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10話 暗殺者ギルド「ブラッドウィキッド」
 帝都の北に広がる大繁華街のはずれに、居酒屋「ブラッド・ウィキッド」は息を潜めるように営業している。

 店内は少し狭く、少なめで2つの小さなテーブルとカウンターバーを設置しただけの知る人ぞ知るような雰囲気の店──

 しかし、その居酒屋がほかと違う大きな理由が一つある。

 それはここを利用する客層が暗殺者という特定の人物に限られているからだ。

 そう、居酒屋「ブラッドウィキッド」は表向きの看板にすぎない。

 この店の真の姿はイスラーグが設立した魔血専門の暗殺者ギルド「ブラッド・ウィキッド」なのだから──

 魔血専門の暗殺者のみに門戸が開かれるその店はいつものように屈強で柄の悪い非魔血の暗殺者であふれかえっていた。

 鍛え抜かれた身体に大きな刺青を入れた男、身体に痛々しい傷跡が残る男、ナイフを一心不乱に見つめるやばそうな男──

皆オフタイムで酒を煽ってリラックスしているのだが、殺気を途絶えさせることは一度もない。いつ敵が来ても応戦できるかのような緊張感がこの店には常に漂っていた。

 そんな暗殺者ギルド兼社交場の「ブラッド・ウィキッド」はレヴィにとってもかけがいのない場所だった。

 母を失った後、貴族の屋敷から命からがら逃げ出しらところをここのマスターの娘ウィンリィに助けられたのがきっかけで、レヴィは暗殺者ギルド「ブラッド・ウィキッド」の存在を知った。

ちょうど魔血への憎しみが沸点に達していた頃だった。レヴィは迷わずギルドマスターのワトゥサ・テンダーに暗殺者にしてくれと頼んだ。もちろん自分が濁血であることを明かした上で──

 それがきっかけでレヴィは暗殺者どころかそれの上を行く暗殺魔法士になっていた。

 だが、彼に半分魔血の血が入っていて魔法が使えるという事実は、ギルドに所属するほかの暗殺者の反感を買うことになった。

 そのせいかレヴィと口を交わす暗殺者など皆無といっていい。

 唯一ワトゥサとウィンリィの親子にだけはよくされているのがわずかばかりの例外なのかもしれない。

 それだけが寂しいレヴィとってこの店に来る口実になっていた。

 今日も店に来るなり、いきなりウィンリィが終始レヴィの隣を占拠して、最近習い始めた弓で先生にほめられた事とか近所の子が暗殺者にしてくれとうるさい事とかしょうもないおしゃべりを続けている。

