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バクの見る夢 CASE2
作:彬月正一郎


そこは夕と夜の間の出来事。ギリギリまで学校で粘っていたけど、もうそろそろ
帰らなければならないと、教室にランドセルを取りに戻ったとき、私はその少年に出会った。

夕闇の教室、もう誰もいないそこで、独りの少年が眠っていた。


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二人目


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このボク、獏本樹ばくもといつきは人殺し目的で、その校舎内に入っていった。

学校の中は閑散としていた。生徒はほとんどいない。いる必要はないからだ。

ボクもターゲット意外のヤツには用はないし、いたところで、会話なんかなりたたないだろう。

世界を見回す。灰色の校舎、色はない。

「…彩色を忘れたのか?一流私立の名が泣くなぁ」

そう一人ごちてみる。何しろこの高校はボクの通っている高校の、同じ私立だが偏差値20は高い、名門だからだ。

「ガンバって高校受験して、手に入れた学校がこんな世界とはね…。」

階段を昇る。確かターゲットは二年八組。…組の数字が高いほど『優秀』らしい。一応のプロフィールは聞いていたが、詳細は聞かなかった。

ボクの場合はフィーリングだ。まずは会ってみないと、殺し方も定まらない。

二年八組のドアの前に立つ。当たり前の話しだが、結局ここまでに誰ともすれ違わなかった。

現在AM8時半だ。この時間なら、間違いなくターゲットは教室にいるはずなんだけど…。

耳をすます。教室の中から若い男女の談笑が聞こえる。かなり盛り上がっているようだ。

間違いない。ボクは引き戸に手をかけ、ガラリとドアを開けた。

教室には合計30人の男女。30人分の机があった。

さて、ターゲットはどこかな?と、ボクは初めて入る教室に、ズカズカと遠慮なく入っていく。

クラスの人間は誰一人ボクに気付かない。まだターゲットがボクのことを認識してないからだ。ボクのことを認識してくれなくては、例えボクが彼等にナイフを突き刺しても、彼等はなにも感じないだろう。

今目の前にいるのは30人の男女。この中からどうやってターゲットを見つけるか?もちろん、ターゲットの顔は知っている。だけど、そんなものはやくには立たない。名前だってそうだ。偽像偽名は当たり前。

念のため、ざっと顔を見るが、やはりターゲットの顔はない。

名前を呼びかけてみようか?なんて考えてみるが、偽名を使っている場合、怪しまれてバレる可能性がある。それは大変まずいので、ここはスタンダードに朝の挨拶から始めるか。

ボクは息を吸い込み、教室に響渡るように、できるだけ明るく。

「みんな、おっはよ〜」

…普通に挨拶をした。

一瞬、ピタリと教室が静止した。

む、アプローチを間違えたか?と焦った瞬間。

「おっはよー!少しおそいんじゃなーい?」

と、元気な声が返ってきた。
教室の真ん中、女生徒に囲まれて談笑していた、髪を肩口にまで切り揃えた、目のクリクリした女生徒。

それが、ボクが今回この世界から抹殺する相手とのファーストコンタクトだった。



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私こと木下紗裕きのしたさゆは、自分でいうのもなんだか優等生だ。

この『有名大学に入るためには命を賭けろ!』と謡うこの学校でクラス委員を勤めるくらい。

今日も朝のホームルームが始まる前、まだ誰も来てない教室に一番乗りし、せっせっせっせとホームルームの準備をし、担任が遅れてくるらしいので、代わりに出欠を取り、ようやく登校してきたクラスメイトと全員の出欠を書き込み日誌を職員室おいてきて、さて、ようやく一段落して友人と談笑していたら、やたらと眠そうな声が教室に響いてきた。

「みんな、おっはよ〜」

む、と黒板の方を見る。
そこには声の通りやたら眠そうな男子が突っ立っていた。

背は割と高い。おそらく180近いだろう。髪はくせっ毛で目にかかるくらいの長髪からタレた目が覗いている。完全に校則違反だ。が、まぁいい、それくらいで目くじら立てるのは生活指導の先生だけだ。クラス委員とはいえ、そこまで文句を言ったら口うるさいだけだろう。

「おっはよー!ちょっと遅いんじゃなーい?」

私はおざなりにならないよう、朝の挨拶する。

ちなみに五分遅刻だ。先生が遅れてくるからいいものを。

周りの男子も
「よー」
とか
「オハー」
などの挨拶をする。

しかしその男子は、私の方を見ると、真っ直ぐ私の方に歩いてきた。

あ、あれ?コイツだれだっけ?


その見覚えのない男子は、妙にフレンドリーに私に話し掛けてきた。

「いやいや、朝目覚ましが鳴らなかったり電車が遅れたり自転車がパンクしたり次のバスが来なかったり妊婦が産気づいたりといろいろあってさ」

「嘘臭い遅刻理由のオンパレードね…」

私は半眼で彼を見つめる。…駄目だ、どうしても彼を覚え出せない。いや、私は彼のことを−−−。

私が彼について何か気付きそうになった時、彼が『さも心外』といった感じで口を挟んだ。

「おいおい長い付き合いになる幼なじみの言うことを信じてくれないのかい?」

その男子は『なんてことだー』と、大仰に天を仰ぐジェスチャーをするが、眠そうな目も手伝って、大あくびしているようにも見える。

幼なじみ…?幼なじみ。そう、なんで忘れていたのか?私と彼は小中高と同じ学校に通う幼なじみの腐れ縁ではないか!

「あんたの寝ぼすけっぷりには定評があんのよっ!!えーと…」

「獏本樹だよ。忘れちゃったのか?」

樹は覗き込むように言う。

忘れて…?いや、忘れていない。ただ私は彼のことを−−−。


「オレの席は、お前の隣だよな?」

「え?ああ、うん。」

そうだ、今は私の友達が借りて使っているが、もともとそこは樹の席だ。

その証拠に隣の女生徒に
「ごめんねー?またあとでね紗祐」
と言われ席を譲られている。

樹は席に座り、あくびを一つすると、『どうした?』といった顔で私を見てきた。

「…あれ?」

「なんだよ?なんかおかしなことでもあったのか?ぼけっとして。」

おかしなところ…?いや、おかしなところなんてない。おかしなところなんてない。

「えっと、樹?」

「なに?」

「なんで私服?」

「………………」

「なんで鞄も持ってない?」

「…カ、カジュアルフライデー?」

「今日は金曜だ!!」

私は間髪いれずツッコミを入れる。

「ま、まて、大丈夫、こ、更衣室に着替えを用意してある!」

「ならさっさと着替えろー!!」

私はつい大声を出してしまった。

樹は焦った様子で教室を出ていく。

まったく、どっちがボケてるっつーの。

入れ代わりで教室に担任教師が入ってくる。馬鹿め樹。あんたは遅刻確定だ。



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男子更衣室は教室のすぐとなりにあった。

「ふう、危ない危ない。」

最初のうちから仲の良い設定にしておこうと、『幼なじみ』ということで近づいたが、そこが失敗だった。

「むこうはボクに合わせてくれるけど、ボクがむこう合わせられるわけじゃないからな。」

男子更衣室はロッカーが並んでいて、ところどころから野球のユニフォームが落ちている。

「なるほどね、野球部のをかわりに使っているのか」

ロッカーを片っ端から開ける。

どっかに制服ないか…?頼むから用意しといてくれよ?

目当てのものはすぐみつかった。ご丁寧に教科書入り鞄に上履き付き。ジャージもある。

「いたれりつくせりってところかな?」

さっさと着替え始める。さすがに私服には違和感覚えるか。今度からは転校生って肩書きにしておこう。しかしそうするとある程度仲良くなるまでに時間かかるな。…幼なじみで転校生?どんな運命的再会だよ。これから殺そうって相手に。

着替え終わり、一息つく。

どうせ授業は遅刻だ。現状を把握するために、ここはサボらせていただこう。


さて、話しをまとめるか。驚いたことにターゲットは本名を使っていた。
いや、当たり前の話しか、顔にも面影があったからな。

今現在9時前。今回のタイムリミットはせいぜい放課後といったところか。
それまでに殺せるか?

「微妙なところだな…いっそのこと自殺でもしてくれるのが、ベストなんだが」

人を殺すというのはとにかく労力のいることなのだ。なにしろ、ほおっておいたら百年近く死なない生き物。いくらなんでも、そこまではまてない。

とにかく、さっきみたいなミスは控えないと。また『世界の敵』あつかいされたらかなわないからな…。

木下紗祐。ずいぶんと幸せそうだったな…そんなヤツを今から殺さないといけないなんて、仕事とはいえ、本人のためとはいえ、イヤになる。

「言い訳だな、どうにもね。」

ボクは頃合を見計らい、男子更衣室を出る。どうやら一時間目は無事終了したらしい。

さて、木下のところに行こうか、と顔を向けたとき、なんかすんごい目で睨まれた。

うう、なんか近づけないオーラがバリバリなんですけど…?

