7話 不完全魔血の少女
この国は名前のない国だ。
国の名前も魔法帝国とはっきりしないものだし、首都にいたっては本来の都の名さえ忘れて魔血も非魔血も口をそろえて「帝都」としか呼ばれない街だった。
だけど、この町に住む人間はそれを気にするそぶりも見せない。
いまさら国や街に名前をつける気などないのだろう。まるでこの国やこの街の曖昧さを受け入れているようだった。
そんな曖昧で名前のない帝都は自分にとってお似合いの街だな──レヴィは市場街の喧騒に紛れ眼科にそびえる王宮の塔を見つめながらそう思った。
自分はこの国を二分する魔血と非魔血の間に生まれた中途半端な存在。
自分につけられた「濁血」という名前も魔血や非魔血が純血ではないという悪意に満ちた言葉であるに違いない。
だけど、今更自分の中途半端な立場を嘆くことなく「濁血」という差別的な言葉を受け入れている。
皆が疑問を持つこと泣くこの街の名前を忘れたように、自分も疑問を持つことなく帝国の常識を受け入れてしまった。ふと考えてみれば疑問だらけの常識だというのに──
レヴィは深いため息をついて王宮の塔から目をそらしまた活気あふれる市場の道を歩き出した。
一体俺は何のために今までがんばってきたのだろう──思い出されるのは先ほどイスラーグと交わした会話だった。
彼は言った。
非魔血の科学者ランクス・ミシュランを近々消すことになる。それを自分たち魔血専門暗殺者の手でやることになる──と。
やっぱりそんなの間違ってる。レヴィは歩きながら首を横に振るった。
確かにイスラーグの命令はレヴィにとって絶対だ。
イスラーグは自分が所属する暗殺者ギルドの影の首謀者でレヴィにとっては魔法を教えた師でもあった。
彼に逆らって命を落とした者もいると聞くし、彼が決定を下したらもはや実行するしかないのかもしれない。
だけど、レヴィはどうしても非魔血を手にかけることに強い抵抗感を覚えていた。
何故なら彼が暗殺魔法士を目指したきっかけは魔血に対する復讐心だけしかなかったからだ。
レヴィは二人の魔血が憎くて仕方がなかった。一人は自分の母の命を奪った魔血、そしてもう一人は自分の父親である魔血──
彼ら憎しで踏み入れたこの世界。復讐はまだ叶ってないけど魔血から受け継いだ血で魔血を葬ることに一種の宿命を覚えていた。
だけど、それなのに今更ターゲットが非魔血だなんて──
非魔血が好きか嫌いかという問題ではない。
それで自分がただの殺人鬼に成り下がるのをレヴィは強く恐れていた。
暗殺者が非魔血の英雄でいられるのは彼らが敵である魔血を討ってくれるから。
それを非魔血に向けたとたん暗殺者は英雄から殺人鬼に成り下がりたちまち信用崩壊だ。
魔血のイスラーグにはその違いなどわかるはずがないだろう。
彼にとっては暗殺者は人殺しの道具に過ぎないだろうけど使い方だけは間違ってほしくない──そう思ったその瞬間だった。
どん──!
