2話 魔血令嬢アイリス
「ミュラーニッヒ卿を殺した相手はこの目でしかと見ましたわよ。金髪で細面の顔で──確かこの屋敷の近衛兵じゃなくて?」
母シエラは先ほどからミュラーニッヒ卿殺害の事情を聞く近衛兵たちに捕まっている。
母は犯人と対面したと豪語しているが、本当にその人が犯人なのかしらとアイリス・ラキア・ティアマートは少し疑問を覚えた。
「大体ね……あなたたち、犯人が自分たちの仲間に紛れ込んでいたのですよ。なんでそんな簡単なことに気づかなかったの?」
「そういわれても……」
「全くもう……男爵の近衛兵は使えませんわね。そもそも彼に婚約発表を任せたのが間違っていましたわ」
そういうとシエラは不機嫌そうな顔を扇で隠した。
きっと母は私の婚約発表がこんな形でつぶされたことを苦々しく思っているのだろう。
遠巻きにシエラを眺めていたアイリスはそう考えたが、アイリス自体はこの非常事態に困惑はしては いるものの少しだけ安堵しているのも事実だった。
アイリスは別にこの婚約に反発している訳ではない。
相手は自分の幼なじみのジェイナス・エアグレースだし、火風同盟の強化のためなら婚約は仕方がないと半ば諦めているのは事実だった。
だけど、同盟のためだけに結婚するというのはどうも抵抗があるのが本音だった。
なぜなら──自分の父と母も同じような政略結婚で結ばれた故、不幸せな家庭になってしまったことをアイリスは痛いほど思い知らされているからだ
「アイリス。どうしたの?」
自分を呼ぶ少年の声でアイリスは顔を上げた。
そこには自分の許嫁とされた幼なじみのジェイナスが心配そうにアイリスを緑の瞳で見つめていた。
「参るのは当たり前だよね。こんな場所でミュラーニッヒ卿が暗殺者に殺されちゃうんだもんね──僕も泣きたい気分だよ」
「別にそうじゃないわよ」
アイリスは勝手に自分の気持ちを決めるジェイナスに反発するように言った
「そうなの?」
「確かにミュラーニッヒ卿が殺されたのはショックだけど、別にそれでへこんでる訳ではないわ」
「へえ……アイリスって強いんだね」
ジェイナスのその一言にアイリスは思わず言葉を失った。
別に自分は強い訳なんかじゃない。ただ婚約発表がのびたことを心の中で喜んでいるだけなのに──
「ねえ、ジェイナス」
アイリスは真面目な顔をしてジェイナスの顔を見た。
「あなた、私と婚約するってことどう思う?」
「どうって──」
「あなたにだけに言うけど……私はまだ覚悟がつかないの。きっと婚約なんかしたら今までみたいに友達同士としてつきあえないんじゃないかって──ホントはそれが一番怖いの」
「それは……」
「ごめんね。ジェイナス──今の私はあなたのことは最高の友達だと思っているけど許嫁として恋愛感情が湧くかって言うのは別なような気がしてならないの」
「───」
その一言にジェイナスは思わず押し黙った。その顔は何ともいえない複雑な色が見えた。
「私あなたのこと嫌いじゃない。本当は大好きなの。だけど──このまま婚約したら、真に大好きっていえるのか──怖いの」
「それは、君の両親のことを見ているから?」
その一言にアイリスは沈黙しそのまま首を縦に頷いた。
「お母様は自分たちの婚約とは訳が違うって言うけど──やっぱり怖い。火風同盟のために犠牲になった自分の家庭を見ているからさ……」
そういいながらアイリスは自分の今の家庭状況が頭をよぎった。
火の宗主としてめまぐるしく飛び回る父ケンヴィードと毎日社交界を渡り歩く母シエラ。
自分と同じ火風同盟の強化のため結婚した両親はいつの間にかすれ違いの生活になり家庭に笑い声などなかった。
そして両親と同じ道を今歩もうとしているアイリスは自分の将来に暗いものしか思いつかなくて苦しんでいた。
この婚約で親友のジェイナスが違う風に見えたらどうしよう。そのことで彼が嫌いになったらどうしよう──
この婚約に反発などできないのはわかっているけど、それを受け入れる勇気もなかった。
「そっか……」
しばらく黙っていたジェイナスは一言そういうと優しそうな笑みを浮かべ彼女を見た。
「それなら僕も許せるだけ君の親友のままでいるよ」
「え──?」
その一言にアイリスは顔を上げた
「僕もこの婚約を聞いて困惑してたんだ。君をちゃんと愛せるのか──自信がないのが本音なんだ」
「ジェイナス──」
「だからさ、婚約は婚約で受け入れて僕たちは変わらないようにしようよ。ずっと──親友のままでいたいからさ」
「親友の──まま」
それを聞いたアイリスの瞳はきらきらと輝かせ思わずジェイナスに飛びかかり抱きしめた。
「うん! それがいい!!」
「あらあら──お二人さんは仲がよろしいこと」
それを遠巻きに見ていたシエラがそんな二人を見て皮肉げ一言そういった。
その一言にアイリスはかっと頬を赤らめジェイナスからすぐに離れた。
「でも残念なことに、今日の婚約発表は邪魔が入ってお流れですわよ」
「ええ、それくらいわかってるわ。お母様」
「そう──」
そう言うとシエラは扇をぱちっと締めてアイリスを見た。
「さあ、アイリス帰りましょう」
「え? 今から?」
「当たり前じゃない。まだ暗殺者がうろちょろしていますのよ。こんな物騒な場所一刻も早く離れないと──」
「───」
その一言にアイリスは渋々立ち上がったその瞬間、いつもより首が少しだけ軽いのを感じた。
はっとして胸をまさぐるといつもそこに必ずあるものが消えてなくなっていた。
「──ない」
「え?」
「ペンダント!お父様からもらったペンダントがないの!」
その一言にシエラは思った以上に冷めた態度でアイリスを見た。
「そんなもの、ほとぼりが冷めたときこの屋敷の者に届けさせればいいじゃない──」
「それじゃだめなの!」
そう言うとアイリスはその場から駆け出し部屋から出ようとした。
「待てよ!アイリス」
「ダメよ!外には暗殺者がうろついて──」
「あれはティアマート家の誇りなの! なくしちゃいけないものなの!」
シエラとジェイナスの制止も聞かずアイリスはそのまま部屋を飛び出していった。
途中母の泣き声に似た叫びも聞こえたけど、アイリスには父にもらったペンダントの方がずっと重い意味を持っていた。
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!
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