やっぱり授業をサボるのは良くないな。

「やぁ、おつかれ」

彼女にむかって歩いていく。


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授業が始まったが、樹が帰ってくる気配はない。

あの馬鹿…授業サボるきね!

こう、無遅刻無欠席を誇る私は、この手のサボりにはどうにも不寛容なところがある。

おかげで授業にみがはいらないじゃないか!

と、一人イライラしていると、私宛てに手紙が回ってきた。

『獏本くんどうしたの?』

隣の席の友達からだ。

知らん知らんとジェスチャーで答える。

そのコは私のジェスチャーを見て、また手紙を書いてよこした。

『紗祐って獏本くんと仲いいよねぇ?』

む、…これはなにか嫌なフラグがたった気がする。こう、女のコお得意の邪推と好奇心の入り交じった、『恋愛関係大好きフラグ』が!!?

私は慌てて返事を書いて渡す。

『ただの幼なじみだし。誰があんな寝ぼすけ!』

と、真摯にそんなことはないと教えたのに、友達はニヤニヤと笑い出した。その顔は『ムキになるのが怪しいなぁ。今日のお昼の話題はこれで決まり!』といった感じの表情だった。

………もういいや。

なんとなく疲れて窓の外を見る。呆れるくらい晴天だ。…こんな日じゃ、少しくらいボケてても仕方ないかな?

「では、次の問題を〜木下」

「え?」

不意に先生に指された。や、やばい。何も聞いてなかった…!!!!

「あ、えっと、その」

「なんだ木下、聞いてなかったのか?」

「す、すいません」

「まったく、獏本のボケが移ったんじゃないのか?」

「なっ!!」

クラスの中でクスクスと笑いが起きる。

穴があったら入りたいとはこの心境だ。樹め…帰ってきたら復讐してやる。

と、私は半ば八つ当たりのような怒りを覚えていた。

「ああ木下。うわさの獏本がいないがどうなっている?お前の日誌には30人
全員出席になっているが?」

征服を忘れたのでとりに行ってます。

…なんて説明すればいいのよ。






一時間目が終了し、制服に着替えた樹が
「おつかれ〜」
などと眠そうな声で入ってきた。

こいつ寝てやがったな…。

私の殺気に感づいたのか、樹は少し引き気味に私に聞いてきた。

「えーと…次の授業なんだっけ?」

樹が鞄から教科書を取り出しながら私を見る。

私はニッコリ笑って。

「教科書は必要ないでしょう?貴方は睡眠学習の方がお似合いでなくて?」

と皮肉ってやった。

ぷいっと樹とは反対の方向、窓の外を見る。ガラスに映った樹は所在なさげに下をむくと、コソコソと席に座った。

そして、まるでなにかに黙祷するかのように目を閉じる。

私はその時彼が、どこか遠くに行ってしまうような錯覚を覚えた。


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夢の中で、ボクは後悔している。例え夢の中でもだ。

年令は今年で17になる。某私立高校に通っていて、学年は2年だ。

取り立てて特筆するような個性は持っていない。ボクのステータスを表示して検索したら同じようなヤツが何万と出てくるだろう。

だけど、自分が平凡でなく異端だと自覚している。

そして、そんなボクはなんでこんなことしているのだろう?

これはいくらなんでも−−−普通じゃないと自覚している。

ボクが、道を踏み外したのは、ある少女との出会いだった。

おそらくボクがまだ、ギリギリ、本当にギリギリ異端ではあったけど『普通』の枠に入っていた時に出会った少女。

彼女との出会いが、高校の入学式。春風に舞う桜の花弁の舞台の上での出会いがボクの運命を決定した。

そしてそれが彼女の命運を左右した。


そして今回は木下紗祐。


木下紗祐のイメージはいつも泣いていた。泣きながらがんばる女のコ。

それがつらいと思いながらも、いつも一生懸命に毎日をこなしていた。

努力して努力して、がんばってがんばって、いつか、幸せになれるだろうと夢想して。

だけど、それはいつも空回り。彼女は知らない。誰かのために努力しても、誰かのためにがんばっても、結局、自分自身を幸せにはできないと。 


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ただいま、三回目の休み時間。

授業は滞りなく進行し、昼休みまであと一時間残すのみとなった。

ふと隣りを見る。樹は机に突っ伏し、惰眠を貪っている。

それはいい。今は休み時間だ。それをどう使おうが個人の自由だ。だが、しかし。

「全授業寝潰すってのはどういう了見なのよっ!?」

どん!っと大きな音で机を叩く。それでも、樹は『はっ!オレの眠りを妨げるのはその程度では役不足だ!!』とでもいいたげな感じで(きっとそうだ。そう決めた)無視を決め込んでいる。

うちの学校は進学校。寝ているヤツをイチイチ起こしてやるほど甘くはない。そして樹はそのシステムに甘えまくって。このように午前中いっぱい眠りコケているのだ。

「まぁまぁ、多分獏本くん昨日遅かったんだよ、ほら、試験近いし。」

と、逆隣りの友人がフォローに入る。

「いーや、絶対コイツのはただ寝たいから寝てるだけよ!」

私は断言する。小学校からの付き合いなのだ。コイツの事は解りきっている。

「この男はね、小学校の時からいっつも授業中に寝ててね三年寝たろうって称号を手にしていたんだから!」

「それはまた…」

「しかも、コイツは放課後まで眠り込んで、私が起こすまでずっとねてたのよ?」

思えば、あのとき、夕方の教室、一人寝ていたアイツを起こしたときから、私たちの腐れ縁は始まっていたのかもしれない。

「でもさ、寝てるのって怖いよね?」

「は?なんで?」

友人が突然話題を変えたので、思わず聞き返してしまった。

「だってさ、眠るときに、『もしかしたらもう目を覚まさないかも』なんて考えたことない?」

「永眠しちゃうかも?ってこと?」

「うーん…何て言うか、よく考えたら眠るときに『必ず起きる』って保証はないわけでしょ?もしかしたら、そのまま目覚めないかもしれないじゃない?現に、そういう病気もあるっていうし…。」

「………」

私は、なぜか不安になった。

樹はいつも寝てばかりだった。まるで現実を拒否しているような。

夢の世界を望んでいるような。

現実を憎んでいるような。

あの、放課後の教室。夕焼けというには憚られるような夕と夜の間。

その中、たった一人で眠っていた少年。

なぜか、誰も彼を起こさなかった。

誰も、彼を見なかったから。

その姿があんまりにもあんまりで−−−。

私は、
「起きないと、家に帰れないよ」
と声をかけたのだ。



なんとなく昔を思いだし、仕方なく、起こしてやることにした。

これは、純然たる仏心というやつだ。

決して、深い意味はない。

「おーい。樹〜そろそろ授業始まるから起きろ〜?」

「うう、うーん…」

少し樹がみじろく。反応ありか?

「もう食べられない…」

「………」

何て言うベタな夢を見ているのか。

「私が生きているうちにこの寝言が聞けるとは…」

少し、感動。

「うーん…もう食べられない…かもしれない。…もう食べられないかもしれない…」

「疑問系!?」

思わずツッコミを入れてしまう。

…結局、樹を起こすのは断念した。


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勉強とはなぜするのか?と考えるとき、すでにそれは逃避に入っている。

「だーかーらー!そこは公式を使うの!積分もわかんないで、どーやってこの高校受かったのよ!?」

「うう、面目ないです…」

なぜか、ボクは授業の復習らしいものを受けている。

どうやらボクが寝ているうちに、午後にテストが行われることが決定したらしい。

ゆえに、そのテストに合格するために、こんなやったことのない勉強の『復習』をしているのだ。

…これでも、成績はいいほうなんだけどなぁ。

「まさかアンタがここまで馬鹿だとわねぇー。寝てばっかりいるからよ!」

木下は不機嫌だ。さっきも『復讐してやるとは思ったけど、復習するはめになるなんて…』とかなり物騒なことをぼやいていた。

しかし、このシチュエーションはボクにとっては好都合だ。彼女が人払いしたのか、この休憩室には誰もいない。

…密室に二人キリと言うのはかなりドキドキする展開なのだろうが、ここは仕事優先だろう。

「なぁ木下、少し休憩して食事にしないか?」

殺す前に、聞いておかないといけないことがいくつかある。

例えば−−−どこで死にたい、とか。

「そうね。私もお腹空いたし、数学以外だったら、頑張ればなんとかなるでしょ」

いいえー頑張れません。とは口が裂けても言えない。

「そういえば樹、ご飯どうしてるの?」

「………」

「まさか忘れたとか?」

「きょ、今日は断食日なんだ」

「いつから回教徒になったのよ!?」

木下はため息をつくと、自分のお弁当を差し出した。

「今から学食行ってもろくなもん残ってないわよ。…しょうがないから私のお弁当。分けてあげる」

「…いいの?」

「貸し一つね。ううん勉強教えてあげてんだから、貸し二つ」

「取り立てが厳しそうだ」

ボクは木下のお弁当から唐揚げを一つつまみとる。うんなかなかうまい。

「うまいな。木下が作ってるのか?」

木下も弁当から唐揚げ食べ。

「うん、朝お母さんと二人で作ってるんだ。その唐揚げはお母さん作」

「へぇ…」

木下の母親、ね。

ボクはおにぎりを一つ貰う。…どうでもいいが、年頃の女のコが食べるのに適量な量なのか?明らかに多いぞ?男から見て1・5人前はあるぞ?