肩に誰かがぶつかった衝撃が走ったのだ。
「あ──ごめんなさい」
「いや──俺のほうこそ」
そういうとレヴィははっとぶつかった相手のほうを振り向いた。
その瞬間レヴィは思わず自分の目を疑った。
そこに立っていたのは浅黄色のショートヘアに忘れもしない金と紫の瞳の短パン姿の魔血の女──
それは昨日ミュラーニッヒ邸で鉢合わせしたあの魔血令嬢本人だったのだ。
「あー!! お前は」「あー!! あなたは」
目が合った瞬間二人ともお互いを指差し同じ言葉をシンクロしたように口走る。
そりゃ相手も驚くに違いない。昨日出会い頭に遭遇した暗殺者にこんなところで再会してしまうのだから──
だが彼女が次にとった行動にレヴィは思わず呆気に取られたのだ
「あなたね! 昨日ミュラーニッヒ卿を殺した暗殺者は!」
彼女は大勢の人のいる前でずけずけとレヴィに迫ってきたのだ。
「ホントにもう──なんてことしてくれたのよ! 誰の差し金かは知らないけど、あんたたち暗殺者が改革派の魔血を殺しちゃうから余計非魔血たちが苦しい立場に追いやられちゃうのよ!そのことわかって──る!」
「黙れよ!」
レヴィはそう言うと食って掛かる彼女の口を思わずふさいだ。
彼女の激高で市場の買い物客の視線をこれ以上こちらを指すわけにはいかなかったのだ。
「とにかく落ち着け。こんなところで喧嘩はみっともないだろ」
口をふさいだ彼女は金と紫の瞳でキッとこちらを睨んでいた。
だが、レヴィには昨日の事件で彼女をそこまで怒らせることをした覚えがさっぱりなかったのだ。
「とりあえず、何に怒ってるか訳を聞いてやるから。とりあえず人気のないところに行こう」
レヴィはそういう口をふさいだまま激しく抵抗する彼女を強制的に近くの路地へと連れ込んだ。
そこで初めて彼女の口を解放するとまるで噛み付かんばかりの剣幕でレヴィに食いかかった。
「何よ! こんな寂しいところにつれて私を殺す気?」
「馬鹿だな──俺はそこまで凶暴じゃないよ」
「嘘つきなさいよ! 暗殺者の癖してなにが凶暴じゃないって? 無差別に人を殺している時点で最凶最悪の殺人鬼よ!」
殺人鬼という言葉にレヴィは全身の血がカッと頭に上っていくのを感じた。
その瞬間、レヴィは鬼気迫る表情で彼女を睨みつけ苦々しく言い放った。
「俺が好きでこんなことしてると思ってるのか?」
「──何が?」
「あんたに俺の何がわかるって言いたいんだ。どこの魔血令嬢かわかんねえけど、知った口たたいて説教するんじゃねえよ!」
そういうとレヴィは悲しげに視線を落とした。
「俺だって──普通に非魔血で生まれたらそんなに魔血を憎むことなどしなかっただろうし、こんな過った道に足なんか踏み入れなかったかもしれない。俺だってこんなこと間違ってると思って──生活するために仕事してるんだよ!」
俺はこの女に何を語っているのだろう──彼女の前で熱くなっている自分をふと省みた瞬間、レヴィはなんだか恥ずかしい気分になった。
どうせ彼女は赤の他人。自分には何も関係ない人間だって言うのに──
「あなたの気持ち──わかるかもしれない」
ぴたっと黙り込んでいた彼女がその瞬間ぽつっと一言つぶやいた。その言葉にレヴィは真っ赤な瞳を見開いて彼女を見た。
「だからわかったふりするなって──」
「違うの! あなた、自分は非魔血じゃないって言ったよね? ということは──」
「──そうだよ」
レヴィは彼女から顔をそらし言った。
「俺は半分魔血なんだ」
「やっぱり──」
「それ聞いて何が言いたいんだよ」
そういうとレヴィは彼女を訝しげににらみつけた。
「あんたも俺が濁血だからって言って差別的に見ている魔血か? そんなので同情されたら俺も終わりだな」
レヴィはそう苦々しく笑うと彼女から顔を知らしその場から去ろうとした。
だがそれを阻んだのはレヴィの手に触れ合った彼女の手であった。
「あなたも私のことを何にもわかってないわ」
「何──?」
「あなたこそ私のことを完璧に間違った意識で見てるわ。それなのにあなたを差別してるって──?全然わかってないのに知った振りしてなんてこっちが言いたい台詞よ!」
そういうと彼女は金と紫の悲しそうな瞳でレヴィを見つめて言った。
「私は魔血なんかじゃない。魔血のようなふりした魔法の使えない非力な女よ」
「え──?」
どういうことだ──?
