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【登場人物】
*ローディス・エヴァンス……愛称ロード。元スラムのストリートチルドレンだが、今は世界屈指の大豪邸ジャンセン家の主の好意で居候をしている。義姉のカノンを大事に思っている。

*ミレイナ=フィラ・ジャンセン……シャルギエルの妹だが、超我がまま粗暴の兄を反面教師にしている。ロードを異性として意識している。

*モラリス・アンジェリート……愛称、モリー。小児母から産み落とされ、未熟児のせいで実際年齢より外見が小柄な黒人男児。嘗てはスラムの脅威なる存在、ギャングハスラーに育てられていたが彼の死後、その忘れ形見である赤ん坊の保護者として養育する。ローディスと嘗ての親友だったが、現在は不快な相手として距離を置いている。

*カノン・クラレンス……ストリートチルドレンの少女。スパニッシュ系の気は強いが優しく面倒見がいい。シャルギエルの恋人だが、ギャングハスラートップに乱暴されたのを期に、精神を病んでいる。

忍鷹銀紫おしたかぎんし……日系白人でシャルギエルの理解者でもある友人。読書を趣味とする無口で無表情な冷静沈着な少年。リーダーを失ったスラムの安全を守る、情報収集者。

*ビクトリオヌ=チェルシフェウス・アンジェリート……嘗てのギャングハスラーの実子。今は亡き両親の代わりに、義兄モラリスに義弟として養育してもらっている。

*トーマス・モイラ(三十三歳)……元アスサブル署に務めていた、今は元スラム管轄の警察署に勤務している刑事。献身的にスラムのストリートチルドレン達を思い遣り、貢献している。

【固有名詞】
*元SCCチルドレンハウス……シークレットセレブリティークラブハウスの省略名で、スラム街に身を隠すように佇む裕福な上流階級者ご用達の、地下世界に存在する危険な娯楽場だったが、シャルギエルの活躍でスラムを支配する三大悪がいなくなったのを期に、野外生活しているストリートチルドレンの集団生活の場となっている。
【第三章】 起死回生編
act,64:育まれし者達



「こんばんわ。アンジェリートですが」
 一人の黒人少年が、近くにいた女性に声を掛ける。
「はい。お帰りなさい。ちょっと待っててね」
 女性は振り返り相手を確認すると、笑顔を見せてから奥の部屋へと相手の名前を呼びながら姿を消した。それから少し経ってから、一人の男児が大はしゃぎしながら飛び出してきた。
「モリーお兄ちゃん!」
「やぁビクトール。今帰ったよ。今日は何して過ごしたんだ?」
 細かく編み込んだヘアスタイル、コーンロウを肩まで垂らした頭をしている黒人少年は、勢い良く飛びついてきた男児をしっかり受け止める。
「1ねん12かげつのおべんきょうをしたよ! それとね、なわとびもした! まえとび10回つづけてとべたんだよ!」
 男児は無邪気な笑顔で、目をキラキラと輝かせる。
「そうかぁ! 凄いな! じゃあお家に帰ったらその成果を見せてくれ。さぁ、先生(ナニー)にバイバイして」
「はぁい! ナニー、バイバーイ!」
「ええ。また明日ね! おやすみ」
 こうして二人は、保育士(ナニー)に見送られて託児所を後にする。
 時間はすっかり、夜の八時を過ぎていた。それも仕方がない。黒人少年――今のモラリスは、下校後に例のカジノ店で短時間のアルバイトをしながら、学校と仕事を両立させている。

