1.ロケ
俳優 結城聡史 27歳 ミネラルウォーターのCM撮影の為にフランスを訪れていた。
久しぶりの海外、仕事とはいえ 美しい国に聡史は心躍らせていた。
ドラマや映画の撮影が一段落し、このロケは比較的のんびりとした日程である。
聡史は持参したカメラを手に 撮影の合間に自然に恵まれた美しい景色や
地元の気の良い人たちをファインダーに収めていた。
撮影の予定は「良く晴れた日に」というコンテでシナリオができていた。
しかし 撮影2日目からあいにくの雨模様になってしまった。
ロケは中止となり、聡史は思いがけないオフを手に入れた。
日本を離れ、彼を見知る人の目もない異国の地
聡史は久しぶりにのびのびと 人目を気にする事なく過ごせる時間を手に入れた。
スタッフに明日からの予定を確認し、
聡史は一人丸々一日あいた自由な時間を単独行動の日と決めた。
家族への土産物を買いにいこう。
自分のための何か記念になる品も捜せたらいい。
何もなくても ただ 一人ふらりと自由に過ごせたらいい。
雨空ではあったが 聡史の心はわくわくと躍っていた。
滞在していたホテルはパリの市街地からは遠く離れた
ミネラルウォーターの源泉にほど近い 緑豊かな美しい田舎町だった。
公共の交通機関はバスと長距離を行く列車だけ。
町の人々はのんびりと暮らしていた。
傘とカメラ そしてポケットに収まるだけの身の回りの品
そんな軽装で 聡史はホテルを出た。
どこへ行くあてもなく ただ 良い景色を求めて歩き出した。
ほどなく小さなバス停を見つけた。
近づいてくるバスも見えた。
聡史はふとバスに乗ってみたい衝動にかられ、
バス停にいた2〜3人の乗客にまぎれ車中の人となった。
料金は行き先に到着した時に払うシステムらしい。
聡史は運転手の反対側最前列に座った
聡史は灰色の空から静かに落ちる雨を車窓から眺めていた。
雨は緑を濡らし 窓から見える郊外ならではの景色は美しかった。
聡史は時折シャッターを切った。
「・・日本人・・ですか?」
聡史の斜め後ろから 日本語で話しかけてくる者がいた。
振り向くと 聡史と同年代か もう少し上の年齢だろうか
白いシャツの青年だった。
2.迷子
「・・・あ・・はい そうです」聡史は応えた
「観光ですか?」
青年は聡史を俳優としての認識がないらしい。
屈託なく 笑顔で話しかけてくる。
青年は一見したところ日本人には見えない。
亜麻色の柔らかそうな髪 薄いブラウンの瞳に長い睫
陶磁器のような白い肌をしている。
嫌味のないハンサムな顔立ちである。
ハーフなのか 全くの西洋人なのか 聡史は思いあぐねた。
「・・・いや 仕事で」
聡史は 青年の無邪気な笑顔につられて 正直に応えた
「そうですか!こんな田舎にお仕事なんて珍しいですね!」
青年は流暢な日本語で続ける。
「僕はフランツと言います 父がドイツ人で母が日本人でした」
「・・あ・・そう・・」
聡史のちょっと戸惑った返答におかまないなしにフランツと名乗った青年は続けた。
「日本に住んでいた事もあるんです!小さい頃ですけど」
「・・日本語 上手ですね」
聡史は青年にどう接するべきか正直困惑し始めていた
自由気ままな一日のはずが 日本でファンに取り囲まれる困惑とは違うが
この青年の人懐こいといえば聞こえのよい
ちょっと遠慮のない馴れ馴れしさに困惑していた
「僕はフランツです 貴方は何というお名前ですか?」
フランツは笑顔で聡史に握手を求めてきた
「・・あっ・・僕は・・ゆうきさとし といいます」
聡史はとりあえず握手に応えた
「さとしさん 今日はどこまで行くのですか?このバスは住宅街しか
回りませんよ 市場とか観光できる場所 行くなら次で降りて
乗り換えた方がいいデス」
「・・あっそうなんだ ありがとう」
微笑むフランツにつられて微笑んだ
「僕はこれから市場へ行きます 一緒に行きますか?」
「えっ?」
フランツは相変わらず無邪気な笑顔のままである
