【登場人物】
*シャルギエル=グレアム・ジャンセン(十五歳)……本作の主人公。名家ジャンセン伯爵の超わがままな超上流階級なセレブ美形息子。不良に憧れてスラムの世界に足を踏み入れるが……。
*カノン(十三歳)……スラム街に住む超貧困社会の住人であるストリートチルドレン。スラムの世界を何一つ知らないシャルギエルの面倒を見る事になった少女。
*ロード(十歳)……カノンと一緒に住む捨て子だった男児。義姉のカノンを大事に思っている。同じくストリートチルドレン。
*R……ソフトモヒカンをシルバーに染めたヘアスタイルをした威圧的な態度の東アジア人。
*エリート……褐色肌した金髪の美青年。落ち着いていて穏和な笑顔を湛えている。
【第一章】 ギャングウォリアー力闘編
act,5:スパーク 〜Rとエリート〜
「何だよこのガキ、てめぇのお友達かよ」
「……ロードが怪我した所を見付けて、親切にしてくれた人よ」
動揺しながらもカノンは、何とかこの場をやり過ごす事を強く念じる。
Rの狂気じみた威圧的な態度は、返って冷静なシャルギエルにとっては畏怖よりも醜悪にしか見えず、その様子を蔑視せざるを得ずにいた。
そんな彼の冷静沈着な状況をまるで把握せぬまま、Rは相変わらずその態度を維持しながら今度は上半身を前のめりに倒して、シャルギエルを舐める様に見上げて奇声を発する。
「ほお〜ぅ! じゃあカノンにとってもこの町にとっても、新顔ってこったな!」
「新顔以前にただの通りすがりだ。住民になる予定はない」
シャルギエルは両手に持っていたカゴを地に下ろすと、少し固まった手元をほぐす。
「まぁそうつれねぇ事言うなよBoy! 折角の縁じゃねぇかよ! 仲良くしようや!」
Rはのらりと上半身を起こすと、握手を求めて片手を差し出す。しかしその手を無言で一瞥するシャルギエル。
「そうだね。良かったらその大荷物、僕等も一緒に運ぶの手伝おうか?」
Rの少し後ろに笑顔で立っていたエリートが、優しく声を掛けてくる。
「その必要はねぇ。暇潰しのからかいなら俺に関わるな。行くぞカノン」
エリートの親切を彼は冷たく一蹴する。何だかんだで結局このRとつるんでいるエリートにも裏があるとシャルギエルは踏んだのだ。
「おいおいすっかり彼氏気取りかよ!? そのメスガキ、誰のか分かってんのか!? なぁカノンよぉ!?」
「あ……その……」
どう答えるべきか戸惑いながら、思わず助言を求める様にシャルギエルに怯えた目を向けた。それを少し誤解した彼は、寂然とした雰囲気で静かに口にした。
「……何だ。あいつお前の男か……」
「ちっ! 違うよ馬鹿!!」
それまで戦々恐々としていたカノンも、この時ばかりは大慌てで言語道断とばかりに叫ぶ。それに合わせて弾ける様に笑い出すR。
「ヒャーハッハッハッハ!! バーカ! 誰がそんなチビ、女として相手すっかよ! 勝手に俺をペド扱いの変態にすんじゃねえ!!」
……変態以前にクレイジーにゃあ変わりないが。シャルギエルは呆れながら思う。
「ア、Rは……あたいらのグループのリーダーだよ……」
カノンが再び怖じ気つきながら、シャルギエルにRが何者かを伝える。
「グループのトップ……?」
オウム返ししながら怪訝な顔付きでRを見やった。
こんなクレイジー野郎が?
