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崇拝者
作:tensuke


1.ファンレター

その風変わりな文通 いや 正確にはパソコンのメールでのやりとりであったが
多いときで週に1通 少ないときでも月に2〜3回の割合で
かれこれ半年ほど続いていた

はじまりは 私宛てに届いた 一通のファンレターだった
私は自分の職業を自嘲して「会社勤めの看板描き」と言っている
自称「絵描き」なのだが それだけでは食べてもゆけず
とある出版社で商業イラストを描いて暮らしていた

そうはいっても 私の名前が大々的に表舞台にでることは少なく
雑誌の挿絵であったり 映画評論家のコメントに添えられるタレントの似顔絵であったり
「作品」というにはお粗末な まさに「看板描き」であった

そんな私にファンレターが届く事などめったにない
ある日 会社のデスクに 私宛てのビジネスレターではない一通の封書が置かれていた
宛名は会社 そして「○○誌の62ページのイラスト作者様へ」と描かれていた
それは 私が描いた某俳優の似顔絵イラストが掲載された雑誌であった

封筒は薄いきれいな水色で 便せんも揃いのもので全部で3枚の手紙だった
手紙は「お名前を存じ上げず お手紙申し上げる失礼をお許しください」と始まっていた
そして 私の描いたイラストがとても気に入った事 大切に切り抜いて持ち歩いている事が書かれていた
一見 変哲のないファンレターに思われた
しかし 便せんの2枚目からは「片想いに悩む心」が切々と綴られていた

最初 その文面が「彼は」ではじまっていなかったら
私は手紙の主が憧れてやまないでいるのは「女性」かと思っただろう
それ程に 文面に綴られた「彼」は近寄りがたく思える程の美貌の持ち主らしかった
そして手紙の主は その「彼」に心奪われ 眠れぬ日々を過ごしている と書かれていた

なぜ 私のイラストとその「彼」が結びついて このファンレターになったのか
私には全くといって良いほど見当もつかないことであった
手紙に差出人の名前も住所もなく ただ 文末に一行 メールのアドレスが添えられていた
私は 深い考えもなく ただ何となく そのアドレスにメールを送った

「前略 お名前を存じ上げず このような書き出しになります事をお許しください」
そんな出だしで ファンレターの礼を述べただけの簡単な文面だった
そして 翌日から その奇妙な文通が始まった
それは 今年の1月の半ばの事であった


2.人間の外側

「人間は外見 容姿 という外側の いわゆる入れ物に収まった魂である」
哲学的というには判りやすい言葉であるが メールの主は自分の片想いについてそう語っていた
そして 私の描く人物のイラストが特に好きだ とも書かれていた
私の描く人物のイラストには大きく2種類あり それは 片やあきらかに「仕事」と割り切られた
単なる似顔絵であるもの そして もう一方は私がその対象に大いなる関心もしくは
好意を持って描かれたもの なのだそうだ
それらは 歴然とした違いを呈し 誌面から放たれる印象が大きく異なるのだそうだ

私は自分の描く絵があまり好きではなかった
それは あまりにも自分の内面がさらけ出されてしまうようで気恥ずかしかったから
だから あえて「作品」に取り組むよりも 気楽なイラストレーターの生活を選んでいたのかもしれない
それでも 私の描く絵には やはりどこか私のキモチがにじみ出てしまうのだろうか

正直 メールの主からの便りは私にとって 貴重な意見でもあり
興味深い「心の告白」でもあった
メールの主は 必ず「片想い」の胸中を綴ってきた
そして その相手がいかに素晴らしい存在かを 私に訴えてきた
いつか 私の作品として「彼」の絵を見たいとも書かれていた

「彼」は 身長が180センチほどのすらりとした長身なのだそうだ
水泳が得意で その鍛えられた肉体は均整のとれた申し分ない美しさなのだそうだ
引き締まった細い腰からすらりと長い脚
華奢にさえ見える 細く白い指を備えた手を支えるのは
肩のつけ根などしっかりと筋肉に覆われた 逞しくもしなやかな腕なのだそうだ

「彼」は類い希なる美貌の持ち主らしく
その瞳は長い睫に縁取られ 大きく黒く潤んで輝くのだそうだ
細い鼻梁は美しい曲線で顔の中心を走り
続く唇は 男性のそれとも思えないほどに美しいバラ色に染まり
微笑むと たまらなく魅惑的なえくぼが深く両頬に刻まれるのだそうだ

