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6話 烈火の剣聖
 アイリスは母シエラのヒステリックな叫び声ではっと目を覚ました。 

 まただわ──毎日朝に響き渡るその声はいつもの日常に引き戻されたようでアイリスはとにかく憂鬱でたまらなかった。

 できることなら母のヒステリーが解けるまで部屋から出たくないと思いたいところだけど、いつものことだ。ここで女中が来て「お嬢様助けでください」と泣きついてくるに違いない。

 アイリスはベッドから出ると誰に言われることなくてきぱきと身支度をし始めた。

 女中が駆け込むまでのわずかな時間を使ってアイリスは最低限人に見られていい格好に身づくろいする。

 これも悲しいかなティアマート家での朝の日常だった。

 そして、彼女が思ったタイミングで女中の駆け足の音は彼女の部屋に近づいてきた。そしてわずかなノックにアイリスはあせることなく対応した。

「お嬢様大変──!」

「わかってるわ」

 非魔血の女中が扉から飛び出すと同時に、長いローズ色の髪をゆるく三つ編にし、美しいワンピースに着替えたアイリスが堂々と立ちはだかっていた。

「あなたもいい加減なれたらどう? 私なんて物心ついたときからこんな生活よ」

 アイリスは女中にそう毒づくとしっかりとした足取りで部屋を出た。

 シエラがなぜ朝になるとあんな叫び声をあげるのか、理由は彼女の夫であるケンヴィードにあった。

 ケンヴィード・セラフ・ティアマートはこの魔法帝国で知らぬものはいない凄腕の魔法剣士だ。

 先の大戦で英雄的な活躍を果たしついた名前は『烈火の剣聖』。その上、今は火の属性派閥の宗主として政治的な意味でも魔法帝国に与える影響の大きい人物でもあった。

 それ故に、現在ケンヴィードはとても多忙な日々を過ごしている。

 昼間は大臣としての執務、夜は派閥の会合──そんな中、彼が家族と過ごす時間はほんの僅かしかない。
 しかし、その貴重な時も決して穏やかで暖かな空気には包まれてなどいない。

 もしかしたら多忙な父にとって一番苦痛な時間かもしれないとアイリスは思っていた。

 何故なら──父と母が顔を合わせるこの朝が、ティアマート家にとって一番殺伐とした空気に陥ってしまう時間なのだから。

「本当にあなたってわからず屋ね!」

 アイリスがリビングに入ろうとしたその瞬間母の殺気じみた声が彼女を貫いた。

「いい! 昨日発表する予定だったアイリスの婚約はあなたにとって大事な意味がありましたのよ。火の象徴であるアイリスと風の象徴であるジェイナスが結ばれることによってあなたは風の皆様方の更なる支持が得られて、帝国宰相の座も近づくはずでしたのよ!」

