レイ~さすらいの男~
ポケクリというサイトに載せていたお話です。確か一番最初に書いた作品ではないかしら?お話が男の目線と女の子の目線で進んでいくので、自分なりにも面白いと思っています。
その時、俺は気づいてしまった。
彼女のことをどう思っているか。
彼女がどう思ってくれているか。
「あなたのことが憎くてたまらない…
だから簡単には死なせない…」
そう言って彼女は果てた。
初めて俺は後悔した。
今までの自分を。
やってきた全てを。
彼女が俺にもたらした。
人並みの感情。
そして、自分が壊れていく音を聞いた…。
気がつくとベッドに横になっていた。
「気がついたかい」
薄汚いベッド。薄汚い女がカウンターの向こうから話しかけてきた。
「早く出て行っておくれ。面倒はごめんだよ」
そういって俺をせきたてた。
だけど…
「ちょっとまってくれ」
俺は言った。
「ここはどこで、俺は誰だ?」
そう、何にも覚えていない。
何が起きてここにいるのかまったく分からない。
「ここはあたしの家。あんたの事は知らないよ。
うちの前で倒れてたんだよ」
女はそっけなく言った。
それから数分後。
俺は途方にくれて道端に立っていた。
見返りがないならこれ以上面倒は見切れないと言われ、
着の身着のまま追い出された。
もちろん一文無し。
どうやら女に助けられた(?)時も何も持っていなかったらしい。
俺はいったい誰なんだ?
どこから来てどこに行こうとしてたんだ?
こんな道端でどうして倒れてたんだ?
疑問はいくつも浮かんでくるが答えなんて出やしない。
仕方なくとりあえず歩き出す。
ちょっと風が冷たいな…。
そんなことを思いながら俺は足を動かした。
数時間後…
何時間たったか、俺は空腹で動けなくなっていた。
水は公園なんかで取れるけど、流石に食い物はそこらへんで取れるようなものじゃない。
目が覚めたときから空腹を覚えていたから、かなり前から何も食べてないのだろうか?
とりあえず腹減った…。
周りはちょっとした林で、民家なんかも見えやしない。
道路は二車線だがめったに車が通らない道らしく、擦れ違った車はなかった。
後どれくらい歩けば民家が見えるのか?
とりあえずもう動きたくない。
数分もすれば完全に陽も落ちるだろう。
途方にくれた。
夜はかなり冷えるかもしれないが、今夜はここら辺で過ごすしかないようだ。
覚悟を決めて寝る場所を探し始める。
少しでも暖かそうな所はないか?
その時だった。
向こうの方から一条の光が指したかと思うと、グングン近づいてきた。
車のヘッドライトだ。
その車は俺の前まで来るとピタリと止まった。
車に詳しくはないが、高級車であることは分かった。
ウィンドーが下がって中から声がした。
「大丈夫ですか?」
可愛い女の子の声だった。
毎日が退屈だった。
私はいわゆる令嬢で、みんな私に媚びへつらう。
私から全てを取ったら何が残るのだろう?
今までのようにみんな接してくれるだろうか?
そんな不安に取り巻かれていた。
私と言う存在が自分でもよく分からない。
私は誰?
私は何?
何をするために生まれてきたの?
このまま両親が言うような人生を歩んでいいのだろうか?
でも誰にもこんなことはいえない。
誰にもこんなことは聞けない。
こんなことを思うこと事態がいけないことらしいから。
私が心配しなければいけないのは、明日のパーティに着ていくドレスのこと。
なんのパーティだったかしら?
そんな事さえ忘れてる。
でも結局パーティなんて乱痴気騒ぎのようなものと変らない。
パーティに行くなら家で大人しく本を読んでいたい。
本の中には私が求めるものがあるから。
私が探す答えがあるから。
でもそれも認めてもらえない。
いい男を捜すこと。
そして結婚すること。
それが今の私にとって重要なことらしい。
でも私、まだ恋もしたことないのよ?