上流社会で育った彼にとって、こんなあからさまに低知能で下品な人間が、大人数を率いるトップを務めていられる理由も意味も分からず、理解に苦しんだ。
シャルギエルの世界では周囲に尊敬され、称賛された者のみが人を率いられる存在だからだ。 それともこれがよく映画に出て来る三流脇役の、不良のヘッドみたいな存在か? 等と冷静に思考を巡らす。
自分がこの年下のシャルギエルから侮蔑視されている事も露知らず、Rは得意気に甲高い声で言った。
「そーゆっこっと! つまーり! てめぇはこの俺に挨拶無しに勝手に人の所有物である下僕と、親しくしてるってこったよ!!」
「そんな……! 違うよR! この人はホントにただ通り掛かった親切な人ってだけで……! すぐにでもこの町を出るさ!」
カノンは必死の余り、思わず前に進み出て叫んでいた。シャルギエルに害を与えたくなかったからだ。だがRはカノンの思惑を軽くあしらう。
「ふぅー……ん。それにしちゃあ随分親切極まりだな。どうせそのガキからの奢りだろうがよ。その大荷物は! 見せな!」
そう言ってRはシャルギエルの肩を乱暴に押し退けると、その足元に置いてある二つのカゴを探り始めた。
「何を……!」
「いいから!!」
逆らいRの襟首を掴み掛かろうとシャルギエルが伸ばした手を、大慌てでカノンがその腕をグイと引いて遮る。
「そうそう。大人しくしていた方が安全だよ君。ここにはここのルールってのがあるんだよ。こういう場合は、グループを取り仕切っているRに半分差し出すのが義務なんだ」
その様子を見ていたエリートが、優しい口調で言うとニッコリと笑って見せる。
「このチビメスがこの町で無事生かされてもらってんのも、この俺様がトップとしてグループのチビ共を守ってやってっからだ。土地に住まわせてもらっている住民が領主に税金や賃金を払うだろうが。それと一緒の理屈だよ」
Rはご機嫌気味にカゴから自分の嗜好品を物色しながら、ひとまず全部中身を引っ繰り返して空にしたカゴに放り込んでゆく。
「何が一緒の理屈だ。ただくだらねぇ能書きたれて弱者の子供から物奪ってるだけの、卑怯で野蛮な手口だろうが」
シャルギエルは腕を組んで足元でまるで餌を貪る猿を見るかの様に、Rを冷ややかに見下しながら口にした。
「おおぉぉぉ〜? 言うねぇクソガキィ〜」
一度手を止めたRは、自分を見下しているシャルギエルを威嚇の入り混じった狂気的な笑顔で見上げる。その表情を見てカノンは余計戦慄を全身に覚えながら、必死にシャルギエルの腕を取って頼み込む。
「お願いやめて……! この町にいる限りこのルールに従わなきゃ、どこにも居場所がなくなっちゃうのよ……!!」
「その通りだ。えっと、何だって? てめぇの名は」
再び品物を物色しながら訊ねるR。
「……グレアムだ」
ファーストネームを呼ばれるのを汚らわしく思い、敢てミドルネームを名乗るシャルギエル。
「そうかグレアム。俺ァ威勢のいいガキは好きだぜ!」
物色が終わったRは、不気味な笑みを彼の足元から放つ。
「生憎、俺は貴様は好かん」
「おっと残念! 嫌われちまったよオイラァ〜! どうしよんエリート〜ん?」
立ち上がりながらRはわざとらしく困惑し、おどけながらエリートに擦り寄って行く。
改めてこうしてこの二人が並ぶと、Rよりエリートの方がスラリと長身なのが分かる。と言う以前に、明らかに年上のRはシャルギエルより背が低かった。
「だったら僕側のグループに入らない? 僕はこのRが従えてるのとはまた別の、チルドレングループを束ねているトップなんだよ」
エリートが自分の肩に負ぶさる様に背後から両腕を回しているRをよそに、ニコリと静かな口調で言った。
「俺は誰の下にもつかねぇよ。ルールってんならさっさと欲しい物持って消えろ!」
