、私一人だと思って。」

美人とは言わない、ごくごく普通の女性だった。暗闇だからか、顔が良く見えない。
ここでもの凄い美少女と出会えたら幸福なのだが、そんな幸福を求めてる状況じゃない。第一、僕の人生にそれほどの幸福がもたらされる筈が無い。

しょうがないので、その女性(加藤さん、だったか)と一緒に階段を下りる。
足元が暗いので、慎重に、一歩ずつ。
無言のまま18階に下りる。

17階、加藤さんとやらは、19階のオフィスでウェブデザインをやっていると言う。僕はシステムエンジニアをやっていると答える。

15階、住んでいるところが近所であるらしい。行き着けの喫茶店まで同じだった。

10階、最近読んだブログの事を話す。

7階、僕の演説が始まる。平々凡々な毎日に嫌気がさしていたということを。彼女は黙って聞いていた。

4階、「…もう少しだね。」と僕。「…そうだね。」と彼女。

2階、次に会う約束をする。

長い階段も、少しは気楽に降りてこれた気がした。
次に会うのは少し先のことだけど、楽しみが一つ増えた。

ようやく地面へと降り立った瞬間、街の灯りがついた。
一瞬で輝きを取り戻す街並み、目の前の信号機は青だった。
明るさで彼女の表情がよく見えた。
美人とは言わない、とても可愛らしい笑顔があった。
家に帰る方向は同じ。


手をつないで帰った。





そうして2008年の新春を迎えることとなった。
信心深くもない僕だが、正月には近所の神社へ初詣を欠かしていない。今年も仕事の都合で帰省が出来なかったことも原因の一つだ。

おみくじは「中吉」。良いとも悪いとも言えない暗示が書かれていたが、何も思うところが無かった。

帰り道、自宅までは歩いて15分程だ。
ただ、去年とは大きく異なることが一つだけある。

今年の1月1日は、去年の1月2日を思い出しながら、そして少し照れながら、
二人、手をつないで帰ったということだ。



−終−


最後までお読みくださりありがとうございました。

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