8話 女たちの尋問
どこか殺気じみた様子が否めない非魔血の女エリオルに、おっとりとした様子の金と紫のオッドアイの不完全魔血の女セドナ──
そんな不釣合いな二人がレヴィの目の前の席で睨みを聞かせている。
彼女たちに連れてこられた市場街の近くの喫茶店の個室──
セドナ曰く、この喫茶店は魔血と非魔血の数少ない交流コミュティになっていて、肌の違う人間が混ざり合ってもさほど違和感がない店──らしい。
だが、この三人の中で見た目と中身が違う人間が二人も混ざっているとは──誰も思いもしないだろう。
「で──あんたは一体どこの回し者で暗殺者やってんの?」
重苦しい空気の中真っ先に口を開いたのは先ほどからレヴィに冷たい視線を投げかけるエリオルだった。
「そんなことよりまず俺の質問に答えろよ」
「うるさいわね。あたしは今すぐあんたをひっ捕まえてミュラーニッヒ卿殺害容疑で公安に引き渡すことだってできるのよ」
「へえ──俺がただの非魔血の暗殺者じゃないってわかってか?」
そういうとレヴィはゆっくりと足を組んで真っ赤な瞳でエリオルを鋭く睨み返した。
だがエリオルはまったくひるむ様子がなかった。
「あんたこそあたしのことか弱ーい非魔血の女の子だって舐めてない」
「いや、か弱いなんて思ってもないし──」
「とりあえずあたしのこと舐めてかかると後で怪我するよ。それだけ忠告しとく」
そういうとエリオルは出されたアイスティーをストローで飲み干した。
なんだ、この女──
そんな余裕綽々な非魔血の女の姿を見てレヴィは強い敗北感に似た苦々しさを覚えた。
いくら自分が暗殺者──否、ただの非魔血でなく中身は魔血の暗殺魔法士であるのをわかっているのに、まったく臆することなく堂々としている彼女の根拠のない自信はいったいどこから来ているのだろう。
それを考えるとどうしてもエリオルという女性に根強い不信感を抱かないわけにはいかなかった。
「──とにかく、俺のことは詮索いれないでほしいな。俺はこう見えても現役の暗殺者なんだから」
「それなら、どうして昨日ミュラーニッヒ卿を狙ったの?」
その質問を入れたのはきょとんとしたセドナの方だった。
「それは依頼者の都合としか言えないな」
「それじゃ答えになってない!」
「わかってないな──暗殺者っていうのは上に言いつけられたこと滞りなく実行するのが仕事だぜ? 殺した理由なんて大半は言いつけどおりばかりだよ」
「そんな──」
そういうとセドナは愕然とした表情を浮かべた。
「どうしてあなたたちは改革派の魔血ばかりを次々と殺害してしまうの──これがどういう意味かわかってる?」
「どういうことだよ──」
「改革派の魔血と呼ばれる人たちはこの魔法帝国に横たわるあらゆる差別に理解をもちそれを少しでも変えていこうとする勢力なの。だから──もしかしたら非魔血の味方になってくれるかもしれない魔血なのよ」
セドナのその言葉を聞いてレヴィは深いため息をついて一言言った。
「でも、所詮魔血は魔血だろ」
「でも私たちの現状に耳を傾けようとしている魔血だっているのよ!」
「そんなことどうだっていいよ!」
そういうとレヴィはセドナを鋭い視線で睨みつけて言葉を続けた。
「俺は別に非魔血のために魔血を葬ってなんかない。だからその改革派の魔血とやらを葬って非魔血が後で困ろうがどうしようが俺にはまったく関係ないね」
「じゃあ、あなたは何のために魔血に刃を向けるの!?」
「それは──!!」
セドナのその切り替えしにレヴィは思わず言葉に詰まった。
何のために魔血を殺すのか──自分の復讐ため? 上からの圧力のため? それともただ自分の快楽のため?
いろんな答えを自分につき合わせて考えてみたけど、しっくり来る答えはまったく見当たらない。そんな自分にレヴィは焦りを感じた。
「理由なんてないんでしょ。本当は──」
セドナはレヴィを見透かしたように金と紫の瞳でじっと彼を見つめた。
「あなたがどうして暗殺者になったのか理由はわからない。だけどその当時の魔血を殺す理由と今の魔血を殺す理由はきっとすれ違ってると私は思う」
「───」
その言葉が図星過ぎてレヴィはやっぱり反論する言葉が見当たらなかった
何故、昨日今日であったばかりの不完全魔血の女にここまで心を丸裸にされなければならないのだろう。それを考えただけでレヴィは身の毛をよだつ何かを感じた。
「──わかってたまるか」
やっと腹から搾り出した言葉は苦し紛れな言い訳だった。
「あんたみたいな理想主義者なんかに──俺の気持ちなんてわかるはずがない。いい加減なことばっかり──言うな!」
レヴィのその遠吠えの姿を見てじっと黙って話を聞いていたエリオルがセドナにひとつ耳打ちをした。
「こいつたぶん図星よ」
「お前──何横槍入れてるんだッ!」
「あたし、こんなにわかりやすい反応する男、久々に見たわー。暗殺者としては不向きなくらい素直すぎるわ」
何なんだよ一体──もしかした彼女たちは今まで戦ってきた相手の中で一番の強敵なのかもしれない。レヴィは彼女たち相手に信じられないくらい苦戦していた。
なにもかもわかったような顔をして堂々としやがって──そんな彼女たちを見てレヴィは今まで抑えていた苛立ちにかませる様に黙ったまま席を立った。
「どうしたの?」
セドナのその問いかけにレヴィはふてぶてしく一言言った。
「俺、帰る」
「どうして?」
「そんなことお前らには関係ない」
「ふーん」
その答えにエリオルは不敵な笑みを浮かべてアイスティの氷をいじくった。
「あんた、あたしたちが何者か聞かなくていいの? あんなに知りたいって言ってたのに──」