「彼」はとても素直で一本気な性格であり 実に愛すべき青年なのだそうだ 
また 「彼」は素晴らしい低音の美声の持ち主であり
器用に料理もこなす まさに万能とも思えるパーフェクトな男なのだそうだ

唯一 欠点を無理をして探そうとすれば
それは 「彼」が時として無意識にとったポーズや表情が
少し長すぎる前髪と 男にしてはぽってりとした唇のせいか
とてつもなく色っぽくなりすぎてしまうこと 
その位しか 思いつかない とまで書いてあった

メールの主は 熱烈なる「彼」の崇拝者だった
「ファン」である とも書いてあった
「彼」のファン

ファンとはファナティック(熱狂者)の省略形であり 
熱心な支持者 愛好者 の事であるそうだ
それは 決して 友人にも恋人にも昇格されない ただひたすら見上げるだけの者
みつめるだけの者をさす言葉だ
片想いとは違う 最初から 思いが叶う事など考えもしない心境
それが「彼」に対する メールの主の思いだった

私はメールの主は「彼」に恋をしているのだと思っていた
しかし メールの主は「彼」の外側である容姿と その中に収まっている
彼自身ともいえる彼の魂とを二つに分けて並べたら
自分はどちらを愛しているのか 恋しているのか判らない とも言っていた

そして 私の描く人間は ときとして その「外側」だけの存在であったり
その「魂」だけの存在だったりする とも言っていた
私にとって それは大いなるショックだった

商業画家の描く物はその「外側」だけでいいのだ 
「魂」など表現しなくていい
いや それを表現したくないからこそ
私は 与えられた素材をただひたすら描き写すだけの仕事を選んだ
画家として 「魂」を写し出すような仕事を拒んだのだ
それはすなわち 自分をさらけ出してしまうことだから

メールの主は 私がいつか「外側」と「魂」の両方を備えた人物画を描く事を
心から待ち望んでいる と毎回のメールの文章を結んでいた
「彼」の崇拝者であるメールの主は 私にとってはある意味での「脅迫者」であった
私は 人物を描くイラストの仕事を引き受ける度に極度の緊張を強いられるようになった


3.恋愛の終着点について

その日届いたメールには「恋愛の終着点は一体どこなのか」という疑問が綴られていた
メールの主は最近になって T というイニシャルであろうか 名前を名乗るようになった

「彼」が自分の誕生日を祝ってもらった席で 恋人の存在をほのめかす発言をした事
そして その発言が誰を意味するのか 「彼」と自分の身近な人々を見回して
ついつい詮索したくなり 嫉妬心なのか 単なる好奇心なのか それとも
これはやはり ある意味での失恋に近いショックなのか
自分でも自分の心が激しく揺さぶられる理由がわからない 
そんなことが書いてあった

そして ヒトは恋愛をしている時 何処へたどり着きたいと思ってお互いを求めているのだろうか
そんな疑問が私に投げかけられていた

私には結婚10年を越え 連れ添っている相手がいる
私にとっては 結婚が恋愛のとりあえずの終着点であった
それは幸せであり ゴールであり スタートであった
月並みな表現であるが 10年以上たった今も 連れ合いは私の人生のパートナーであり
どちらかの葬式を済ませた時 この恋愛は次の終着点を迎えるのだろうと思っている

しかし 世の中には 結婚という枠に収まっても尚 新たな恋愛に踏み出す人間もある
枠を飛び出す人間もあれば 枠に縛られたまま 新たな恋愛の枠を手に入れようとする人間もある
または 最初から夫婦や家庭という枠をはめられることを嫌う人間もある
すなわち 恋愛の終着点とは 必ずしも結婚ではないのであろう
私には想像の及ばない 私の「常識」には存在しない終着点がきっと存在するのだろう
そんなことを考えた

Tにとって恋愛は相手の肉体を己の思うままに手にいれること
自分と相手が求め合って与えあえる関係になること
お互いを必要として 常にお互いを求め合う気持ちで満たされる事
それが終着点に思える という事が書かれていた

