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29話 父親
 レヴィが連れてこられたのは森の中にひっそりと建った別荘であった。

 しかし名門貴族の別荘でありながらそこにはあまり人気が感じられず、部屋もどことなく薄暗く埃っぽさを感じた。

 きっとあの男はこの屋敷に来るのは稀なのであろう。

 静寂と薄闇に包まれた部屋の中、レヴィは逃げられないように両腕を縛られたまま一人地べたに座らされていた。

 俺もついに最期の時がきたか……

 薄闇を切り裂く窓からの柔らかな遮光を見つめながら、レヴィはポツリとそう思った。

 よく考えてみると、今までよくここまで生きてこられたものだ。

一度は主であるイスラーグの怒りを買い一度は捨てられかけた自分の命。

だが、知らず知らず再び暗殺魔法士として活躍し始めまた自分は命の危機を迎えている。

一体、何が好きでこの世界に戻ったのだろう──

 ランクスには自分が後悔しないためといって出て行ったけど、結局この道が自分にとって後悔しない道だったのだろうか?

 それを思うと後悔しないはずだった気持ちが少しだけ揺らぎそうになったけど、今更後悔したって──もう遅い。

 俺は烈火の剣聖に敗れて囚われてしまったのだ。後はあの男の思い通りにしか道は進まない。

 あの男は話が聞きたいといって焦らすけど、生かすも殺すもどうなってでもいい。早く自分を自由にしてくれたらそれだけでいいとレヴィは思った。

だが──唯一自分の生存権を握っているあの烈火の剣聖がレヴィの前に現れるのにはかなりの時間がかかった気がした。

最初は直線的に入っていた遮光も見る見るうちに角度が低くなり赤く染まっていく。

 一体、どれだけ待たせる気なんだ?

 待たせれば待たされるだけレヴィにとって生きた心地のしない時間が刻々と過ぎていく。

 正直言えば、どんなに酷い暴行よりも今の放置されている時間の方がレヴィにとっては最大の苦痛にさえ思えた。

 そして窓から入る赤い遮光が見る見る弱まり部屋の闇も濃くなったころ、あの男は急にレヴィの部屋に入ってきた。

 コツンコツンとブーツを鳴らしゆっくりと自分の方へと近づくケンヴィードをレヴィは憎しみをこめた瞳で睨み付けて堰を切ったようにわめき出した。

「一体──あんたは何が目的なんだ!! 殺されると思ったらこんなにも生かされて待たされて──俺は本気で気が狂いそうだったよ!」

 今まで待たされた鬱憤を吐き出すかのようにわめき散らすレヴィを矛先であるケンヴィードはじっと押し黙って彼を見下ろしていた。

 彼と同じ色のその瞳はどこか柔らかく優しい印象を与えるものであった。

「俺は死んだも同然の人間なのはわかってるだろう。だから──一思いに殺してくれよ!! 俺はもう……覚悟はできている──!」

 レヴィがそう言った瞬間ケンヴィードは何を思ったか彼が首からぶら下げているペンダントをぎゅっと掴み取った。

 それを見てレヴィは抗議の言葉を失うほかなかった。

「これは、一体どこで手に入れたんだ?」

 赤いスピネルに銀のサラマンダーが巻きついたレリーフ──それをしげしげと見つめケンヴィードはボソッと一言そう聞いた。

 それを聞いてレヴィははっとあることを思い出した。

 そう、この前彼の一人娘であるアイリスに会ったとき知った事実。このペンダントのレリーフはティアマート家の紋章であるということを──

 それを思いついたその瞬間にはレヴィは馬鹿にしたような笑みを浮かべケンヴィードを見上げた。

「このペンダントが盗品だって言いたいのか?」

「いや……そうは言ってないが」

 その切り替えしにケンヴィードは困惑の表情を浮かべたが、レヴィは懐疑的な目をしてケンヴィードを睨んだ。

「うるさい。魔血はみんなそう言って俺の母さんを疑うんだ。だから俺は──そんな魔血なんて大嫌いなんだ」

 そういうとレヴィはケンヴィードから顔をそらし顔をうつむけ言葉を続けた

「だけど俺は信じているよ。母さんはそんなことしない人だって……俺にこのペンダントを形見として渡してくれた母さんだけは俺が信じなきゃ──死んだ母さんに申し訳がない……」

 その言葉を聞いてケンヴィードはさらに動揺の表情を浮かべて、すっとレヴィの前に跪いた。

 そして彼の視線をまっすぐ見つめ一言聞いた。

「お前の母の名前は……?」

「え……?」

 その一言にレヴィは困惑したように顔を上げた。

 目の前のケンヴィードはなんとも痛々しいようなものを見るようにレヴィに視線を合わせていた。

「あんたがそれを聞いてどうするんだ」

 それを見てレヴィは馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「俺の母さんは見てのとおり非魔血であんたには関わりのない相手だろう」