「クックック……言うねぇグレアム。そんだけでか口叩いてどことも属せず、フリーでいやがるのはてめぇ一人だけだ。そのアウトサイダーのてめぇがまた次にこの町で、俺等とツラ合わせた時ァ何事もなくスルー出来ると思うなよ。こうして出会ったからにゃあもう他人じゃねぇ……。しっかり絡ませてもらうぜ、なぁフレンド! そのつもりでいな! そしてさっきも言ったが俺ァ威勢のいいガキは大好きだ……。覚えてろグレアム。必ず貴様のその人柄、手懐けて俺の配下に取り込んでやる……。今はひとまずお望み通り消えるがな。また出会ったら間違いなく縁だぜベイビー。その時が楽しみだフレンド。ゾクゾクして、おっ勃っちまいそうなぐらいになぁ!」
「気色が悪い。ホモかてめぇ。俺のストーカーは勘弁しろよ。俺はそんな趣味はねぇ」
シャルギエルの言葉に、エリートの代わりに答えるRに更に彼は言い放つ。
「馬鹿かお前は。言葉のあやだ。つまり俺の獲物って訳だてめぇは。……獲物は極力新鮮な内がいい。愛してるぜグレアム」
「吐き気がする……目障りな猿が」
雪の中、シャルギエルとRは互いの腹を探り合う様に暫し睨み合う。
やがてフッと口端を大きく上げたRは、自分が嗜好した品物を分け入れたカゴを引っ掴みながら言った。
「じゃああばよカノン。こいつはありがたくもらってくぜ!」
「はい……」
カノンは意気消沈気味に俯く。
「有り難うカノンちゃん。今夜は冷えるから風邪引かない様にね。バイ!」
相変わらず優しい口調のエリートは、長く伸ばした金色の前髪を真ん中で掻き上げながら背を向けると、Rからカゴを受け取りながら立ち去った。
ちゃっかり買い物商品の半分を一カゴ分持って行ったらしく、足元には引っ繰り返ったもう一つのカゴと、散らばった商品だけが乱雑に残されていた。
「……ふん。カノンが止めなきゃ、今頃黙らせている所だ。クソヤロー共」
商店の件から引き続きこの様だ。シャルギエルの腸は煮え繰り返っていた。
「仕方ないんだ……。これが今の町の姿で……あの二人、数あるストリートチルドレンのグループの中でも、トップの大勢力グループを幾つもまとめていて……もう年齢から言うとあの二人、とっくにチルドレン卒業してストリートギャングに昇格しちまってんだけど、その更に数あるギャング達の、この町トップの地位に納まっているの」
つまり二大勢力のギャングトップのRとエリート。そのそれぞれのギャンググループの下に四つ、五つといったチルドレングループを力で統率している。
チルドレングループリーダーの更に上にいる、ギャング二大トップ同士が仲がいいから、ほぼその二人にこの町のチルドレンやギャング達は支配されてる様なものだった。
カノンは周囲に散らばる品物を一つ一つカゴに拾い上げてゆく。
「もし逆らったらどうなんだよ」
「陰湿ないじめから、長時間かけて袋にされて殺されたり、幼児性愛者や人身売買に売り飛ばされたり、闇シンジケートに売られたら体全てを切り刻まれて、そのほとんどが無駄なく世界中に散らばって病人のパーツにされちまう。どっちにしたって生きてはいられない……。こんな腐った町で生きていてもね……情けない事にやっぱり死ぬのは怖いのさ……」
「情けない……? 何がだ。何が情けない? 死ぬ事への怖さがか。そんなの怖くて当たり前だ。誰だって死ぬのは怖えに決まってんだろ。だから生きてんだよ俺等は。そんな事を、“情けない”の一言で簡単に他人事の様に言える方が虫けら以下なのさ。死にたくねぇのはこの地球上あらゆる生物全て一緒だ。生き延びる為に生物全ては必死で進化したり、他の生物を利用したりまでするんだろう。頭から死にたくて産まれてくる奴ァいねぇ。二度と死ぬ恐怖が情けねぇなんて思うな」
カノンのやりきれない言葉にシャルギエルの胸中は、更に腸が煮え繰り返る思いが上昇する。
彼の力強くも優しい言葉に、胸が締め付けられる程カノンは感動して、無意識に涙が溢れた。