「木下、よく食べるんだな…」

木下はピタリと動きを止める。

それからギギギと響きそうな動きでこちらを見ると。

「あんな寝言いうやつに言われたくない!」

と、大声をあげた。



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樹に私の出血大サービスで勉強を教えてやっていると言うのに、あまつさえお弁当まで分けてあげた。なのに、返ってきた言葉は私を侮辱するような言葉…。

何がいけないのか。たくさん食べることは罪なのか?許されざる大罪なのか?それを、こんな男に断罪されるなんて−−−!!

「イヤ、そんないい感じに壊れられても…」

『何か見えない地雷でもふんでしまったのか?』と樹がボソッと言う。

ふふ。地雷を踏んだらサヨナラよ?

さーて、どう料理してやろうかしら?

私が思案にくれていると。

「そっか、オレ午前中夢を見てたんだよな。…木下は、夢をみたりするのか?」


「………夢?」

気勢を削がれた。いや、何かそのワードには引っ掛かるものがある。

「そう、夢。といっても『将来の夢』みたいたな抽象的なものじゃなくて、即物的な、寝ているときにみる夢」

ずきり、となぜか左腕に痛みが走る。

「木下は、いつもどんな夢を見る?」

樹は他愛のない雑談のように聞いてくる。

だけど、私にはわかった。彼が、真剣に私に問い掛けているということを。

「私が、見る夢−−−」

「見る夢は?」

樹が怖いと思った。なぜか、目の前の少年が全然知らない人に思えた。左腕が痛んだ。

−−−きっとそれは錯覚だ。

ここにいるのはいつもどおりの樹だ。あの誰からもほっとかれていた少年だ。左腕の痛みも錯覚だ。だって私は怪我一つおってやいない。
だから、錯覚なのだ。

「−−−の前に、樹はどんな夢を見るの?」

それでも、答えることができなくて、質問で返すことにした。

「オレの?」

「そう、樹の」

樹はキョトンとした顔をして、私を見返す。

あれ?なんかへんなこと聞いたかな?

樹はそれから困った顔をすると。目線を少しずらして。

「今は、木下の夢を見てる」

そういった。


な、な、な、なんてことを言うんだ!

樹が私の方を見る。ダメだ、目を合わせられない−−−!!

「な、なに言ってんのよ」

かろうじて言葉をつむぎだす。

だって、これは誤解しようと思えば誤解するセリフだし、深読みすればするほど深読みしてしまう…。ああー、なんか混乱してきたー!!

「いい感じにテンパってるけど、大丈夫か木下?」

「い、樹がへんなこと言うからでしょ!?」

「は?オレなんかおかしなこと言ったか?」

く、この天然め…。天然は髪だけじゃなく頭にまで及んでいたか…!

「さぁさぁ、オレは自分の見てる夢を発表したんだから、次は木下の番だろ?」

樹はいつもと変わらずへらへらした顔で聞いてくる。

く、動揺するな、私。こんなの、適当に答えておけばいい、例えば−−−。

「教室」

「教室?」

「そう、教室の夕暮れの夕と夜の間の夢を見る」

彼は、覚えているのだろうか?小学校のとき、私と樹が初めて言葉を交わした、あの教室での出来事を。

「ふーん…」

樹は腕を組み、何か考えるように目を閉じる。

思い出しているのだろうか?幼なじみである私と彼とでは思いでも尽きない。


だけど、その風景だけは、私の心に強く残っている。

果たして、彼はどうなのだろう?

私がそのことを聞こうとしたとき、彼は目を閉じたまま、口を開いた。

「夢は綺麗でも醜くても、いつかは覚めてしまうものなんだよね」

樹はまるで独り言のように、言葉を紡ぐ。

「そして夢から覚めるその時は、一片の容赦も情けもない現実が襲いかかってくる」

「人の見る夢なんてのは抽象的にも即物的にも、現実に押し潰されてしまうものなのかな?」

樹は目を開く。その瞳は、私だけを見ている。

私はいいようのない不安にかられた。

いつも寝てばかりいる樹。もしかしたら彼は現実が嫌いなのか−−−?

左腕がずきりと痛む。

そして胸も痛くなる。

私は聞かずにはいられなかった。

「樹はさ、この世界が嫌いなの?」

「この世界?」

「そう現実が」

樹は少し戸惑ったような顔した。そして、『わからない』と呟いた。

その顔はいつか見た夕闇の教室の顔に似ていた。

「木下」

「なに?」

「伝えたいことがある。放課後教室に残っていてくれないか?」

樹は、何か思いつめたように私に語ってくる。


「…ここじゃダメなの?」

「ああ、二人っきりで、話したいことかある。」

その時、昼休み終了の予鈴が鳴る。

「ごちそうさまでした。」

樹は礼儀正しく礼をすると、席を立つ。

「忘れないでくれ。放課後、教室でな。」

そう言って休憩室から出ていく。

「二人っきりで話したいことって…」

私は樹が出ていった扉を、本鈴がなるまで見つめていた。


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これ以上の関わりは蛇足だ。彼女とボクが殺す殺されるの関係である以上、それは仕方のないことだ。

「さて、さすがにもう教室には戻れないよな」

教室には彼女がいる。下手に接触して時間が延びるのは避けなくてはいけない。残された時間が多いとは言えないんだから。

「まずは証拠集めか…」

殺す前に、できれば自分が殺される理由を納得してもらいたい。

−−−できれば自分から死んでほしい。

「殺しあいになれば、勝ち目はないからな…」

証拠捜しのため、校舎内をウロウロする。

ホントは、証拠なんて必要ない。彼女の失態は明白で、誰がどうみても矛盾だらけだ。

だけど、どうしてボクはこんなことをしているのか−−−?

「逃げてるだけなんだよな、ホントに」

そして、見つけた。

最初の綻び。

ボクが教室に入ったときにできた矛盾点。

ふと窓をみる。日は完全に傾き、約束の時間まであと少し。

僕はポケットからナイフを取り出す。

方刃の刃渡り15センチほどの御影からもらい受けた殺人道具。

女のコ一人殺すくらいならわけのない凶器を、ボクは時間まで眺めていた。


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「そろそろ起きないと家に帰れないよ?」

「ボクには帰る家がないんだ」

「そうなの」

「お母さんはボクのことがキライなんだ」

「そうなんだ」

「ボクがいると、お母さん眠れないんだって。」
「だから、いつも学校で寝てるの?」

「うん。家では眠らせてくれないから」

「お母さんのこと、嫌いなの?」

「わかんない」

「わかんないんだ」

「キミは?」

「え?」

「キミはお母さんのことキライなの?」

「アタシは…お母さんのこと好きだよ?」

「好きなんだ」

「うん。いつもおうちにいてくれるわけじゃないけど、アタシのことを『自慢の娘』だ。って褒めてくれるの」

「いいなぁ。ボクは『気持ち悪い子供』ってよく言われるんだ…」

「気持ち悪い?」

「うん。ボクと一緒に寝ていると、なんだか気持ちが悪くなるんだって。だから、そんなふうに褒めてくれるお母さんが羨ましい」

「ええ、アタシの自慢のお母さんなんだから!」



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樹は結局、放課後まで戻って来なかった。

私は授業中、終止ドキドキしっぱなしで、ほとんどテストもできなかった。

『伝えたいことがある』

これはあれか?やっぱりあれか?そういうイベントなのか?いつのまにか私はそういうフラグを立てて、樹エンドまっしぐらに走っていたのか?

…思考がかなり混乱している。

そうだ、別に『愛の告白』を受けると決まったわけではない。樹とはずっと幼なじみを続けてきたのだ。今更、その『恋人関係』ってのは無理がある。きっと、なんか他愛のないことを言うに決まってる。『お金かしてくれー』とか『宿題みせてー』とか。

そうだ。樹から『愛の告白』などありえない!