 ――あれから五年の歳月が流れ、モラリス・アンジェリートは十六歳になっていた。
 彼は忍鷹(おしたか)の勧めで、特別支援学校を経て、その努力の甲斐あって今はもう、普通のハイスクールに通い始めている。そうして得た知識を全て、嘗ての義兄だった人の忘れ形見である、ビクトリオヌ=チェルシフェウス・アンジェリートへ捧げる為に。
 まだ、その実父が残してくれた遺産はあるのだが、それの三分の二をビクトリオヌ名義に銀行預金した。学校終了後は真っ直ぐにバイト先の町カジノに向かい、約三~四時間働いている。勿論、たったこれだけの勤務時間ではとても一か月分の収入として足りないので、その分は別に分けておいた三分の一の遺産から少しずつ(まかな)っているのだ。
 モラリスの身長も伸びた。
 それでもまだ平均より少し低めだ。だが彼はまだ十六歳だ。今後いくらでも更なる成長は期待出来るし、今では自分から言い出さない限り誰一人、彼が実は小児母から産み落とされた未熟児だとは気付かない。
 一方、義弟として育てているビクトリオヌは現在、五歳。
 同じ未熟児として早産で生み出されたものの、その後のきちんとした病院での丁寧に細かい管理が行き届いた処置のお蔭で、未熟児とは感じさせないほど何の障害もなく、平均年齢と等しい成長を辿っている。
 両親譲りの良い所取りが集結しているので、子供モデルが務まりそうな程愛らしい中性的な顔は、他のどんな子供よりも一際目立っていた。
 赤髪の実母と金髪の実父から得た、サラサラな朱金の髪をショートにカットし、その大きな二重をした瞳はブルーとハーゼルの入り混じったマーブルなので、光や角度で色彩が変化し、まるで宝石を埋め込んだかのよう。
 褐色肌だった父親から受け継いだ肌も、実父よりは薄く白茶色をしている。一見健康的で、日焼けした白肌にも見える。
 負けず嫌いで気が強いが優しい所は母親に、洞察力が鋭く人の良し悪しを見極め、物覚えの良い賢さは父親に似ている。しかしこうして無邪気で健気なあどけなさは、モラリスの育児が良かったからと言えよう。
 嘗て自分を引き取り育ててくれた義兄と同じ事を、今度は逆にその彼の実子を引き取って育てている。改めて考えると、不思議なものだ。偶然なのか必然なのかまで、思案する気はない。だがこれぞまさに、メビウスの輪――もしくは帯――のようだ。しかし、敬愛する義兄と一緒のメビウスの輪に囚われた運命ならば、寧ろ本望だとモラリスは感じていた。
「いつも遅くて悪いな。ビクトール」
「ううん! だいじょうぶだよ! 気にしないで」
 二人一緒に車へ乗り込みながら言葉を交わす。
 運転席のドアを閉めると、モラリスは同じくビクトリオヌも助手席のドアを閉めるのを待ってから、改めてその子の顔をジッと見詰めて微笑んだ。
「ありがとう。お前は本当に優しいな」
「そりゃあ、モリーお兄ちゃんのことがだいすきだからさ!」
 ビクトリオヌは極上の笑顔で返す。
「そうか。俺もお前を誰よりも愛しているよ。明日から二日間、バイトが休みなんだ。その代わり土日にバイトを入れた。だから明日、明後日は早めに迎えに行ける。一日中とまではいかないが、一緒に遊ぼう」
「ホントに!? うん! もうサイコーだねモリーお兄ちゃん!」
 ビクトリオヌは途端に目を輝かせてはしゃぐと、嬉しそうに片手の掌を高く上げて見せる。
「お前の為なら」
 モラリスは笑顔を浮かべて、その小さな掌にハイタッチをすると車のエンジンをかけてから、ゆっくりと発進させた。
「今夜はファミレスで夕食を取ろう。たまには外食もいいだろう」
「ファミレス!? ヤッタね! オモチャゲットできる! やっぱサイコーだよモリーおにいちゃんは!」
「運転中だぞ」
 そうして再度ハイタッチを促がしてくるビクトリオヌに、苦笑しながらもハイタッチに応えるモラリスだった。