「ん……」
そのまま声にならず、彼女は漏らすように頷いた。
「それで? そういう人売りまでをあの二人がこなしちまうのか?」
漸くシャルギエルはカノンの方を向く。
「……いいや……。今度は更にその上がいるんだ……。それがあの忌まわしい“シークレットセレブリティークラブハウス(SCC)”だよ。そこに唯一、ギャングトップの顔パスの出入りが許される。ギャング共が捌いてきたもう用無しの子供達をSCCにいるボス達に収納して、その子供達を国際規模でビジネス化するのが、そのSCCで裏稼業や余興を楽しんでいる金持ち共だ。中にはマフィアやウォールと繋がりがある連中もいる。だから私は極力あそこには近付かないし、Rやエリートを刺激しない様に息を潜めて大人しくここで生活している」
漸く全てをカゴの中に拾い集めたカノンは、涙をそっと拭いつつ語った。
「あんなクソヤロー共の下で、お前今まで怯えながら暮らしてたってのかよ」
今になって買い物に行く時に、カノンが酷く動揺した意味を知る。
シャルギエルの言葉が人事の様に聞こえた彼女は、座り込んだままカゴにしがみつく形でついカッとなって叫んだ。
「あんたには分からないよ! あたいらの苦労なんて! 生き抜く為だ! あいつ等なんか本当は大嫌いだ! でも今は! とりあえずあの藁を掴んでおかないと沈んじまうんだよ!!」
すると唸る様に低い声を絞り出しながら、彼はゆっくりと口を開いた。
「……あの藁だと……? あんな藁、既に腐ってる。いつその腐った部分がちぎれて沈まされるかと怯えて生きたって時間の問題じゃねぇか。俺は違うぞカノン」
「え……?」
カノンはシャルギエルを見上げた。辺りはすっかり夜の帳が下りようとしていた。
「俺は藁なんかじゃねえ! どんな荒波にもビクともしねぇ鋼鉄の鎖だ! てめぇが離さねぇ限り絶対に切れて沈む事はねえ!!」
雪の中、薄闇に消えて行った二人の姿をしっから睨み付ける様に声を張った。
「シャルギエル……」
まるで力強く手を伸ばしてくれる、救いの天使にカノンには見えた。
だが結局は住む世界の違う者同士。彼がこの町に住む気なんてまるで無いだろう。今まで裕福な暮らしをしてきた彼だ。絶対にここの生活には耐え切れない。……彼は悪くない。それが贅を極めた人生を味わった金持ちの自然の反応だ。まさに天地の差。彼が天に住まう天使なら、私など地を這う虫けらに等しい。天使が、虫けらの巣くつになど……居つける筈が、無い……。
カノンはシャルギエルへの想いを心から振るい落とすと、立ち上がり静かに言った。
「早く帰ろうシャルギエル。ロードが待ってる」
帰るとベッドの上で膝を抱えたロードが、首に巻いたマフラーの中に口を埋めている姿が見えた。
「おや、起きてたのかいロード。どうしたんだいランプも点けないで。今帰ったよ」
カノンの声に、はと我に返った様子のロードは顔を上げた。その様子にいち早く気付いたカノンは、ニコッと笑顔を見せて言った。
「何だい。もしかしてロード一人残してあたいが、シャルギエルと出て行っちまったのかと思ってたんじゃないだろうね」
「ち、違うさ! 別にそんなんじゃねぇや!」
そう言いつつもパッとベッドから飛び出したかと思うと、ランプに火を灯しているカノンの腰にロードはしがみついた。
「フフ……。じゃ何で飛びつくのさ。ホントはちょっとだけ不安だったんだろ」
そう優しく言ってカノンは少し潤んだ目で見上げるロードの頭を撫でると、二つ目のランプの火を点けに回る。
「何だ? 留守にすんのはお互い様でいつもの事じゃなかったのか? ハハ〜ンそうか。その度そうやってカノンにクンクン子犬の様に甘えてんのか」
その様子を見ていたシャルギエルがニヤリと意地悪げにロードを見やった。
「いつも甘えてなんかねぇ! このクソヤロウ!!」
