12話 火と風の混成魔法
その同時刻──
朝の眩いほどの陽光に包まれながらアイリスとジェイナスを載せた馬車はゆっくりと森の中へと差し掛かっていた。
だが馬車の中には会話という会話はない
アイリスはただ窓の向こうのいつもと変わらない光り輝く森の様子をぼんやりと眺めるだけで、ジェイナスはそんな彼女とどう接したらいいのかわからずうつむいて黙るだけだった。
いつもならたわいもない世間話や親の悪口でおしゃべりに花が咲くのだけど──今日のアイリスは到底そんな気分にはならない。
何故ならあの事件以来、初めて許婚であるジェイナスと二人きりになっているのだ。
今までのただの幼馴染でずっとありたいとは思うものの、やはりアイリスにも意識せざるを得ないものがあった。
それに──あのミュラーニッヒ邸の事件が自分の周囲に及ぼした影響にアイリスはほとほと参っていた。
まず、父と母の間にある溝がなお一層深くなったような気がする。
母は自分の婚約発表が失敗に終わったことを何かと父に因縁付けいつも以上にヒステリーになった。
そんな母に嫌気をさしてだろうか。昨日はとうとう父は家に帰ってくることはなかった。
でも私たち家族はなんの落ち度もない。いわば被害者だ。
それなのに婚約発表ひとつ失敗に終わったせいで家族がばらばらなんて怒りのやり場がない。
そう、すべてアイツが悪いんだ。ミュラーニッヒ卿を殺しあの夜会をめちゃめちゃにした魔血でも非魔血でもないあの暗殺魔法士のせいだ──
そう思うとアイリスは悔しそうにひざに置いた手をぎゅっと握り締めるしかなかった。
彼に復讐するなんていう馬鹿な思いはないけれど、もし目の前に現れるのならば一言言ってやりたいことがある。
あなたのせいで──私の家族はバラバラよ!
「アイリス──」
ぐっと怒りをこらえていたアイリスの耳に幼馴染のジェイナスのなんとも弱々しい声が届く。
はっと顔を上げると彼は馬車の小窓に頬を引っ付けるように外を凝視していた。
「どうしたの?」
「なんかさ、馬車止まっちゃったんだけど」
「──え?」
そのことを指摘されアイリスはもう一度馬車の窓から外を見ると、ゆっくりと動いているはずの外の風景は不気味なほどぴたっと止まっていた。
それを見てアイリスは怪訝そうな顔をして外の御者に声をかけた
「ねえ、どうしたの? なんでこんなところで止まって──」
その言葉を阻むように大きな叫び声が森中に響き渡った
「お嬢様!暗殺者──ッ!!」
御者の叫び声に似たSOSの声は途中でぶつっと途切れた。
それを聞いてアイリスははっと立ち上がった。
「ええっ……最悪」
ジェイナスはそれに参ったように顔を手で覆った。
「登校中の僕らを襲ってどーするんだよぉ~。護衛も何もつけてないのにさあ!」
「気を落とさないでよ!何とかなるかもしれないし」
「そんなこといわれても……僕こんなところで死にたくない!」
「……」
ジェイナスの弱気のその言葉にアイリスは呆れたようにため息をついた──その時だった
「おーい! 烈火の剣聖の娘さーん」
聞きなれない男の声にアイリスははっと馬車の窓を覗き込んだ。
そこには屈強な身体つきの非魔血の暗殺者たちがにたにたと笑いながら馬車の周りを取り囲んでいた。
「怖がらずにでておいでよー。俺たち君には危害は加えないからさあー」
「そんなの嘘だよ、アイリス──」
その言葉にジェイナスは震えながら彼女を諭した。
「あいつら君が外に出たとたん嬲り殺しにするに違いない。非魔血って人種は野蛮で残酷なんだ。僕たちが魔血だと知っていたらなおさらだよ!」
そんなジェイナスの言葉を聞きながらアイリスはゆっくりと席を立ち、まっすぐな視線で彼を見た。
「こんなところでじっとしてても仕方ないでしょ」
「でも──」
「大丈夫。私はあいつらなんかに負けやしないさ」
そういうとアイリスは堂々とした様子で馬車の外へと出て行った。
馬車の周りを囲んでいる暗殺者は8人ほどだろうか──自分たちみたいな学生を襲うにはえらい大人数だなと思った。
「これはこれは──お待ちしておりましたよ、お嬢様」
リーダー格の一際身体の大きい暗殺者が彼女を見た瞬間ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ仰々しく挨拶をしてきた。
だがアイリスはそんな男を冷たく睨みつけると臆することなく言い放った。
「こんな大勢つれて──私たちに何の用?」
「おとなしく俺たちに捕まってもらわないかな? 騒がなければ怪我はしないよ」
「捕まる──?」
その言葉を聞いてアイリスは一瞬いぶかしげに眉をひそめたが、すぐ彼らの目的が自分の命でなく身柄であることに気づいた瞬間アイリスは余裕のある笑顔を浮かべた。
「私みたいなか弱いお嬢様を誘拐するためにそんな大勢つれてやってきたの? 笑っちゃう」
「ちょ……アイリス言い過ぎだって」
あわてて外に出たジェイナスの言葉も聞かずアイリスは高笑いをしながらさらに語気を上げた。
「あなたたちそれでも魔血専門の暗殺者? それなのにこの醜態?──恥を知りなさい!」
「なんだとぉ!」
アイリスのその挑発に暗殺者たちの顔色が見る見る変わっていった。
「黙って聞いてれば好き勝手言いやがって──やっちまえ!」
「ほら……言わんこっちゃない」
アイリスの言葉は暗殺者の逆鱗に見事にふれてしまった見。それを見てジェイナスは絶望に似たため息をついた。
だが、武器を抜く暗殺者を見てもアイリスの表情はまったく変わらない。それどころか彼女は目を口元で小さく呪文を唱え始めた。
森の木立が急にざわざわと騒ぎ始めた。
急に辺りに吹き始めた生暖かい風が徐々に強くなっていく。
その変化を見てジェイナスはぎょっとした様子でアイリスを見た。
「まさか──アイリスここであの魔法使うの?」
呆然とした様子のジェイナスをよそにアイリスは両手を前にかざし目をカッと見開いた。
「我が血に流れ棲まう火と風の『蛇』よ。汝に告ぐ。汝の力にてすべての者をなぎ倒し焼き尽くし目の前の敵を殲滅させよ──!」
一同の間を一陣の風がたたきつけるように吹き抜けた瞬間、アイリスは凛とした声で結語した。
「火炎嵐!!」
その瞬間、アイリスの掌にぽっと火の玉を灯し、それと同時に猛烈な暴風も呼び寄せた。そして、彼女は掌の火の玉を吹き荒れる風に乗せると、それは瞬く間に風に引火し周囲は一瞬にして炎の嵐に包まれた。
「なんだ──これはッ!?」
暗殺者たちは一瞬何が起きたかわからなかったが、事の重大さに気づいたときには目の前は真っ赤に染まり、なすすべなく炎が渦巻く竜巻の中に飲み込まれていく。
アイリスが呼び出したすべてを焼き尽くすような炎の嵐は朝の静寂に包まれた森を一気に赤く燃え上がらせた。
そして熱風にワンピースのひだをひらつかせながらアイリスは非情なまでの目つきでその様子を見ていた。
──そう、『火』の血を持つ父と『風』の血を持つ母、お互いから受け継いだ混成した魔法の血……それが私の力の正体よ。
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!
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