とは思っても、このドキドキは止まらない。

日は確実に傾いている。あと少したてば、約束の時間だ。

…明確な時間を言ったわけじゃないが、おそらくあの時間だろう。

二人が初めて話した、夕と夜の間。

私はいつかの彼のように瞳を閉じて待つことにする。



−−−おそらく、私を起こしてくれるのは彼だろう。

それまで、私は瞳を開ける気はしなかった。


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終わりは、いつだって呆気ない。

きっとそれは夢から覚めるような素早さで、多少の余韻は残っても、すぐに無撒して忘れてしまう。

さぁ、これから木下紗祐の物語りに幕を閉じよう。





教室のドアを開ける。

時間は夕と夜の間。日が完全に沈む前のわずかな時間。

その中に、瞳を閉じて、今から起きる惨劇に祈りを捧げているような、木下紗祐の姿があった。



「お待たせ木下」

「ええ、私を待たせるとはいい度胸ね」

木下は瞳を開けてボクを見る。どうやら最初から起きていたようだ。

「すまないね。こっちにも理由があって。どうしても今日中に木下に伝えたいことがあったから」

木下は何かを察したのかなぜか少し身構えた。

「うん。それで、伝えたいことって?」

「そのまえに木下謝らなければならないことがある」

「え?」

「テスト、サボってごめん。せっかく勉強教えてくれたのに」

「ああ、そのこと」

木下は少しホッとしたようなそぶりを見せる。

「そのことは気にしてないわ。アンタのできじゃあ、受けててもいい点とれなかっただろうし」

「ひどい言われようだ…」


「そうだ、そのまえに樹に聞きたいことがあったの」

「聞きたいこと?」

「そう、聞きたいこと」

「なに?」

「樹は覚えてる?私達が初めて話した日のこと」

「………」

ボクは答えない。

「あの日もこんな夕闇の日だった。二人とも家に帰れないでギリギリまで学校にのこってて」

ボクは答えない、なぜなら−−−

「樹は私が起こすまで眠っていたわ。そして私達はそこで少しだけお話をした」

ボクは答えない。なぜならボクは−−−

「ねぇ樹は覚えてる?あの時、樹は私のお母さんを−−−」

彼女は何か、まるで懇願するような目で見つめてくる。

ボクは答えられないことを答える。

「知らない」

ここでボクはようやく口を開く。

「そんなことは知らない」

自分の声ながら、なんとそれは冷たいことか。

ボクの否定的発言を聞いて、木下は−−−彼女は、何か、悲しいような、切ないような、なんともいえない表情をした。


ボクは、ポケットの中のナイフを確認する。

夢の終わりまで、あともう少し。


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私は、彼が来るのを待っていた。

いつかの少年と同じように、一人静かに眠るように。



樹のいうことが『愛の告白』だろうがなんだろうが、私には、確かめたいことがあった。

もしそれを樹が覚えていてくれたのなら、もしも、もしもだ、樹が『伝えたいこと』が『愛の告白』だとしたら−−−。

なんてことを考えていた。

考えていたんだよ?

返ってきた答は。

「知らない」

「そんなことは、知らない」

どこまでも冷たい、否定的な言葉だった。



「覚えて−−−ないの?」

私は、もう樹とは絶望的な隔たりがあると知りながら、私は聞いてしまった。

「覚えていないんじゃない、知らないんだ」

このとき、もう私は気付いてしまっていた。気付いてないことに、気付いてしまった。

「なぜなら」

樹は−−−。

「ボクとキミは、出会ってさえいないんだから」

樹は−−−誰だったのか?−−−彼は、誰なのかということに。

「なに言ってるの?私達は、昔から幼なじみで、例え樹が忘れてしまったとしても、私は−−−覚えてるは」

見苦しく、もがいてみる。

だって、私は覚えているから−−−。

あの、二人ぼっちで残っていた教室を。

「それは錯覚だよ」

まるで、殺し屋。ううん死神みたいな無慈悲な目で私を見つめてくる。

「ボクが、そう思うように刷り込んだんだ。最初に出会った時、ボクのことを思い出せなかったろう?」

−−−あれ?こいつ誰だっけ?

「それは、キミが忘れてたわけじゃない。ただキミが、知らなかっただけだ。そのとき、ボクが言ったセリフからキミはボクの役職を作った」

−−−幼なじみの言うことを信じてくれないのかい?

「一度、キミに『認識』してもらえばあとは楽だった」

−−−ならば、あの過去は?

「キミはかってにボクの過去も想像してくれた。さっきのも、想像か、きっと誰か違う人との記憶を流用して、作り上げたんだ」

左腕が痛みだしてきた。

「い、樹が何を言っているのか、私にはわからないわ…」

わかっている。わかっていない。わかっている?わかっていない?

「何が言いたいの樹?」
彼が言いたいこと、伝えたいことは、もうわかっている。だけど、認めたくなくて、聞いてみた。


「この世界は、全部キミの夢なんだ」

彼は、静かに、そう告げた。

太陽はすでに完全沈んでいた。


□■□■□■□■□■□


太陽は完全に沈んでいた。

彼女は俯いて、左腕を庇うよう右腕で掴んでいる。

ボクは、話しを続けなければいけない。

「いろいろと、矛盾点はあった。だけどキミが気付かないのも無理はない。制作者は観測者であるキミとは同じであって別物だ。無意識、って言った方がはやいかな?」

辺りを見渡す。彼女の近くだというのに、教室はどこか、あやふやな像を結び始めている。

「だが、ボクのような『部外者』がはいりこんだことによって、矛盾や綻びが顕著に表れ始めた…矛盾はすぐ修正されるし、綻びはごまかしがきく、ダマすのが本人だけならね」

彼女は小刻みに震え始めた。

ボクは続ける。

「例えばコレだ」

ボクは一つのノートを取り出す。彼女が今朝つけた学級日誌だ。

「キミが今日書いたものだけど、見えるかい、ここ?」

彼女は顔を伏せたままだ。

ボクは構わず言葉を続ける。

「朝の段階で、出席をとっているね、全員出席、見事なものだ。ただ、この時点でおかしい」

もちろん、最初からボクは気付いていた。

しかし、このことに対して矛盾修正はなかった。それは−−−。


「ボクは、遅れて教室に入ってきた、それなのに、教室には一人分の空いた机があった、それはなぜか?いや、そのことは問題じゃない。誰か一人消えた?いや、それもたいしたことじゃない。」

彼女は力無く、床に座り込む。

ボクは続ける。

「問題なのは、そんな不可思議なことがこの世界ではまかりとおっているということだ。それが、この世界が誰かの想像の中でしかなりたたない、できそこないの世界ということの証明だ」


そして、最後にボクがここにいる理由を教える。


「ボクは、あなたをこの世界から殺すために、現実から来た者です」


窓を見る。そこには夜が。


いや、ただの黒が窓いっぱいに塗り潰されてるようにしか見えなかった。



□■□■□■□■□■□



彼の長い話は終わった。

左腕が痛い。いつのまにか、血が流れている。


ああ、そうか−−−忘れていた。

私の左腕は、自分でつけた傷でいっぱいだったんだ−−−。

もう全部、思い出していた。この世界のことも、現実で起きたことも、私がしたことも。

それでも、私はもう一度聞いた。

「貴方は、本当に私の知っている樹じゃないの?」

彼は、至極当然のことのように。『そうだ』と呟いた。

「ボクの名前は摸本樹だけど、キミの作り出した獏本樹とは別人だ」

「そう、なんだ」

「ごめん」

「ううん。謝らなくていい」

「キミをダマしていた」

「私ほどじゃ、ない」

「………」

私は立ち上がって、彼を見つめる。

「私、どうしたらいい?」

彼はここで、始めて迷ったような仕草をした。

「キミを、この世界のキミを、殺す。そうすれば、キミはもとの現実に帰れるんだ」

「そう、それで迷ってるんだ。私を現実に帰すかどうかで」

左腕をみる。その傷はあまりに醜く残っている。

「そっか、もう、夢から覚めちゃったのか…」

悲しい事を、たくさん思い出した。苦しい事をたくさん思い出した。

−−−目覚める事が怖いくらいに。

私には、自分から目覚める事はできない。それは朝起こしてもらえないと起きれない子供のように。

−−−もしくは、彼の憐憫にすがるように。


「貴方が決めて、私をどうするか」

私はそう訴えていた。


□■□■□■□■□■□


ボクはポケットからナイフを取り出す。

そう、やるべきことは最初から決まっている。ただそれが正しいか間違ってるかがわからないだけだ。

ただ−−−

「ボクにできるのは、これだけだ」

彼女は目を閉じる。

ボクは彼女について何も知らない。彼女が何に悩み何に苦しみ何に救いを見出すか、ボクにはまったくわからない。

だけど、だけど−−−これでいいのだろうか?