 翌日の昼下がり。
「やれやれ。二人してどこに行ったかと思えば、こちらにおいででしたか。プリンセス達」
 そう嘆息雑じりで言ったのは、モラリスと同じく十六歳になったローディスだった。
 栗色の髪はサイドとバックをすっきりさせて、トップはセイムレイヤーベースにチョップカットが深く入った、束感を残す形のフリークショートスタイルに整えられている。好印象で爽やかな外見ながらも、男らしい少年に成長していた。身長も平均的な高さだ。
 ジャンセン卿の厚意で通わせてもらっているハイスクールでは、おかげで男女問わずの人気者だ。
 今日は短縮授業だった為に、早めに帰宅した。勿論、同じ学校に通う、ミレイナも一緒に。
 そのミレイナもすっかり美しい十六歳の少女に成長し、周囲とは一際輝いた美麗さを備えていた。
 男子にモテモテなのは当然にも関わらず、安易に男達が近寄れないのはその気品高さと、冷静才媛(れいせいさいえん)な面がそうさせているのだろう。云わば“高嶺の花”たる存在感を、醸し出しているようだ。
 腰まで長い波打った白金髪(プラチナブロンド)。瑞々しい白桃を思わせるような頬。まるで薔薇の花弁のようなプックリ膨らんだキュートな唇。見る者全てが吸い込まれてしまいそうになる、輝くばかりの魅力溢れるエメラルドグリーンのつぶらな瞳。声を出せば澄み切ったハープみたいで、まさに幻想世界から抜け出てきたような、妖精を思い起こさせる。
 そんなミレイナと一緒にいるのは、十九歳にまで成長したカノンだった。
 しかしながら精神年齢は相変わらず幼く、それでも何とかこの五年間で八~十歳辺りまでの思考能力になっていた。
 だがこの邸宅で、専属の特別家庭教師を付けてもらっているので頭脳や知識は、スラム時代の頃よりもずっと高く賢くなっている。
 ミレイナと同じく腰まで長く伸ばし、きちんと手入れされている(あで)やかな赤髪のウエーブヘアをなびかせて、それまでこちらに背を向けていたカノンが笑顔で振り返る。
「まぁ。お帰りなさいロード」
 彫りのある均整の取れたスパニッシュな顔立ちに、柳眉(りゅうび)で長い睫毛(まつげ)の大きなブラウンの瞳は、更に彼女を魅力的な大人っぽい女性にさせていた。
「クスクス。プリンセスですって」
 ローディスの言葉に、ミレイナが面白そうに笑う。
「今、ミリーからレースの編み方を教わっているところですのよ」
「それはそれは。すっかり品ある言動が型についてこられて何よりだよ。カノン姉ちゃん」
「まぁ! 失礼ね! わたくしだって、こちらでお世話になる以上、きちんとした社交的な教育を受けて礼儀作法を敬い尊ぶのが、淑女の(たしな)みですわ!」
 カノンはローディスの言葉にぷぅっと頬を膨らませ、怒った表情を見せながら抗議する。
「はいはい。カノン姉ちゃんの物覚えの良さには、恐れ入るよ」
 その調子で、早く記憶も戻ってくれれば良いがと、内心密かに思いながらローディスは二人の側に胡坐(あぐら)を掻く姿勢で座り込む。
 そう。カノンの記憶は相変わらず戻らないままだ。
 だが、この五年間カノンの精神意識が成長していくのに合わせて、今現在自分が置かれている状態をジャンセン卿が解かり易い様に、優しく説明した。何故そうなったかの、過去の理由までは伏せてから。
 なのでカノンは今、自分が記憶喪失者で精神も(わずら)い退化している事も、きちんと承知している。しかもその幼児的な精神が幸いして、決して後ろ向きには考えず寧ろ健気に、尚前向きに考えるようになっていた。心は子供でも、体はもう立派な大人の女なのだ。万が一他所へ行った時、それが原因でどこぞの馬の骨に隙を衝かれない様、少しでも早く体に心も追い着こうとカノンなりに必死で頑張っている。
 記憶挽回は二の次で、自然のままに任せることにしていた。
 記憶にこそなくても、自分が義姉でありそしてローディスがその義弟の関係という事も教えられ、今ではちゃんとそのことも受け入れている。
 ちなみに、すっかり二十一歳に成長し今や立派な社会人の大人となったシャルギエルは、父親のジャンセン卿と一緒に彼の元で若社長として、今頃は会社で敏腕を振るっている……筈だ。
 カノンとミレイナが一緒にレース編みをしている場所は、シャルギエルのプライベートハウスの中庭にある、雪天使像の泉の前だった。
「カノン姉ちゃんは本当に、この場所が大好きなんだな」
 改めて煌びやかな石が埋め込まれている泉の、雪天使像を見上げながらしみじみと口にする。そんなローディスに、穏やかな笑みを浮かべてカノンは首肯する。
「ええ。とてもね。何だか、凄く懐かしい気分になって、心がとても落ち着きますの……」
 すると思い出したようにミレイナが顔を上げてから、声を弾ませながら会話を繋ぐ。
