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第19話 本当の
「あんた、風邪でもひいたの? そんな真っ赤な顔して。この子ったらね、まぁ昔っからすぐ真っ赤になるもんだから、保育園の頃なんて、リンゴちゃんなんて呼ばれてねぇ」
 すき焼きの鍋を囲みながら、ミサの母親の話も弾む。甘い割り下の臭いが部屋中に充満し、風呂から出て来た仲原は、親戚の家に来たような錯覚を覚えた。
「あーやっぱり、お父さんのスウェットだと、ぶかぶかね。ほほ」
「お先にありがとうございました」
 仲原は軽く頭を下げると、ミサの母親に勧められるまま食卓についた。
「先生は卵入れる派?」
 仲原が頷くと、世話好きの福永は、用意しておいた生卵をお椀に入れ仲原に渡した。そうして、仲原がお椀を受け取るか受け取らないかのタイミングで、ミサの母親が煮えた肉を入れていく。絶妙なタイミング。まるで、仲居の様な2人に、思わず顔がほころんだ。
 ふと、仲原が対面に座っているミサの顔を、鍋ごしにみつめる。
 目が合う。
 ミサは視線をそらし、わざと席を立って飲み物をとりに行く。
「まあ、あんたは気が利かない子だね。先生の分も入れてあげなさい!」
 そっとして欲しいミサの気も知らず、母親はそう言った。
「いえ、お構いなく」
「そんな遠慮せんと。ビール? 焼酎? たくさん買ってきたから。ミサ! とりあえずビール出してあげて」
 仲原の答えも聞かず、ミサの母親は勝手にビールと決め付けてしまった。
 ミサは言われるがまま、ビールを冷蔵庫から出し、ふっとため息をついた。
 俺、気になってた……
 仲原の声が頭を駆け巡る。私のどこがいいんだろう? きっとからかってるのかも。等と思いながらも、誠実そうな彼の態度に、もしかして? という気持ちも湧き上がってきた。先ほどから、明らかに自分を見つめる仲原は、何か自分にメッセージを送っている様な目だ。
 プシュッ  
 ミサが缶ビールの蓋を開け仲原に渡した。
 一瞬、ミサの指と仲原の指の先が触れた。ミサはどきっとして、手をひっこめた。熱いものを触った時のように。そして恐る恐る、仲原の顔を見た。
 仲原の視線は真っ直ぐで、振れることなくこちらを見ている。胸の奥が重たく、何かぎゅっと、つかまれている感覚になって固まってしまった。彼の視線が自分の内に入ってくる。緊張と何か混じった様な感覚。ミサは右へ動けばいいのか、左に動けばいいのか分からないくらい、混乱していた。
「ありがとう」
 端整な顔が、こちらを見てそう言った。少し微笑んでいる様にも感じられた。
「あの」
「好きだ」
 こっそり、小さな声で仲原は言った。
「……」
 ミサが耳まで赤くなったのは、言う間でもない。
(落ち着け、落ち着け)
 ミサは飲みたくもないビールをとりに、また、冷蔵庫の方へ行った。
 福永とミサの母親は、そんな2人に気がつく様子もなく、おしゃべりに花を咲かせている。
「やだ、おばちゃん。まことちゃんはよして下さいよ」
「何で」
「昔、流行ったでしょ。これ」
 福永は不自然に3本の指を立てたが、ミサの母親は全く分からない様子で首をかしげている。
「あ、ぐわし」と仲原は言って、ははははと高笑いをした。
「あ、あの気持ち悪い『まことちゃん』の事ね。あの、何だっけ、赤と白の縞々の服を着た漫画家のね、ほほほ」
「そうそう、おばちゃん。だからね、福ちゃんとか、福りんって呼んでよ。昔ね、その漫画のせいで、からかわれたんだから」
 ミサは話にのれず、さっきから飲んでいたビールを飲み干した。笑っている3人の声、というより、笑っている仲原の声を意識していた。
(ダメだ、どうしよう)
 ビールを飲んでも、胸のドキドキはおさまらない。それ所か、どんどんどんどんと高鳴るのが分かる。
「あー真ちゃん、焼酎の氷無いわ。ちょっとおばちゃんと一緒に買いに行って」
「えー、おばちゃん。毎日、飲みすぎやで、今日はこれくらいで……」
「いいの、いいのって!」
「え、え?」
とぼけた顔をした福永を、ミサの母親は半ば強引に引っ張りだした。
「ちょっとお母さん、氷買いに行ってくるでな」
 にやっと笑った母親の顔をミサは見逃さなかった。
(もう、お母さん、何考えてんのよ!)