そんなんで結婚なんかしたくない。
でも聞き届けられることでもない。
黙って従うしかないの。
だって、私から全てのものを取ってしまったら何も残らないから。
結局私もあの人たちと同じなのよ…。
この生活を守るために自分を着飾っていい男を捜す、あの人たちと。
いつもの車の中、そんなことを考えていた。
「明日は何着ていこうかな」
人の気を引かずにいられてそこそこきらびやかな物。
≪窓際の花≫
それが私のあだ名だった。
みんなは私が知らないと思ってるみたいだけど、ちゃんと聞こえているのよ。
とりあえず招待しないと体裁が悪いから。
とりあえず行っておかないと体裁が悪いから。
それだけ。
仮病でも使って休もうかな。
この前仮病を使ったのは確か二週間前くらい。
そろそろまた大丈夫よね。
薄暗い木立が続く。
もう日も落ちかけてるから当たり前だ。
もう少ししたらちょっと開けてきて、落ちかけの夕日が見れるかもしれない。
それは私のちょっとした楽しみだった。
前方へ意識を向けたとき、何か動くものが見えた。
この道は私の家に向かっている道で、めったに他の車は通らない。
時々野生の動物なんかが出たりもするけど、それにしては何か変だった。
よく見てみるとそれは人間だった。
「車を止めて」
思わずそう言っていた。
だってなんだか弱っているように見えたから。
車はその人の前まで行って静かに止まった。
「大丈夫ですか?」
思ったより若い男の人が呆けた様な顔で私を見た。
「お名前は?」
その女が尋ねてきた。
「それが…記憶喪失ってやつみたいで…
自分の名前さえ思い出せなくて」
「まあ、大変でしたのね」
「ええ、自分が何でここにいるのかよく分からなくて…
不安で不安でしょうがないですね」
軽く苦笑いをする。
やっと人とまともに話せたせいか、いくらか饒舌になっていた。
高級車は音もなく走っていく。
とりあえず俺は金持ちではないなと思った。
なぜなら、この車に乗ったときから何となく場違いに感じるからだ。
「なんてお呼びしたらよいかしら?」
女が尋ねてきた。
そうだな、呼び名がないと不便だな。
といって適当なものも浮かばない。
「適当に呼んでください」
そういうしかなかった。
「じゃぁ…」
女はちょっと考えた風に首を傾げると、
「『レイ』はどうかしら?」
といった。
レイか…。
悪くはないな。
そう思って
「いい名前ですね。それでいいです」
といった。
車が少し速度を落としたように感じた。
屋敷に着いたのだろうか?
空腹の頭では、ちょっと回りが悪い。
ああ、早く腹いっぱいの飯が食いたい!
玄関の戸を開けて中に入る。
「立派なお屋敷だね~」
私が『レイ』と名づけた男の人が感嘆の息を漏らす。
確かにこの界隈にこれだけ立派な屋敷もそうないだろう。
だけど私はこの家はあまり好きじゃなかった。
「あら?サラ。帰ったの?」
おや珍しい。今日は母がいた。
「よかったわ!あなたにいいお話があるのよ」
と言って階段を下りてきた。
「あら?その後ろの方は?」
「途中で行き倒れてたの。お腹が空いて動けないと言うから、
何か食べさせてあげましょうと思って」
と私は言った。
「そう…」
露骨に嫌な顔はしなかったが、やはりいい気はしてないようだ。
「マリー、サラが帰ったって?」
父が出てきた。相変わらず趣味の悪い煙草を吸っている。
私はあの臭いが大嫌いなのに。
「おお、サラ。お前にいい話が来ているんだよ」
年のわりに体格ががっしりとしている父はゆっくりと近づいてきた。
「あのマルツブグル家のアトマーレが、お前を是非もらいたいと、
こう言って来たんだよ」
「アトマーレが?」
思わず聞いてしまった。
あの根性なしの女ったらしが私に求婚ですって?
なんだか無駄に広い食堂で黙々と食べる。
広すぎて落ち着かない。
食事は高級なものかもしれないが、空気が重い。
いや、実際人がいなくてスカスカの状態なのだが…。
目の前の仏頂面(と思える)をどうにかして欲しい。
「いつもこんななのか?」
耐え切れなくて思わず切り出した。
「え?あ、ええ。そうです。あ、でも今日は少し違います。
いつもは一人で食べてますが、今日はあなたがいます」
「いつも一人なのか?」
「ええ。いつか家族の顔を忘れてしまいそう」
そういって微笑んだ。
なんだ。可愛い顔をしてるじゃないか。
「なんつーかな。結婚したくないのか?」
「え?」
「いや、さっきの話してからなんか表情暗いから」
「……。
私、分からないんです…。どうしたらいいのか…。
このまま親の言うことを聞いていたら、確かに幸せになれるんでしょう。
でも、私の幸せって、誰かに決めてもらうようなものじゃ
ないと思うんです。私は…、私は…
どうしたらいいんでしょう?」
聞かれても困る。
「ん~、俺に聞かれても困るけど、話聞いてると、
やりたいことが何となくわかってるけど何となく形が見えなくて、
踏み出そうにも踏み出す勇気がないって聞こえるけど」
そういってちらと顔を見た。
固まってる。
「そう、ですね…。そう、なんですよね。
あたし、そうなんです…。
そうなんです!
いやだ!あたしったら、何言ってるのかしら。
ごめんなさい。今日初めて会った人にこんな、
わけ分かんないですよね。気にしないでください!
それよりもっと食べてください!