ここに至って 私は不覚にも今の今まで Tの事を大きく誤解していた事に気づいた
Tもまた「彼」と同じく 男性であることに初めて 思い至った
そう Tは同性である「彼」に魅せられ 惹かれる自分に深く悩んでいたのだ
それはある意味 とても純粋であり 正直であり
それ故に私はTのメールの文面から素直に 素晴らしすぎる男性に恋をする可憐な少女
そんなイメージを作り上げていたのかもしれない

Tは現在37歳 「彼」は27歳 なのだそうだ
「彼」がTよりも年下であった事にも 私は少なからず驚いた
崇拝に近い想いを抱いてやまない相手が 自分よりも10歳も年下の同性である
そして その彼を自分の腕に抱きたい衝動を胸の奥深くに閉じこめて
何食わぬ顔で彼のそば近くで見守っている
そんなTを思い浮かべようとすると 私の胸はどこか小さく疼いて痛んだ

Tの想いが報われる事はあるのだろうか
「彼」はTが自分にこんなにも深く強く想いを寄せている事に気づいているのだろうか
そしてまた Tは これから先 「彼」との距離をどこまで縮め また
どこで立ち止まり そして その先 どうしてゆくのだろうか

切なくなった
Tに心から 同情した さぞかし苦しい恋心なのだろう
そしてまた 同時に残酷にもこう思った
「思い切って抱いてしまえ」

そして 私は正直に Tへのメールにそう書いた
「今度 彼と二人っきりになれるチャンスがあったら 抱いてしまってはどうだろうか?」
所詮 顔も知らない相手の事 そんな無責任な気持ちも正直あったかもしれない
しかし それよりも 私はTと「彼」の恋愛が どんな終着点へ向かうのか
強烈に知りたいと思っていた

「聖書の言葉にもありますよ・・・求めよされば与えられん」そうとも書き添えた

その後しばらく Tからのメールは届かなかった
私は ほどなく Tの事も「彼」の事もすっかり忘れていた
そして 相変わらず 写真と変わらぬ 仕事と割り切った絵を描き続けていた
味もそっけもない 薄っぺらな 絵ばかりを描き続けていた


4.偶然と必然

その日 私は珍しく家でテレビを見ていた
普段あまりテレビを見ない私は 世間で流行っている物 人気のある俳優など
仕事のネタに絵にはするが 実際 その物や人物がどのように
世間の人々に受け入れられ 騒がれているのか 動く映像として見た事は数少なかった

その数少ない「人物」の中に ある若手 といっても年齢的にもキャリア的にも
中堅に入りそうな 青年俳優がいた
遅咲きの大輪と言われ 長かった下積みで磨いた演技力と 役に恵まれなかった
その見事な容姿が 究極の当たり役とまで言われるハマリ役を得て
一気に人気をブレークさせた 今をときめくまさに時の人だった

彼をテレビで偶然に見た
もちろん 職場の資料に彼の写真も沢山あったし 雑誌での写真を見た事はあった
しかし 映像として動く彼を見たのは初めてだった
そして 画面に映った彼の姿を見た時 私の頭の中にかつて T が
メールで雄弁に語った「彼」のイメージがその俳優に瞬時に重なった

「彼」だっ! そう思った
少し長めの前髪が柔らかそうな黒髪
すらりとした長身としっかりと均整のとれた見事な肢体
そして その大きな黒く人を惹きつける瞳
ぽってりとした紅い唇
何より テレビから流れて来た彼の声は素晴らしく耳に響く低音だった

そして 私の目は彼に並んで取材を受けるもう一人の俳優に釘付けになった
それはある新作映画の公開前インタビューという番組だった
「彼」に並んで取材を受ける 少しベテラン組に入りそうな共演の俳優
その俳優のイニシャルは「T」だった

そしてその「T」は 取材中 私の目には隣りに並ぶ彼の肩に
自分の肩が触れないように ただそれだけに神経をすり減らしているように見えた
その俳優が あのメールの「T」であろうと 私には確信に似た思いがあった
Tは未だ 叶わぬ恋に身を焦がす日々を過ごしているのだろうか・・・・

画面から私が感じた「彼」と「T」の距離は 限りなく近く それでいてもう一歩踏み出せない
そんなはがゆい もどかしい距離に思えた
しかし 「彼」から画面を通してでも香ってきそうな色気というか
男性でも女性でもない 何か不思議な魅力は 私にも十分理解できた
「T」が苦しむのも仕方あるまい
あの瞳に見つめられて あの声に囁かれて 平常心でいられる人間がいるとは思えない

