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1話 血塗られた舞踏会
 その屋敷は極彩色の真ん中でいつまでも煌き続けるかと皆そう思っている。

 舞踏会が行われている大ホールには心地よい弦楽四重奏の心地よい音色がエンドレスで流れ続ける。

 その中で文字通り踊るようにずらりと集まった数え切れない老若男女の魔血貴族たち。

 皆、幽霊みたいに真っ白な肌の上に豪華絢爛な衣装を纏い、彼らはお互いに坂月を交わし愛想笑いと社交辞令を交わしそしてウインナワルツを踊る──

 一体この場のどこが楽しいのだろう。

 大ホールの大扉を勢いよく開いたレヴィはその光景を呆れた表情で見つめていた。

 今日このミュラーニッヒ邸で何かあるのか──そんなことレヴィのとってはまったく興味のない話だった。

 レヴィが『依頼者』に教えられたのはこの夜会の主催者である有力な魔血貴族エルゴー・ミュラーニッヒを葬ること。ただそれだけだった

 レヴィはつかの間の華やかさに酔いしれる宴から早々に目を放し、わき目も降らず通路付近にいた魔血衛兵へとゆっくりと近づいた。

 衛兵はレヴィが近づいてくることにすぐ気づいたが特別怪しむ気はなかった。

「どうした? 持ち場など離れてこんなところをうろうろして──」

「いえ──ちょっとご主人様にある報告がありましてね」

 レヴィは平然とした表情でそう言った

「ほう、報告とな──」

「ちょっと急な用件でして、今すぐごミュラーニッヒ卿にお目通りしたいのですが」

「なるほどな。それなのに肝心のご主人様がどこにいるかわからないってわけか?」

「ええ……まあね」

 そういうとレヴィは困っているようなふり笑みを浮かべた。

「そうだなー。ご主人様は今の時間婚約発表の打ち合わせでティアマート夫人と一緒にいるよ。たしか──このホールの舞台袖近くの部屋じゃないかな?」

「婚約発表?」

「知らないの? 今日、火の血の宗主のティアマート家のご令嬢アイリス様と我が風の血の宗主のエアグレース家のジェイナス様がこの夜会の場で婚約をご発表するんだ。その仕掛け人が我が主であるミュラーニッヒ卿ってわけだよ」

