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17話 異端科学者
 レヴィはエリオルの全く乗り気でない案内に連れられ奥のほうにあるランクス・ミシュランの研究室に連れて行かれた。

 小ざっぱりとしたリビングから続く細く狭い廊下を進むたびにだんだん冷たい湿り気とどんよりとした重く沈んだ空気が漂って来る。

 深い闇に迷い込んだようなその先になんとも簡素で小さなドアがあった。

「ランクスー、例の男連れてきたわよ」

 そのドアをノックしながらエリオルは何とも不機嫌そうな声でそう言ったがなぜか返事はない。

 その態度にエリオルはムカッとした表情を浮かべ取れかけのドアノブを強く握って思いっきりドアを開いた。

「ちょっと聞いてんの!?」

 そんな彼女の目の前に広がった光景はなんとも奇妙だった。

 部屋全体は昼であるのに何ともどんよりと暗い。それは完全な闇ではないが陰湿な暗さだけは深いなとレヴィは思った。

 そんな薄闇の中、広がるのは書類と本が綺麗に積み重なって出来た塔の数々だ。

 部屋の住人の中ではこれでも整理できていると思っているのだろうが、沢山出来てしまった書類と本のタワーはどう見てもただでさえ狭い室内をさらに狭くしている。

 それ以外にも床は隙間がないほど紙くずで埋め尽くされていて、どう考えても不健康な空気の漂う研究室であった。


「もう! また散らかしちゃって!!」

 エリオルはその様子にさらにイラつきで顔をゆがめながら、紙と本の塔の間をずかずかと大またで歩いていく。

 塔がばざばざと崩れようがお構いなし。彼女は部屋をまっすぐ突き進んでいくと真ん中にある簡素でぼろぼろなソファに着くと、そこに本をアイマスク代わりにして寝ている男の前に立った。

「何、寝てんの!」

 エリオルはそう叫ぶと彼の顔を覆っていた本を乱暴にとった。

 その衝撃に彼ははっと目を覚まし、むくっと起き上がった。

 ブロンドのぼさぼさ頭に思った以上に無垢な紫の瞳──その顔は年齢以上に少年っぽさを強く残した印象があった。

「……どしたの?」

 彼は近くの机においてあった眼鏡をいそいそとかけると呆然とした様子でエリオルを見上げた。

「だーかーら! あんたが会いたいって男、連れてきたって言ってんのよ!」

「あ、連れてきてくれたんだ……」

 そういうとランクスは遠巻きに夫婦の様子を眺めているレヴィに目を向け、そしてにやっと少年みたいな笑みを浮かべた。

「乗り気じゃないって言っておきながら結局お前が連れてきたんだな」

「馬鹿いわないで!」

 その言葉にエリオルはつんとそっぽを向いた。

「あたしはアイツが馬鹿な真似した際にそれを止めるためここに居るの!」

「止める──ね。つまり確実に殺すって意味だな」

「──とにかく、そういうわけだから……あんた覚悟してなさいよ!」

 エリオルはそう豪語すると遠くにいるレヴィをキッと睨み付けた。

 それを見てレヴィは心の中で何もしねえよと思った。

「なあ、そこの暗殺魔法士さんよ」

 ランクスはソファに座りなおすと煙草をくわえマッチで火をつけながら言った。

「そこでぼーって立ってないでこっちにおいでよ」

「え──」

「俺はエリオルみたいに君が俺の命を奪うことを狙ってるなんて馬鹿なこと疑ってないよ」

 そういうとランクスは煙草をくわえたままにっと笑顔を浮かべた。

それを見てレヴィは一瞬戸惑いを覚え彼の元へいこうか迷ったが、すぐにあきらめゆっくりと紙と本の塔が立ち並ぶ研究室を進んでいった。

しかし──

なんとも雑然とした研究室なんだろう。

 書類に埋まった奥には実験台みたいなのがあり、これまた試験管や薬品の瓶がいたるところに転がっている。

 作業机は書きかけの論文と書き損じの紙くずで隙間がなく埋め尽くされその中に大きな顕微鏡が埋没していた。

 もしかしたらこの部屋の住人はとにかく整理整頓が苦手な人間なのではないか?