何か企んでいるとか「盗賊」という雰囲気でもない(笑)
「あ・・(笑)そうですね じゃぁ ご一緒します」
聡史はどうせ気ままな休日のこと 何の予定があった訳でもなく
偶然声をかけてきた 人懐こい青年と一緒にでかけて見ることにした
フランツは次の停留所で聡史をうながしバスを降りた
二人分の料金をさりげなく運転手に支払ってくれた
スマートで嫌味のない仕草が紳士らしく見える
「あ・・俺の分のバス代 えっと・・いくらかな・・」
ズボンのポケットから小銭を取り出しながら聡史が聞くと
フランツはにっこりと笑って手で制した
「後でいいですよ」
そういって フランツは前を歩き出した
バスに乗っている時は気づかなかったが 歩き出すと
フランツの方が聡史より頭半分ほど背が高かった
すらりとした長身に小さな彫りの深い端正な顔がのっている
(日本にいたら モデルにでもスカウトされるのだろうなぁ)
聡史はぼんやりとそんな事を思いながら 後ろからついて行った
「ここは農家から直接やってくる素敵な果物と野菜がいっぱい」
フランツはテントがならぶ市場らしい所へ聡史を案内した
「おお〜っ うまそうだなぁ〜」
聡史は山積みのオレンジやプラム 葡萄などのフルーツの
甘い香りに顔がほころんだ
市場の人たちは皆 人の良さそうな いかにも農家の
おじちゃんやおばちゃん といった風貌だ
聡史は カメラを取り出し 果物の山や 店の人たちの笑顔にシャッターを切った
フランツはそんな聡史をにこにこと見つめている
「聡史さん お腹がすきませんか?」
フランツの声に あちこちカメラ越しに眺め続けていた聡史は
ようやく我にかえった
「ああっ・・確かに」
いつの間に買い物をしたのか フランツは大きな紙袋を抱えていた
「僕の家 すぐ近くです よかったらお昼食べましょう」
「え・・いや・・それはちょっと・・・」
「時間 ないデスか?」フランツは相変わらずの笑顔である
「いや・・時間はあるけど 会ったばかりの貴方にそんな迷惑は・・」
「迷惑!ありません ありません」
フランツは大袈裟に手を横に振って見せた
「僕は怪しいヒトではありませんよ 安心して下さい(笑)」
「いや・・・(苦笑)でも」
「いきましょう!」
フランツは困っている聡史にお構いなしに
聡史の腕を掴んでずんずん歩きはじめた
「いや・・あの・・俺は・・あの」
しどろもどろの聡史の声を聞いているのかいないのか
鼻歌まじりの笑顔でフランツは歩みをとめない
市場の喧騒から離れ 静かな住宅街の一角でフランツが止まった
「どうぞ お入り下さい」にっこり微笑んでドアを開けた
趣味の良い植栽に囲まれた 小さな一軒家だった
どうにでもなれ とばかり覚悟を決めた聡史は
フランツについて家にはいった
3.哀愁
家の中も 品の良い調度品で整えられた
居心地の良さそうな こざっぱりとした様子だった
マントルピースの上には黒髪の美しい女性の写真が飾ってあった
ふと足元に暖かいモノを感じて聡史はびくっとした
見ると 聡史の足に身体をすりよせるように
大きな黒い固まりがいた
「・・・??」聡史はそれが何なのか判らず一瞬恐怖に固まった
「ジョス!お客様だよ」フランツの声にその黒いモノが顔をあげた
むくむくの毛並みの中型犬だった
「バフッ」
鼻息と共に聡史の両足の間を無理矢理くぐり抜けて
ジョスと呼ばれたそのむく犬はフランツの声のする方へゆっくりと歩いていった
「聡史さん 食べられないモノありますか?」
フランツはキッチンにいるらしい 声はするが姿が見えない
「いや・・・特に」聡史は初対面のフランツに
自分のこまごまとある好き嫌いを説明するのが億劫だった
フランツはキッチンからお茶のセットをお盆に乗せて出てきた
聡史を庭に面したテラスへうながし 椅子をすすめた
居心地のよい よく手入れの行き届いた庭の見えるテラスだった
名前の判らない可愛い花たちが沢山咲いていた