私は 「彼」を描きたいと強く思った
絵描きとして 描きたい と強烈に思った
「彼」の何を写し取れるだろうか そして 私の中の何がその絵にさらけ出されるのだろうか
私は画面の「彼」を凝視し続けていた


5.結晶

「彼」の何を描けるだろうか 私は考えた
Tの語った「外側」と「魂」の両方を表現できるだろうか
私は怖かった しかし それでも尚描きたいという気持ちが強かった
珍しく 真面目にキャンパスに向かった

「彼」は何を思ってポーズをとったのだろうか・・・
「彼」は誰を思って瞳をふせたのだろうか・・・
「彼」は一体 どんな人間なのだろうか・・・・
人を惹きつけてやまない 怪しい魅力を放つ彼の心の中は何で満たされているのだろうか

資料として集めたDVDや写真集 雑誌や新聞記事まで
あらゆる物に目を通し あらゆる映像を見続けた
そして「彼」と「T」が共演したという映画の原作小説も読破した
その小説の舞台と二人の役が私の心にひとつのイメージをもたらした

命をかけた 雪山での闘い
愛する人を守るため 強い友情と信念で結ばれた男二人が挑む
その結末には 男達は愛する人のために命を落とす
「彼」は「T」にその最後を看取られる
「T」は「彼」の後を追うように自らの命をかけた任務を果たす

「T」は この映画のためにすごした「彼」との時間で幸せだったに違いない
そしてできることなら 本当に「彼」を連れて地獄へ旅立ってもいいとさえ
思ったに違いない

愛する人と 二人っきりで死の瞬間を迎える
それも 極限の恐怖と闘いながら 身を寄せて震えながら迎える死
甘美な陶酔が訪れるに違いない
「T」の望んだ 恋愛の終着点がそこにあったのかもしれない

私は 雪山に挑む「彼」を描き上げた
その視線の先にいるのは「T」と心に描きながら 描き上げた
「彼」の瞳は 斜め後ろに向けられている
その長い睫に縁取られた瞳は どこか寂しげに 切なげに 悲しげに
そして 誰かを強く「求めて」いる視線

それは 私から「T」へ伝えたかったメッセージ
「彼」も きっと「T」を必要としているはず
そして「T」に もう一歩を勇気を持って踏み出して欲しかった
再び その背中を強く押したい私の心をこめた絵だった

満足のいく出来映えだと思った
仕事を休んで3日かけて仕上げた
「彼」の絵は次回の映画に関する雑誌への仕事に回す事にした
無理矢理にでも 雑誌に掲載させなくては そう思っていた


6.ファンレター再び

「是非 原画を買い取らせて頂きたいので ご連絡下さい」
私の描いた「彼」の絵が掲載された雑誌が発売された翌日
あの共演の俳優から連絡が入った
会社の人間たちは大いに驚き 私に俳優とは知り合いなのかと
よってたかって根掘り葉掘りとうるさかった

あの俳優が本当にメールでファンレターをくれていた「T」と同一人物だったのか判らない
しかし 私はおそらく間違いなく本人であったと思う
私の描いた「彼」の原画は事務所と会社のやりとりだけで
その俳優の元へ引き取られていった
代金は受け取らなかった
喜んで 贈呈します そう応えた

後日 俳優「T」から一通の封書が届いた
「素敵な絵をお譲り頂き 心から感謝致します これからも貴方の絵を
楽しみに拝見して参ります 益々のご活躍をお祈り申し上げます」
という 丁寧な礼状であった

その封筒と便箋は キレイな薄い水色だった
そして 最後に一行 ひっそりと書き添えられていた文章は私を笑顔にした

「おかげさまで 貴方の一言に背中を押されました」
「彼も私を求めてくれました 求めよ されば与えられん その通りでした」

私の絵が 二人が一緒に眺める事のできる場所に
飾られている事を祈っている

私は 相変わらず 面白くもない 薄っぺらな絵を描き続けている
会社の仲間からは「絵よりももの書きになった方が稼げるかもよ」などと揶揄されながら
それでも 私は案外自分の仕事を気に入っている
最近は 自分の描く絵が ほんの少し好きになってきた
また ファンレターが届く日があるといいなぁ そう思っている

The end














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