 またそのことでもめてる──

 シエラの演説を聞いてアイリスはリビングの中に入るのを思わずためらった。

 ティアマート家は火の王家の末裔とされる名門であるが、実は母シエラは風の血から嫁いできた人間であった。

 その関係だろうか──火の父と風の母の間には何か深い溝が横たわっているように思えてアイリスは何とも重たい気分になった。

「まあな……お前の言いたいことはわからぬではない」

 怒り心頭のシエラをよそに彼は大きな体をソファーにもたれさせ指先に赤い火を灯し煙草に火をつけた。

 きれいに撫で付けられたローズ色の髪に時々鋭さを見せる真紅の瞳。

 いつも丁寧に整えられたひげで何とか年相応に見えるけど、一瞬何歳も若く見える自分の父ケンヴィード。 

 アイリスはそんな堂々とした父を見た後に泣き喚く母の姿を見るとどうしても滑稽に見えてならなかった。

「わかっているなら、何で昨日ミュラーニッヒ邸にいらっしゃらなかったのですの」

「俺はこれでも忙しい身なんだ」

「娘の婚約発表ですのよ! 父親として無責任ではありませんの?」

「そう思うなら思えばいい。俺はああいう場が嫌いなだけだ」

「まあ、本当にあなたって人は──」

 ケンヴィードのその一言にシエラはあきれたような声を上げた。

「第一昨日、あの場にあなたさえいてくれたらミュラーニッヒ卿を殺した暗殺者などあなたの手で一刀両断できたでしょうに」

「さあ、それはどうかな」

 そういうとケンヴィードは煙を深く吐きシエラを冷めた目で見つめた。

「今回侵入してきた暗殺者は魔法を使ったって話ではないか。そう簡単にやられるものかな」

「馬鹿いわないで! 烈火の剣聖の名が聞いて呆れますわ!」

 そういうとシエラはいきり立ちケンヴィードをにらみつけた。

「いいです! 今度改めてアイリスの婚約発表をやりますからそのときはあなたも絶対出席して頂戴! これは命令ですわ!」

 シエラはそう言い放つとカッと踵を返しリビングから勢いよく出て行き、そんな彼女を引き止めることなくケンヴィードは冷たく黙ったまま彼女を見送った。

 どうしていつもこうなるんだろう──父と母のやり取りを隠れて聞いてアイリスは何とも言えない悲しい気分になった。

 いくら名家に生まれ何もかもにも恵まれていても家庭の温かさを知らなければ幸せでもなんでもないじゃない──

 今まで両親の不仲にも強く当たろうとしていたアイリスがそれを思った瞬間、脆くも崩れそうになった。

 だけど──それを食い止めたのは背後に響いた父の声だった。

「そこで何を聞き耳を立ててるんだ? アイリス」

 ケンヴィードのその一言にアイリスはびくっと崩れそうな背筋を伸ばした。

 父の声に別に恐ろしさというものはないけれど、空気をピリッと張り詰めさせるような緊張感が常に感じられた

「別に聞き耳立てていたわけじゃないんだけどさ」

 そういうとアイリスは引きつった笑みを浮かべながらケンヴィードの前に出た。

「たまたま耳に入っちゃった──って感じかな?」

「そうか」

 そういうとケンヴィードはため息混じりに煙を吐き苦笑した。

「見苦しいところを見られてしまったな」

 ケンヴィードのその苦々しい笑顔にアイリスは父の優しさを見たような気がした。

 だがアイリスはそんな優しさを素直に受け入れられず、また引きつったような無理な笑みを浮かべた。

「気にしないで。いつものことだし」

「──そうか」

「うん」

 そうは言ったもののアイリスはいつもそのことで気を病んでいるのは明らかだった。

 だけど、それを父に悟られないようにアイリスは無理をしてでも明るくしようと勤めようとした。

「それよりもね、お父様──」

 アイリスはそういうとケンヴィードの隣に座った。

「ん?」

「お母様から聞いた? 昨日の暗殺者のこと」

「ああ。お前、そいつとばったり出会ったとかいうじゃないか。全く──外に出て危険だと思わなかったのか?」

「だって──」

 そういうとアイリスは胸にかけたサラマンダーのペンダントを手に取った。

「お父様にもらったこのペンダント──無くしちゃダメだと思ったから……」

「それくらい後々ミュラーニッヒ邸の者に探させればよかったものの──」

「でもね。その暗殺者もこのペンダント見て──なんか驚いてたよ」

「え……?」

 その一言にケンヴィードは訝しげな表情を浮かべアイリスを見た。

「私は最初、あの暗殺者はきっと金目になるものを拾ったとばっかり思ってた。だから余計アイツにこれを取られるのに余計ムカついちゃったの──でも違ってた。アイツあっさり私のペンダントを返してくれたんだ。それで──」

 アイリスはじっとペンダントを眺めながら昨夜のことを思い出した。

 衛兵たちが現れると同時に窓を突き破って庭に逃げた暗殺者。

 アイリスは思わず窓に駆け寄り暗闇に目を凝らし彼の姿を探した。

 その時、彼は庭の中に立ちすくんで真っ赤な瞳でアイリスをしばらくじっと見つめてた。

 自分の胸にかかるペンダントをぎゅっと握り締めて──

「まあさ、何でアイツが私のペンダントに反応して、わざわざ返してくれたのか──考えたって仕方ないわよね」

 そういうとアイリスはペンダントから手を放し父の顔をチラッと見た。

 隣に座っているケンヴィードは煙草をくわえたままただ一点だけぼーっと見つめていいた。

 アイリスはそんな隙だらけに見える父を初めて見た。

「お父様──どうしたの?」

「いや──」

 そういうとケンヴィードはすっと立ち上がると机にあった灰皿に煙草を押し付けた。

「ちょっと野暮用を思い出してな……」

「ええー!ということはちゃんと話を聞いてなかったの?」

「すまんな」

 そういうとケンヴィードはアイリスに向けて申し訳なさそうに微笑みそして顔を背け言った。

「その暗殺者、俺も会えるだろうか?」

「え──?」

「ちょっとした好奇心だよ。暗殺魔法士っていうのを間近で見たいっていう──ね」
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!


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