さ、どうぞどうぞ」
と言われてももうお腹はぐうの音も出ない状態になっているのだが…。
何故あんなことを話してしまったのだろう。
初対面の素性も分からない人に。
記憶喪失なんていってたけど、それも本当か分からない。
本当は演技しているかもしれない怪しい人かもしれないのに。
「いいえ、あの困った顔は確かに本物だったわ」
下心があるなら何となく分かる。
あの人は本当に困っていた。だから助けた。
そうなんだ。
布団に顔をうずめて自分を納得させる。
食事が終わって出て行こうとする彼を、
「行く当てもないんでしょう?」
と無理に引き止めてしまった。
もう少し話がしたかったから。
答えを出してくれそうだったから。
私が求める形の分からないもやもや。
このもやもやが取れるなら、犯罪者とでも暮らしてやろう。
恐いことを考えてる。
窓から月明かりが入ってきていた。
満月も近いのかかなり明るい。
今日は眠れないかもしれない。
そう思った。
この月明かりは、あの客室に寝ている彼の部屋にも、
届いているだろう。
なんだかんだで3日もこの家にいる。
なんとなく出て行くタイミングを逃してしまっている。
まぁ、記憶もなくていく当てもない俺にとっては、
実にありがたいことなのだが。
バルコニーから見える庭は綺麗に整備されている。
「レイ」
サラが俺を呼んだ。
あまりかしこまった言い方は疲れると俺が提案して
お互いに名前を呼び合うようにした。
その方が親近感も湧く。
ん?湧くとまずいか?
「レイ、昨日話したこと、考えてくれた?」
相変わらずその綺麗な金髪をみつあみにして束ねている。
流した方が綺麗だと思うんだが。
「え?あれは本気だったのか?」
何を考えているんだか、
今度開かれる婚約パーティに一緒に行ってほしいと言うのだ。
「なんか違うんじゃないか?
婚約パーティなんだろ?
ほかの男連れて行ったりしていいのか?」
いけないと思う。
「いいのよ」
いいのか?!
「だって、私は結婚するなんて一言も言ってないもの」
んん?
「勝手に決めたのよ。私の意志なんて無関係に。
あなたを巻き込むのはいけないとは思うけど、
一宿一飯の恩として、報いてくれない?」
ほぼ強制だ。
「あなたに言われて思ったの。
私、一度でいいからギャフンと言わせたいのよ!」
「ギャフン」
「あなたが言ってどうするのよ」
「パーティなんて柄じゃないんだが…」
「馬子にも衣装っていうでしょ!
大丈夫よ! 私がコーディネートしてあげるから!」
今のは褒め言葉?
かくて俺はいやいやながらも、
パーティに行かねばならなくなってしまったのだった。
マルツブグル家。
いわゆる貴族のお家柄。
両親にしてみれば断る理由なんてどこにもない。
しかもアトマーレは次男だし、
このトラバース家を立派に継いでくれるだろう。
名前だけ。
継いだ途端に家が傾くのは目に見えている。
なんとしても阻止してやるわ。
鏡を見つめながら呟いた。
好きでもなんでもない相手となんて結婚したくない!
私は家と結婚するのではなくて、
ちゃんと人と結婚するんだ。
数日前に決心した。
やっと見えてきた私の指針。
何をどうするかはこれからを見ながら考える。
全てを失ったとしても
後悔なんてしないわ。
私は自分に正直に生きるのよ!
鏡の中の自分も意気込んだ。
くじけない。
どんなことになっても。
「お~い、これでいいのかぁ?」
後ろから声がした。
振り向く。
そこにはスーツを着たレイがたっていた。
「う~ん、それの方が似合うかなぁ」
「なんかもう、息が詰まりそうだ…」
色んなものを試着させては見たのだが、
なんだかこうしっくりするものが見つからないのだ。
「な~んかピンとこないけど
それでいいか…」
「うあ~、助かった」
ほっとしたような顔でさっさとスーツを脱いでしまった。
後で屋敷の方に届けてもらうように言って
店を後にする。
いえ、ちょっとまって。
「レイ…」
そっとレイに耳打ちする。
レイがちょっとびっくりしたような顔になったが、
「一宿一飯の恩ってやつか?
問答無用なんだろ?」
「そういうことにしときますか」
にっこり笑うと私たちは店を出た。
店を出た途端に私達は走り出した!
「お嬢様!」
運転手のダスクの声がしたけど、
私達は振り向きもせずに街中を駆け抜けていった。
「ここまでくれば大丈夫ね!」
息を弾ませながらサラが言った。
車の通れない路地をぐねぐねと走り回ったから、
もう見失ってしまっただろう。
「こんなに走ったの、初めて!」
気持ちよさそうにサラが言った。
「おいおい、体力ないな」
「そりゃそうでしょ! 一応お嬢様だもん♪」
少し息が整うのを待つ。
「よし!行きましょ!」
名づけてローマの休日作戦!
で、ローマの休日ってなんだ?
その昔、
国務に飽きた皇女様が
大使館から抜け出して
ローマの街を散策した。
という話らしい。
何か悪戯っぽい顔をしながら
サラが語った。
「ふ~ん、その皇女様はその後どうしたんだ?」
「ちゃんと大使館に帰って自分の国に帰ったわ」
「なるほど」
きちんと帰るのね。
ショッピングモールという所を歩いている。
凄い人だ。
「ここ!」
サラが立ち止まった。
どう見ても庶民的な服屋だが…。
「一度こういうのを着てみたかったの!」
?????
