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死んでいく人たちへ
作:酒主



第25話 不器用な


 カウンターで1人ポツンと座っていたミサは、空いた席を眺めながらため息をついた。必死にすがりつく彼女の姿を思い出していた。
 その時は、あそこまで人を好きになれるものかと思ったが、今は彼女の気持ちがなんとなくわかる。失いたくない。そう思わせるひとだ。仲原は。
 それにしても、最初見た時とはまるで違う雰囲気を放っていた彼女に、なにか違和感を感じた。何がだろう? 異様な視線だろうか。普通ではない、何かを感じミサは震えた。
「いらっしゃいませー」
 店の戸が開き、客が入って来る。その度に、仲原かと思い振り返るが、違うとわかると不安は募り、店の外まで走り出したい衝動にかられた。店の外で話しているであろう、仲原と彼女の事が気になって仕方がない。
「すみません。お勘定を」
 ついに、ミサは耐えられなくなって席を立った。仲原が話しに行って15分も経っていないだろう。しかし、待っていることが辛くなったのだ。先ほどのやり取りを聞いていたのか、店員は哀れむようにミサを見た。「ありがとうございましたー」と威勢の良い声を背中に受け、ミサは覚悟を決めて外に出た。
 外に出ると、澄んだ空気の匂いがした。ミサはガラガラと店の戸を閉め、キョロキョロと辺りを見回した。
 丁度、コツコツと早いリズムで、ヒールの音が去っていった。その先を見ると、彼の姿があった。彼もまた、店へ戻ろうと、視線をこちらに向け、ミサの姿をみつけた。
 彼はミサの方へ駆け寄ると「ごめん、大丈夫?」と優しく声をかけた。今にも溢れ出しそうな涙をこらえながら、ミサは首を横に振った。
「大丈夫じゃないです」
「ごめん」
 ミサは仲原の言葉に頷いたものの、店での仲原と彼女のやり取りが気になって、知らん振りをして家の方へ歩き出した。

「彼女じゃないんだ」
「まぁな」

 そんな2人の会話を思い出して情けなくなった。私はあなたの彼女ではないの? という問いがぐるぐると頭の中を駆け巡った。後ろから、仲原がついて来ているのがわかる。今すぐ、振り返って、聞き返したい。私はあなたの彼女なんですか? と。
 ミサは仲原から逃げるように、どんどん早足になっていた。いつもそうだ、何か事が起こると自分から逃げ出してしまう。問題に直面するのが怖い。いつも、そうやって逃げてきた。
「おい、待って」
 後ろから静かに歩いていた仲原だったが、どんどん離れていくミサに追いつくように走りだした。
 ダダダダダ
 仲原が走り出すと、ミサも意地になって走り出した。とうとう涙は溢れ出し、ぐすぐすと鼻は流れるし、こんな顔見られたくないと、もうそれは意地になって走りだした。
「うっ」
 後ろを走る仲原の足音が止んだ。
「え?」
 ミサが振り返ると、仲原が道路にうずくまっている。
「ちょっと、どうしたの、先生、ちょっと……」
 ミサは仲原に駆け寄り、必死に仲原の体を揺さぶった。突然のことで、全く状況がつかめなかったが、必死だった。
「先生、大丈夫? ねぇ、どうしたの?」
 応答がないので、益々慌てたミサは、うずくまってる仲原の顔を持ち上げた。
「先生、しっかりして! ね、先生、ちょっとどうしたの?」
 ミサは仲原の鼻の辺りに手をかざして呼吸を確かめた。
 全く息をしていない事に気がついたミサは、慌てて携帯をとりだした。
「先生、しっかりしてね、救急車呼ぶから」
 慌てているので、なかなか携帯がかばんから出てくれない。額に汗が噴出すのが自分でもわかる。なんとか携帯をとりだし番号を押そうとしたが、ロックがかかっていて押せない。
パニックになっていて、ロックをはずすのも一苦労だ。
 ぷはぁ〜
 横でそんな音がした。そして、くくくくくくっといつもの笑い声。
 笑い声はどんどん大きくなって、ミサは目を丸くした。
「先生、息止めてたでしょ〜。酷い!」
 やっと状況がつかめたミサは思いっきり仲原の肩をバシッと叩いた。彼は「イタッ」と言ったあと、ミサの顔を見てまたくくくっと笑った。
「本気で心配したんだから」
「人工呼吸してくれると思ったのに」
 ミサは耳まで真っ赤になって固まってしまった。
 やれやれ、と仲原はひざについた砂を払いながら、立ち上がった。「帰ろうか」仲原はそう言って、座り込んでるミサの体を抱き起こした。
「ねぇ、先生」
「ん?」
「私。先生の事、何も知らない」
「ん……」
「私って」
 ミサは決意したように、仲原の目を正面から見て言った。
「わ、私って、先生の彼女なんですか?」
 先ほど走ったので、まだ、呼吸は乱れたまま。肩を上下させて、息を整えながら、仲原の答えを待った。
 住宅街の中を通っている一本の抜け道。街灯が少ないため、辺りは暗い。近くにいる彼の表情がようやく読み取れるくらいだ。相変わらず、彼の顔は優しく、そして、どこか寂しげで、何故か遠い存在のように感じた。
「はじめてなんだ」
 ようやく仲原が口を開いた。さっきのふざけた表情とは違い、真顔になった。彼を寂しげに見せているのは何か、ミサはまじまじと彼の顔を見た。
 いつもの犬が2人に向かって、ワンワン吠えたてる。2人を追い出すまで、吠えてやる、そんな感じだ。話の最中だったが、あまり犬が吠えるので、家の中から住人が外を確認しに出て来た。
 2人は苦笑して、歩きだした。話したいことは山ほどある。元彼女のこと、飾ってあった少女の写真のこと。話したい思えば思うほど、頭の中でいろんな台詞が浮かんでは消え、なかなか本題に入れない。何で、こんなに口下手なのか。ミサは自分の不器用さにイライラした。
 それは、仲原も同じことだった。不器用な2人は、静かに歩くだけだった。お互いのことを想いながら。
 歩いているうちに仲原のアパートが見えてきた。
 多分、何時間あっても想いを伝えられそうもない。「送るよ」と仲原が言ったが、ミサは「おやすみなさい」と、自分からそう言って別れた。
 ミサは真っ暗な空を見上げ、ため息をついた。
 星1つない空。こんな日もあるんだな、明日は雨かな。憂鬱な気分がミサを襲った。
(本当に今日は疲れた)
 仲原のアパートから、ミサの部屋まで5分ほど。暗いので、少し小走りで急いだ。
 不意に携帯のメール音が鳴った。
 ミサは思わず携帯を取り出した。彼からかもしれない。そう思ったミサは暗闇の中、立ち止まって画面に見入った。

ーそばにいて欲しい。愛してるー

 







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