「さっぶー。おばちゃん、さぶいわ」
 きーんと冷えた空は透き通っていて、ミサの母親と2人、買い物に行く事になった福永は、ミサの母親にぴったりとくっつき、娘のように甘えた。ミサの母親の方も、くっついてきた福永を、また、娘を見るように優しく見つめ返す。
 ぺたぺたぺたと、2人の足音が響く。時折、近所の番犬がワワワワワンと騒いでは、2人を驚かす。そして、あーびっくりしたね、と顔を見合わせ微笑むのだ。
「真ちゃん、いつもお世話になってるみたいね」
「やだ、おばちゃん。あの子ね、なんか知らんけど放っておけない感じなん。確かに要領は悪いけど……看護師に要領なんていらんと思うしな」
「真ちゃんは、ほんと、照れ隠ししてるだけで、本当は看護という仕事をよく考えてるんだね」
「そんなことないです、でも」
「でも?」
「お母ちゃんが、病気で長い事苦しんだから、それ見てたら」
「うん、ミサからも聞いてる」
「苦しんでいる人の味方になってあげる事が、唯一の、お母ちゃんへの親孝行だと……」
 少し涙声になった福永が言葉を続ける前に「まぁ〜この子ったら」と、福永の話に感動したミサの母親は号泣した。
「おばちゃん、泣かないでよ! 私が泣く場面じゃない?」
「やだ、ごめんなさいね。水戸黄門見ても号泣するから、ミサや弟達にバカにされてんのよ。ほほっ、でもダメだわね、泣けてき」
「泣くか笑うか、どちらかにしてくださーい!」
「ほほほっ」と笑ったミサの母親はかばんの中からポケットティッシュを取り出すと、ぶーっと大げさに鼻をかんだ。
 そうして、歩いて3分程のコンビニに2人は着いた。
「いっやー真ちゃん、コンビニって何でも揃ってんのね、これ、パンツなんて買いに来る人いるの?まぁー」
「おばちゃん、コンビニ来たこと無いの?」
「1、2度はあるけども、すすんでは来ないわね」
 子供の様にキョロキョロと店内を見渡す、ミサの母親を見て、福永はミサの姿を重ねた。
「やっぱ、おばちゃん、ミサそっくりやわ!」
「やめてよ。ミサみたいに、どんくさい子と一緒にせんといて! それはいいけど、ミサとあの先生どう思う?」
 さっきまで、子供の様だった横顔が、すっかりワイドショー好きのおばちゃんに変化している。そのうえ、コンビニに並ぶ、お泊りグッズを見ながら、不敵な笑みを浮かべている母親に福永は苦笑した。
「おばちゃん平気なの? なんかね、私、ミサを守ってあげなきゃって、そんな気が働いてしまうの。だから、変な虫がつかない様に見張って……」
「そう、ありがとね。でも、あの先生、無口だけど挨拶はきちっとしてるし、顔もジェニーちゃんじゃない?」
「え?」
「2枚目ってことよ。ほら、誰だっけ?ブイ、ブイなんとかの岡田さんに」
 ミサの母親はロック氷と書かれた袋を、ケースから取り出すと無造作に3袋程とりだしカゴに入れた。
「重〜〜っ!」
 ずんずんずんっ、と3袋の氷を手に持つカゴに入れられ、福永の腕には痕がつく程に重みがかかった。ジェニーちゃんだって、可笑しい。ジャニーズじゃない、なんて笑いながら、福永も幸せな気持ちに浸っていた。
 ミサと仲原をどう思う?という質問。福永には全くわからなかったが、仲原とミサ、2人の時間は今、この時、始まろうとしていた。

 ミサの部屋。残された二人はしばらく無言のまま過ごした。お互い、何か探りあうような会話を1つ2つしただけ。
 ミサも仲原が何か言ってくれないかと待ったが、無口な彼は相変わらず、テレビを見たり缶ビールに口をつけたり。
 何か言いかけようとする素振りはミサにもわかったが、それが余計にミサを緊張させた。
「あの、先生」
 ミサが覚悟を決めて話そうという、その時だった。何か立ち込めるような煙のにおいがした。
「おいっ焦げてる!」
 本当に鍋からはモクモクと煙が垂直にあがり、2人は電気コンロのスイッチを切るのも忘れて慌てた。
「え? あ、どうしよ」
「水!」
「はい」
 ジュワーー
 焦げくさい臭いがたちこめ、ミサは窓を開けに走った。仲原も。
 はぁはぁと、2人はベランダに出て新鮮な空気を吸った。
 はぁはぁはぁ、ふー。やれやれだという様に、お互いに必死な顔をしてベランダに飛び込んだ。それがおかしくて、たまらなかった。
 あはははは、ははははっ
 笑いは途切れて、お互いの顔を見つめあった。
 次の瞬間には、2人の顔は一番近くにあって、ミサは目を閉じた。鼻と鼻が擦れ合い、お互いの息を、呼吸を感じる。彼の顔はミサの右耳の辺りにぴったりとくっつき、彼の両手がミサの体をグルリと取り囲んだ。
 そして、彼の手は、彼の体は、ぎゅっとキツイくらいミサを抱きしめた。耳元で彼がキスをする。大事な人にそうするように。
 ミサは、思わずギュッと体を締め付ける、仲原の手を振り解いた。
「ダメなのか」
確認した仲原の口唇に、ミサは自分の口唇を重ねた。
 ミサにしては、大胆すぎる行動だった。でも、本能というものが邪魔をして、いや、後押しをしてというべきか。素直に、人間らしい行為をミサにさせた。
 それから、福永とミサの母親が帰ってくる数分の間、2人は繋がれていた。
 


 

 

 
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