「そう! 最近のカノンさん、宗教にもとても強い関心をお持ちになり始めましたのよ」
「宗教に!?」
 思わず瞠目(どうもく)するローディス。それもそのはず。
 記憶を失う前のカノンも、とても宗教に詳しくて強い憧憬を抱いていたからだ。
 これはもしかして、以前の記憶の断片を取り戻す切っ掛けになるかも知れない。
 ローディスの気持ちが昂ぶる。やはり今の令嬢らしいカノンも好きだが、以前の様な勝気でシビアさを秘めていた頃の、野生的な面を持つカノンが一番大好きだからだ。しかも無理強いではなく、自ら宗教に興味を示している。
 今まで時間と自然のままに任せていただけあって、今回は漸く訪れた記憶回復に繋がる絶好のチャンスだ。……しかし、同時に不安もあった。記憶と一緒にトラウマまでをもまた取り戻し再度、対人恐怖症や被害妄想で引きこもる精神障害が、また発病してしまわないかと。
 それでも自然のままに任せるしかないのだ。その為にこうして、ジャンセン邸で世話になっている。時間と共に、それらのトラウマを少しでも癒す為に。その効果が、巧く発揮されていればいいのだがと、ただそれだけを祈る事しか出来ずにいた。
「いい事じゃないかカノン姉ちゃん。きっと今後の人生に役立つ事がいっぱいあるはずだよ。知ってた? この像も、宗教から来てるって事」
「え!? ホントに!?」
「そう。これは“天使”って言うんだ。神様のお手伝いをしているんだよ」
「天、使……。――天使! ステキね! 余計何か懐かしい響きがしますわ!」
 だろうとも。
 カノンの歓喜の言葉にそう内心付け加えながら、ローディスはふとミレイナに顔を向けた。
「なぁ、ミリーお嬢。明日僕達学校休みだろ。良かったら一緒に出かけないか?」
「わたくしと? まぁ。一体どちらに?」
 目を瞬かせながら、不思議そうに疑問を口にするミレイナ。そんな彼女にローディスは軽くウインクして見せる。
「それは内緒。行ってからのお楽しみだよ」
 するとそれまで像を見詰めていた筈のカノンが、(すか)さず義弟の言葉に飛びついた。
「わたくしは? わたくしもご一緒したいわ!」
 こうしたところは、やはりまだ精神的な幼さを感じさせる。
「カノン姉ちゃんはダーメ。シャルギエルに相手してもらっててくれよ」
「だって、シャーグお兄様はお仕事ですもの……」
 ローディスに断られ、寂しそうに俯いて落ち込むカノン。そんな彼女を見兼ねて、ミレイナも助け舟を出そうと唇を割る。
「でもお兄様はお父様の後を継ぐ為、若社長として勉強中ですのよ。邪魔をしない為にも、ここはカノンさんもご一緒にお出かけした方が、宜しいんじゃないかしら?」
 するとローディスが、やれやれとばかりに嘆息を吐いた。そして少し身を乗り出し、前屈みになってミレイナへと顔を近付けると、意地悪そうに言った。
「ミリーお嬢。まだ分からないかな? これは遠回しに言った、僕からのデートのお誘いなんだけど?」
 途端、ミレイナはボッと火が点いた様に、(たちま)ち顔を真っ赤にする。
「そそそそ、そうでしたの! いいいいい、イヤですわ! わたくしったら、そんな気も回らないだなんて!」 
 すっかり熱く火照った赤桃のようになってしまっている頬を、両手で覆い恥ずかしそうに必死で隠そうとしている。一方それを聞いて理解したカノンは、憧憬を抱くように目を輝かせてミレイナの二の腕を握ると、優しく揺する。
「デート! まぁウフフ! ロードったら! ミリー、素敵なお誘いじゃありませんの。是非わたくしの事など気になさらずに、二人で楽しんでいらして! ごめんなさい。わたくしも気が利かなくて」
 そうしてローディスに照れ臭そうに言いながら、舌を出すカノンにふと微笑むと彼は平然と言いやる。
「いや。カノン姉ちゃんは仕方ないさ。まだまだ心がお子ちゃまだからね」
「もぅ! ロードったらバカにして! 今にご覧なさい。あっと言う間に心も実年齢に、追い着いてみせるんだからぁ!」
 再度ぷぅっと頬を膨らませ、頬を怒りで紅潮させると悔しそうに握り拳を作って、カノンはポスポスと足元の芝生に叩き付ける。
「そうなってくれる事を祈るよ。そうすりゃシャルギエルだって喜ぶ」
「シャーグお兄様が? どうして?」
「ま、いずれ分かるさ」
 義弟の意味深な言葉に、キョトンとしているカノンへローディスは愉快そうに笑った。そしてふとミレイナを見て、目を瞬かせる。
「……ミリーお嬢。一体何をしてるんだ……?」
「――へ? あ! あら! わたくしったら……」
 ローディスの問い掛けに、我に返ったように顔を上げたミレイナだったが、相変わらず赤面しっぱなしで手元にあるレースの糸は、グチャグチャに縺れ込んでいた。