数分後。
今まで着ていた服を脱ぎ捨て
ジーパンにTシャツにジャケットを羽織ったサラが現れた。
「どお?」
「似合ってると思うぜ」
そのまま店を出て俺達は歩き出した。
「うふ、動きやすいのね~。
な~んかごわごわするけど、おもしろ~い!」
いつもと違う雰囲気のサラが笑った。
「前からね、ちょっと憧れてたの…きゃ」
すれ違う度に人の渦に巻き込まれている。
ちょっとにぶちんなんだな…
と俺は思った。
「ほれ」
渦に呑まれかけているサラの手を取った。
「え?」
ちょっとびっくりしたみたいだ。
「いやか?いやならやめるが…」
「ううん!」
おさげが揺れた。
「このままがいい…」
手のひらを通して温もりが伝わってきた。
ジーパンをはいている。
Tシャツを着ている。
どれも馴染みのないもの。
でもなんだか体が軽くて、
私はふわふわしていた。
横には記憶喪失の青年。
いつの間にか私はこの人を信頼している。
どうしてだろう…。
ウィンドーショッピングをした。
喫茶店に入ってみた。
味はあまり良くなかった。
ペットショップがあったから入ってみた。
猫や犬がいっぱいいて可愛かった!
フェレットという可愛い子が私に懐いて来た!
インコがかわいい瞳で見つめる。
ハムスターは寝ていた。
ネズミまでいる!
色んな動物がいた!
可愛かった!
道の途中で何かのパフォーマンスをしていた。
ちょっとしたサーカスみたいで面白かった!
「時間はあっという間ね」
もう夕方だ。
「そんなもんさ」
レイが答える。
「ごめんなさい引っ張りまわしてしまって。
迷惑だった?」
「おいおい、問答無用で引っ張りまわしたくせに
何言ってんだよ」
「今更ながら反省してるのよ」
「ははは。大丈夫。俺も楽しかった」
「本当?」
「な~んかな。こういう空気の方があってるみたいだ」
「ならよかった…」
「でも何にも思い出せねぇや…
俺ここに来たことねぇのかな?」
はっとした。
そうか、記憶が戻ってしまったら、
レイはレイじゃなくなるんだ…。
「早く記憶戻さねぇとな。
いつまでも厄介になってるわけにはいかねぇしな」
そうだ、いつかは離れ離れになるんだ。
本当にローマの休日みたい。
私は握っている手をそっと強く握った。
その時
「よお、ご両人」
「おあついこった」
いつの間にか人通りの少ない場所に来ていた。
4人の男達が私達の行く手を塞いだ。
「俺達も暇してんだよ~、あそばねぇ?」
下卑た笑いの金髪男がサラの手を掴もうとする。
「やめろ」
サラを俺の後ろに隠す。
「あんだ~?お前何様のつもりだ?」
「やめて!お金ならあげますから!」
サラが叫んだ。
「お~、聞き分けのいい子だな~。
俺達に恵んでくれるんだ~?」
後ろの仲間達が笑い出す。
「んじゃま、通行料ってことで、
もらっとこうかな?」
「お前等にやる金などない」
「なんだと?」
金髪が俺を睨み上げる。
なんとなく臭いのは口臭だろうか?
「気にいらねぇな。
そのいかにも俺様な態度。
ちょっとお仕置きしなきゃわかんねぇか?」
元よりそのつもりだったのだろう。
男達が四方に分かれる。
「レイ」
不安そうにサラが呟く。
「大丈夫だ。下がってろ」
俺の中で何かが蠢きだした…。
この感覚を俺は知っている…。
いつからか、どこからか、
いつも感じていたもの…。
この興奮。
この高鳴り。
これは、
俺が、
あの時まで感じていたもの…。
「うっ」
頭が痛い…。
「レイ?!」
サラが駆け寄ってくる。
昔、
どこかで感じていた…。
「怪我は?大丈夫?」
心配そうな顔をしてサラが俺の顔を覗き込んだ。
「大丈夫だ…」
かすり傷一つない。
男達は一人残らず気を失っている。
こんな奴等に負けることなどない。
分かっていた。
知っていた。
俺は、こういうことが好きなんだ…
驚いた。
アクション映画を見ているみたいだった。
それこそ本当にあっという間に四人の男達を倒してしまった。
「すごい…」
記憶をなくす前は格闘家だったのかしら?
「凄いわレイ!あなた強いのね!」
そう言いながらレイの元へ駆け寄った。
「…レイ?」
何かを見つめているように動かない。
「ん?ああ、サラ、怪我はないか?」
ハッとした様に私に言った。
「私は大丈夫よ。どうかしたの?」
「え?いや、なんでもないんだ。
ちょっとボーっとしちまって。
さ、こんな危ないところ早く抜けようぜ」
そういって私の手を取ると、少し乱暴に歩き出した。
「レイ?」
何となく胸騒ぎがする…。
でも私にそれを確かめる術はない…。
流石に歩いて帰るには遠すぎたので、車を呼んだ。
おかげで運転手には散々言われてしまった。
でも気を利かせてくれた(?)のかまだ誰にも知らせてないとか。
ばれるのが恐かったの間違いだと思うけど。
いつもよりも遅い家路に着く。
隣にレイがいる。
なんだか遠い目をしているので声をかけづらい。
記憶が戻りかけてるのかしら?