ボクはそのまま−−−。



「させないわ」

飛んできた机にぶつかり弾きとばされた。

「ぐ、う…」


それは的確にボクだけを狙った攻撃だった。


なんだ?なにが起きた?この場は彼女の夢の中、第三者の介入なんてことは−−−。


「ま、まさか」

「あら、察しがいいのね『侵入者』さん」

そこにいたのは−−−。

「貴女、なんでここに!?」

木下が『それ』に向かい合う。

有り得ない、アレは、木下の−−−

「あら、名前を呼んでくれないの?ふふっ初めから名前なんて設定してないからかしら?所詮、名もなき友人Aだからね」

彼女には見覚えがある、木下の逆隣りにいた女生徒だ。

「だって、しかたないじゃない。紗祐には友達なんていないから、イメージだけで、名前なんてつけなかったのよ」

思えば、彼女はボク以外のヤツを名前で呼んでいなかった。

「あ、貴女は一体なんなの!?」

木下が叫ぶ。

『ヤツ』は不敵に笑う。


「それは、そこで転がっている人に聞いた方が早いかもよ?」


『ヤツ』はボクを指差す。


木下に向かってボクは搾りだすように言う

「木下、アレは木下の『制作者』だ…」

有り得ないが、間違いない。有り得ないけど、間違えようがない。

この木下が形作る世界で、自由に物を作ったり動かしたりできる者、それは『制作者』以外有り得ない…!

だが、しかし−−−!!。


「本来『制作者』は無意識の存在のはずだ。あんなように…意思をもって行動するなんて有り得ない!」

それは半ば、自分に言い聞かせるような言葉だった。

「そうね、本来ならね。だけど、ある人が、かわいそうな私のために、私を造ってくれたの」

彼女はニヤニヤしながらボクに近づいてくる。

「現実に打ちのめされた、かわいそうな私のために作る」

彼女がボクの前に立つ。そして−−−。

「私の、私による、私のための、夢の楽園のために−−−ね!」

ボクの頭を掴み、女のコの握力とは思えない力で、ボクを壁に叩きつけた。

「ぐ、がぁぁぁ!!」

遠くで木下の悲鳴が聞こえる。

「あらあら打たれ弱いのね?それともアタシが強すぎるのかしら?」

ダメだ−−−この世界では、『木下紗祐』は無敵だ…。


「あんたは本当に厄介者だわ」

彼女はボクの襟首を持ち、左腕だけで軽々と持ち上げる。

「最初は紗祐が喜ぶから捨て置いたけど、紗祐に現実を押し付けるなんて、なに様のつもり?」

ナイフは−−−くそっ!最初の一撃でとっくに取り落としてる。

「私達は私達で楽しくやってんのよ。邪魔しないでくれる?」

彼女が右腕を振り上げる。何しろあの怪力だ、一撃で終わりだろう。

−−−何か、手はないか?頭を打ったせいか、まるで思考が働かない。

「歯ごたえがないわね。−−−それで、誰かを救えるとでも思っているの?」

手はある。手はあるのだ。−−−だが前回とはケースが違うのだ。それを彼女に使うのは−−−。

「貴方には何もなしえないわ。そんな貴方が−−−私達に構わないで」

いつか、そんなことを彼女にも言われた気がする。だけど、それでもボクは−−−。

「そんなだから、貴方はこんな目にあうのよ」

生命の危機乗じて、ボクの中でゾワリと何かが蠢きだす。−−−ダメだ。今は、抑えなければ。




「バイバイ、××君」



何か、呼びられない名前で呼ばれた気がしたそのとき。

「樹から離れなさい!!」

ナイフを構えた木下が、彼女に立ち向かっていた。

「やめなさい、例え紗祐でも、『制作者』たる私には敵わないわ」

その通りだ。彼女は余裕そうに振り返る。だが、一蓮托生であるキミ達は−−−。

「そう、なら、これならどう?」

そう言って木下は、自分の喉元にナイフを押し付けた。

「!!!」

彼女がボクを取り落とす。


「が、はあ、はあ、」

くそっ!、呼吸するだけで精一杯だ。

「やめなさい、紗祐。そんなことをすれば、夢が覚めてしまうわ!」

彼女が叫ぶ。

「そんなのとっくに覚めてるわよ!」


二人の
「紗祐」
が言い争う。

「まだ、取り返しがつくわ。今なら、また紗祐の記憶を消してあげられる。また元通りの幸せな世界を演出してあげられる」


彼女は一歩づつ木下に近づいていく。


「こないで!」


『制作者』はそれでも彼女に近づいていく。


「現実に帰ったら苦しいだけよ?忘れたの?その心の痛み。忘れたの?その腕の痛み。忘れたの?お母さんのこと」


『制作者』はもう手を延ばせば木下に触れられる距離だ。


「お母さん、のこと」


木下の手から、力が抜ける。


「そう、紗祐を苦しめる全てのことから、私が守ってあげる」


二人の『紗祐』が見つめ合う。


「わ、私は、もう、痛いのは嫌だわ……」


二人は−−−正確には一人だが、その表情は同じ。今にも、泣き出してしまいそうだ。

ボクはそんな二人を眺めることしかできない。


「今まで、誰も紗祐の苦しみをわかってくれなかったじゃない。誰も助けてくれなかったじゃない。でも、私は違うわ。だって、貴女だもの。貴女を苦しめるすべてから、私が守ってあげるわ」


それは違うと思った。間違っていると感じた。なぜなら−−−

「…本当に?」

そこには、自分しかいないじゃないか。


「ええ。また二人で、楽しくやりましょう!−−−あの男を排除してね」


二人の『紗祐』がボクを見る。

「樹はどうするの?」

『制作者』は少し、憐れむような目でボクを見る。

「消えてもらうしかないわね。彼がいると、私達は幸せになれないから。−−−でも、心配しなくていいわ。すぐ、私が新しい彼を造ってあげるわ。紗祐」


ボクは、身震いした。ボクにとってここでの
「死」
は現実の死と同義だ。

「…そう。ごめんね?樹さん」

木下が謝ってきた。


その目には、静かな光が灯っている。


その瞳を、ボクはどこかで見たことがある気がした。…どこかで、見たのだ。


−−−その決意を。


「イヤ、気にしないでいいよ。それより、ナイフを降ろした方がいいんじゃないか?」


ボクはそうアドバイスする。そのポーズじゃ何かと問題だろう。


『制作者』は、どこか嬉しそうに。

「観念したようね。最後は自分のナイフで逝かせてあげるわ。さ、紗祐、ナイフを貸して?」

『制作者』は木下に右手を延ばす。

「ええ、いろいろありがとう」

木下も、右手を延ばす

ただし、ナイフを左手に持ち替えて、右手を後ろに延ばして。

「本当にありがとね。おかげで自分がどれだけ甘えた奴か、理解できた」

「?」

そして、木下はいい笑顔で。

「くたばれや、私ー!!!」

後ろに延ばした右手を思い切り−−−目の前にいる『制作者』の顔面に叩きつけた。


それは目の覚めるような右ストレート−−−!!!