「モイラさん」
 突然背後から声を掛けられ、デスクワークをしていたトーマス・モイラが振り返る。
「おや。忍鷹(おしたか)君か。どう? 検事務の仕事はうまくいってるかい?」
「ええ。上々ですよ」
 愛想笑いで静かに答える忍鷹も、二十一歳の立派な青年に成長していた。
 更に身長も伸び、すっかり凛々しいクールハンサムに均整の取れた顔立ちは、周囲の女性を毎度ながらに魅了している。だが本人は、今現在彼女を作る気はないらしく、独り自由気儘な生活を送りながら検事を目指す為、只今検察事務官として働きながら勉強中だ。
 ここは祝福の街(ブレシングシティ)にある警察署。
 嘗てのスラム街を管轄している署で、五年前に悪徳警察が一斉検挙された問題の署なのだが、更生させる為に正義漢ばかりが集結しているアスサブル警察署から五割移動になり、反対に同じだけこちらからも向こうへ移動させた。
 善が入り込むことで悪を根絶させるのが目的で、善の幹部クラスを置く事で今は見事、その成果が効力を発している。
 モイラは自ら名乗り出て、アスサブルからこちらの署に移動してきたのだ。その後のスラム――当時の正式名称ノースウエスト――だった、今は新たに名を変え生まれ変わった祝福の街(ブレシングシティ)を見守る為に。
「ところで、どうしたんだい。まさか、この僕を訪ねて?」
「はい。実はモイラさんにお願いしたいことがあって、来ました。私事で大変申し訳ないのですが、ある人物を探し出して欲しいのです」
 忍鷹の話に、これは長くなりそうだと思ったモイラは立ち上がると、側にいた部下に二人分のコーヒーを頼んでから、簡易接客用のソファーへ彼を促がした。
「ある人物、というのは?」
 モイラはソファーに腰を下ろすと、テーブルを挟んだ向かいのソファーに同じく腰を下ろす忍鷹に、真剣な表情で聞く体勢に入った。そんな彼に、忍鷹は早速口を開く。
「ええ。その人は――」


