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奥津城(おくつき)
作:徳次郎



キーホルダー


 一休みして回復した里美は、志穂の自転車に乗って彼女の家を目指していた。勿論彼女の鞄も一緒に。
 玲子と一緒に救急車に乗り込んだ志穂に代わって、この荷物を運ばなくてはならない。
里美も、志穂の家には何度か遊びには来ていたので、道は知っている。そして、家の裏が大きな墓地だという事も。
 里美は志穂の家に来ると、何時も落ち着かなかった。
 家の裏から何とも言えないざわめきを感じるのだ。
 そう、彼女は俗に言う霊感が強い、と言う類なのだ。しかし、それを理由に志穂の家を拒むほどではなかった。
 ただ、何となく感じる、と言う程度なのだ。
 何時も志穂が使っているバス停の近くから大通りを曲がって住宅街へ入る。
 最初に大通りから入る場所を間違えなければ、後は二回曲がるだけで志穂の家の前だ。
 まずはタバコの自販機のある場所を左に曲がって、少し行ってドクターペッパーの自販機を今度は右へ曲がる……
「何、これ……」
 彼女は思わず自転車を止めた。
 目の前には銀杏並木が続いていた。
「何時の間にか、道路を広げたのかしら……」
 本当ならこの道を五十メートルも行かないうちに志穂の家が見えるはずなのに、その並木道は何処までも続いていた。
「何で……」
 里美は直ぐに戻ろうかと思ったが、道が違っていたら何処かで曲がればいいや、と思い、再び自転車を前に進めた。しかし、その並木道は恐ろしいほどに一本道で、途中、何処にも入る路地が無い。
 新興住宅地は碁盤の目のように区画ごとに路地があるので、こんなにひたすら一本道と言う事はあり得ないのだ。
 さっきまで晴れていたはずの空は、何時の間にかどんよりと薄紫色の雲が広がって、太陽は何処かへ行ってしまっている。
 里美は自転車を止めて、後ろを振り返った時、冷たい汗が流れてきた。
 後ろにも果てしなく続く並木道が続いて、自分が曲がってきた路地が見えなくなっていた。
周りに建ち並ぶ家は人の気配が無く、まるで張りぼての、映画のセットの中にでも投げ出されたようだった。
「すみません」
 か細い声に、ハッとして、里美は向き直った。
 一人の少女が正面に立っていた。
 紺色の、中学生がよく着ている制服姿だったが、生気の無いその顔は、空を覆い尽くした異様な雲が映りこんだように薄紫色に陰っていた。
 何故だか里美の目は、その少女の持つ鞄に止まった。
 熊のキーホルダー…… 志穂が見せていたキーホルダーだ。
 灰色にトーンダウンされたような全体の風景の中にあって、その熊の青色だけが鮮やかに揺れ動いていた。
「な、なにか?」
 自転車のハンドルを持つ手が震えた。ブレザーの下の、腕の産毛が逆立つのを感じた。
 里美は今まで霊のようなモノを感じた事はあったが、幽霊という物体を見たことは無い。
 実際に人の形をした幽霊はいないのだと思っていた。霊はあくまでも強い残留思念だから、いくら写真には人型に映りこんでも、映画のように人間の容で目の前に現れる事など無いと思っていたのだ。
 しかし、彼女は直感で、目の前の少女がこの世の者でない事が判った。
「志穂の友達でしょ」
 志穂…… あたしの知っている志穂の事だろうか。でも、どうして中学生に呼び捨てにされているのだろう。
「志穂って、片山志穂の事?」
 青白い少女は肯いて
「仲いいんでしょ」
「え、ええ。まぁ」
 里美は理由が判らず肯いた。
「よかった。志穂はあたしがいなくてもきっと平気ね」
「えっ、どう言うこと?あなた、誰?」
 少女の身体から光が発して、あまりの眩しさに里美は目をつぶった。綴じた瞼の向こうから光が滲んでくるようで、両手で顔を覆った。
 平衡感覚が揺らいで、自分がぐるぐる回っているようだったが、何故か倒れはしなかった。
 身体が熱かった。ものすごい熱さだ。
「なんなの!」
 思わず里美は叫んだ。
「どうしました?」
 オバサンの声がして、里美は目を開けた。
「大丈夫?」
 一人の主婦らしき女性が、スーパーの買い物袋を片手に里美の横で心配そうに顔を覗き込んでいる。
 そこは、見覚えのある、車がやっと二台すれ違えるくらいの路地だった。目の前には、志穂の家の屋根が見えた。空は再び晴れ渡り、夕方の低い太陽に照らされた里美の影がアスファルトに長く伸びていた。
「あ、平気です。すいません」
 そう言って、里美は自転車のペダルを踏み込んだ。



「でも、良かったね。無事で」
 休み時間の教室で由美子が言った。勿論、昨日の玲子の事だった。
「もう、心臓止まりそうだったよ」
 志穂が溜息をつきながら言って「昨日、有難うね。自転車」
 と里美の肩を叩く。
「うん」
「どうしたの?」
 気の無い里見の返事に、志穂が訊く。
「ねぇ、志穂」
「何?」
 里美が真剣な顔で「中学生の友達っている?」
「何、いきなり。そんなのいなよ。浩志が中学生の頃は、知り合いとかいたけど」
「そうだよね」
 里美が呟いた。
 由美子が机に座って足をぶらぶらさせながら「何か変だよ。里美」
「ねぇ、志穂。あのキーホルダー、まだ持ってる?」
「え?」
「熊のキーホルダー」
「あ、ええ。鞄に入れたままだと思うけど」
 志穂は自分の鞄をごそごそと漁って、キーホルダーを取り出した。
 里美は引っ手繰るよに、それを掴んで見つめると
「やっぱりこれだ」
「どうしたの?」
 志穂は怪訝な顔で訊いた。
「昨日見たのよ。このキーホルダーを鞄に付けた女の子」
「何処で?」
「志穂の家の近所よ。中学生の制服を着てた」
「でもさぁ、これは志穂が持ってるんだから、その女の子が持っていたのはこれじゃないでしょ」
 由美子が割り込んだ。
 里美はキーホルダーを眺めて「そうなんだよね」
「これを落として、同じ物を買ったんじゃない」
「そうかもね」
 里美はそう言って肯いたが、彼女には、あの時鞄にぶら下がっていたのは確かにこれだ、と言う確信があった。ただ、その根拠が自分でも判らなかった。
 あの娘が生きた人ではないと感じた事も今となっては自分でも半信半疑だった。だから里美は、その事はみんなには言わなかった。








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