聡史はいつしか フランツという青年に抱いていた警戒心をほどいていた
フランツの用意してくれたランチは聡史の食べられるモノばかり
それも好物に近いものばかりだった
凝った料理ではなかったが どれも丁寧に仕込まれたものである事が
料理には若干の知識のある聡史にはよく判った
フランツは食事の間も たえず聡史に話しかけ
その内容も 聡史と同年代を思わせる気安さで 心地よかった
聡史を飽きさせる事なく フランツのもてなしは何処までも
心配りの行き届いた まるで最高級のホテルで専属の執事が
それも友人を兼ねてくれそうな執事が
つきっきりで世話をやいてくれているような感覚に襲われた
初対面の見ず知らずの人間の家で ゆったりくつろいでいる自分に
聡史は少なからず驚いていた
どの位の時間がたったのだろうか テラスに差す日差しはまだ明るい
聡史はふとフランツが聡史の事 日本の事 またフランスについての
他愛のない話はするものの 自分について何一つ語らない事に気づいた
「・・・フランツは・・一人でここで暮らしているんですか?」
聡史はようやくフランツに質問を取り付けた
「はい そうデス ジョスと二人です」フランツは笑顔で応える
「・・フランツは・・今 何歳ですか?」
「はい 今年30歳になりました ジョスは6歳です」
「・・えっと・・ご家族とか・・は?」
「ジョスと二人デス」フランツは聡史ににっこりと微笑んだ
聡史はふと自分がまるで腕の悪い警官が職務質問でもしているような
バツの悪さを感じ 苦笑した
フランツにまるで気にしている様子はなかった
変わらず 笑顔で 聡史の空になったカップに静かにお茶を注いでくれた
日が傾いてきた
テラスがうっすらと影に入り 草の影から虫の声が聞こえてきた
聡史は自分が思いの外 この青年の家に長居していたことに気づいた
「あっ!なんだか ごめんなさいっ すっかりお邪魔して・・」
慌てて退居を申し出る聡史にフランツは変わらぬ笑顔で言った
「聡史さん よかったら今夜は泊まっていきませんか?」
「・・・えっ?」
さすがに聡史もその言葉にはぎょっとした表情になってしまった
なぜ 異国の地で初対面の見ず知らずの知り合ったばかりの青年に
家に泊まってゆけとまで誘われる?
その成り行きにふと不安な面持ちになる
「ワタシは 怪しいヒトではありません」どこまでも笑顔のフランツ
こうなると この笑顔自体がかなり怪しく思えてくる
(若い邦人女性 現地郊外で遺体で発見される)
聡史の脳裏にふとそんな新聞記事の見出しが浮かんだ
(・・・って 俺 女じゃないし・・)
(いや・・それでも 臓器売買とか・・)
聡史の脳裏には次々と物騒な思いが走り回った
「いや・・フランツ ありがたいけど もうこれで失礼するよ」
聡史がそういって椅子から立ち上がると むく犬のジョスが
悲しげに鼻をならしながら聡史の足元にすり寄ってきた
ジョスの背中をなでながら ふとフランツを見た聡史は驚いた
今まで 常に笑顔だったフランツの無邪気な顔が
暗く 悲しく 寂しそうに陰っていた
見る者をやりきれなくさせる表情だった
「・・・そう・・ですか・・残念です」
フランツは消え入りそうな声でつぶやいた
聡史はまるで自分が極悪非道な悪人にでもなった気分になった
一瞬 フランツに抱いた疑惑や恐怖は一気に失せていた
テラスはすっかり日がかげり
椅子に腰掛けたフランツを暗く より一層悲しげに影に包んでいた
聡史はしばらくフランツを見つめていた
(スタッフには電話でもいれればいいか・・・)
聡史はフランツの肩に手をかけて言った
「ご迷惑でなかったら おことばに甘えて一泊・・」
「そうですかっ!よかったよかった ありがとう!」
聡史が全てを言い終わらないうちに
フランツは椅子から飛び上がるように立ち上がり
極上の笑顔で聡史の両手をとってうれしそうに言った
「いや・・まぁ・・」
(このフランツって・・一体何者なんだ・?)
