東へ
鋼の鳥をすべて射落とした事で、私の授業を受ける生徒が増えた。
最初の3人も含めて、15もの人たちが私の話を聞き、そして動いている。
ただ、やっぱり私の話は分かりにくいようで、中には出たり出なかったりの人もいたし、その15人以外にも冷やかしのように話を聞きにきて、すぐに来なくなる人もいた。
眼鏡の小人は、どうやら他の魔獣や妖獣の討伐依頼もやって欲しいようで、顔を会わせる度に色々と勧められたけれども、結局受けていない。
いずれこの街を出るのだから、この街の脅威はこの街の人たちが払う方が良いだろう。
そのために、私の持っている何かを伝えようと思った。
技、知識、考え方。
そうしたものが少しでも伝われば良いと、そう思った。
おかしかったのは、一緒になってリデルも弓を引いている事だ。
いつの間にか自分用の弓を、どこからか買ってきたらしい。
ただ、その腕はどうしようもないくらいに下手だった。
「魔法があるんだから、良いんじゃないの?」
「む、何ですか、その上から目線は。私だって2年も3年も引けばモリーアンよりも上手くなっちゃいますよ」
やってれば誰だって覚えられるさ。
誰の言葉だったか考えるまでも無い。
彼の言葉だ。
やらなければ誰でも出来ない。
リデルが出来ないのはやらなかったから。
ならば確かに、これから出来るようになるかもしれない。
ただし、その情熱がずっと続くのかは疑問だ。
「そう。そうね」
「あ、何ですかそれー。その慈愛に満ちたような微笑っていうのも、何だか腹が立つんですけど」
装備も色々と強化する事にした。
改修してもらった青い今の鎧がすごく良かったので、同じ工房で小手とブーツにも魔法で精錬された鉄を付けてもらった。
ちょっとした盾が付いているような物だ。
もう蛮族の粗末な剣くらいなら、避ける必要もないかもしれない。
それに剣も新しい一振りを注文して造ってもらう事にした。
祭儀用の剣も悪くはないのだけれども、鋼の鳥にボロボロにされた時に、もっと丈夫なのが欲しいと思っていた。
鋼の鳥の討伐報酬と、そして授業料とを合わせれば、相当な余裕がある。
リデルも杖を買い替えていた。
リックとリリアンヌにも鎧を造ってもらう?
そう冗談で言うと、リデルは本気にして、工房を探そうとしたので困った。
さすがにそこまでの余裕はないだろう。
それと、今まで付けてこなかった装備をもらった。
そう、もらったのだ。
「なに?これ?いや、何で造られたのかは分かるんだけど」
ギルドで渡されたそれを最初、例の鋼の鳥の死体かと思った。
「ヘルムよ。頭を守る防具」
「いや、それは分かるけど、何であれでこんな物を作った訳?」
「鋼の鳥の爪で矢じりを、って話を面白がって残り物で作ったらしいのよ。ただ、この街の誰もがアレを不吉に思っているから。誰もいらないって話になったらしくて」
頬から耳にかけてを守るように、鋼の鳥の羽根がそのまま付けられている。
額の部分にはご丁寧に鋼の鳥の首が付いていた。
「ああ、安心して。ちゃんと外側だけだから。中の肉なんて入ってな」
「当たり前でしょう」
そんな説明はいらないとばかりに、遮った。
簡単に言えば、兜だ。
ただし、その材料はあの鋼の鳥だった。
頭を守る防具はこれまで付けて来なかった。
視界が狭まるのがどうにも嫌いだったからだ。
「とりあえず、付けてみてよ。サイズは合ってるはずよ」
「どうして私の頭のサイズなんて知ってるのかしら」
「聞いたからよ」
「誰に?」
そう聞くと、彼女は私の後ろを指差した。
そこにはリデルがふわりと浮いていた。
「てへ」
「リデル」
「いえ、何かくれるって言うので、それなら貰っておこうかと」
確かに。
どうやらタダでくれるらしい。
色々とこの街に貢献しているので、その謝礼のようだ。