 そうじゃないとこんな散らかった部屋で研究など出来るはずがない──

「一体、俺に何の用なんだ」

 レヴィは散らかった部屋のど真ん中にいるランクスの前に来たとたん不躾にそう尋ねた。

 だがランクスはレヴィの質問にとんでもない切り返しで答えた。

「んじゃ、上着脱いで腕出して」

「──はあ!?」

 いきなりやってきたとんでもない要求にレヴィは仰天した。

 だがランクスは淡々とした様子で机の引き出しを開け注射針を取り出していた。

 まさかと思うのだが──こいつ俺の血を採取する気か?

「一応君は魔法の血があるんだから、血液検査は慣れっこだよね?」

「まあ、やったことはあるけど……」

「だから心配するなよ。いつものそれだと思ってさ!」

 その一言にレヴィは承服しかねないような表情を浮かべた。そして怪訝な目でランクスを見つめ一言言った。

「理由はなんだ?」

「やっぱりそちらが気になるようだな」

「当たり前だ! 初めて会った怪しい科学者に自分の大切な血を分けられるか!」

「怪しいね──そりゃひどい印象だなあ~」

 そういうとランクスは面白そうに笑い転げた。だがレヴィの目から見るとどこが面白いのか全く理解不能であった。


「まあ、提供者の君が納得いくようにとりあえず説明だけはしておくよ」

 ランクスはそういうと何とも不敵な笑みを浮かべレヴィを見た。

「君は俺が何を研究しているか聞いてるかい?」

「それは──」

 レヴィは一瞬それに乗せられ知ってることすべてを語ろうとしたが、寸でのところでその言葉をかみ殺した。

 ランクスが魔血たちにとっての禁忌(タブー)である魔法の血を研究していることは彼を狙うイスラーグから嫌というほど聞かされた話。

 だがそれを口に出せば──ランクスが標的(ターゲット)であると感づかれる恐れがあった。

「隠すなよ」

 そんなレヴィの様子を見てランクスは一言言った。

「別に隠してなんか──」

「知ってるんだろ。俺が魔法の血の研究をしていて、そのことで魔血たちから睨まれるってことくらい──まあ、君の行動を見てると君のボスは俺のことを目の敵にしている『水』の血の連中っぽいからな……」

 完璧に読まれてるじゃないか──ランクスのその言葉にレヴィは思わず言葉を失った。

 でもそこまでわかっていて何故ランクスは俺をこの部屋に招き入れたのだろう?

 もしかしたら自分の命を狙うかもわからない相手なのに、何故そこまで俺を必要としているのだろう。

「どうやら混乱しているようだね」

 そんなレヴィの表情を見てランクスは苦笑を浮かべ言った。

「まあ、無理はないよな。君はもしかしたら標的(ターゲット)になりかねない相手を目の当たりにしてるもんな。君の目には俺は相当の変人としか見られてないだろう」

「ああ、俺もあんたって人がさっぱりわからないよ」

 そういうとレヴィは深いため息をついた。

「自分を殺すかもしれない相手にむかって自分の研究の手助けをしてくれって言ってるんだぞ。そんなに俺の血はあんたにとって必要なのか?」

「ああ、めちゃくちゃ必要」

 ランクスはそういうとまっすぐな視線でレヴィを見た。

「俺は見てのとおりの非魔血の上に魔血のアイデンティティに踏み込んだ研究をしている。それ故に魔血から常に睨まれてるってさっきも言ったよね」

「ああ……」

「まあ、学会にとって俺は異端的存在だからさ……俺の研究に協力してくれる魔血なんて皆無に等しいんだ。だから俺の論文はいつも証拠不十分で書いたものだからいつまでたっても決定力不足でさ……なかなか学会を攻めきれないのが今の現状ってわけ」

 なるほど──そのために魔法の血が存在する自分に目をつけたってわけか。

 レヴィはその言葉を聞いて相槌を打ちながらちらりとランクスを見た。

「──で、俺みたいなのでもいいってわけか?」

「俺みたいなの──って?」

「ここで事情をばらしちゃうけど──俺のいるギルドの支配者はあんたを目の敵にしている『水』の血の魔血だ。今は平気だけどもしかしたら近いうちあんたの命を狙う命令を俺たちに下しかねない奴──それが俺たちの大ボスだぞ。そんな奴の息がかかっている俺に協力をお願いして本当に大丈夫か? 上の命令ひとつで明日になれば敵同士になりかねないのに──」