「いいから……言え」

 それをはぐらかそうとするレヴィをケンヴィードは険しい表情を崩さずに催促した。

 それを見てレヴィはしぶしぶながら自分の母の名前を言った。

「ユノ……レクスターだよ」

「ユノ──」

 その名を聞いてケンヴィードはうつろな表情でその名を一言呟き、そしてゆっくりと瞳を閉じて黙り込んだ。

 そして、しばらく思案にふけった後、何かを悟ったようにまたゆっくりと目を開くとすっと立ち上がった。

「そうか……わかった」

 レヴィの耳にはケンヴィードの何気ないその言葉がとてつもない重さを秘めているように思えてならなかった。

 母の名前を聞いて一体何がわかったっていうのだろう。何をそんなつらい顔をするのだろう。

 その一言だけではわからずじまいのレヴィの前でケンヴィードは深いため息を一つ吐いた。

 そして次の瞬間、彼は思わぬ行動に出た。

 ケンヴィードは何も言わないまま黙々とレヴィの縄を解き始めたのだ。

「──何をするんだ!」

 ケンヴィードの予想外の行動にレヴィは激しく動揺しその手を図らずも振り払った。


 だがケンヴィードはそんな彼を見ても表情一つ変えることなく一言言った。

「お前を……逃がす」

「何──」

 その一言にレヴィは驚愕した。

 一体この男は何を心変わりしたというのだろう。

 仲間を狙った暗殺者である自分を捕まえておいて今更になって逃がすなんて──悪い冗談だろうとしか言えなかった。

「──理由を聞かせろ」

「理由?」

「そうだ、もともと憎むべき敵である俺を逃がす理由だけは教えろ!そうじゃないと……なんか居心地が悪い」

 その一言にケンヴィードの動きがぴたっと止まった。

 背後にいる彼は一体どんな顔をしているのだろうか──レヴィは少しだけそれが気になったが何故か勇気が出ずに振り向くことが出来なかった。

「──そのペンダントに聞いてくれ」

 烈火の剣聖はかすれそうな声で一言そう呟いた。

 その一言にレヴィははっと勢いで後ろを振り返ってさらにケンヴィードに噛み付いた。

「どういう意味だよ! 教えてくれよ!」

「お前の母親が……最後に言ったことを思い出せ」

 その答えにレヴィが驚愕したその瞬間、レヴィの自由を奪っていた縄ははらりと解けた。

 ケンヴィードはそれ以上多くは言わずにすっと立ち上がると彼を直視することなく背を向けた。

「まさか……あんたが?」

 レヴィは突きつけられたその事実に向き合わなければならなかった。

 だが、目の前に答えはあるのにそれを拾う勇気がどうしても出ない。

 レヴィはぎゅっと母の形見のペンダントを握り締めるとケンヴィードに背を向けゆっくりと立ち上がった

 部屋の静寂の中、耳に響き渡るのは母と交わした最期の言葉──

『そのペンダントがあなたをお父さんの元に誘ってくれる。だから──それを大切にして……』

「答えを聞くのが怖いか?」

 戸惑うレヴィにケンヴィードは一言そう聞いた。

 だが彼もレヴィのことを直視することはない。お互いに背を向けたままぽつりぽつりと会話するだけだった。

「その気持ちよくわかるよ。俺も……事実を受け入れることに戸惑ってるんだ」

「じゃあ──!」

「ゆっくり……その事実を考えてほしいんだ。今すぐ答えを出せなんて俺は言わないし、俺だってそんなこと……出来ない」

 その一言にレヴィは反論する言葉を失った。そして悔しそうに唇を噛み黙ったまま怒りをこめて拳を握り締めた。

「俺のことを逃げるばかりする情けない魔血の父親だと思いたければ思えばいい。殺したいほど憎いのならば今度会うとき俺の命を奪いに来てもいい。だけどこれだけは覚えていてほしい。俺はお前を殺したくないからお前を逃がす──縄を解いた理由はそれだけだ」

 レヴィに突きつけられた真実はどんな刃よりも残酷で苦痛を与えるものだった。

 きっとケンヴィードだって自分に同じ刃を突きつけられて動揺しきっているに違いない。

 だけど……それからどうにかして避けようという本能が働いているというのだろうか。

 レヴィは目の前にある真実を直視することができないまま、ぎゅっと拳を握ったままその場から走って逃げ出した。

 そしてそれは、堂々としていたケンヴィードも同じであった。

 レヴィが去った後彼は部屋の中に一人残り、ジャケットのポケットの中からあのサラマンダーのペンダントを取り出した。

 そして、それをぎゅっと胸に近づけて握り締めて一言その名を愛おしく呟いた。

「ユノ……」
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!


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