 濁血である自分にそこまでしてくれることはありがたいのかもしれないのだが、今日のレヴィは彼女の話にも気もそぞろだった。

 胸に去来する気持ちは2つ──イスラーグに打ち明けられたとある非魔血の暗殺計画と不思議な使命に燃える女たちとの遭遇。

 それは一件何のつながりもない事なのだけど、レヴィの目の前で起こったその出来事はランクス・ミシュランという人物が大きく影を落としていた。

 イスラーグが狙うその男とレヴィがであった女たちは大きな関わりがある。

 その事実を知ってしまった衝撃は時間がたった今でも強く影響しているようだった。

「ねえ、レヴィ! ちゃんとあたしの話聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ」

 そんなレヴィの様子を見てウィンリィはイラついたように問いかけたがレヴィの返した言葉はまったく心がこもっていなかった。

「──もう! 今日、ここに来るの遅刻しといてその態度はなによ!」

「別に──ここに来るのって時間厳守だっけ?」

「そういう問題じゃないの! ただ、今日はなんか──ここに来たときから様子が変だから、その前になにかあったのかなって」

 そういうとウィンリィは不満げな顔をしてネイビーの目を伏せた。

 そんな彼女を見てレヴィは淡々と答えた

「別に──何もねえよ」

「本当に?」

「お前さあ、何を心配してるんだ? 俺がどこで何しようとお前には関係ないだろ!」

「そうだけどさあ──」

 そういうとウィンリィは恥ずかしげに頬を赤らめて小声で言った

「もしさ……レヴィが女の人と会ってたらと思うとさ──」

「はあ?」

 その言葉を聞いてレヴィは馬鹿にしたように吹きだした

「お前は馬鹿か? 俺みたいな混血を好きになる物好きなやつがどこにいるんだよ」

「それは──」

「はいはい。この話はもう終わり。馬鹿らしいだろ」

 そうは言っても、ウィンリィが危惧したようにレヴィはこの店に来る前に女にあったのは確かだ。

 それも魔血でも非魔血でもない、自分と同じような立場の女に──

 だけどウィンリィが過度に心配するほどの感情は自分には全くといっていいほどない。むしろ彼女に出遭ったことを今はとことん後悔しているのが本音だ。

 どうして、ターゲットになるべき相手側の人間にあの時出遭ってしまったのだろう。

 もしお互いを知らないまま過ごせたなら今後起こりうる悲劇をもっと軽くできたであろうに──

「でも、ウィンリィの言ってるように。今日のお前はどこかおかしいぞ」

 その言葉をかけたのはカウンター内でワイングラスを綺麗に拭くこの居酒屋のマスターにしてギルドマスターでもあるワトゥサだった。

「──おかしいってどこが?」

 その言葉にレヴィは少し警戒しながら聞いた。

「なんか気もそぞろっていうのかな? ちゃんと話を聞いてるのかなって思うけどな」

「こいつの世間話はついていけないってことだよ」

「そんな。ひどーい!」

 その一言にウィンリィはぶすっとふくれた。

「いや。そう言う意味じゃねえよ」

「──じゃあ、なんだよ」

「レヴィ──お前ジェラール大佐にまた無茶なこと頼まれたんじゃないか? それで迷ってるんじゃ……」

 その一言にレヴィは目を見開いてワトゥサを見た。だがワトゥサは淡々とした表情で言葉を続けた

「あの人が次はとある非魔血の科学者を消したいって言っているのは聞いてる。俺はそのことで今日あの人と少し揉めたんだ。まあ、俺も雇われの身だから強くは言えなくて俺の本意があの人に伝わったかどうかは──別の話だけどな」

 苦笑交じりにそう言うワトゥサを見て、レヴィは思わず戸惑った。そして出た言葉は少し声が震えていた。

「あんたイスラーグに直訴したのか?」

「ああ、非魔血の暗殺者が非魔血を殺すなんて──道理に合わないだろう」

 そういうとワトゥサは拭いていたグラスを置きレヴィを見た。

「俺たちは魔血専門の暗殺者だとは言っても所詮は魔血にいいように使われているだけかもしれない。だけど、俺たちにも非魔血としての誇りがあるんだ。それを捻じ曲げて魔血に屈するわけにはいかないんだよ」

 その言葉を聞いてレヴィはなんだか不思議な気分になった。

 自分が魔血でも非魔血でもない立場であるからであろうか。

 彼の耳に入ってきたその言葉は肯定すべきところもあるのだけど、理解に苦しむ言葉もみうけられたのだ。

「俺は──わからないよ」

 レヴィは小さな声でポツリとそういった。

「非魔血が非魔血を殺したら殺人だけど、非魔血が魔血を殺したら名誉ある暗殺になるなんて──なんか意味がわからないよ。じゃあどっちでもない俺はどうなんだろう? それを考えると頭がこんがらがってくる」

「レヴィ──」

「深く考えるなっていいたいんだろ。俺だってできればそうしたいよ。だけど──本当に訳がわからないんだ。自分は何のために魔血を殺すのか? 命令とあらば非魔血も殺すのか──答えがまったく見当たらない」

 自分は何が言いたいのだろう──自分の口からぽろぽろと出る弱音に似た言葉にレヴィははっと我に返った。

 だが今から取り繕ってもどうしようもない。

 自分はワトゥサとウィンリィの前で馬鹿馬鹿しい愚痴をこぼしてしまったのだ。

 そう思うとその場に居るのが急に恥ずかしくなって、レヴィはすっと席を立とうとした──その時だった。

「おい! みんな聞いてくれ!」

 狭い店内に一人の男の威勢のいい声が高々と響き渡る。

 レヴィは訝しげにそちらを見ると、ブラッド・ウィキッド一の暴れん坊のディアス・グレンダが机の上に土足で上り他の暗殺者に何かを呼びかけ始めた。

「お前ら美味しい仕事もらってきたぜ! なんと魔血の少女をたった一人誘拐するだけで大金が支払ってくれるらしいぜ!」

 ディアスのその言葉に周りの暗殺者たちも「ホントか?」「それは美味しいな」と相槌を打っているが、そレヴィ一人だけどこか腑に落ちない顔を浮かべた。

 魔血の少女一人を誘拐するだけ? しかもそれも大の大人の暗殺者が寄ってたかってやることか──? 
 どうせまたイスラーグの差し金なのだろうと思うけど、鬼のようなあの男がそんな楽な任務を与えるのだろうか?