□■□■□■□■□■□




私が殴りつけた『制作者』とやらは、机を巻き込みながら、派手に教室の隅まで吹っ飛んでいった。

…きっと夢の中だから、普段の三倍増しぐらいで強くなっているのだろう。

それよりも−−−。

「大丈夫、樹!?」

樹はお世辞にも大丈夫とは言い難かったが、それでもなんとか立ち上がった。

「あー、ちょっと堪えたけど、大丈夫」

たぶん、やせ我慢だろう。

「ごめんね、私のせいで…」

「木下のせいじゃないだろ?」

「でも、私がやったことだわ」

それは、きっと弁解できないことだろう。

「それじゃあさ、これでチャラにしてくんない?」

「は?」

「お昼のさ」

ああ、あれね。

「わかったわ、レッスン分、一つ返済ね」

「これで一つ分なのか…」

「当たり前よ。美少女のお弁当は宝石より価値があるのよ。でもまぁ、大負けに負けて、ケーキ一つ分で許してあげるわ」

くすくすと二人で笑い合う。

「そういえば、最後の、よく私がしたいことわかったわね」

私はなぜか、彼が理解していたと言うことを確信していた。

「ああ、それはちょっとしたヒントがあってね」

「ふーん…」

そっか、別に思いが通じ合ったから、ってわけじゃないんた…。


「それより、どうする?」

「え?」

いつのまにか、樹がナイフを持っていた。

「そっか、そういう問題も残ってたわね」

私は樹に向かって手を延ばす。

「気が変わったわ。ナイフ、貸して」

樹は苦笑いでナイフを渡す。

「やっぱ自分のことは、自分でかたをつけないとね〜。誰かに選ばせようなんて、そりゃ怒られるわ」

私はナイフを逆手に持つ。

「怖く、ないのか?」

怖いよ?きっと現実に帰ったら、たぶん私は私で無くなる。おそらく、この記憶も無くなるまた痛いだけの毎日だ。だけど−−−。

「平気よ。私は。やりたいこともしたいことも−−−あったみたいだし」

夢を叶えるのは、やっぱり現実じゃないと。

「これ以上は名残惜しくなるから」


樹の顔をみる。やはりなんともやりきれない顔になっていた。

だけど、よかった。自分で決断できて、本当によかった。

彼にこんな事を押し付けないですんで、本当によかった。



キスくらいしとこうかと思ったが、お楽しみは後にとっておくとしよう。

それじゃあね、と軽くウインクして私は、ナイフを胸に突き刺した。

それは、ひどく呆気ないくらい。私が夢から覚めた瞬間だった。


□■□■□■□■□■□


ボクは、彼女が瞳を閉じるの見つめていた。彼女が鼓動を停めるのを聞いていた。彼女がこの世界から消えるのを感じていた。

死者は、夢を見ない。

言い換えれば、誰も死んだあとの事を夢見る事はできない。

それが、ボクが夢を覚ます方法。

−−−死んで目覚めるのだ。


さてと、では後始末と参りますか。

「もう、いいんじゃないか?でてきても」

瓦礫の山にむかって声をかける。

「なにもかもお見通しってわけ?むかつくわね」

ガシャガシャと瓦礫と化した机の中から『制作者』が顔をだす。

「ふん。紗祐は自分で決断したみたいね。これだけ発破かけないと駄目なんて、ほんとグズグズしてるわねぇ」

「ホントに、キミ達は自分に厳しいな」

「『自分に厳しく他人に甘く』それが紗祐のモットーなのよ。…それがなきゃ、もっとうまく立ち回れたのに」

「何事も、うまいようにはいかないさ」

ボクは適当なところに腰をおちつける。

「いつから気付いてた?私が本気じゃないって」

「学級日誌、改竄しなかったろ?そこで、この『制作者』は味方なんだなと思ったのさ」

正確には、敵の敵、といった感じだが。

「そのわりには、ビビってたじゃない?」

「そりゃあ『制作者』に人格があるなんて思わなかったからさ」

それはかなりのイレギュラーだった。あとで御影に聞いてみよう。

「この世界も限界みたいね?」

夢見る者−−−観客がいない以上、舞台は幕をおろさなくてはならない。

「キミはどうするの?」

「眠るわ。正直くたくたなのよ、紗祐の相手は」

「ああ、よくわかるよ」

二人で少し、笑い合う。さっきのように。

「貴方はどうするの?」

「ちょっとすることあるから、先に帰ってて」

ガラガラと音をたてて崩れる教室。

「そう?それじゃあお言葉に甘えて」

彼女が、世界に溶けていく、その前に−−−。

「バイバイ、××君」

誰だか知らない名前を言った。






辺りを見回す。

ボクが目覚める条件は三つ。

ボクのセットした目覚ましが鳴るか、夢が終わるか。夢喰いとしての責務をまっとうするか。


このままなら、ほおっておいても夢は終わるけど、久しぶりに食事とする。


それが−−−本当の目的かもしれないし。

ゾワリと、ボクの中で何かが蠢きだす。



バクは彼女の見た夢を食べつくした。


□■□■□■□■□■□


「…なんで、泣くの?」

「ときどき、わからなくなるの。アタシはお母さんのこと好きだけど。お母さんはどうなんだろうって」

「…紗祐ちゃんは、それでもお母さんのことが好きなんでしょ?」

「…うん」

「ボクは、そのうちお母さんのことをキライになると思う」

「………」

「でも、それはきっととても寂しいことだと思うんだよ。今みたいな泣いちゃうくらい」

「うん…そうなったら、アタシも寂しいし、お母さんもきっと寂しいと思う」

「………」

「だから、アタシはお母さんのことを好きでいつづける。もしも、お母さんがアタシのこと好きじゃなくても」

「うん」

「それじゃ寂し過ぎるから」

「紗祐ちゃんは…強いね」

「強い?」

「うん。とっても。ボクにはとても、そんな目はできないよ」


□■□■□■□■□■□

私が目を覚ましたとき。そこはベッドの上だった。

一瞬、なぜここにいるのかわからなくなる。

だけど、すぐ気がついた。

ああ、私、病院に運ばれたんだ…。

「気がついたかい?」

右横に目を走らせる。そこには限りなく黒に近いグレーのスーツを着た、男の人が椅子に座っていた。

年は…二十代から三十代くらい。
かなり大胆に延ばした黒髪が印象的だ。

統合すると悪の理系幹部ね。

「こ、こぁ」

ここは?と聞こうとして喉に猛烈な痛みが走った。

「ああ、無理しないで。君は三週間もん昏睡状態だったんだ。まず喉に水を通さないと」

そういって男性は私にストローつきのペットボトルを差し出して、私の口につける。

水が喉通る。痛い。

「私は御影評吾みかげひょうごといってね。若輩ながら、ここの病院長を勤めている」

男は穏やかな笑顔を浮かべている。…なぜか、私にはそれが邪悪なものに思えた。

「私…病院に運ばれたんですね?」

私はとりあえず、わかりきったことだが、一応聞いてみる。

「そう。君は…誤って薬品を大量に摂取し、薬物の中毒症状でこの病院に運ばれたんだよ」

誤って、か…そういことになってるわけね。

見なくてもわかる。私の左腕は包帯でぐるぐる巻きだ。

「学校の先生も心配していたよ。昨日もお見舞いに来てくれてね」

「お母さんは?」

私は、聞くべきではないと思いながらも、聞いてしまった。

「お母さんは、来てるんですか?」

御影さんは、非常にいいにくそうに。

「君のお母さんは…お仕事の都合で一旦ここを離れられたよ。」

「…そうですか」

わかりきったことだったけど。あきらめきったことだったけど。

やはり−−−。

「でも、君のことをとても心配していたよ。意識が戻ったら、いの一番に連絡をくれだそうだ」

それは、対外的な物言いだろう。

「…そうですか」

やはり、苦しくなる。

もう、何も願わないと誓ったのに。

「ところで、いくつか聞いておきたいことがあるんだけど、いいかい?」

御影さんは伺うような仕草で訪ねてきた

「もちろん、気分が優れないようならあとにまわすけど」

「いえ、大丈夫です」

「すまないね。少し急ぐことだから」

…おそらく、私の自殺未遂のことだろう。いくら対外的に事故になっていようが、ある程度の言及は免れない。

だけど、聞かれた内用はまるで違った。

「昏睡中、君は−−−何か夢を見たかい?」

「はい?」

「夢だよ、夢。ドリーム。寝てるときに見る夢のことね」

それはわかるが、なぜにこのタイミングで?