未だ一抹の不安と疑問は残ったが
フランツが凶悪な殺人者にも強盗にも見えず
聡史は居心地の良い フランツの家に一泊することを決めた
久しぶりに窮屈な日本を離れて
聡史の心の中にもどこか 普段と違う何かを求める気持ちがあったのかもしれない
また 確かに立ち去りがたくなる程に フランツの家は心地よかった
すっかり日が落ち 外が暗くなると
フランツはまたも手際よく短時間で素晴らしい夕食を用意してくれた
足元にジョスが座り 二人はゆったりとした時間を楽しんだ
この頃には 聡史はフランツになぜか昔から見知っているような
友人のような親しみを覚え始めていた
フランツの話は面白く 知的で刺激的だった
二人の間に話題はつきることなく 夜半まで語り合っていた
4.想い出
夕食の後 リビングの毛足の長いカーペットに座り
フランツがあけてくれた少し甘いワインを飲んだ
ジョスが二人の近くに寝そべり
明かりはほの暗く 日本の蛍光灯だけの住居とは趣を異なった
ここちよい夜風とうまいワイン
話の楽しい 新しい友人
聡史は上機嫌だった
(ちょっと位冒険してみるもんだよな 子供じゃないし・・)
思いがけず 良い友人を得る事ができた
そんな風にまで思うようになっていた
二人は昔ながらの友人のように語り合い 笑いあっていた
「あ・・フランツ!悪いけど電話を貸してもらえないかな
仕事の仲間に連絡をしておかないと心配をかけてしまうから」
聡史はすっかりスタッフの事を忘れていた
フランツはちょっと申し訳なさそうに応えていった
「聡史さん ごめんなさい 僕の家には電話がありません」
「えっ!」
聡史は一瞬 心底しまった と思った
スタッフへの連絡だけ なんとしてでもしておくべきだった
しかし 今となってはどうしようもない
聡史は覚悟を決めた 明日 朝一で戻ればなんとかなる
そう 自分でも無理矢理思いこむ事にした
そんな大切な事も すっかり忘れる程
フランツとの会話は楽しく 日常を離れた解放感に満ちていた
ほろ酔い気分で聡史の白い頬はうっすらとピンク色に染まっていた
目元もほんのり赤らみ 黒い瞳がうるうると光っていた
フランツはいたって変わった様子もなく
相変わらずの 人好きのする無邪気な笑顔であった
「そろそろ 聡史さん眠いですか?」フランツの声がぼんやり聞こえた
ジョスの柔らかい毛並みがここちよく頬を撫でている
聡史はカーペットの上にクッションを枕にしてうとうとと微睡んでいた
「聡史さん?ベッドもちゃんとありますデスよ」
フランツの耳さわりのよい柔らかい日本語が遠く聞こえる
聡史はそのまま 睡魔にさらわれた
5.夢
聡史はひんやり心地よい感触を頬に感じた
それは柔らかく聡史の頬を撫でる
ぼんやりと開いた聡史の目にうつったのは
亜麻色の髪の美女
美女は柔らかくカールした前髪の隙間から
茶色く光る綺麗な瞳で聡史を見つめている
白い手が聡史の頬を撫でていた
愛おしそうに 慈しむように そっと頬を包む
「・・?んっ?だれ・・?」
聡史は夢見心地の中つぶやいた
美女は微笑むだけだった
聡史は睡魔の耐え難い誘いに打ち勝てず
再び眠りの淵に沈んで行った
聡史の傍らに跪き その頬を優しく撫でていたのは
フランツだった
フランツは 聡史の寝顔をじっと覗き込んでいる
「・・・美奈子・・・」フランツがつぶやく