「へえ……そうだったんですか」

 なるほどね──有力属性派閥の火と風のトップ同志の婚約発表だからこれほどの魔血貴族が集まってるってわけか。

 レヴィは胸の中で密かにそう思うと何も言わずその場を後にしようとした。

「おい、待てよ」

 そういうと魔血衛兵はレヴィを制止した。

「ミュラーニッヒ卿への用件ってのは一体何だ?」

「野暮なこと聞かないでくださいよ」

 そういうとレヴィは人ごとのように笑った。

「重要な秘密事項ですよ。今、ここでばらしたらその婚約発表って奴もおじゃんになってしまいますよ」

「そ……そうか」

 魔血衛兵はそういうと引きつった笑みを浮かべそのままレヴィを見逃した。

それを見てレヴィは先ほどとは別の色を持った含み笑いを口元に浮かべ大ホールを抜けていった。

 大ホールを抜けると一面鏡張りの廊下が続いていた。

 その姿は豪華を通り越して悪趣味の域に達してしまった派手なもので、見ていてあまり心地よい空間ではなかった。

 レヴィはすぐにその悪趣味な鏡の廊下を抜けようと思ったけど、ふと鏡に映った自分の全身像に目がいき足を止めた。

 ブロンドの髪に緑色の瞳、そばかすが散らばった細面の白い肌にこの屋敷の近衛兵の制服──

見慣れない真っ白な手を撫でながらレヴィは我ながら完璧な変身だと自分の偽りの姿に感心した。

 ここにいる魔血貴族たちは自らの仲間の中に全く異質な暗殺者がいることなど夢とも思ってないだろう。

 彼らのその油断こそ暗殺魔法士であるレヴィしかできない暗殺手口の真骨頂であった。

 憎々しい父親から受け継いでしまった魔法の血は仕事の時はどの暗殺者にもない最強の武器としてレヴィに力を貸してくれる。

 何とも皮肉な結果だが嫌いでしょうがない魔血と同じ血を使ってレヴィは魔血を殺しているのだ。

 レヴィは真っ白な手を撫でるのをやめ鏡から目をそらした。

 そしてぎらぎらと輝く鏡の回廊を高まる殺意を押さえながら一歩ずつ歩き始めた。

 ミュラーニッヒ卿が控えていた場所は大ホールからさほど離れていない一室であった。

 レヴィはノックもしないまま部屋のドアを開けるとそこには肥えた中年貴族のミュラーニッヒ卿ともう一人栗色の髪の淑女がソファーに座って何か相談中であった。

「何ですの? ノックもしないで失礼な!」

 レヴィのその行動に真っ先に怒りを向けたのは屋敷の主人であるミュラーニッヒ卿ではなく傍らにいた淑女の方であった。

 彼女の顔は驚くほど艶っぽく身の毛がよだつほど美しかったが、どことなくその態度には何ともいえない鋭さが見えた

「これは──失礼いたしました」

「私たちは今重要な相談の真っ最中ですのよ。それくらいわかっておいででしょう」

 そういうと淑女は持っていた扇を広げぱたぱたと顔を仰ぎミュラーニッヒ卿をじろっと睨んだ

「男爵。あなたのところの近衛兵は少しマナーがなってませんわね」

「はあ……申し訳ありませんシエラ様。お見苦しいところを見せてしまいましたね」

 ミュラーニッヒ卿はその淑女にとにかく下手に対応しているようだった。

「とにかく何の用件ですの?さっさと報告して出て行きなさい」

「ええ、ミュラーニッヒ卿に至急のご報告がありまして」

「わしに?」

 レヴィのその一言にミュラーニッヒ卿は驚いた表情を浮かべたが、レヴィはそのまま言葉を続けた

「それがですね、警備上重大な問題がおきましてね──」

「重大な問題? 何ですの?それは──」

「いいえ!何でもありませんよ。ミセス・ティアマート」

 そのことに口を挟もうとした淑女を焦って制止するかのようにミュラーニッヒ卿は大声を上げて立ち上がった。

「安心してください。お嬢様の婚約発表の邪魔などさせませんよ──これは、私一人で解決させてきますから」

「あら、そうですの──」

ミュラーニッヒ卿のその一言に淑女は渋々引き下がりソファーに深く座った。

それを見てミュラーニッヒ卿は深いため息をついてレヴィをにらみつけた。

「ティアマート夫人を心配させないためにも場所を移しましょう」

 レヴィは怒り心頭のミュラーニッヒ卿にそう微笑みかけるとくるっと踵を返し淑女のいる部屋から出た。

 ここまでは計画通りだ。

 標的(ターゲット)である魔血衛兵に変身しミュラーニッヒ卿一人を呼び出す──

 そしてこれまたレヴィの筋書きの通りに回廊を抜け人気のいない屋敷の奥へ部屋へとミュラーニッヒ卿を誘導するとレヴィは静かにドアを閉めた。

 ここからが、本番だった。

「一体、何が起きたと言うんだ!」

 真っ暗闇の部屋につくなりミュラーニッヒ卿は雷鳴のような怒鳴り声をレヴィに浴びせかけた

「今日が何の日だかわかっておるのか? 火の血の宗主であるティアマート家と風の血の宗主であるエアグレース家の婚約が発表される火風同盟にとって喜ぶべき記念日であるぞ! それなのに──貴様ら腰抜けの衛兵どもは警備に問題があるとでも言いたいのか!?」

 ミュラーニッヒ卿のわめき声に似た怒鳴り声にレヴィは押し黙ったまま。

 その一方でミュラーニッヒ卿に気づかれないように腰に付けた短剣をゆっくりと鞘から抜いた。

「この夜会がもしもお前らの落ち度で失敗でもしてみろ。わしは風の血の仲間からはじき者にされる以上に相手側の火の血の方々から目の敵にされるではないか!しかも婚約されるティアマート家のアイリス様のお父上が誰だかわかっているのか? あの『烈火の剣聖』と呼ばれている帝国一の魔法剣士ケンヴィード様であるぞ──」

「そんなこと関係ないね」

「何──!」

 レヴィのその一言にミュラーニッヒ卿は驚愕と憤慨の表情を浮かべ彼の方を振り返った。

 だがそこにいるのはもはや自分の屋敷の魔血衛兵ではなかった。

 その瞬間、レヴィの顔はみるみるうちに変わっていった。

 ブロンドの髪が真っ黒に、緑の瞳が深紅に、そして雪のような白い肌が茶褐色に──

 偽りの仮面であったその顔を本来の姿に戻すともうそこには魔血衛兵ではなく褐色の肌を持った非魔血の暗殺者が立っていた。

「ひいいいいいッ!!」

 ミュラーニッヒ卿は狼狽と恐怖を露わにして叫び声を上げたその瞬間、レヴィは素早く持っていた黒い短剣を構えミュラーニッヒ卿の懐に突き刺した。

 あまりの速さに相手はそれ以上の抵抗などできなかった。

 ミュラーニッヒ卿はしばらく声にならないかすかな声でうめきながら、かっと見開いた青い瞳でレヴィを睨みつけていた。

 しかし、冷めた真っ赤な瞳で見つめるレヴィの前でやがて身体の力ががくっと抜けていき永遠に意識を失っていった。

 ミュラーニッヒ卿の絶命を確認するとレヴィは深いため息をつき、胸に深く刺さった短刀を抜いた。

 そのまま崩れ落ちるミュラーニッヒ卿の身体をちらっと見てからレヴィは何事もなくくるっと踵を返し部屋から出ようとした──そのときだった。

「───!」

 扉を開けたその瞬間、レヴィは思わず凍り付いた。

 返り血を浴びた自分のすぐ目の前に、瞳をかっと見開いた一人の浅黄色のショートヘアの魔血令嬢が立ちすくんでいたのだ。

 やばい──そう思った瞬間、魔血令嬢は屋敷中に響き渡るような叫び声を上げていた

「きゃぁぁぁぁぁぁッ!!」

「まずい!」

「───!」

 それを見てレヴィは無意識に彼女を押し倒し口をぎゅっと押さえつけた。

 鋭い瞳で彼女をじろっと見下ろすと、彼女のおびえた瞳は金と紫のオッドアイであることに気づいた

「あんた、オッドアイ……なのか?」

「え……」

 レヴィがそういった瞬間、屋敷の中がみるみるうちに殺気立つのをレヴィは肌で感じた。

 この魔血令嬢が上げた叫び声のせいで屋敷の中の衛兵たちが騒ぎ出したようである。

「チッ!」

 レヴィは舌打ちするとそのまま立ち上がり、回廊の奥へと走り去っていった。

 そんな彼を魔血令嬢は呆然と見送るしかなかった。
久世さくらのはげみになります!
暗殺魔法士に拍手!


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