私の疑問を察したのか、御影さんは説明に入る。


「君は三週間も昏睡し続けていたんだよ?昏睡なんて、一週間も続けば立派な植物人間だ。だけど君の脳には、まったく以上はなかったが…一つ、奇妙な点があった」

「なんですか?」

「君は、夢というものはいつ見るものか知っているかい?」

「?寝てる時?じゃないですか?」

「まぁ、確かにその通りだけど、専門的に言うと、レム睡眠中という。知っているかな?」

…ああ、それなら知っている。

レム睡眠というのは人間の睡眠中の行動の一つで、浅い眠りの状態のことをいう。

主に、夢を見るときはレム睡眠中なのだそうだ。

「知っています。夢を見るときの浅い眠りのことですよね?」

「その通り。博識で助かるよ」

御影さんは芝居がかった仕草で私に拍手をした。
…早く先に進めてほしい。

「さて、そのレム睡眠だが、普通は何時間か周期に、浅い眠り深い眠りを繰り返すのだが、君の場合−−−」

御影さんはそこで一旦句切り、私を覗き込むようにして、続けた。

「レム睡眠とノンレム睡眠の時が明確に別れていた」

言っていることがよくわからない。

「普通は何時間おきにランダムで入れ代わるものが、君の場合、朝と共にレム睡眠になり、夜になるとノンレム睡眠に移り変わった」

「………」

「多少のタイムラグはあったとはいえ、それは三週間同様に続けられた。まるで−−−夢の中で生活しているかのように」

私は、今まで見ていた夢を思い出そうしたが、−−−どうしても思い出せない。

「何か、思い出せることはないかな?どんな些細なことでもいいんだ」

「…すみません何か見たような気もしますが、…思い出せません」

「そうか…イメージだけでもいいんだが」


「いえ、何も−−−覚えていないです」

御影さんは何か、難しい顔をして頷いた。

「まぁ、気にする必要はないよ。夢なんてものは−−−覚めてしまったら、消えてなくなってしまうところに、その価値がある」

どこか、自嘲気味に嘆いた響きがあった。

「さて、長話をしてしまったね。これ以上は体にさわる。今は少し休むことだ」

そういって御影さんは席を立つ。

「あとで担当の医師を向かわせる。何か必要なことがあったら彼女に言ってくれ−−−多分、検査づけにされると思うけどね」

軽くウインクされた。

ちょっと、ぞくっとする。

「それではね。紗祐ちゃん」

名乗った覚えはないが、それくらいは知っているか−−−母親も、一度来たみたいだし。

「はい。どうもありがとうございました」

御影さんは一度礼をして出ていこうとする。しかしその前に。

「−−−ああそうだ。なかなかカワイイ寝顔だったよ」

と言いながら部屋から出ていった。

私はその時、この部屋が個室だったのと、話していた人物が私が起きるまで、女のコの寝顔を覗き込んでいたヤツだったということを知った。


□■□■□■□■□■□


ボクにはボクの人生があるように、木下紗祐には木下紗祐の人生がある。

それにどうやって自分自身に折り合いをつけ、付き合っていくかが問題になってくるわけだけど、人付合いというのは、自分自身も含めて、誤解と思い違いとすれ違いの連続だ。

−−−思えば、木下紗祐はそれが積み重なった少女だったのだろう。



ボクは今、ある病院のトップがいる部屋。いわゆる院長室にいる。

そこには、やけに立派なデスクに、応接用の高級なソファーにテーブル。横には精神系や神経系の本が入った本棚が立っている。

この部屋の主は『一応、立場上ね』と言っていたが、本人もこの部屋は気に入っているらしい。

ボクはソファーに座り、その主を待っている。




しばらくすると、これまた高級そうなドアから、一人の男が入ってきた。

ヒョロリとした長身。180は軽く越えている。いつも通り背中まで延ばした長髪にダークスーツ。そして−−−室内だというのに、丸いサングラスをかけている。

「やぁやぁ、待たせてしまったかな?樹君!」

いつも通りの芝居がかった口調。間違いない、御影評吾だ。


「いえ、別にそれほど待ってないですよ、御影さん」

「そうかい?いやぁカワイイ女のコと話し込んでしまってね。年甲斐もなく時がたつのも忘れて楽しんでしまったよ」

御影はボクの向かい側のソファーに腰を降ろす。

「どうでした?木下紗祐の様子は」

御影と話していると、日がくれる。さっさと話しを進めてしまおう。

「うん?ああ、綺麗なものだったよ。なにも、覚えていなかった」

「そうですか」

食べ残しは、なかったか。

「さて、さっきはおざなりにすましてしまったが、今回の詳細について聞こうか」

ボクは順序だてて、御影に見た夢を説明する。特に『制作者』のあたりを重点的に。

話しを聞き終えた御影は少し、考え込むような顔をする。

「御影さん。何かわかりますか?」

「意識をもった無意識ね。…仮説がないこともないんだが」

「どんな?」

「樹君は、彼女がどんな理由でここに運ばれたか知ってるかい?」

「直接の原因は、薬物の大量摂取じゃなかったでしたっけ」

「そう、その通り。だが、彼女の摂っていた薬物とは何だと思う?」

「麻薬、ですか?」

とたん、イヤな想像が頭に巡る。


しかし御影はそれを一笑にふした。


「いやいや樹君。心配しなくててもいいさ。彼女は薬を日常的に服用していたが、その中に麻薬めいたものはないよ。あったのは普通に病院で処方される薬だけだ」

…ホッとする。ボクと木下紗祐は赤の他人だが、なぜか、気になっていた。

「薬が原因じゃないんですか?」

「いや、原因の一端をになった…といったところかな」

そういって御影は少し間をおき。説明を始めた。

「木下紗祐は極度の鬱病を患っていたようだ。それこそ、抗鬱剤を多用するほどに」

それは知っていた。木下紗祐は一年前から、精神科の病院に通っているとプロフィールに書いてあったから。

「このての患者に多く見られる症状なのだが、彼女はODと呼ばれる…簡単に言うと医師が処方した薬より多くの薬を摂取したがる、薬物依存を起こしていた」

薬物依存。しかし、いくら普通に病院で手に入るものだとして、そんなものは普通の高校生が手に入るものなのだろうか?

「ここからが本題なんだが、樹君は分裂症というのを知っているかな」

「多重人格とか、そういったものですか?」


「近いが、違う。これも鬱病患者に多い症例なのだが…いわゆるペルソナと言われるものだ」

「ペルソナ?」

「そう。ペルソナ。仮面。パーソナルの語源。つまり彼女は自分の中に、自分とは別の考え方をするキャラクターみたいなものを作り出していたんじゃないだろうか」

夢の中の木下紗祐は、よく笑い、よく怒る女のコだった。

しかし、それは本当の−−−

「重度の患者になると、鬱と、そうでないときではほとんど別人のようだ。記憶さえ引き継がないこともある。おそらく。木下紗祐の中でも、同じようなことがおきたのではないかと思う」

御影はそこで息をつく。…コイツにも他人を哀れむという感情があるらしい。

「無意識、というものは常に何かを生産、処理しているものだ。彼女の中で、別の意識が生じたとしても、何ら不思議なことではないということだ」

御影はそこで言葉を切る。説明はここまで、あとは自分で考えろということだろう。

「わかりました。ありがとうございます」

知りたいことは知った。ならこんなところからはさっさと帰ろう。

ボクが帰ろうとすると御影が呼び止めた。


「待ちたまえ樹くん。木下紗祐の母親と面談したんだが、その時の話しを聞きたくないかい?」

…興味はなかった。だけど、聞かなくちゃいけない気がした。

「どんな内用だったんですか?」

御影は視線を外し、呟くように言った。

「自分の子供が自分の子供とは思えないそうだ」

「………」

「彼女は、きっと母親になるべきではなかったのだろう。自分の人生が一番楽しくて、あとのものは不随物。もしくは厄介物だとでも思っているようだったよ」

………。

自分の人生が一番カワイイ、か。…そう思えるのなら、どんなに幸せだろう。

他人の人生をないがしろろに生きるとは、どんなに不幸なのだろう。

「あの母子の最大の不幸は、母と娘がこれまで失敗をしなかったということ。これにつきるんだろうね」

「あの母親は、それまでその人生観で生きてきてしまった。…ほんの少しの躓きもなく、うまくいってしまったのだ。自分は正しいのだと思うくらいに」

そして−−−木下紗祐は、その母親に気に入れられようと、必死になって努力した。母の人生を邪魔しない。手のかからない、いい娘として。

…なんて滑稽な親子だろう。

きっと、母の目には、自分の人生を楽しんでいる幸せな娘に見えていたのだろう。自分のためだけに努力してきた人間は、誰かのために努力するなんて人間がいることは、理解できないのだ。

「ここにきて、長年の歪みが顕れたということさ。自業自得といってしまえばそれまでなんだけどね」

やはり、最後のセリフは御影らしい。

誰にも、容赦なんてことをしない。

「木下紗祐についてもの母親についても、よくわかりました。しかし、もうボクには関係のない話しなので、これで失礼させてもらいます」


今度こそ、席をたとうする。

そこを二度目になる御影の制止がきた。

「まだだよ。ここからが君にも関係ある話し何だから」

ボクにも関係ある話し?

「木下紗祐。この名前には聞き覚えはないかい?」

「?いえ、ありません」
完全に、初対面のはずだ。−−−いや、正確にはまだ会っていない。

「そうか…。君がこの仕事を受けたのは、これが理由かと思ったんだが…。流石にそんなに偶然は重ならないか」

「一体、なんのことなんです?」

ボクは少し、イライラしながら聞いた。

「彼女が通っていた小学校は、君が通っていた−−−そう、君がまだ『森山樹』と名乗っていたときの、小学校に通っていたらしい」

「同じ…?」

「そう。しかも同じ学年だったんだ。話したこともあったんじゃないか?」

ボクは過去の記憶を思い返す。もしも、ボクと彼女に何か接点があったのだとしたら−−−?

「…なにも覚えてません。オレがあの小学校に通っていたのは9才までですから」

だとしたら、なんだ。別にそんなものに意味はない。過去の自分に何かあったところで。それが何だっていうんだ。


□■□■□■□■□■□


話しはすべて終わった。ボクはそうそうに帰宅する旨を伝えると、一人家路についた。

御影から『夜遅くなってしまったから送っていこう』という提案を全力で断り。終バスにゆられながら、ボクはこれからについて考える。過去については考えない。



そうだろう?木下。



バスは目的地へとゆっくりと走っている。


…体中にまだ痛みが残っている。御影いわく、夢の中とはいえ、一度脳が『ダメージを受けた』と認識すれば、必ずそれは体にフィードバックされると。

…素直に御影に送ってもらえばよかったかなぁ?
フィードバック?