顔を真っ赤にしてシャルギエルに跳び蹴りを喰らわして来るロードを、ヒョイと軽やかに避けながら、シャルギエルはおどけて言う。
「うぇ〜ん! マミー? マミーどこ〜?」
指を銜える真似をして馬鹿にすると、更にカチンときた様子のロードを後目にドカッとテーブルに買い物カゴを置く。そして振り返り、ロードの頭をガシッと鷲掴みして自分の方へ強引に見上げさせると、言った。
「そんなベイビーキッドの為にミルクも買っておいたから、カノンにホットにして蜂蜜入れてもらって飲むんだな。心身ともに温まって落ち着くぜ」
彼の言葉にすぐに気が変わったロードは、テーブルに噛り付いた。
「え!? ミルク!? 蜂蜜まであんのか!? すっげぇー!! やっぱ金持ちの買い物は違うな!!」
その様子を見てふと笑うとカノンは、弾む様な明るい声を上げた。
「もうこれで安心したね! じゃあシャルギエルからの好意に甘えて今夜は豪華にホットハニーミルクと、パンとミネストローネを用意しようか! まぁ、ミネストローネの方は生憎、インスタントだけどさ」
「いいよ! オイラ達にとっちゃあ何よりの御馳走だからさ!」
シャルギエルにとってはインスタントなどペットフードに等しかったが、そう思う自分とは裏腹に今目前にいる貧しき二人は、純粋に喜んでいた。シャルギエルが食べようと買ったまともな飲食物はRとエリートに持って行かれていた。
「あのクソ共……! 人の食い物ごっそり持って行きやがって! こっちこそ次会ったら、ただじゃおかねぇ」
別に今更裕福精神が染み付いている彼が、たかが食べ物で恨みを抱くといった神経はなかったが、嫌悪を示す奴等に悠然と己の好意を汚らわしくもぎ取られた感覚が、シャルギエルの気高いプライドにとっては屈辱的だったのだ。
「あ、もしかしてあのツートップコンビに早速会って、上下の掟を実行されちまったか」
ロードの当たり前の様に言う口調が、更に彼のプライドを逆撫でした。
「上下だと!? 俺は奴等の下になる気もなったつもりもねぇ」
「でもシャルギエルは十五歳なんだろ? Rは十八歳でエリートは十九歳だぜ」
「俺よか年上である事ぐらいは気付いてるが、年なんざ関係ねぇ!」
シャルギエルは闘志の宿る拳を握り締め、ドラム缶で燃える炎をその瞳に映した。そんな彼の闘魂を度外視したまま、呑気にロードは自分の意見を述べる。
「お! いいねぇ〜! そう言ってくれるとオイラもあんたに遠慮せず、同等で相手出来るよ」
ロードの人を小馬鹿にした楽観的意見に、ふと瞬時に我に返ったシャルギエルは冷静さを取り戻した。
「……チビ。お前の場合は次元が違う。現にさっきまでベソ掻いてたろうが。お子ちゃまはリング外だよ」
「っるっせぇや! 誰がお子ちゃまだ! それにベソなんか掻いてねぇもん!!」
若干図星を指され気味のロードは、顔を赤くしてムキになってシャルギエルに怒鳴りつける。
すると食事の準備をしながら、カノンが語り始めた。
「仕方ないのさ。この子の場合、過去に何度も一人置き去りにされたまま数ヶ月放置されたり、見兼ねた大人から拾われたかと思えばすぐに売られて、奴隷の様に扱き使われながらの人使いの荒い大人の間で、たらい回しの生活をしてきた。あたいが九歳の時に当時六歳だったこの子を、路地の片隅で小さく蹲っている所を見つけたんだよ。それまでこの子の面倒を当時見てくれていたという、若い大人の女の死体の側でね。それからずっと今まで二人一緒さ。後でロードが教えてくれた事には、その死体の女は売女をしていて、大人に虐待されてボロ屑の様に道路脇に放り出されているロードを拾ってくれて、暫くの間面倒見てくれたらしいんだけど、どうもその女の客だった男が彼女の後を付け家に踏み込んで来て、ロードの目前で突然何度も何度もその女を刺したんだって。女は逃げる様に外へ飛び出したけど、結局路地で息絶えた。その女の死体の側で五日間、ずっとあたいに出会うまで、女が腐り始めていく様を見ながら蹲ってたのさ」