もし記憶が戻ったらどうするのかしら?
記憶が戻ると記憶をなくしていた間のことを
忘れてしまうというけど、
レイも私のことを忘れてしまうのかしら?
ぐるぐると巡る想い。
忘れて欲しくない。
この日々のこと。
私のこと。
この時間。
記憶なんか戻らなければいい。
そうすれば、…ずっと一緒に…
そんなことはないんだわ。
ずっと一緒なんて無理だ。
だって私は…、貴族の娘だから。
貴族の血も流れていないレイとなんて
結ばれるはずもない…。
そういうものなのだ。
想っていても、叶わない。
そこで私は気がついた。
気がつきたくなかった。
隠しておきたかった。
知ってしまったら、止まれなくなるかもしれないから。
私は、レイに惹かれてるんだ…
月明かりが部屋の中まで入ってくる。
ほぼ満月に近い。
時々雲が走って明かりが遮られる。
窓辺に佇んでそれを見ていた。
いつもより多少帰るのが遅くなったが、
別に問われることもなかった。
信頼しているというのか、
関心がないというのか。
「こんなものよ」
とサラは言っていたけど、
やはりどこか寂しげな顔をしていた。
いつものように寝室に来て、
俺はさっきの事を思い出していた。
手に残る感触。
記憶は失っても、体は覚えている。
ああいうことがよくあった。
いや、日常茶飯事だったのかもしれない。
俺は何をしていたのだろう?
やばい事でもしていたのだろうか?
ならここにいたらサラに迷惑をかけてしまうかもしれない…。
やはりなるべく早くここを出るべきだ。
そう思った。
いったい俺は何者なんだ…。
記憶を失ったのは事故である可能性が高い。
もし何者かが故意に俺の記憶を奪ったとして、
ここでこうして生きていることの方がおかしい。
狙われている雰囲気もない。
とすると何か事故であろう。
頭に何かぶつけたか、
あるいは余程ショックなことでもあったか。
考えれば考えるほど分からなくなっていく。
「やめたやめた」
考えたって分からないものは分からない。
もう寝てしまおう。
考えるのをやめてベッドもぐりこんだ。
さて、明後日はとうとう
婚約発表パーティの日だ。
俺は何をすればいいのだろう?
この日のために用意したドレス。
この日のために用意した靴。
この日のためにセットした髪。
そしてお化粧。
なんて女って面倒なのかしら?
「サラ用意はできた?」
母親が覗き込んでくる。
「ええ。できたわ」
今までで最高の出来だと思う。
こんな時はちょっと思ってしまう。
私ってなんて綺麗なのかしら…。
「本当にあの人も連れて行くの?」
母親が聞いてきた。
「いいでしょ?お祝いしてくれる人は多い方がいいわ」
適当に理由をつけてる。
「そうだけど、何の関係もない人じゃない」
「私を助けてくれたわ」
「いつ、どこで?」
「それは…、言えない」
脱走したなんていえない。
「しょうがないわね。全く」
ぶつぶつ言いながら部屋を出て行った。
「俺はお呼びじゃないみたいだな」
いつの間に来たのか、レイが扉の前に立っていた。
「レイ」
「へぇ、なんだかサラじゃないみたいだな」
「何言ってんのよ」
必死で表情を隠す。
顔が赤くなってないかしら?
「で?俺が行って何か役に立つのか?」
「ええ!もちろんよ」
立ち上がってレイに近づく。
「あなたには私の恋人になって欲しいの。
もちろん、フリだけだけど」
そう、フリだけ…。
私の戦いが始まる。
車は順調に走っていく。
マルツブグル家まではかなりあるらしい。
俺は良く知らないが。
サラの両親は先に行ってしまった。
これも作戦のうちと言うが、本当か?
夜の木立が次々と過ぎ去っていく。
相変わらず乗り心地のいい車だ。
隣にいるサラは落ち着いている。
緊張するかとも思っていたが、案外あっけらかんとしている。
その瞳は何かしらの意思の光を湛えていた。
恐いほどに澄み切っているようだ。
しかし、俺に恋人のフリをしてくれなんて、何を考えてるんだ?
「レイ、何考えてるの?」
サラが話しかけてきた。
「なんも。これからのことさ」
軽く答える。
「つまるところ、俺は何をすればいいんだ?
フリったってボーっと突っ立ってるわけには行かないだろ?
それに俺は作法なんてのも穴だらけだぞ」
この数日で叩き込まれた礼儀作法。
慣れていないのもあってすごくきつかった。
もっとゆるく生きた方が面白いと何度も思いながら。
作法に縛られすぎると肩が凝る。
皆そうじゃないのか?