 翌日、ローディスはミレイナを連れ立ってドライブに出かけた。
 勿論、今やローディスも車を運転できる。
 ひとまず先に遊びを兼ねて、水族館と動物園、遊園地、植物園、博物館が一ヵ所に集結しているテーマパークに(おもむ)いた。
 そこで午前中は動物園巡り、水族館でシャチのショータイムを満喫すると、ランチを取って次は遊園地へ向かった。いくつかの遊具を楽しんだ後、ローディスは見計らったように観覧車に誘った。
「少し休憩。この中でのんびりしよう」
「ええ。そうですわね。わたくしも同じ事を考えておりましたわ」
 二人はゴンドラの中でゆったり寛ぎながら、言葉を交わす。
「へぇ。気が合うね」
「つ、疲れを取るのに、丁度良いと思っただけですわ!」
 ローディスが向ける微笑みに、ミレイナは微かに頬を赤らめる。
「でも、唯一ここが、二人きりになれるスペースだってことも、知ってて?」
「そ、それは、その……。でも、二人きりになり機会はいつでもありましたわ。車の中だってそう」
 ミレイナはローディスの言葉をはぐらかそうと、ガラス窓から外の景色へ目を向ける。二人を乗せた観覧車のゴンドラは、少しずつ高上しながら周囲の景色を明確にし、そして距離を開いていきながら小さくしていく。
「クス。ミリーお嬢。今までの遊びも全て、この瞬間の為の前置きであったという事も?」
 ローディスも言いながら、同じく外の景色に目を向ける。
「え? どういう意味ですの?」
 その彼の言葉に、ミレイナが今度は外の景色からローディスへと視線を移し、キョトンとする。するとそれに合わせるかのように、ローディスも再度彼女に視線を戻すと、その瞳を真っ直ぐ見詰めながら訊ねた。
「ミリーお嬢。デートがどういう意味かくらい、分かっているだろう?」
「え、あ……。それは、勿論……」
 それに少し、ミレイナは動揺を見せる。しかしそんな事などお構い無しに、更に言葉を続けるローディス。
「つまり、もうそろそろハッキリさせたいと思って、今回僕は誘ったんだ」
「ハッキリ、と(おっしゃ)いますのは……?」
 ミレイナは恐る恐る、そっと訊ねてみる。するとそれまで浮かべていた微笑をふと納めるや、突然ローディスは真剣な表情になって彼女を真っ直ぐに見据えた。
「僕達、もう十六になったんだ。ママゴトを続けていくような、子供の年齢じゃあない。ミリーお嬢。君は僕の事をどう思っている」
「ど、どうって、そんな……」
「どんな目で僕を見て、どんな気持ちで、僕の相手をしてくれているんだ?」
「そ、それは、それは……」
 今まで余り見せたことがなかった、彼の真剣な表情で男らしい声質と言葉遣いにミレイナは思わず、赤面したまま押し黙ってしまった。
「僕は気付いていたよ。なぜなら君の反応は今も見てる通り、とても分かり易いからね」
「……」
「こういう時、紳士だとどう行動取るんだろう?」
「そ、そんな事、わたくしには分かりませんわ!」
 あくまで冷静な彼の声音に、ミレイナの心は熱に浮かされながら懸命に答える。
「やっぱり、陳腐(ちんぷ)(ひざまず)いて、手を取るべきなのかな?」
「ご、ご自分のなさいたいようになさいませ!」
「そう? それじゃあ」
 ミレイナの必死な言葉をあっさりと受け止めると、向かいのイスに座っている彼女の前に跪き、ローディスは手を取った。緊張のあまりすっかり身が固くなってしまっているミレイナ。
 そんな彼女の美しいエメラルドグリーンの瞳を、ただ黙って見詰め続けるローディス。それがミレイナにとって、とても長いものに思えた。そしてついに耐え切れなくなって、緊張で震える声を漏らした。
「い、一体、いつまでこうしているつもりですの?」
 瞬間、ローディスが腰を浮かせて彼女の背後にあるガラス面に片手を突き、中腰の姿勢でミレイナより頭一つ分上の高さに立ち上がった。そのせいで軽くゴンドラが揺れる。それに驚いてミレイナは小さな悲鳴を少しだけ上げて、身を竦めた。
 が、気が付くと彼女の手を取っていた筈の彼の手が、いつの間にかミレイナの顎に添えられていた。
 その手の動きに導かれて、上を見上げるミレイナの目の前には真摯な表情をした、ローディスの顔があった。胸が大きく高鳴る。まるで心臓が口から飛び出してしまいそうだ。こんなに自分は息苦しいほどドキドキしているのに、どうして彼はこんなにも冷静でいられるのかと思わずにはいられなかったが直後、彼の穏和な声が彼女の耳を擽った。
「好きだよミリーお嬢。君を一人の女性として、愛したい」
 ……束の間の沈黙。
「君の返事を聞かせてはくれないのか?」
「あ……。わ、わたくし、は……そ、その……」
 震える彼女の声に、ジッと耳を傾けていたローディスだったが少しして、ギョッとした。何故ならミレイナの瞳から、涙が零れていたからだ。
「泣いているのか? 僕は君を困らせてしまったか?」
 思わず戸惑いながら再度跪き、ローディスは彼女を見上げる。すると、クスリとミレイナは笑った。
「いいえ。違いますの。ただ、その、とても……嬉しくて……」
「嬉しい? それは……つまり?」
「はい。わたくしも貴方に愛されたい。貴方を一人の男性として……愛しておりますもの」
 ミレイナは囁くように言うと、潤んだままの瞳でフワリと微笑んで見せた。
「僕は君とはまるで違う世界で育った、身分の低い人間だ。それでも構わないのか?」
 彼の真剣な言葉に、ミレイナは大きく頭を横に振った。
「そんな事(おっしゃ)らないで。わたくしの心に火を点けたのは、ロード。貴方じゃありませんの」
 するとそれまで固い表情をしていたローディスも、漸くふと微笑みを浮かべる。
「それは逆だよ。君は貧しい僕に、初めて優しく接してくれたご令嬢だった。あの初めての出会いであるイヴの夜、寒さに凍える僕の心に君が、火を点けてくれたんだ。その時からきっと、僕は君に恋をしたんだと思う。長かったよ。こうして君にこの気持ちを伝えられるまでになる、この六年間という年月は。僕にとってね」
「ロード……」
「愛してる。ミリー……」
 そうして自然に二人は、引き寄せられる様にして唇を重ね合わせた。
 丁度その時、降下地点に到着した二人が乗っているゴンドラのドアを係員の男が開けようとしたが、中の二人の様子をガラス越しで確認すると、肩を竦めて見過ごした。
 こうして二周目に突入した観覧車の、二人がいるゴンドラの中はすっかり甘くて熱い愛の世界に、染まっていたのだった。

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