まあ、要らなかったら別の街で売れば良い。
あるいは持っていれば何かの時に使えるかもしれない。
「どうせなら、もっとあの矢を貰いたいんだけど」
「何本かだったら良いわよ。何せ材料はあるんだから」
息を吐いて、結局はそれをかぶった。
「あら、意外に似合うじゃない」
「本当ですね。色が合ってないのが残念ですけど」
「舞い降りた戦女神、って感じね。ちょっと塗装屋を紹介するから塗ってきなさいよ。その方が良いわ」
「もう何でも良いわよ」
ふたりがあれこれ話すのを聞いていて、私はどうでも良くなっていた。
結局、言われるままに塗装屋へと向かい、鈍色のそれに塗装が施された。
しかし、何度塗っても鎧に合わせた青にはならず、妙に暗く、紫に近い青になってしまう。
呪われてるんですかね。
そう気軽に言うリデルの言葉に、あまり使う気がしなくなっていたものの、そんなに付けた感じは悪くは無い。
上に視線を向けた時に、クチバシの先が見えるのが気になるくらいだろうか。
顔を全て覆うタイプではないので、それほど邪魔ではなかった。
まあ、良いか。
なんだかんだと言いながらも、ちょっと気に入っていた。
そして、なんだかんだの内にひと月が過ぎた。
頼んでいた剣が出来次第、街を出るつもりだったのに、授業の生徒やギルドから引き止められている内に、随分と時が経ってしまった。
今は青い光沢を放つ剣を下げている。
祭儀用の剣は予備としてリリアンヌに荷と一緒に包んである。
その形状はあの橋の剣とほとんど同じだ。
ただし、長さは今の剣の方がほんの少し長い。
授業での訓練で既に振り回していたので、もう体に馴染んでいた。
また少し装備が良くなった。
それが素直に嬉しかった。
良い物を使え。
散々言っていた彼も、これなら文句はないだろう。
体を動かしながら、そんな事を思った。
「さてと、行きますか」
「そうね」
家を開けてしまってきているから。
何度もその科白を繰り返し、今日、ようやく帰れる算段がついた。
相変わらず街はにぎやかで、そこかしこに小さな人の姿が目に付く。
ちらりとリデルを見た。
リデルはリリアンヌの脇でリックとじゃれ合っている。
確認しようか。
一瞬だけ考えたそれを、首を振って打ち消した。
いや、良いのだろう。
既にリデルの意志は聞いた。
気が変わったのなら、言ってくれるはずだ。
言いたい事を言えずにそれを隠せるリデルでもないだろう。
一度来た道だ。
来たいと思えば次はもっと簡単に来れるはずだろう。
だから良い。
それに今聞けばきっとリデルは怒る。
ちょっといたずら心で怒らせてみようか?と思った。
そこに。
「どうしたんです?思い出し笑いですか?」
リックの頭に乗ってリデルが近づいて来る。
「突然ひとりで笑い出すのは、あまり良い趣味とは言えないですよ」
のほほんとした口調で言われてしまった。
リデルもリックも機嫌が良いようだ。
水を差すのも悪い。
「別に。忘れ物はないわね」
「ええ。行きましょう」
リデルが微笑む。
「私たちの家に」
東へ。
良く晴れた、風の強い朝に私たちは出立した。
合成弓 (ビフォア・ザ・ウィンド)
冒険者の矢籠 (ビフォア・ザ・ウィンド)
青錬鉄の剣 (カッツェンジャマー)
祭儀用の剣
スルゲリのナイフ
スチュパリデスのヘルム
左手:黒水牛の小手 → 改修 → 黒水牛の小手+青錬鉄
右手:黒水牛の小手 → 改修 → 黒水牛の小手+青錬鉄
青の鎧 (ケイラス)
牛革のベルト
鹿革のブーツ → 改修 → 鹿革のブーツ+青錬鉄
青錬鉄。胴が酸化して緑青が出るように、鉄に微量の魔力が含まれる事によって起こる反応で、青く独特の光沢を放つ。重さは普通の鉄と変わらない。含まれる魔力の量によって他にも赤錬鉄、紫錬鉄、黒錬鉄がある。