死んでいく人たちへ(11/30)PDFで表示縦書き表示RDF


死んでいく人たちへ
作:酒主



第11話 事件


 会計課の田中と師長の池原は、ナースステーションで頭を悩ませていた。
「で、どうなりました?」
 会計課の田中は、請求書を片手に師長に詰め寄る。師長は益々困った顔をして、ふーっとため息をついた。帰らない患者、安達のことで。
「先日、私の方から、退院について説明をしたんですが、安達さんは、ちょっと待ってくれ、の一点張りで…」
先生ドクターから、言ってもらったらどうです?」
 田中が言うと、師長の顔色が変わった。まるで、わかってます、と言っている様に。
「主治医の高津先生にも説明してもらう様に言ったんですが、部屋の算段は師長の仕事だろうって、逆に怒られまして……」
「はー、そうですか」
「入院費用の方は何とかなりそうですか?」
「入院の時に、保証人になっている方に連絡をさせて頂きました。どうやら、元同僚のようでしたね。その方が、安達さんの家族を知っているみたいで……」
「一度、家族に連絡する必要があるわね」
 師長はそう言うと、また、深いため息をついた。
「退院の件……どうしましょう…」

 師長と退院の事で、話し合ってから、安達の行動に変化が出始めた。
 他の部屋に行っては、動けない患者の世話をしたり、買い物に行ってあげたりする姿が度々みられた。始めのうちは親切心からだろう、と放っておいたスタッフだったが、段々と問題視する声が聞かれた。そんな時だった。
「ただいまー」
「安達さん!」
 ナースステーションを横切った、安達の姿。その場に居合わせたスタッフは唖然とした。
 安達は車椅子を押していた。乗っていたのは、脳梗塞で4病棟に入院中のおばあちゃん。売店まで連れて行ったというのだ。
「何? そんなに驚いて」
「何じゃないわよ! 安達さん。おばあちゃんをベッドから車椅子まで、どうやって乗せたの?」
「俺、力だけはあるからさ」
 安達は事の重大さに気がついていない様子だった。それどころか、まるで、良いことをしたかの様に振舞っている。それにはパンチも黙っていなかった。
「おばぁちゃんが、麻痺があるのは知ってるでしょ? 勝手に車椅子に乗せて、こけたら、どうするつもりなの? それに、女の人の部屋に勝手に入っていくなんて……」
「廊下を歩いてたら、呼ばれたんだって。じゃぁ、言わせてもらうけどな、看護婦さーん! っておばぁちゃん、ずっと呼び続けてるのに、みんな無視やったやないか!」
 安達も負けてはいない。
「あの人は、見当識けんとうしき障害があって、ずーっと誰かを呼び続けるの、あんたも知ってるでしょ?」
 パンチは恐ろしい形相で、安達を睨み付けた。
「そんなん、知らんわ。呼ばれて行ったら、おばあちゃんがパンが食べたい言うたから、一緒に買ってきてやっただけやろ! 何がいかんのや、くそっ」
 安達は頭に巻いていたタオルをはずすと、パンチの顔先へ向けてタオルを振った。
「あ、痛ーー! あんた、暴力する気?」
「かすっただけやないか」
「暴力を振って、このまま入院できると思ったら、大間違いだからね」
「待て、かすっただけやないか……」
 パンチはその場を離れると、師長の姿を探した。もちろん、安達の暴力を報告する為に。
 安達は不安気な顔を浮かべて、自分の部屋へトボトボと戻って行った。

「ちょっと、師長知らない?」
 パンチはでっぷりした体を、ゆさゆさ揺らしながら、師長の姿を探した。
「いえ…」
 ミサは他の人の入浴介助から戻ってきたので、パンチが何を怒っているのか、全くわからない。険しい表情に圧倒されたミサは、固まってしまった。
「ちょっと、あんた。安達の受け持ちだったね」
「はい」
「即、退院してもらうから」
 パンチはそれだけ言うと、また、師長を探しに行った様子だった。
(安達さん? なんで?)
 ミサは持っていた入浴セットをワゴンに置いて、安達の部屋へ急いで行った。
「安達さん!」
 安達はベッドに腰掛けて、窓の外を見ている。背中を丸めて、うなだれている彼の様子から、何かあったに違い無い、とミサは確信した。安達はミサが声をかけても、全く応じず、振り向こうともしなかった。
(こんな安達さんはじめて)
「どうしたんです?」
「……」
「話して…」
「あ…の……」
 安達がミサの方を見て、話をはじめるか、と思った途端、病室のドアが開いた。
 パンチに言われたのだろう。師長がやって来た。
「安達さん、お話を聞きたいので、来ていただきたいのですが」
 師長はいたって冷静に、話しかけた。
「…んだよ! どこに行っても厄介者扱いかっ」
 ガラガラガラッ
 安達が窓を開けたので、冷たい風がヒューーッと音をたてて舞い込んだ。4階にある部屋にあるこの窓、師長もミサも、安達が何をしようとしているのか、すぐに想像がついた。いきなりの展開に、ミサと師長は、しばらく金縛りにあったように安達の行動を見ていた。
「あ、安達さん?」
 ミサが先に声をかけた。
 安達はベランダに出ると、肩くらいの高さにある柵に足をかけた。
「ちょ、ちょっと落ちるじゃない!」
 師長が慌てて、ナースコールを押した。
「はい。どうされました?」
 ナースステーションにいるスタッフが応じる。まさか、部屋で大変な事が起きているなんて、思いもかけないだろう。のんびりとしたその声は、師長の声で一変した。
「誰か先生呼んできて!」
「は、はいっ」
 2、3分して、仲原と数人のスタッフがやって来た。皆が部屋に来た時はミサが、よじ登ろうとする安達の体を引っ張っている所だった。
「バカな事しちゃダメー」
 ミサは必死に安達の足にしがみついた。
「どこにも帰るとこなんかないんや! 追い出されるくらいだったら死ぬ!」
「や……だめ…」


「放っとけ!」
 仲原は騒動が起きている中心に行って、安達にしがみついているミサの手を振りほどいた。
「死にたいやつは死ね!」
 その声は、静かであったが、冷たいものだった。安達もミサもあっけにとられ、仲原の顔を見た。鋭い目、深く憎悪のこもった声。
 その声に圧倒されたのか、安達は、気が抜けたように、その場に座りこんでしまった。ミサは、座り込んでしまった安達の肩を抱き、部屋へ入るよう、そっと促した。
 仲原は、部屋へ入る安達を確認すると、出て行った。
(貫一さん…あの時の顔だ……) 
「安達さん、どうしたんですか?訳を……」
 師長の話をさえぎるように、安達は言った。
「ただ、役に立ちたかっただけなんです。ついかっとなってしまったけど、暴力なんか…」
「そう。おばあちゃんを売店に連れて行ったのは、私達を助けるためだっていうの?」
 安達は頷いた。
「みんなの役にたてれば、ここに置いてもらえると思って……」
「そうだったの。」
「安達さん世話好きだから…ね」
 ミサがそう言うと、安達はわーっと泣き出した。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 そう言って、彼はベッドにひれ伏した。
「退院の件、別に追い出すわけじゃないのよ。一緒にどうしたらいいのか考えましょう」
 師長は子供を諭す様に、優しく丁寧に言葉をかけた。
 

 死にたいやつは死ね……


 憎悪のこもった仲原の声。彼の過去に何があったんだろう。そう、ミサは思わずにはいられなかった。
 

 
 
 







ネット小説ランキング>現代シリアス部門>「死んでいく人たちへ」に投票





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(1) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう