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5話 絶対零度の男
 これが父親の元に誘ってくれる──か

 燦々と朝の光の入る美しいバルコニーの柵の上に座りレヴィは母から譲り受けたサラマンダーのペンダントをじっと見つめた。

 そのたびに頭をよぎるのは母の最期の姿とまだ見ぬ父親のおぼろげな影だ。

 暗殺魔法士レヴィ・レクスターは魔法の使える白い民魔血と魔法の使えない黒い民非魔血の間に生まれた混血児。

 故に非魔血と同じような褐色の肌でありながら、魔血と同じように魔法の血も存在する──この魔法帝国で最も忌まれる濁血(にごりち)と呼ばれる存在であった。

 自分の父親が魔血であることはずっと昔の幼いときに知った

 あの時は自分にほしくもない魔法の血を与え、母を捨ててのうのうと生きている父親が憎くて仕方がなかったけど、今はどうとも思っていない。

 嫌だった魔法の血も今じゃ自分の武器として使っているし、それを使って逆に魔血を殺している。

 今更父親になんか会っても仕方がない──このペンダントを見るたびに最近はそう思うようになった。

 あの時は憎かった対象は名前も知らないまま今じゃ標的(ターゲット)としてレヴィの前に立ちはだかっている。

 もし会うとしたら確実に敵として対峙するしか叶わないであろう。それが自分に架せられた宿命(さだめ)だ。

 だけど、その気持ちが昨日のあの事件でちょっとだけ揺らいでいた。

 レヴィの前に現れた同じペンダントを持つ魔血令嬢──

 一体彼女は何者なのだろう? 何故俺と同じペンダントを持っているのだろう?

「何だ──そんなところにいたんだ」

 その背中に氷を当てられたような冷たい声にレヴィはびくっと振り返ると、そこにはすらっと背の高い軍服の魔血の男が立っていた。

 降り注ぐ陽の光でかれの銀髪は白く輝き、青と緑のオッドアイの瞳は笑っているけどその奥でレヴィを鋭く突き刺しているようだった。

「着てるなら着てるって言えば僕もわざわざ外に出なくてもよかったのに」

「何であんたにわざわざ挨拶しなきゃいけないんだ」

 そういうとレヴィは反抗的に彼に向かってそっぽを向いた。

「そうだったね。君は僕に使われているだけだもんね──武器は喋らないっていうのが君の理想ってわけか」

 彼の冷たい一言にレヴィは胸のうちにずしりと重たい腹立たしさを覚えた。

 この男──イスラーグ・ジェラールは帝国軍ナンバー2の大佐で別名「絶対零度の男」と呼ばれている

 しかしそんな要職にありながら裏では非魔血たちの暗殺者ギルドを組織させて自分の意にそぐわない魔血たちを彼らの手によって殺害させている張本人なのだ。

 レヴィもその中の一人ではあるが自分が濁血であるが故、イスラーグは何かと特別に扱われているような気がしてならなかった。

「まあ、ともかく……昨日の仕事は見事だったよ」

「途中、犯行を女に見つかって大変な目をしたけどな──」

「でもちゃんと結果は出てるじゃないか。ミュラーニッヒ卿は葬れたし、昨日の夜会も君のおかげでぶち壊しだ」

 そういうとイスラーグは乾いたような高笑いをあげた。

「昨日の夜会はそんなにあんたにとって目障りだったのか?」

「それは当たり前さ。昨日の夜会で火風同盟が強化される婚約が発表されるところだったんだ。これ以上彼らの力を強くされてもらうとこちらは何かと手こずるからね」

 そうだった。イスラーグは火や風と対立する水の血の魔血だった──レヴィはそれを思い出すとますます何か重たい気分になった。

 水の血の魔血であるイスラーグの配下にいる故にレヴィの刃は自然に彼と対立する火や風の魔血に向けられてしまう。

 きっとその中には自分の父親も含まれていることだろう。

 もしかしていつの間にか敵として立ちはだかり知らず知らずのうちに殺していたかもしれない──そう思うとレヴィの気持ちは自然と深く沈んでいった。

「どうしたの?」

 隣で黙りこむレヴィをイスラーグは不思議そうな顔をして覗き込んだ。

「昨日何か問題でもあったのかい?」

「いやなんでもない……」

 そう言ったままレヴィはまた手に握ったペンダントをじっと見つめた。

 そしてしばらくの沈黙の後、レヴィはイスラーグにそのペンダントを見せて言った。

「あんたさ……これに見覚えある?」

「ん──?」

 そういうとイスラーグはチラッとそのペンダントを見た後、冷たくはき捨てるように言った。

「──さあ、見覚えないね」

「そっか」

「それよりどこでくすねてきたんだい。こんな代物──」

「あんたに聞いた俺が馬鹿だった!」

 その言葉にレヴィは激しく憤慨し持っていたペンダントを握り締めて隠した。

「何だ、ちょっとからかっただけなのにそんなに怒ることじゃないか」

「うるさい!」

「そんなことよりもさ……次の依頼のことを相談したいんだけどさ」

 そんなの知るか!という言葉が喉元まで出かかったが、レヴィは寸でのところでそれをごくっと飲み込んだ。

 彼は重々わかっていた。この男に逆らうことなどできないということを。

「君はランクス・ミシュランって男を知ってるかい?」

 イスラーグのその一言にレヴィはそっぽを向いたまま不機嫌そうに答えた。

「聞いたことない名前だな。どこの魔血だよ」

「──いや。非魔血だよ」

 その一言にレヴィの顔色は変わり怪訝そうな瞳でイスラーグのほうを振り向いた。

「非魔血だって?」

「そう。ランクス・ミシュラン──非魔血で初めて魔法科学研究所に採用された助手であり今ではフリーの科学者として魔血中心の学会に新風を送っている張本人さ」

「ふーん……」

「あれ? なんか興味なさげだね」

「だって学者ってあんまり好きじゃないし、第一非魔血だろ? 俺の対象外の相手だなと思って──」

「でもね……僕にはこの男が邪魔なんだ」

「何で?相手は非魔血の学者風情だろ? 軍部のお偉いさんのあんたが目の敵にする相手じゃないだろ」
「それがね、そうも言ってられないんだよ」

 そういうとイスラーグはバルコニーの柵にもたれかかると恐ろしく冷たい緑と青の瞳でじっと空を見た。

「彼は非魔血が手を出してはいけない魔法の血の研究に手を染め始めたんだ。これがどういう意味かわかるかい?」

「さあ……?」

「僕たち魔血にとって魔力を生む源である魔法の血はアイデンティティの塊みたいなもんだ。故にその研究は秘密を順守できる魔血の血液医にしか許されない。もしこの世界に非魔血という異物が入ってきたら魔血はどう思う? 自分たちの誇りを非魔血の汚い足で踏み荒らされると知ったらたまったもんじゃないよ」

 イスラーグのその説明はレヴィが心から納得できるものとは到底及ばなかった。

 無理はない。自分は魔血でも非魔血ではないのだから。

 魔血のアイデンティティが踏みにじられるとかそんなたいそうな話など濁血であるレヴィには到底理解しがたいものがあった。

「それでね、レヴィ」

 イスラーグはそう言うと冷たい槍で射抜くような目でレヴィを見た。

「僕はある人の頼みで近々彼を消さなくてはならなくなったんだ」

「え……?」

 その言葉にレヴィは一瞬言葉を失った。

「これ以上、彼が魔法の血の秘密を暴くのは僕たち魔血にとって不利益だと判断したらしい」

「ちょっと待てよ」

 その一言にレヴィは思わずイスラーグをにらみつけた。

「まさかそのことをうちのギルドに頼もうとかあんた思ってなんかないだろうな?」

「──そのつもりだけど?」

「冗談じゃないぜ」

 そういうとレヴィははき捨てるように言葉を続けた。

「俺も含めてだけど──ギルドの奴らは一応魔血専門の暗殺者として雇われてるんだぞ。それなのに、何の力も持たない非魔血の学者風情を標的にするなんて──認められるか」

「それは君が決めることじゃない。僕が決めることだ」

「そうだけど──」

「それに、同族である非魔血の暗殺者からクレームが来るのならわかるけど、君は別に非魔血をかばい立てる必要なんてないと思うよ」

「───!」

 その一言にレヴィは思わず絶句した。その言葉に反論する言葉がまったく見つからなかったのだ。
「僕は君がここに来るまでの道のりは知らないけど、君が半分魔血だということは非魔血からも相当差別を受けたんじゃないかな? もしかしたら魔血よりも露骨に嫌われたかもしれないね」

「黙れ──」

 そういうとレヴィはイスラーグを鋭くにらみつけた。

「魔血のあんたに俺の何がわかる。差別も偏見もない世界で生まれてきたくせに──何がわかるんだ」

「そうだね。僕は濁血の君の気持ちなんてわからない」

「ふざけるな──だったらわかったような口ぶりでそんないい加減なこと言うな……」

「ふーん……」

 レヴィのその一言にイスラーグは冷めたような目で彼を見た。

「その態度じゃ僕の言ったことはさほど間違ってないってわけだ」

「───」

 その言葉にレヴィはあえて答えずイスラーグから目をそらした。

「まあいいや、この件はとりあえず保留ってことにしよう」

 そういうとイスラーグは踵を返し部屋のほうへ戻ろうとした。

「でも、これでも僕も君と同じである人に雇われていてね──その方の命令は逆らえないんだ」

「そんなの俺は関係ない」

 そういうとレヴィはもう一度イスラーグを睨み返した。

「あんたが何を言おうと俺は非魔血には手を出さない。俺は俺に魔法の血を与え俺から母さんを奪い取った魔血って民族が憎くて仕方がなくて暗殺者になったんだ。それを──今更……変えられないよ」
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!


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