25話 セドナが好きだ
あの戦いで傷ついたセドナをランクスの家に運びベッドの上に寝かせた後、レヴィは深い眠りにつく彼女の傍らを離れることは絶対にしなかった。
冷え切った彼女の手を自分の体温で暖めているようにしっかりと握り締め、レヴィは必死でぶつぶつと何か呪文を唱えていた。
「我が血に棲まう火の『蛇』よ──傷ついたかの者の傷を癒せ……」
レヴィは一生懸命おぼろげに覚えていた治癒魔法の呪文を何度も唱えたが、彼の手のひらからは癒しの光は一向に発せられない。
やっぱり、ダメなのか……
レヴィは絶望を吐き出すようなため息をついて悔しそうに俯いた。
そういえば自分は一度も治癒魔法の方法をイスラーグから習った覚えがない。
使い捨ての武器でしかない自分には癒すことなどいらないとでも思ったのだろうか──習ったものは人を傷つけるだけの魔法ばかりだ
「無理はするなよ」
ベッドの奥にある机に向かい薬を調合していたランクスが、その様子を見かねて一言言った。
「君は火の血を受け継いだんだっけな……確か火の血は元来治癒魔法を使うのが苦手な種族だと聞いたけど?」
「──なんで非魔血のあんたがそれを知ってるんだ」
「まあ、暇つぶしで読んだ魔導書にそんなことが書いてあったのを覚えてただけなんだけどな」
「それ、暇つぶしで読むような本か?」
そう言うとレヴィは苦々しい表情でランクスを見た。
この男には世の中で知らない知恵などないのだろうか──あまりの凄い博学に呆気に取られるしかなかったのだ。
「まあ、ともかく治癒魔法が使えないのなら、無理して使うことはないよ。俺たち非魔血だってちゃんと魔法に対する防衛策や治療法は確立してるんだ。だてに五〇〇年間虐げられているわけじゃないぜ」
そういうとランクスは調合を終えた薬をセドナの元に持っていき、それを湿布に塗って患部に張り当てた。
それに彼女は一瞬苦しそうな表情を浮かべたが、またすぐに安らかな顔をして眠りについた
「一体、何でセドナは俺なんかに付いてきたんだろう」
レヴィはそう言うとセドナの手をぎゅっと握り締めながら、苦しむ彼女の顔をいとおしげに見つめた。
「さあ……それは俺にもわからん」
そう言うとランクスは近くの椅子に深く腰掛けため息をついた。
「ただ一つ──言えることは彼女は君の事をいたく心配していた。それだけしか──理由は思いつかない」
「俺を──心配していた?」
まさか。レヴィはその言葉にふっと呆れたような笑顔を浮かべた。
本当に馬鹿な女だ。自分みたいなろくでなしを心配してこんな大怪我してしまうなんて──本当に救いようがない。
だが、そう思う一方でレヴィの目には自然のうちにうっすらと涙が浮かんでいた。
自分なんかのせいでセドナはこんな傷を負ってしまったと思うと──なぜかとても悲しくて仕方なかったのだ。
「どうした──?」
ランクスのその一言にレヴィははっと我に返り、涙を見せないように彼から視線をそらした。
「いや。なんでもない」
そうは言ったものの、レヴィの心の中はセドナに対する言葉にならない熱い感情で埋め尽くされていた。
何だろう、この気持ち──レヴィは思わず胸に手を当て、高鳴りきった自分の胸の鼓動を感じた。
間違いない。俺はセドナのことが好きだ。
信じられないけど、こんな無鉄砲でお節介な女に自分は生まれてはじめての恋心を抱いている。
こんな気持ちになったのはいつからだろう。最初こそあんなに嫌っていたセドナをこれほども愛するようになったのは──
それさえもわからないままレヴィは彼女を知らず知らず愛していたのだ
「でも……」
重々しい沈黙が包み込んだ部屋の中、レヴィは低くボソッと呟いた。
「セドナを怪我させたのは──結局俺の力不足が招いた結果だ。俺が情けないから……」
悔しそうにその言葉を何度も呟きながらレヴィは膝に置いた手をぎゅっと握り締めた。
そうだ。あの時、俺がセドナをちゃんと守ってやれたらセドナはこんなことにはならなかった。
そう思うとレヴィの瞳から再び涙がこぼれ落ちた。
「そう、自分を責めなさんな」
そんなレヴィの姿を見てランクスは深いため息を一つついて言った。
「彼女が君のところに行くと言ったとき俺は彼女に後は自分の責任だって言ったんだ。セドナだって君のせいで傷ついたなんて──思ってもいないだろう」
「だけど……」
「それよりも、今、君が考えるべきは今後のことじゃないのか?」
ランクスのその一言にレヴィは泣きはらした目をはっと上げた。目の前の彼は真剣な表情でまっすぐ自分を見つめていた。
「エリオルから事情をすべて聞いたが──今回のことで君は図らずも上司である人間と対立する道を選んでしまった。それはちゃんと自覚しているね?」
「──ああ」
レヴィはランクスのその一言で一気に現実に引き戻されたような気分になった。
あの時は一心不乱で何も考えず行動していたけど、よくよく考えてみたら自分は取り返しの付かないことをしてしまっている。
標的であるランクスたちを助けてしまうどころか、イスラーグ直属のイエロ・ティグレにさえ大打撃を与えてしまった。
そんな自分をイスラーグが許すはずもない。きっと今頃烈火のごとく怒っているにちがいない──
「それで、これからどうするつもりなんだ」
「それは──」
「決めてないならそれでいいよ。こう言う選択は頭を冷やしてからでも遅くはないだろ」
ランクスはそういうとにやっとおどけたような笑みを浮かべた。
「でもさ、逃げるにしろ立ち向かうにしろ君の人生は君自身が切り開かなければならないことはちゃんと頭に入れておいてほしいんだ。どうせ最後を迎えるのなら──悔いのない終わり方をしたいと思うだろう。だから──」
「だから?」
ランクスのその言葉にレヴィははっと顔を上げた答えを聞いた。目の前の彼はあまりにも心穏やかに微笑んでいた。
「これからは君の思うままに生きればいい。また暗殺者に戻るのもよし、そのまま自由な世界に飛び出すのもよし──俺はそのことに口出しする義務はないさ」
その言葉に答えなどみつからない。レヴィは黙るしか他なかった。
でもその言葉を聞いても不思議と自分の心の中にはこれからに対する迷いはなかった。
レヴィは重々わかっていたのだ。今日の出来事に対する決着がまだなにも付いてないことを。
イスラーグは自分を始末するためにあれほど大量のイエロ・ティグレを投入したことは自分に対する答えを突きつけたのだとレヴィは思った。
それに対する自らの返答がまだ何も出来ていない。それをせずにイスラーグから逃げるのは──きっとランクスの言う悔いが残る結末になるのは明らかだ。
「なあ、ランクス──」
レヴィはすっとその場に立ち上がって彼を見て一言言った。
「セドナを──よろしくな」
そういうとレヴィの表情はまるで憑き物が落ちたかのようにやわらかい笑顔になった。
それを見てランクスもすべてを悟ったのか彼の決意に触れることなく少年っぽい笑顔で返した。
「ああ、行って来いよ」
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!
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