聡史のふっくらと厚みのある柔らかそうな唇は
紅く色づき まるで口づけを待つかのようにほのかに開いている
「・・・美奈子・・・」
再び そうつぶやいて フランツはゆっくりと聡史に口づけた
「・・んっ・・」聡史が小さなため息をついた
フランツは聡史の頬を優しく撫でながら
今度は幾分 情熱的なキスで聡史の唇を塞いだ
まどろみの中 聡史は心地よいキスの感触に酔っていた
亜麻色の髪の美女がまとわりついてくる
情熱的なキスをふらせてくる
そんな夢の中に聡史はいた
美女の手によって シャツの襟元がゆるめられていく
ボタンが外され ゆっくりシャツが脱がされてゆく
部屋の空気は肌に心地よく
なにより 胸に降ってきた美女の唇の感触が柔らかい
雲の上で天使に触れられているような
聡史はそんな気分だった
しかし さすがに聡史も その美女の唇に
胸の敏感な突起を弄ばれ
ひんやりとした手の感触が自分の股間に及んだ時
心地よい夢のまどろみから引き戻された
「・・!」
まだ眠りから完全に覚めきらない身体は
意識に反して 思うようには動かない
もどかしいほどに手足の指先すら動かない
聡史は自分に覆い被さるように口づけをしているのが
フランツである事にようやく気づいた
「・・・!フランツっ!!」
聡史は叫んだ 叫んだつもりだった しかし声がでない
意識はしっかりあるものの
金縛りにあったように身動きができない
いつどうやって運ばれたのか 聡史は広いベッドに横たわっていた
状況が把握できず 覚醒し始めた聡史の意識は混乱していた
フランツはこの世で一番愛しい人に触れるように
至福の表情で聡史に口づけている
(・・なっ!・・なんだっ!なんなんだっいったい・・)
聡史は狼狽えた
しかし相変わらず身体の自由はない
フランツに触れられている感触はあるものの
指先一つ思うように動かせない
(ど・・どど・・・どうなってんだ おいっ!やめっ!やめろっ!)
頭の中なのか心の中なのか
聡史はわめき続けていた
「みーな・・やっとこうして君に触れる事ができる・・」
(・・?みーな??なんだ?フランツ?誰のこといってんだ?)
聡史の動揺に気づく様子もなく フランツの熱い抱擁が続く
(えーーーいっ!いーかげんにしてくれっ!やめっ!おいっ!!)
いよいよ聡史は慌ててきた このままではどうなってしまうか
想像したくもない
(ふらんつぅぅぅっ!!!)
フランツの指先が聡史の敏感な箇所を優しく愛撫し始める
背中に電気が走るような 男に弄ばれているという嫌悪感と
それに反して身体が反応してしまう
痺れるような快感
(うっぉおおおお〜いっ!やめんかぁぁ〜っ!あっ・・)
嫌悪の限りに聡史の心が叫んだ瞬間
聡史はふと何かに押し出されるような感覚に驚いた
その次の瞬間 今まで聡史を襲っていた
めくるめく快感の波が消え その代わりになんとも頼りない
浮遊感に襲われた
(・・・えっ?)
自分に何が起きたのか判らなかった
目の前にベッドがあった
ベッドの上にはフランツがいた
そして そのフランツは誰かを一心に愛おしそう抱きしめている
(・・?)
聡史は目をこらし状況を把握しようと必死だった
その聡史の目に映ったのは
フランツに抱かれ 愛撫され 快感に震えのけぞる自分の姿だった
(・・・!!はあぁっ〜??)