レヴィはそう言いかかった瞬間、彼女は感情を露にしてレヴィに言い放った。
「私はいわゆる不完全魔血ってやつよ」
「不完全……魔血?」
「そう、魔血たちからしてみれば生まれつき魔法の血がない欠陥品しか見えない子供よ。だけどねえ、私はあなたみたいに自分の生まれ持った境遇を卑下したことは一度もないわ。中途半端で生まれたのも──何かの宿命があって生まれたんだって思うようにしてるわ」
その言葉にレヴィは反論する言葉がまったく浮かばなかった。
何だろうこの女は。魔血でも非魔血でもないのにどうしてこんなに強くいられるのだろう──
そう思うとレヴィは目の前にいる不完全魔血である彼女の存在がだんだん大きくなっていくことを感じた。
それと同時に生まれる疑問──どうして彼女は昨日ミュラーニッヒ邸にいたのだろう?
不完全魔血の彼女が火と風の重要な婚約発表の場に招待されたとは思えないし、一体何の目的があって昨日あの場にいたのだろう?
「ちょっと、あんた──何してんのよ!」
路地裏に低い女の声が響いたその瞬間、レヴィは背後から何者かに押し倒された。
はっと目を見開き相手を見ると、そこには一人の非魔血の女が鬼気迫る表情でレヴィを金色の瞳で睨みつけていた。
その手口は見事と言わざるを得なかった。
現役の暗殺者であるレヴィに悟られることなく背後を取り、細身で決して大柄でもない体ひとつで完璧に制圧してしまうなんて──只者の仕業ではない。
「誰だよッ!」
「そっちはこっちが聞きたいね」
そういうと金色の瞳をした非魔血の女は身も凍るような冷たい瞳でレヴィを見下ろした。
「あたしが少し目を話した隙にあんたセドナになんのちょっかい出そうとしてたの!? ええ?言ってみなさいよ」
はあ──!? その言葉にレヴィは顔色を変えて彼女を睨み返した
「馬鹿は休み休み言えよ。先に口出ししたのはアイツのほう──」
「エリオル。放してあげて」
その言葉にレヴィははっと目の前の不完全魔血の女を見た。
彼女はどこか申し訳なさそうな顔をしてレヴィを見つめていた。
「彼は悪い人なんかじゃないわ。だから放して」
「でもさあ……あんたコイツに襲われてたじゃん」
「いいの。この人放しても私たちには危害は加えないわ」
そういわれて非魔血の女はしぶしぶレヴィを押さえつけていた腕の力を緩めた。
その瞬間レヴィは彼女の手を乱暴に振り払うと、キッと彼女を睨みつけた
「一体あんたたちは何者なんだ」
「何者って──」
「まずそこの白い女! あんたは魔血じゃないのに昨日ミュラーニッヒ邸でドレス着て歩いてた──それって完璧に魔血たちに招待されたものなんかじゃないよな?」
レヴィのその言葉に不完全魔血の女はたじたじになった
「──そうだけど」
「それにそこの黒い女」
「何? あたし!?」
次にレヴィに指差された非魔血の女は少し怒ったような顔をした。
「あんた、俺によくもまあこんなザマさせてくれたな。それに気配の消しようにあの腕力──どう見ても普通の女のなせる業じゃない」
その言葉に非魔血の女は少し得意げな顔をしてレヴィを見下した。
「まあね、確かにあたしそんじょそこらの女とは違うのは認めてあげるけど──」
「とにかく! あんたたちは何の目的で動いてる組織なんだ! それだけはっきりさせてくれ」
その言葉に不完全魔血の彼女は一瞬戸惑いを覚えたが、すぐにレヴィの顔をまっすぐ見て言った。
「いいわ」
「ちょっと──」
その言葉に非魔血の女は彼女に駆け寄りひそひそと耳うちした
「こいつ大丈夫なの? もしかしたらあたしたちの敵になる相手かもしれないのよ」
「それは彼の話を聞いてみないとわからないわ」
「じゃあ、やめときなって。関わらないほうがいい相手だよ」
「たぶん大丈夫よ」
そういうと彼女はにっこりと笑顔を浮かべた。
「話し合ってみなきゃわかんないでしょ。敵か味方かなんて──それに、私も彼のことが知りたいなって思った──ただそれだけよ」
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!
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