「ちょっと! あんたやっぱりその気で──」

 レヴィのその一言に今まで黙って隣に居たエリオルの堪忍袋の尾がプチンと切れた。

 みるみると顔色を高潮させエリオルはレヴィの懐にすばやく入り込むとそのまま彼の首元に掴みかからんとしたが、それよりも早くレヴィはその行動を読み襲い掛かる彼女の、右手を乱暴に掴んだ。

「小癪な──放しなさいよ!」

 エリオルは往生際悪くそのまますらっと長い左足を上げ彼の頭を蹴り上げようとしたが、これもまたレヴィは先に見切りすっと頭をかがめて軽くかわす。

 振りぬいた彼女の蹴りは空を切り、その反動は積み重ねられた高い本の塔をばらばらに崩した。

「俺が同じ手に再びはまるとでも思ったか」

 レヴィそう言い放つと彼女を鋭い視線で見つめた。

 それを見てエリオルは歯を食いしばって彼を睨み返し、服の袖の下からなにか光るものを出した。

 本気か──それを見てレヴィは思わず身構え自らの刃に手をかけたその瞬間だった。

「やめろ!!」

 その一言は一気に緊張感に包まれた研究室に強く打ち響いた。

 二人ははっとそちらを見ると誰よりも厳しい顔をしたランクスが魔法帝国ではあまり見慣れない銃を二人に向けて構えていた。

「お前ら神聖な俺の研究室を血で汚す気か!? つまらんもん構えてないで口で決着つけろよ!」

「でもさあ、コイツ本気であんたの命狙うかもしれないのよ!」

「じゃあ、彼の話を最後まで聞いてから彼を生かしておくか殺しておくか決めても遅くないんじゃないか?」

「───」

 ランクスのその言葉にエリオルは悔しそうに小さく息を吐くとそのまま出し続けていた殺気を小さくしぼませた。

 それを見てレヴィもまた同じように殺気を抑えながら握りかけていた刃から手を放した。

「単刀直入に聞くけど、あんたはあたしたちの敵なの味方なの」

「今はどっちとも言えないな」

 そういうとレヴィはため息をついてエリオルを見据えた。

「ただ、今後がどうなろうともたった今ここであんたを襲おうなんて思っちゃいない。それに──俺だって嫌なんだよ。非魔血を襲うのはさ……」

「何よ、その曖昧な答えは……」

 その言葉にエリオルは苦々しい顔をしてレヴィを睨んだ。

「──ともかく、決着は本当に俺の暗殺命令が出てからでいいだろ」

 ランクスはそういうと構えていた銃を白衣の懐にしまった。

「で──本題だけど。レヴィは俺の研究に協力してくれるの?してくれないの?」

「俺はどちらでもいいよ」

 そう言うとレヴィは冷めた目でランクスをチラッと見た。

「別にあんたの魔法の血の研究を嫌がっているのは俺のギルドのほんの一握りのトップだけ。俺はあんたの研究が成功しようが成功しまいが──どうでもいいって言うのが本音だ」

「じゃあ、承服してくれるんだな」

「ああ……」

 そう言うとレヴィはジャケットを脱いで、ランクスの前に腕を差し出した。

 それを見てランクスはなんとも嬉しそうな表情を浮かべレヴィを見た。

「ありがとう。恩に着るぜ!」

 弾むような声でランクスはそう言うと注射器を出して採血の準備を始めた。

 これでよかったのだろうか──レヴィはなんとも純真無垢なランクスの顔を見つめながらふとそんな気持ちになった。

 あれほどイスラーグが嫌っていたランクスの研究に自分は手を貸している──きっとそれを知ったらあいつは怒り狂うに違いない。

 だけど──魔血のアイデンティティとか非魔血の反骨精神とか、どちらでもない自分にとっては何の意味も持たない。ランクスの情熱もイスラーグの反感も自分にとってはどちらも共感できないのが本音だった。

 だけどその末に選んだ道はいずれか敵になるだろうランクスの研究に手を貸すというダブルスタンダードであった。

 そして、その結果がいずれいつか過ちの方向へ進まなければいいが──

「なあ……」

 レヴィは血液採取をしているランクスに向かって不意に話しかけた。

「もし俺が明日敵同士としてあんたを襲うようになったらあんたはどうする」

「さあ……そのときは生き残るために俺も容赦しないつもりだけど?」

「そっか──」

 そういうとレヴィは自然と穏やかな笑みを浮かべた

「出来ればそんな再会はごめんだな」

「そうだな」

「今度会うときは──笑って会いたいところだな」
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!


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