状況が理解できなかった
6.幻想
フランツは確かに聡史を抱いていた
しかし 聡史にその感触や感覚はない
ただ 呆然とその光景をベッドの横に立ちつくして眺めている
(・・・俺は・・一体どうなっているんだ??)
聡史は思わず自分の手足を動かしてじっくり眺めてみた
(・・・す・・透けてる?)
ちゃんと洋服も着ている 手足も思うように動く しかし
ベッドの横に立ちつくす聡史は実体をもたない存在だった
(・・俺の身体・・・)
フランツの白い背中越しに見える自分の顔
鏡で見慣れた自分の顔
黒く少し長い前髪が乱れて額に散っている
大きな瞳 長い睫 ほんのり紅いぽってりと厚い唇
確かに自分の顔
それが今 目の前で自分の意識とは別の表情を浮かべている
ほぼ全裸に近く 衣服を乱れさせ フランツに抱きしめられている
快感に身を任せ フランツの愛撫を全身に受けながら
白い手足をからめあっている
(・・・俺?)
「みな・・ やっとこうして一つになれる」
フランツのささやきが聞こえる
それに応えるように フランツに抱かれている聡史がつぶやいた
「フランツ・・愛してる」
(・・!!俺の声じゃないっ!!)
それは聡史の声ではなかった
そして一瞬 聡史の顔ではない美しい黒い瞳の女性が
重なって見えた気がした
(・・・あれは・・マントルピースの上にあった写真のひと・・)
フランツとベッドの上の聡史は熱く長くお互いをむさぼるような
口づけに夢中であった
(・・・な・・なにっ??)
聡史は戦慄した
何者かに自分の肉体を乗っ取られている
そんなことが現実にあるものか
きっと夢に違いない
そうだ これは夢に違いない
目が覚めれば 何事もなく 朝日がまぶしいいつもの朝
そうだ これは夢に違いない
ソウダ コレハユメニチガイナイ・・・・・・
恐怖とも焦燥とも嫌悪とも悪夢とも・・・・
聡史は得も言われぬ心持ちで それでも目の前の光景から
なぜか目が離せずにいた
目の前の聡史の肉体は先ほど一瞬かいま見た
美しい女性の顔ではなく 今はやはりどう見ても聡史
そしてその身体は 細いながらもバランス良く綺麗な筋肉に覆われた
腕のつけ根などはがっちりと太い
どう見ても立派な成人男性のそれである
自分で自分を眺めるとは・・・
鏡を見るのとは違う
何せ 自分の意志とも全く異なる
感覚さえない動きと表情をしている自分
何とも不思議な気分であった
フランツは愛おしそうに聡史の両足のつけ根に口を寄せ
聡史を優しくその口に含み 吸い上げている
ベッドの聡史は 眉間に少し皺を寄せ
固く瞳を閉じて迫り来る快感に耐えている
その両手がフランツの肩を掴み 爪の後を残す
汗がひかっている
男二人の濡れ場 しかも一人は自分
(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
肉体から押し出された聡史の意識は困惑しきっていた
(・・・・・・お・・・・おいっ・・・・俺は・・いったいどうなって・・・・)
激しくお互いを求め合っているベッドの二人
愛し合う恋人のそれとしか見えない
時折 聡史の口からかすかな吐息や甘いため息がもれる
(・・・・・・い・・・いろっぽいぢゃないか・・・・・)
赤面する聡史の意識
(・・・・こ・・こんな悪夢は・・最悪の悪夢だ・・・・)
夢なら早く覚めて欲しい
というか・・・夢でもこんなふうに 自分が男に抱かれる所など
見たくもなかった
そんな聡史の意識をよそに ベッドの二人の行為は
いよいよ激しくなっていく
お互いの唇を激しく重ね 舌をさぐり合い求め合う
フランツはついには聡史の両足を肩にかけ
その引き締まった形の良い小さな臀部で
花の蕾のように固く閉じた その部分に
自身の熱くたぎった欲望を突き立てようとしている
(うっうっうううううわぁ;あ;あ;あ!!やめっ!やめろって うおおぉ〜いっ!!)
