13話 ペンダントの謎
「──すげえ」
森を包み込んだ赤い炎の嵐を遠巻きながら目の当たりにしてレヴィはその言葉しか出なかった。
さすが烈火の剣聖の娘というべきか、あの一撃を食らったらさすがのディアスたちもひとたまりもないだろう。
否、自分であっても防御しきれる自信がないほどの強力な最上級魔法だ。
しかし、その魔法を使った相手の正体を知ってレヴィはその倍驚いた。
まあのミュラーニッヒ邸にてペンダントによって不思議に引き合わせた勝気な魔血令嬢が今日の標的アイリス・ラキア・ティアマートとは──全く持って予想だにしなかった。
でも、もしあの時彼女がもっと攻撃的な態度に出ていたら──そう思うとレヴィは不意に身震いしてしまった。
ただのおとなしい魔血令嬢だと思って舐めてかかったら本当に大火傷──否、命を奪われていたかもしれない。それくらい彼女は優秀で強力な魔女であった。
「あーすっきりした」
アイリスが一言そういうともう一度掌を前に差し出すと、荒れ狂っていた炎たちはそこに吸い込まれていき、吹き荒れていた灼熱の暴風も次第に穏やかになっていった。
「アイリス……ここでファイアストーム使うのはやりすぎだよ~」
その様子に腰を抜かしていたジェイナスは弱々しくそううなった。
だがアイリスは反省する様子もなく楽しそうに言葉を弾ませ答えた。
「だってさー、最近ストレスたまっちゃってさぁ、ちょうどいい発散場所になってよかった~」
「よかった~じゃないよ。あと少しで森林火災になるところだよ」
「大丈夫よ。これでも手加減したつもりだから」
アイリスはそういうと無邪気に笑った。
これでも手加減したつもり──その言葉を聞いてレヴィはぎょっとして彼女を見た。
ワトゥサからティアマート家は代々魔法の血の強い家系だとは聞いてはいたが、これで手加減とは驚きだ。もし本気を出したら一体どんな風になるんだろう。
「でも変な邪魔のせいで学校に遅刻するのは確実ね」
アイリスのその言葉を聞いてジェイナスはジャケットのポケットから懐中時計を出して時刻を確認した。
「うわぁ~また教授に怒られるじゃん」
「仕方ないわよ。通学中に暗殺者に襲われましたって言えば許してくれるわ」
「──倒したのは君だけどね」
ジェイナスがそう言ったそのときだった
黒焦げになった落ち葉をざっと踏みしめるひとつの人影が彼らの前に立ちはだかった。
──なんとそれあのディアス・グレンダだった。
「よくもやってくれたな──」
ディアスは腹のそこから怒りを吐き出すように言うとアイリスをじろりと睨んだ。
彼の長い髪や服はところどころ焦げているが、おそらく瞬時に物陰に身を隠しファイアストームをやり過ごしたのだろう。
「やだ……あなたよく生きてたわね」
ディアスの姿を見てアイリスは心の底から驚いたような顔をした。おそらくあの一撃で殲滅したと思っていたのだろう。
「俺は魔血専門の暗殺者だぜ──こんなガキに俺がやられてたまるか!」
ディアスは高々とそう吼えどんと胸を張った。
きっと彼の言い分はアイリスの最上級魔法に暗殺者の勘で勝ったと誇らしく言いたいのだろう。
だけどたった一人の非魔血の暗殺者が最強の魔女に勝てる見込みなど──あるはずがないのに
「で──あなた一人になっても私を誘拐する気?」
アイリスは悪魔のような笑みを浮かべディアスを無邪気ながらも蔑んだような瞳で見つめた。
だがそんな彼女を見てディアスは狂ったように高々と笑った。
「ふはは!俺が一人生き残ったと思ってるのか!」
ディアスのその一言にアイリスとジェイナスはもちろん、遠巻きにそれを眺めていたレヴィも仰天した。
そしてそれと同時にレヴィにとてつもなく嫌な予感が胸の中に広がっていった。
「うそでしょ。あなたの取り巻き全員死んじゃったじゃない」
「それが、こんなときのために一人サブの人員を配置してたんだなあ」
そういうとディアスは勝ち誇ったかのようにニヤニヤと笑みを浮かべた。
「一言言っとくけど、たった一人増えたくらいでと油断してたら今度はそっちが怪我するぞ。なんていったってそいつはただの暗殺者じゃ──」
「ふざけるな……」