「いいのよ。レイはレイのままでいて。
ただ、タイミングは見ていてね」
よくわからん。
「大丈夫。レイは私が守るわ」
こんなか弱い女の子に守ってもらっても困るんだが。
「ま、よく分からんが、サラの側にいりゃいいんだろ?」
「そういうこと」
悪戯っぽい笑みを浮かべた。
何が待っているかは分からんが、
とりあえずなるようにしかならんだろう。
心地よい振動に、俺は軽く居眠りを始めた。
目が覚めたら決戦が始まる。
ドアが開き、ゆっくりと車から降りる。
主役が遅れて到着。
父と母は内心冷や汗ものだろう。
大きな扉をくぐるとパーティ会場だ。
事前に事を知っているのだろう。
みんな私を見てひそひそ話している。
にこやかに愛想良く挨拶してくる人もいるが、
隣に連れているレイを見て訝しげな顔になる。
それはそうだろう。
なんたって今日は婚約発表パーティなんだもの。
しかもわ・た・し・の
「サラ、遅かったじゃないか。
何をしてたんだ?」
「ごめんなさいお父様。支度に手間取ってしまって。
なんせ今日はとても大事な日ですし」
父は駆け寄ってくるとちらをレイを見た。
如何にも邪魔そうに。
「とにかくあちら様も大分待たせてしまったのだ。
早々に始めてしまおう」
そういってステージへ走っていってしまった…。
「行きましょう」
レイの手をとってお父様の背中を追いかけた。
父が何か、余計なことをする前に、
私がやってしまわないと!
この時に、私の運命がかかってるのだから!
サラの父親が壇上に上がっていく。
それをサラと俺が追いかける。
サラは一体何をするつもりなんだろう?
壇上に上がって何か言おうとしたその時、
「まって、私から言わせて」
サラが父親を止めた。
サラが壇上に上がっていく。
俺はそれを下から眺めていた。
父親と代わり、サラがマイクの前に立った。
会場がサァッと静かになる。
すっと眼下を見回して息をつく。
何を言うのか?
いや、婚約のことに決まってはいるのだろうが。
「皆様、本日は私達のために集まって頂き、
誠に有難うございます」
背筋をしゃんと伸ばして真っ直ぐ前を見ている。
その瞳に迷いはない。
「私、サラ・リージス・トラバースは、
ここにいます、レイと婚姻の契りを結びました」
会場がざわつく。
というか俺がびっくりだ!
「故に、私はレイと結婚します!」
そういうとサラが壇上から俺めがけて飛び降りてきた!
「レイ!」
落ちてくるサラを受け止める。
もう少しで倒れるところだった!
無茶をする!
「レイ!逃げましょ!」
そういうと俺の手を引っ張ってサラが駆け出した。
すると突然のことにボーっとなっていたサラの父親達が
ハッとなって、
「まてー!捕まえろー!」
突然の事にボーっとなっていたのだからみんな動きが鈍い。
そんな奴等の合間をすり抜けて、
俺達は会場から逃げ出した!
胸がドキドキしている。
足がもつれてしまう。
後ろからは追っ手がついてくる。
私達は走った。
どれくらい走ったのだろう。
「と、とりあえずは大丈夫だろう」
レイが言った。
私は苦しくて何も言えない。
ただ呼吸を繰り返すだけ。
「つ、疲れた…」
そういって座り込んでしまった。
こんなに走ったのは初めて!
本当に体力の限界を感じた。
「大丈夫か?」
レイはそんなこともないみたいで、
少し息は切れているものの、私みたいにへたり込まない。
「レイ、は、平気、なの?」
切れ切れに言った。
レイが私の隣に腰を下ろす。
「ああ、俺はなんとかな。しっかし驚いたぜ!
何を言い出すのかと思った」
はははとレイが笑った。
「ああ、言って、おけば、下手な相手が、近寄らなく、なるでしょ」
まだ呼吸が苦しい。
でも気分は爽快!
「レイ、ごめんなさい。あなたを、こんな形に巻き込んで。
でも心配しないで。お父様にはきちんと説明するから」
「そうしてくれ。殺されかねないからな」
ふふふと私も笑った。
あんなことを宣言してしまえば、余程の物好きでなければ、
私を娶ろうなんて思わないはず。
たとえ「私は潔白です」
なんて宣言しても、後ろ暗いうわさは残る。
きっとマルツブグル家も手を引いてくるだろう。
お父様とお母様は嘆くだろうけど。
「うちに帰ったらどうなるかしら。
勘当されたりして」
「そうなるかもしれないぜ。
そうしたらどうする?」
「家を出るしかないわね。そして私は自由に暮らすわ。
何にも縛られない、私になるの」
「そりゃあいいな」
一緒に私達は笑った。
その時ふと、レイと目が合った。
何となくはずすこともできずに、何となく見つめあう。
何となく自然に、顔が近づいていく。
そうすることが自然なように。
そして…
サラが目を閉じた。
顔が近づいていく。
そうすることが自然なように。
そして…
「! 誰だ?!」
暗闇から誰か近づいてくる。
サラがはっとして身を固くする。
「やあ、お楽しみのところを邪魔しちゃったかな?」
嫌に派手な格好をした男が近づいてきた。
「アトマーレ!」
こいつがアトマーレか。
軟弱そうな男だ。
「やあ、サラ君。君にはしてやられたね。
まさかあんなことをするなんて。
そんな野蛮な女性だとは思わなかったよ」
「いかに私を見ていないか分かる言葉ね。
そんなんで私に結婚なんか申し込むからいけないのよ」
「君という人は…。
レディーとしての教育が足りていないようだね」
「人間としては十分よ」
「分かっているだろう?