聡史の意識は必死にフランツを引きはがそうとベッドに猛進する
しかし その手はむなしく空を切り フランツにさわれない
いよいよ自分が男に犯されてしまう
しかもその自分たるや快感に震えて
受け入れ体制万全の表情!
(俺じゃないよぉ〜 ぜったい俺じゃない(涙)
聡史の意識は泣きたい程に情けなかった
その時
ベッドのフランツがふと顔をこちらに向けた
(・・えっ?)
ベッドの傍らになすすべもなく立ちつくす実体のない聡史の意識
その聡史と ベッドの上のフランツ
二人の視線がしっかりと交わった
(・・えっ?)
聡史はフランツが自分を見ている事に気づき驚いた
(・・えっ?見えるのか??)
フランツはベッドの聡史に優しくそっと自身の挿入を試みながら
視線を外さず はっきりと言った
「・・・聡史サン・・ゴメンナサイ・・でも やっと美奈子と
結ばれる事ができました ありがとう
どうか 最後まで いかせてくだサイ このまま あと少しダケ」
そういって フランツは視線をそらし ベッドの聡史に覆い被さっていった
(・・・・っはあああぁっ〜??)
自身の操が奪われる
感覚のないまま 自分の意志に反して というよりも
意志を押し出されて男に抱かれている自分
しかも「やっと美奈子と結ばれる」とはどういう意味だ
(な・・なんで 俺??俺なんだよ??)
自分のあられもない姿を目の前に 気が狂いそうだった
いくら相手がハンサムな西洋人だって
いくらビジュアル的にはありかなぁ・・な光景だって
いくらなんでも これはあまりにも情けない
しかも自分はヤラレる方かよ・・・・
あんなによがらねぇよ・・俺は・・・
あんな・・あんな いやらしい顔しねぇよっ!俺はっ!
あ・・あんな・・い・・色っぽい・・顔なの・・?俺・・・・
段々 聡史は肉体はないのに 立っていられなくなり
ベッドに背をむけて座り込んでしまった
どの位たっただろうか
相変わらず 見つめる自分の抱え込んだ膝小僧や
両手の指は透けているし なんだかふわふわしてたよりない
失った自身の肉体にはもう二度と戻れないのだろうか
そんな不安にかられ始めた頃
押し出された時と同じように
今度もまた突然に 腕を引き寄せられるように
どこかに押し込まれる感覚に襲われた
その一瞬の後
聡史は自分がベッドの上にいる事に気づいた
しっかりと背中にはしっとりと汗ばんだらしいシーツの感触がある
そして何より 自分の胸の上にある重み
目の前に迫るフランツの顔
(・・・・・へっ!!)
聡史は大きく目を見開いた
「げっ???」
声が出た
が その声はフランツの柔らかい唇に遮られた
優しく 軽く 唇の表面が何回か触れ合う心地よいキスだった
「・・・」
一時 聡史の思考回路は真っ白だった
今までの出来事
さっきまで自分が目撃した出来事
そして 今のキス
どれも理解不能 予測範疇を大きく超えた「想定外」の出来事だった
何も言えず ただただ 目の前のフランツの笑顔をぼんやり眺めていた
7.夜明け
フランツは聡史を胸に抱きしめたまま ゆっくりと話し始めた
それは フランツの初恋だった
相手はフランツの母の歳の離れた妹
フランツの伯母だった
黒髪と黒い瞳の美しい 色の白い女性だった
名前を美奈子といった
美奈子は人妻だった
何よりフランツとは実の伯母と甥である
お互いに想いあっている事が判っても
叶わぬ恋であった
美奈子は愛のない結婚に悩み
子供にも恵まれず
一人孤独の中 精神を病み 寂しく短い生涯を閉じた
フランツにはどうにもできなかった
想い出の多すぎる日本を離れ フランツはこの国に移り住んだ
それでも 一時でも美奈子の事を忘れた事はなかった
街で見かける日本人にその面影を捜した