「───」
エリオルのその言葉にレヴィは自分は弄ばれているのではないかと懐疑的な目で彼女を睨んだが、すぐにあきらめて席に戻った。
このまま自分だけの尋問でだけで事を終わらせたら暗殺魔法士の名が廃る。このままではいられない──
「俺からの質問だけど──」
「あたしたちが何者かって言いたいんでしょ?」
「──そうだ」
その言葉にレヴィは不満げにため息をついた。
「私はたぶんあなたのご主人様が一番嫌う部類の人間よ」
セドナはそういうと節目がちに語りだした。
「ねえ、レヴィ。あなたはこの国の差別はなくなると思う?」
「え──?」
セドナの唐突な質問にレヴィは思わず返答に困った。
一体何を考えているのだろう──こっちは真面目に聞いているのに
「みんな非魔血も魔血も答えはだいたい一緒。この国を形作ったものなんてそう簡単に無くせるはずかないってね──」
そういうとセドナは急に真剣な顔になり熱っぽく語りだした。
「でもね、その言葉を聞くとこの魔法帝国って国は差別の上に成り立ってできた国なのかって愕然としちゃう。そんなの間違ってると思わない? 差別がこの国を作ったなんて他国の笑いものに他ならないのに──」
「それとあんたたちの正体と何が関係あるんだ?」
レヴィのその言葉にセドナはすっと顔を上げ彼の顔をまっすぐじっと見た。
「私はこの国にはびこる差別をなくすため活動しているの」
「差別をなくすため──」
「私は不完全魔血に生まれて多大な差別の目にさらされてきた。そんな私の目から見れば、この繁栄した帝国はとても醜く見えるわ。この国の住人は肌の色と魔法の血の有無だけで人を隔てるのが普通だと思って暮らしている──そんなこの国の常識が私はとても嫌い」
セドナのその一言にレヴィは思わず生唾を飲み込んだ。
彼女の考えていることはよくわかる。自分も同じような立場に生まれ一歩引いた目で魔法帝国を見てきたから彼女の言う醜さは痛いくらい感じてきた。
だけど──セドナの言ってることは結局は理想論に過ぎない。
綺麗な単語を並べただけではこの国は変わるはずなんてないのだから。
「もしかして、私のことバカな理想主義者だとか思ってない?」
「え──?」
セドナのその問いかけにレヴィは言葉を失った。
「いいのよ。素直に言って。大体この話を聞いた魔血も非魔血もみんなそんな国できっこないって言うわ」
そういうとセドナは悲しそうな目をしてため息をついた。
「悲しいけどそれが今の帝国の現状よ。魔血も非魔血も変化を求めようとしないから、こんな間違った常識が後世に伝わっちゃう」
「それであんたたちがその常識をひっくり返そうと草の根運動をしてるってわけか?」
「もちろん私たちは何の力も持もたない弱い存在で常識なんてひっくり返せない。だから私たちは──差別問題に関心がある改革派の魔血に期待してるのよ」
「改革派の魔血──」
その言葉を繰り返しレヴィはふと昨日セドナと鉢合わせしたシーンを思い出した。
確かあの場、ミュラーニッヒ邸での夜会は火の血と風の血の大きな婚約発表がある場だと聞いた。
つまり、セドナがあの夜会にいたということは火や風に象徴される改革派の魔血とコンタクトを取るため──ということか。
「昨日は誰に接近するつもりだったんだ?」
「え?」
「どうせ、昨日の夜会に潜り込んだのはあんたの言う改革派の魔血とコンタクトを取るためだろ? 手っ取り早く聞くけど、一体誰を目当てにのこのこやってきたんだ」
「そんなのあなたに言う義理はないわ」
そういうとセドナは冷たくレヴィを突き放した
「あなたが乱入するにせよしないにせよ昨日は結局空振りみたいなものよ。お目当ての魔血は現れずじまいだったし」
セドナはそういうと怒ったような表情でレヴィをにらみつけ言った。
「とにかく、あなたたちのトップである保守派の魔血のいいように使われていることだけは覚えといて! あなたたちの粗暴な行動がこの帝国の行く末をどんどん後退させてるんだから!」
「はいはい──」
レヴィはセドナの話半分聞き流すように軽い返事をした。
そんなこと言われたって俺にはまったく関係ない話。
レヴィにとって差別うんぬんより目の前の自分の仕事のほうが大切のように思えた。
「あ──」
その言葉を漏らしたのはじっと店に飾られた鳩時計を見ていたエリオルだった。
「もうこんな時間──なかなか帰ってこないからランクスが心配してるかも」
「ランクス──?」
エリオルが漏らした言葉にレヴィは衝撃を覚えた。
彼女の言った男の名前は、先ほどイスラーグが示したあの非魔血の標的と同じだった。
「そうだね。ちょっと長話しすぎたかもね」
「そうそう、こんなゴロツキにこんなに時間つかっちゃって──バカよね」
セドナとエリオルが無邪気に会話している中でもレヴィが受け続けている衝撃は計り知れないものがあった。
自分が狙うかもしれない非魔血の科学者と彼女たちは何か関係があるのだろうか。
そうだとしたら──完璧に自分は彼女たちの敵に他ならない。
「なあ──」
そんな彼女たちにレヴィは恐る恐る真意を聞いてみた。
「ランクスって──誰?」
「え、それは──」
口ごもるセドナをよそに、エリオルはしれっとした表情で言い放った。
「ランクスはあたしの旦那。あたしこう見えて専業主婦なのよ」
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!
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