その時、ボクはあることを思い出した。

過去は、例え忘れてしまっても、必ずそれは現在に反映される。過去と現在が繋がっているのなら尚更だ。

−−−まして、それが未来となると。

「…とりあえずメシにしよう」

忘れているが、ボクは朝から何も食べていないのだ。御影の部屋においてある食べ物は怪しくてとても食べる気にはなれないし。

これからのことも、このあとのことも、今は考えるのはよそう。



ボクにできることは、限られているのだから。


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「そろそろ、帰らなくちゃね」

「えっとそうねバイバイ森山君」

「サヨナラ。紗祐ちゃん」


「また明日ね!」


「…うん、また明日!」



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懐かしい夢を見た気がした。目が覚めたときにはその夢の余韻しか残っていなかったけど、それはとても大切なものだった気がした。

なぜか、わけもなく切なかった。



学校は退院してから辞めてしまった。いろいろ噂もたったし、ドロップアウトする生徒だって少なくない学校なのだ。

なにより、私がそこにいたくないと望んだ。


大検を受けるから、と説明して、高校を辞めたいと話したときも、母は別に反対はせず。『好きにしたら』とのことだった。

それから私は開き直って。毎日をしたいように生きている。バイトをしたり、新しくできた友達と遊んだり、やりたかったことをしてみたり。

今なら、少しだけ母のことも理解できる。

あの人は本当に、私の好きにしてほしかったのだろう。自分のような楽しい生き方をしてほしかったのだろう。

ただ、あの人は、自分だけしかそこにいなかったから、誰かを鑑みることはなかった。

私には母のような生き方はできないけど、決して、同じようにはなれないけど。


もしかして、誰かと痛みを分かち合えない母は、私なんかよりも、よっぽど不幸だったんじゃないだろうか?

私と母の関係は今まで通りだ。たまに連絡があって、たまに連絡する。そんな感じだ。

やはり寂しさはぬぐえないけど、私は、私のためにも頑張ると約束したのだ。

−−−その約束が誰とのだったのか。もしくは自分自身とだったか。それが思い出せないが。

私は私らしく、誰かのためなんて言い訳せず。生きていこうと決めたのだ。



外を見る。今日はいい天気だ。こんな日に一人で家にいるのはもったいないから、どこかに出かけよう。





「それで、やることといったら、喫茶店で一人で勉強とわね…」

そう独り言をぼやく。

予備校での模試が近いのだ。一足先に受験勉強を始めた私には、休日とはいえ休みはない。

まぁ、見ようによっては、毎日が休日だといえなくもないが…。

まだお昼前の時間。店内にはお客さんはほとんどいない。静かなものだ。

何とは無しにペンをフラフラさせていると。店内にカランという音が響いた。どうやらお客さんのようだ。

ドアの方を見る。
男の二人組だった。

二人とも私と同い年くらい。一人は長い髪を明るい茶に染めていて、日焼けはしてないがいかにも『遊んでる』風のニヤニヤした少年と−−−目にかかるくらいの癖のある長い髪をした少年だった。

「いらっしゃいませー」

ウエイトレスさんがパタパタと二人に近づく。

「2名でーす」

茶髪の少年が明るく返答する。

…だけど、こんな時間に男二人で喫茶店とは冴えないわねぇ。

と、少し剣呑な目線を送ったら。癖毛の少年と目が合ってしまった。

しまった、恥ずかしい。

よくよく考えたら、こんな時間に一人で勉強してる自分も同じくらい冴えないぞ…!?

いたたまれなくて目を伏せる。

幸にも、ウエイトレスが通した席は私からは見えない席らしい。

少し、ほっとした。

窓から外をみる。まだ時間が時間のせいか、人通りは全くない。

お昼まで、ゆっくりとここで過ごそうと考えていたら、カランとまたドアが開く音がした。

目をやると、どうやらさっきの二人組が帰るところらしい。

茶髪の少年は困った顔でウエイトレスに謝るような仕草をしながら出ていく。どうやら癖毛の少年の方は先に出ているらしい。


ていうか、まだ入って5分とたってないぞ?それなのに急に店を出るとは、何かあったのだろうか?

興味深げに見てると茶髪の少年と目が合う。

なぜか向こうは『しまった』といった顔をして出ていっていまった。

………?

私、何かしたのだろうか?まさかさっきの私の目線を気にして帰ることにしたのだろうか?

だとしたら、少し悪いことをしたのだろうか?

そんな、冴えない度は同じじゃないか……!!!

そう一人で葛藤していると、ウエイトレスさんがこちらへやってきた。

「失礼します。こちらは苺のムースケーキになります」

え?頼んでないけど。

「すみません。間違いじゃないですか?頼んでいないんですけど…」

するとウエイトレスさんは悪戯っぽい笑顔で。

「今出ていかれたお客さんの方からです。料金は頂いておりますので」

は?今の二人組から?

「な、何でですか?」

「なんでも、『お弁当の借りを返す』だそうですが…」

お弁当の借り?そんなことは−−−心あたりはない。

「もし、なんでしたらお下げ致しますが?」


私がよっぽど微妙な顔をしていたのだろう。ウエイトレスさんが聞いてくる。

「い、いえ。いただきます」

「そうですか。失礼いたします」

そういってウエイトレスさんは下がっていく。

………さて、どうしようか?

正直、あの二人に見覚えはない。だけど、何か、引っ掛かる。知っているのだけど、覚えてない。そんな感じだ。

そう、例えるなら今朝見た夢の後のような−−−?

まぁいい。もらえるものは、もらっておこう。

そう単純に思考して、ケーキを一口食べる。

うん。おいしい。

唐揚げがこんなおいしいケーキに化けるのなら、もっと違う料理も食べさせればよかったかな?

くすり、と笑う。

唐揚げ………?

ふいに

涙が

零れた


忘れていたものを−−−思いだしかけた。


なくしていたものを−−−取り戻しかけた。


涙が零れる。


だけどそれは一瞬すぎて。


人の夢のようにはかなく、私の中から消え去って。



−−−二度と戻ってこなかった。


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ボクはウエイトレスに頼み事をした後。一度も振り返ることなく店を出た。

木下紗祐とは、一つだけ、約束があった。一つだけ、借りがあった。

だから、それを返すことにしたのだ。

これで−−−ボクと木下紗祐の接点はなにも無くなった。

伏線は全て回収した。

だから、もう会うことは真実の意味、ないだろう。

もう二度と、ないだろう。

「おい待てよ獏本!」

一緒にいた友人が追い付いてくる。

「なんなんだよ獏本?急に女にケーキなんておごったりしてさ」

「別に…ちょっと借りがあったから、返しただけさ」

「借りって、お弁当をご馳走になったことにたいする」

「そうだよ。うまかった」

ただし、夢の中の話しだけど。

「ふーん…ずいぶんプレイボーイなんですねー。摸本くんったらー!」

ハジケんばかりの笑顔を向けてくる。

…コイツは何が楽しいのか。

「そんなんじゃないさ」

そう、そんなんじゃない。



これは、単なる、つまらない後日談。

夢の名残のようなもの。

夢の余韻のようなもの。

だから全てを消し去った。


夢は−−−覚めてしまえば何も残らないところにその価値がある。

現在に続く夢なんて、ましてや未来を形作る夢なんて、消え去ってしまった方がいい。

このボクが関わった夢なら、後にはなにも残らない。

だから、もう二度と会うことはない。

もしも、会うなら夢の中。

あの、夕と夜の間。そのわずかな時間に会うとしよう。

それまで、キミが寝るまでボクは起きていよう。


だから−−−。



「サヨナラ、紗祐ちゃん」


言葉はとても小さく辺りに響き。誰も、それを聞く者はいなかった。




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−−−これは、語られることのない思い出せない思いで。

当事者である二人は夢喰いに食べられたわけでもないのに、記憶の奥底に埋没してしまった、わずかな時間だけ交わした会話。

この会話をした少年は次の日には転校してしまったし、少女の方は毎日に必死過ぎて、気にとめることもできなかった。

だけど−−−。その決意は、覚えている。

結局その決意が間違っていたのかもしれないけれど。

彼が忘れても。私さえも忘れてしまっても。

決して、忘れていなかった私がいる。



だから−−−これはそれだけの話し。

夢喰いや夢使い。ましてやもっと巨大な流れにまでふれたと言うのに、結局のところは−−−。



少し疲れて眠っていた少女が、起きて再び歩き出す。

本当に、それだけの、ささやかなお話し。

後には続く。詰まらないお話し。




【Kinoshita Sayu Limited Brake NormalEnd.】




実はこの「バクが見る夢」は本編+番外編四話があって、この話しは番外編その1にあたります。なんでこれを一番最初にもってきたかというと、これがストーリーとして一番短かったというそれだけの理由で。次は、本編の方を書きたいと思っています。…ヒロインが名前さえ出てきてないし。あと、今回の話しはかなりのダイエット版になってるので、できれば加筆修正したいと思います。(ストーリーに変更はありません)それでは、読んでいただきありがとうございました。













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