君に求められているのはそんなものじゃないよ。
僕のパートナーにふさわしいと思ったのだが、
本当に、とんだ見当違いだね。
おまけにあんな恥までかかされてしまって、
どうやって償ってもらおうか」
良くペラペラ喋る男だ。
「どうせすでに傷物になっているし、
それなら僕としても心が痛まないな。
というわけで、君にはさらに汚れてもらうよ」
気付けば数人の男達が周りを囲っていた。
このおしゃべりは気を逸らすための罠か?!
単なるおしゃべりにしか見えんが…。
「彼氏は目の前で殺されて、
君自身は複数の男に汚されて、
もう帰ることもできなくなる。
というか帰ってこられても困るがね。
折角だから、みなさんに差し上げてしまおうかな?
君一人いなくなっても大丈夫だし」
サラの顔が青ざめた。
ここまでは予想してなかったようだ。
サラもまだまだ甘い。
このくらいは予想範囲内だ…。
…なんの?
俺は何か予想していたっけ?
その時、頭の奥がズキッと痛んだ。
いいところだったのに…
本当にあと数センチだったのに。
そうすれば私のファーストキス達成だったのに。
どうしてこうタイミングよくこの男は出てくるのかしら?
恨めしそうに見上げてもこのニブチンには分からないようだ。
「どうせすでに傷物になっているし、
それなら僕としても心が痛まないな。
というわけで、君にはさらに汚れてもらうよ」
気付けば数人の男達が周りを囲っていた。
まさか、このあほんだらは
自分の手で落とし前をつけようとは思っていないみたい。
「彼氏は目の前で殺されて、
君自身は複数の男に汚されて、
もう帰ることもできなくなる。
というか帰ってこられても困るがね。
折角だから、みなさんに差し上げてしまおうかな?
君一人いなくなっても大丈夫だし」
今なんと言ったの?
あまりのことに思考がついていけない。
そんな卑怯な手を使うなんて…。
人間じゃないわ。
多勢に無勢。
レイを巻き込んでしまった…。
こんな事になるはずじゃなかった!
こんな風になるとは思わなかった!
どうしよう…
私の責任だ
私はどうなってもいい。
でも、でもレイは!
レイは関係ない!
私が勝手に巻き込んでしまったのだもの!
「レイは、この人は関係ないわ!
私はどうなってもいいから!
だから逃がしてあげて!」
気付くと大声で訴えていた。
「サラ…」
「はははっははははは!
甘いよ。甘すぎるよ。
君はまだ世の中を知らなすぎる。
だから僕が教えてやるよ。
世の中はそんなに甘くないってね!」
嬉々としてアトマーレは手を軽く掲げた。
すると周りの男達が動き始めた。
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう…。
「サラ、そんなに心配するな。
大丈夫だ」
レイがぼそりと私に言った。
そして私を庇うように前に立った。
体中が熱い。
この感覚を俺は知っている…。
こうやって興奮して、誰かと戦っていた…。
記憶が、本を開くようにゆっくりと覚醒していく。
周りの男達が動き始めた。
サラを後ろに庇い、身構える。
囲まれて、ピンチに陥る。
それは日常茶飯事だった。
そして、…
そして、…
何かが足りない…
後ろには…
後ろには…
男達が一斉に襲い掛かってきた。
「きゃあ!」
サラの悲鳴を聞きながら俺の体は当たり前のように軽やかに動く。
覚えている。
戦い方を。
拳が、足が、決められているかの様に弧を描く。
いつしか密やかに笑みを浮かべていた。
この興奮の中で俺は生きてきたのだ。
生きるか死ぬか。
それが俺の世界!
瞬間、勝敗は決まっていた。
確実に急所を決めた男達が転がっている。
死んではいないはずだ。
殺すことはやめたから。
あのときから。
あのとき?
あのとき…
あ・の・と・き…
大切な何かが足りない…
それは…
それは…
「ぐああ!」
頭に激痛が走った。
一瞬のことだった。
周りにいた男達が吹き飛んだ。
速すぎて何をしたのか分からない。
何かの衝撃を受けて、男達は倒れた。
あっという間に一人きりになってしまったアトマーレ。
未だ状況が飲み込めず目をぱちくりしている。
気のせいか、レイの顔が微かに笑っているような…。
「ぐああ!」
突然レイが頭を抑えて倒れこんだ。
「レイ?!」
慌てて駆け寄る。
「頭が…頭が…割れそうだ…!」
何がおきているのか分からない。
「レイ?!しっかりして!」
レイの顔が真っ青になっている。
相当苦しそうだ!