そして 聡史に声をかけた
そんな話だった
「・・・聡史さんを一目見た時に なんて美しいヒトだろうと思いました」
フランツは聡史の髪を優しく撫でながら言った
なぜかフランツを突き放す事も その腕から逃れる事もできず
聡史は彼の話を黙って聞いていた
「聡史さんは 美奈子にとても良く似ていました」
フランツは続けた
「美奈子も このヒトならきっと許してくれると僕に囁きました」
「・・?・・」
聡史はよく意味が判らないといった顔をした
フランツは聡史の無言の疑問に答えるように続けた
「本当の女性なら 今までも何人か美しい日本人のヒト
みかけました でも 美奈子は本当の女性の身体で
僕が想いをとげるのを嫌がりました」
「・・・?・・・・」
「美しい 聡史さんに巡り会えたコトはシアワセでした」
「・・・・・・・・」
「これで 思い残すコトは何もありません ありがとう 聡史さん」
「・・・・・・・」
複雑な とても理解できない 何と応えて良いのか判らない
ただただ呆然とフランツの腕の中に聡史は居た
「これで・・・・何も未練はアリマセン」
フランツはそういって もう一度聡史にキスをした
熱く情熱的なキスだった
舌をからませ 強く吸われるうちに聡史の意識が遠のいた
「・・・・夢・・・だよな・・どうせ・・・」
どこか もう投げやりな やけっぱちな気分だった
早く朝日に照らされて 目を覚ましたい そう思っていた
薄れていく意識の中で 静かなフランツの声を聴いた気がした
「・・ありがとう 聡史サン さよなら」
フランツの笑顔を見た気もした
深い漆黒の眠りに落ちていった
8.帰還
「結城さんっ!結城さんっ! 大丈夫ですかっ?」
誰かに肩をゆすられて目が覚めた
「・・・・んっ?」
目を開けると見慣れたスタッフの顔があった
「・・・あれ?俺・・・」
「結城さん雨の中散歩にでかけたまま戻らないから
心配してみんなで探しに出たんですよ
こんな所で居眠りしちゃって風邪ひいたら大変ですよ」
「・・・・えっ?」
すっかり覚醒した聡史が辺りを見回すと
そこはどこか古ぼけた長いこと使われていなかったらしい
小さな民家の軒先にあるベンチの上であった
庭には雑草が生い茂り 家の外壁はツタで覆われている
うち捨てられた 半ば風化しかけた犬のリードがあった
「・・・ジョス?」
「どうやってこんな所まで来たんですか?結城さん
随分捜したんですよ」
「・・あ・・今 何時? いやっ・・何日?」
スタッフの応えた日時は 聡史がホテルを出たその日の
夕暮れ時であった
「・・・俺・・・・」
随分と風変わりな夢を見たものだ・・・聡史は思った
「さ 車で来てますから ホテルに戻りましょう」
そういうスタッフの後ろに続いて 歩き出そうとした聡史は
「いてっ・・・」
思いがけず 身体中にひきつるような痛みがある事に気づいた
と 同時に背後の無人の廃屋から静かな声がしたような気がした
・・・聡史さん さよなら ありがとう
フランツの声だ そう思った
彼もまた美奈子と同じ すでにこの世を去ったヒトだったのか?
全てが夢の中の出来事であったのか
聡史は思いあぐねた
でも 二人はシアワセで思い残す事はないと言っていた
二人は今は同じ場所にいるのだろうか
甘酸っぱい気分になった
フランスでの ほんのゆきずりの 悲しき恋人たちの想いに
引き込まれてしまったのか
雨月物語だな・・・そんな事を思った
雨はすっかり上がっていた
夕日が美しかった
どこかで犬が寂しげに吠えた気がした
立ち去りがたくたたずんだ
どうしても・・・どうしても・・・一言
フランツに伝えたかった
「人の身体・・・勝手に使いやがって・・・エロがっぱぁ〜!!!」 |