「で、標的はどこの女の子だい?」

 チビでつるつる頭の暗殺者が机の上に乗るディアスを仰ぎ見てそう聞いた

 それにディアスは良くぞ聞いたと頷き言葉を続けた。

「相手は烈火の剣聖ティアマート公爵の娘だ。確か今師範学校の学生とか言ってたな」

「ひょーっ! そりゃ楽な仕事じゃねえか。俺のった!」

 チビのつるつる頭のその言葉が口笛となって他の暗殺者もディアスの言葉に次々と手を上げた。

 その様子をレヴィは怪訝そうな顔をして隣に居たワトゥサに聞いた。

「本当に楽な仕事なのか?」

「さあな──みんな魔血の少女一人とはいうが相手は烈火の剣聖の娘アイリス嬢だろ」

「アイリス──」

 そういえばその名を聞いたことがある──レヴィはふと昨日のミュラーニッヒ邸での出来事を思い出した。

 確かあの時、衛兵の話では火の宗主であるティアマート家の娘と風の宗主であるエアグレース家の次男坊が婚約発表するとか漏らしていた

 つまり、暗殺者たちが誘拐話に盛り上がっている烈火の剣聖の娘とはこの前レヴィが婚約発表を邪魔したティアマート家の一人娘アイリス──ということになる。

「その女強いのか?」

 はやる気持ちを抑えられずにレヴィはワトゥサに尋ねた。

「どうだろうね──風の噂によると普段はお嬢様らしくおとなしくしているようだけど、魔法の血が強い家系もあってか、魔法使いとしての才能は群を抜いているらしい。か弱い魔血令嬢だと思って手を出したら逆にこっちが怪我する可能性もあるかもしれないな」

「ふーん……」

 レヴィはその言葉に相打ちを打ちながら浮かれ気分の店内を冷めた目で眺めた。

 たかが娘子一人誘拐するだけ──皆、楽な仕事だとタカをくくってるようだけど、父親は帝国一の魔法剣士でその血をもろに受け継ぐ少女がそう簡単に誘拐できるものだろうか?

 それがわかっていてディアスはこんな簡単な仕事に仲間を募っているのだろうけど、魔法の血の恐ろしさを身をもって知っているレヴィにとっては不十分に見えた。

「おい──」

 そんな怪訝そうなレヴィの視線を感じてか机の上のディアスは彼を見下ろすように睨み付けて言った

「さっきから随分しけた面をさらしてるようだけど、何か文句でもあんのか?レヴィ?」

「別に──」

 そういうとレヴィはため息混じりにそういうと彼はディアスから残念そうに目をそらした。

「たかが魔血の少女一人の誘拐にそんな大人数でよってたかって──かっこ悪ぃなあと思ってな」

「何ぃ……」

 レヴィの挑発的なその言葉にディアス他周りの暗殺者たちの怒気が上がっていった。

「半分魔血のお前に取っちゃ魔血令嬢なんて対した相手だなんて思ってないだろうが、魔法の使えない俺たちに取っちゃ少女と言えど魔血は魔血。命がけの相手なんだよ!」

「へえ──命がけと言った割には楽で美味しい仕事だと浮かれてる感じが見受けられるけどな」

「こら……レヴィ、火に油を注ぐなよ」

 挑発的なレヴィの態度をワトゥサは冷静にいさめようとしたが、その前に痛いところを突かれたディアスがレヴィに噛み付いた

「うるさい!黙れ!」

 ディアスは歯軋りしながらそう叫ぶとレヴィをキッと睨み付けた。

「言っとくが俺はお前の力なんぞ借りるほど落ちぶれちゃねえからな……この任務は非魔血の力だけで解決してやるんだ!」

 ディアスのその言葉に周りの暗殺者もそうだそうだと同調した。

 それを見てもレヴィはポーカーフェイスでひとつ大きなため息をついて言った。

「そんなに言うなら俺は手を貸さないよ」

 そういうとレヴィはディアスに背を向けカウンター席に座った。

「でもまあ、お前らがしくじったときのため骨は拾ってやるよ。俺はそれくらいしかやることないだろ」

「こいつめ小癪なことを──」

 ディアスは苦虫を噛み潰したような表情でレヴィを睨みつけ言った。

「俺たちが小娘ごときに負けるだと? じゃあこの小娘の誘拐が成功するかしないか賭けてみるか」

「──何を?」

「お前の命をだよ」

 その言葉に周りの暗殺者はにやにやいやな笑みを浮かべレヴィを見た。

 その様子を見てレヴィはふんと吹き出し笑いを出して言い放った

「馬鹿くさい。成功確実の任務にそう命を差し出せるか!」

「汚ねえぞ! お前は絶対俺たちの失敗を願ってるくせに──」

「やれやれ勝手にしろよ」

 レヴィはあきれたようにそうはき捨てるとすっと席を立った。

「いいよ。お前らが烈火の剣聖の娘をパクれたら俺は何でも言うことを聞いてやるよ。どうだこれで真剣にやる気がでただろ」
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!


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