「ははは、よく分からないが、勝負あったね。
今僕がこの引き金を引けば、君たちは消える」
いつの間にかその手には拳銃が握られて、
真っ直ぐこちらを見ている。
「あなたって、どこまで卑怯なの?
何かに頼ってばかりで。
たまには自分の力でやり遂げてみなさいよ!」
「だ、だまれ!女の分際で!」
銃口がふらつきながらも私達を捉える。
もう、だめだ!
その時だった。
頭が割れる
そう思った。
内側から徐々に割れていくような痛み。
「あなたって、どこまで卑怯なの?
何かに頼ってばかりで。
たまには自分の力でやり遂げてみなさいよ!」
「だ、だまれ!女の分際で!」
誰かの声がした。
銃口がこちらを向いている。
避けなければ。
あいつに当たってしまう。
憎しみを込めた目で見つめてくるあいつに…。
あの視線が心地良い。
いつまでも俺を見続けるあの瞳。
あれを失くすわけにはいかない。
体が動く。
ボキ
骨の砕ける音がした。
「ぎゃあああああああああああ!」
目の前でちんけな男が叫び声をあげた。
無理やり銃口を横に向けたので指の骨でもいったのだろう。
かまいやしない。
あの瞳を失くすわけにはいかないのだから。
それさえあれば…。
「レイ!」
サラが俺を呼んでいた。
今のはなんだ?
俺は何を思っていたんだ?
記憶の断片。
何か、肝心な何かを思い出していたはずなのに…。
名前を呼ばれた途端に消えてしまった。
一体なんだったんだ…?
「レイ?」
サラが不思議そうな顔で俺を見ている。
俺は今…何をしたんだ?
当たり前の様に男の指を折った。
俺は一体…何者なんだ?
「レイ?」
どこか遠くを見つめているようだ…。
記憶が戻りかけてるのかしら?
もしそうなら…。
「サラ…」
哀しげな光を湛えたままレイが私の名前を呼んだ。
「分からない…分からないんだけど…
何か大切なものがあった…
それを守りたかったんだ…俺は…
俺は…俺は……」
「レイ…」
「俺は…行かなくちゃならない…
ここに…留まってるわけにはいかない…
ごめん、サラ…」
とうとうその時が来たのだ。
覚悟はしてたけど、いつかは来ると思ってたけど…。
「でも!
でも、まだ完全に記憶が戻ったわけではないんでしょ?
だったら、…だったらせめて記憶が戻るまで、
私のところにいたら?
お金もないんでしょ?
食べるものにも困るんでしょ?
それなら私のところにいた方が…。
私が面倒見てあげるから!
だから…」
私はいつからこんな聞き分けのない女になったんだろう…。
分かってる。
分かってるんだ。
行かなきゃならないこと。
もうここにいちゃいけないって事…。
でも、でも…!
「ごめん…、サラ」
レイの瞳はもう私を見てはいない。
分かっていた結末。
確定されていた未来。
「あなたがそういうなら…」
言葉が出てこない…。
私の初恋は、
…終わった。
世話になったのに、俺は何も返せない。
そういうとサラは笑っていった。
「十分に色んなものをもらったわ」
車を呼んで、サラは帰っていった。
「大丈夫。
アトマーレが何をしたか、
この事を話せばお父様達も分かってくれると思うわ」
ただ、お叱りはしっかりあるだろうけどね。
いたずらっ子のように笑った。
別れ際、俺の手に何かを押し付けて、
「入用でしょ?
ボディガード代とでも思って」
金だった。
「サラ…」
「いいから…」
「しかし、俺は…」
「いいのったら!ね?」
「うん。…ありがとう」
「レイ…」
突然だったので何も反応できなかった。
ただ、柔らかな唇の感触だけはよく分かった。
「さようなら」
そういうと車の待っている通りに駆け出していった。
それが最後になった。
俺は一体何者なんだろう?
どうしてこんな所にいるのだろう?
答えはまだ出ていない。
だけど一つ、大切なことを思い出した。
俺には命よりも大切な何かがあったんだ。
それとこの記憶喪失は関連があるのかもしれない。
探しにいこう。
その大切な何か。
それが今の俺のやらなければならないこと。
少し思い出したせいか少しすっきりした。
「おし、俺もガンバロ!」
そして俺は、建物の間の闇へと身を沈めていった…。
かなり昔に考えたお話で、この後もいろいろな女性と関わって、その人生を変えていくというお話が2、3あったのですが、ろくなプロットも書いていなかったので、この話はここでおしまいです。なにせ、レイ君の正体を忘れてしまったので、続きを書こうにも書けない…。自分で自分を恨めしく思った作品でした。