ここまで語った内容はまたしても重い物であったが、そういったのが日常の毎日を過ごす彼女等には、この類の会話が当たり前になっているから仕方が無い。
「九歳で六歳のロードを拾ったって、じゃあカノンも九歳で一人だったのか?」
シャルギエルはパイプ椅子に腰を下ろしながら訊ねる。
「あぁ……。あたいに名前をくれた、神父様の話したろ。その人とは五歳から七歳までの二年間一緒だったけど、病気と老体で亡くなってしまったの。それからロードに出会うまでの二年間、ゴミあさりや食い物盗んだりして、必死で生き延びてきた」
そんな時、女の死体の側で小さく蹲るロードを見つけた。
以後二人で互いの心の傷を舐め合う様に寄り添いながら、街をメインに靴磨きや車洗い、花売りに物乞いとかしながら小銭稼ぎをして路上生活していたそんな時、当時まだチルドレンのグループリーダーだったRに捕まり、Rのグループの身内に入れられた。
グループに入ってからは路上生活せずに、こうしてボロでも住まいを与えられて、貧乏ながらも小銭稼ぎを続けていく内に、一応これだけの生活空間まで築ける様にもなったのだ。
反面その大きな見返りが必要だった。
だが何かトラブっても身内を理由に、R等に助けてもらえる。一見良い事をしてもらってるし、分け前や礼をやるのは当たり前かも知れない。
しかしそのやり方は酷いものだった。ほとんど恩着せがましい脅迫みたいなものとも言えた。
それでも一度辛い路上生活から、こうして住まいのあるマシな生活を覚えると、また昔みたいな辛い生活に戻りたくなくなるのが、人間というものなのだ。
ではそこまでRに怯えてまで、今の生活に甘んじるのはもう嫌だからと、逆らって一度入ったグループ抜けたりした後の方が、グループに入る前より始末が悪い。
陰湿な“ウサギ狩り”や脅しの毎日で、とてもこの町で生きていけなくなる。初めから知っていればカノン達もそんな奴のグループに入る気はなかった。
でも当時甘い言葉で誘われて、しかもまだ無知な子供であれば尚更だ。おかげで今では、すっかりこのザマだった。
食事の準備をしながら、買ってきた品物も片付けていたカノン。今度はロードが口を開く。
「ちなみにRが鞭ならエリートは飴。でも本当に恐ろしいのは実はエリートの方だって言われてる。Rの方は普段からいつも通りの暴力的。だけどエリートは普段すごく優しいオーラを出してるけど、いざとなると暴力的なRより、やる事が残虐非道極まりなかったりして、その後何事もなかった様に平然とニコニコしている。だから突然残忍になるエリートより、常時威嚇的なRの方が単純で分かりやすい分まだ無邪気に見えて、あんな性格でもエリートよりかはまだマシな方さ」
ギャングに昇格した今では、Rが戦闘員でエリートがハスラーを務めている。
ウォリアーは上から受けた指令に従って殺しや強盗、暴力といった非法な肉体労働を主に活躍する。ハスラーは麻薬の売人や人身売買、売春などの元締めといった非法なビジネス関連を主に活躍する。
ロードの話を聞いてシャルギエルはピンと来た。昼間入ったあのカジノでエリートはウエイターをしていたが、エリートはあのカジノ店でもハスラー活動の拠点の一つにしているのか。
「なるほど。乱暴で荒くれ者のR〈ラフ〉に、普段は良い人ぶって大人に聞き分けが良い、裏表を上手く使い分ける優秀なエリート、ね……」
シャルギエルは今後の参考にするかの様に、そっと下唇を親指で撫でた。
「な? 性格さえ分かりゃあ、奴等の名前の意味も単純だろ」
ロードはカノンがテーブルに出揃えた食事に有り付きながら、あっけらかんと言った……。
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