彼がレヴィのことを紹介する前に、レヴィはすばやく彼の背後を突いて羽交い絞めをした。
「あなた──!」
急に目の前に現れたレヴィの姿を見てアイリスは目を丸く見開いた。
驚くのも仕方がない──あの時偶然であった暗殺魔法士との予期せぬ再会なのだから。
「何がサブの人員だ。この馬鹿!」
レヴィはディアスの首を強く締めながら彼をにらみつけた。
「俺はこの任務には手を出さないってあれほど言っただろ──それなのにとたんに負けだすと都合よく名前を出すとはな」
「だってさぁ……この女、どう見たってお前じゃなきゃ相手にできないよ!」
「だからそういう思考が虫がいいんだよ!馬鹿!」
そう言うとレヴィはディアスの身体を乱暴に突き放すと、ディアスはレヴィの足に泣きついた。
「お願いだ!助けてくれよ!レヴィ……俺この女の誘拐に成功しないと大佐に殺されるかも知れねえんだよ」
「そんなこと……知るか!」
「俺が大佐に殺されたらお前のせいになるんだぞ。それでもいいのか!」
「うるさい──ッ!」
レヴィはそう叫んだ瞬間、ディアスの目の前に右手をかざした。
それと同時に先ほどまでわめき散らしていたディアスがぴたりと黙り込み、そしてふらふらと身体を揺らしそのまま前のめりに倒れこんだ。
足元でぐうぐうと大きくいびきをかくディアス──とりあえず『眠り(スリープ)』の魔法は成功のようだ。
「とりあえずあの魔法の中で生き延びれただけ幸運だと思え」
レヴィは熟睡するディアスを見下ろしそうつぶやくと、その視線を上に上げきっとレヴィを強く睨みつけるアイリスをじっと見た
「俺はあんたを襲う気はないよ」
「うるさいわね! 私はあなたに言いたいことがあるの」
「それはこっちの台詞だ」
そう言うとレヴィは自分の首にかかっていたペンダントを乱暴に取ると彼女の前に見せ付けるように差し出した。
それは、赤いスピネルに銀のサラマンダーが巻きついた──あのモチーフだった。
「それ……」
それを見てアイリスは思わず絶句しレヴィの顔を見返した。
だがレヴィは淡々とした表情で一言彼女に聞いた。
「このペンダントは一体何なんだ!」
「え──」
「あんたが持ってるそれと俺が持ってるこれは──全くもって瓜二つ。あの時これを見つけたときからお前にそれを聞きたくて仕方がなかった」
それを聞いてアイリスは黙ったまま自らの首にかかったペンダントを手に取った。
そして僅かな間をおいた後、レヴィの顔を真摯に見つめ言った。
「このペンダントは我がティアマート家の紋章だけど……」
「え……」
そういわれてレヴィは自分のペンダントに目を落とした。
母さんの形見のペンダントがあの名門ティアマート家のものだって──?
その事実を知った瞬間レヴィは愕然とするしかなかった。
「それよりもあなたはこのペンダントをどこで手に入れたの?」
「え……それは──」
「まさか、どっかから盗んだってことないわよね。だってこのペンダント私の身内くらいしかもってないもん──」
その一言にレヴィの顔色は一気に変わり乱暴に差し出していたペンダントを引っ込めると、キッと鋭い視線でアイリスを睨みつけ言った。
「勘違いするんじゃねえ……」
強い憤りを隠しきれない声でレヴィは唸った。
「俺の方にも人には話せない事情って言うのがある。だけど、これが盗品だって言い草ははっきり言っていい迷惑だ。それだけは断言しておく」
「じゃあ、何であなたの元に私の家のペンダントがあるの?」
「それは──」
アイリスのその切り返しにレヴィは思わずどう答えていいのかわからず言葉を詰まらせた。
しばらくの間レヴィとアイリスの間に空気より重い沈黙が沈みこむ。レヴィはその沈黙から心の底から逃げたいと思った。
「──知らねえよ!」
レヴィは重い沈黙に一言そう吐き捨てるとアイリスにすっと背を向けた。
そして、そのまま何も言わず彼女の前から立ち去っていた。
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!
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